7-①
軽めの番外編です!
ある日の朝、私はいつも通りサイラスの元へ押しかけていた。
「サイラス、サイラス! あなたの趣味を教えて!」
「趣味ですか? どうして急に?」
「いいから教えて。知りたいの! 何をするのが好き? 何をしているときが一番楽しい? なんでもいいから教えてちょうだい!」
私はぐいぐい詰め寄る。サイラスを幸せにするべく彼の好きなものを日々探っているのに、なかなか情報が集まらないのだ。
そこで、サイラスの趣味を尋ねれば何かいいアイデアが思い浮かぶかもしれないと思いついた。しかし、サイラスは首を傾げて考え込んでしまう。
「何をするのが好き……あまり考えたことがありませんでした」
「何か一つくらいあるでしょう? していると幸せな気分になることとか」
「それでしたら、お嬢様にお仕えしている時間が一番幸せです」
サイラスは、はっとしたように顔を上げると笑顔でそう言った。
「まぁ、私といるときが一番幸せなのね!」
「はい、お嬢様といるときが一番幸せです」
「嬉しい! ……って、そうじゃないわ! サイラス自身の趣味を知りたいの! 私に関係のないことで!」
「お嬢様に関係のないこと……」
サイラスは再び考え込んでしまった。
「お嬢様の気に入っていた庭の花を育てたり……あ、お嬢様に関係ないことでしたよね。洋服店を回るとか? その中からお嬢様のお好きそうなドレスを売っている店を探して……、いや、これもお嬢様に関係することか。ほかには……」
出てくるのは私に関係するものばかりで、なかなかサイラスの好きそうなものが出てこない。私は執事の延長としての趣味じゃなくて、サイラス自身の趣味を知りたいのだ。
やきもきしながら考え込むサイラスを見ていた私は、ふと思い至る。
もしかして、幼い頃から私がサイラスに面倒をかけ過ぎたせいで、サイラスは自分の趣味を見つける時間すらなかったのでは……?
そうだ、私は子供の頃、サイラスが休みの日にも気にせず使用人寮の部屋に忍び込んだり、夜中にサイラスが仕事を終えた後も遊んで遊んでと駄々を捏ねたりしていた。私と一つしか年の違わないサイラスに甘えきっていたのだ。
サイラスが好きなことや趣味を見つけられなかったのは、私のせいなんじゃ……。そう考えて、私はさっと青ざめた。
「サイラス、私が悪かったわ……! 今から趣味を見つけましょう!」
「今から?」
「そうよ、ちょっと待っていてね。今すぐサイラスの趣味になりそうなものを用意するわ!」
私はすぐさま準備を始めた。音楽家を呼んでうちのお屋敷で即席コンサートを開いてもらったり、有名な絵画を集めてあるギャラリーに連絡をして貸し切りで作品を鑑賞させてもらったり、クリケット観戦をしに競技場を訪れたり。
サイラスはずっと興味深そうな顔をしてそれらを観ていたけれど、夢中になっている様子とまではいかないように見えた。
「次は何がいいかしら。鑑賞するだけじゃなく、実際にやってみる趣味とか? ピアノやバイオリン……乗馬なんかもいいかしら」
私は頭を悩ませる。サイラスはうんうん唸っている私に向かって、微笑みを浮かべて言った。
「お嬢様、ありがとうございました。どれも楽しかったです。けれど、もう時間も遅いので今日のところはやめにしませんか」
言われて窓の外を見ると、確かに日が暮れかけていた。しかし、まだサイラスのぴんとくるものが見つかっていない。
「サイラスの趣味が見つかるまで探したいわ。だって、私のせいでサイラスは今まで好きなことを見つける時間すらなかったんだもの……!」
「そんなことを考えてらっしゃったんですか?」
サイラスは私の言葉に驚いた顔をする。それから笑いだした。
「お嬢様のせいなんてことはありませんので、どうかお気になさらないでください」
「でも……」
「本当に違うんです。私はアメル邸に置いてもらう前から何事にも興味が薄い子供で……。何かを特別好きになるという感覚がなかったんです」
サイラスは少しだけ寂しそうな口調で言う。
私は目をぱちくりさせた。サイラスがうちに来たのは九歳のときだ。九歳の子供が何事にも興味が薄いなんてことあるだろうか。
私が九歳の頃は、アクセサリー集めをしたり、馬に乗ったり、興味のある楽器を片っ端から試したりと、やりたいことだらけだったのに。おもしろそうなことを見つける度に、毎回サイラスをつき合わせていた。やっぱり私のせいな気がするんだけれど……。
「それ本当? 私に気を遣ってるんじゃなくて?」
「はい。むしろ、お嬢様のおかげでようやく色々なことに興味が持てたくらいです。世界が広がったことにとても感謝しております」
サイラスは笑顔でそう言った。
「それならいいのかしら……。うーん、でも、やっぱり申し訳ないわ。だって、プライベートな時間まで執事の仕事のことを考えているわけでしょう?」
「私が好きでやっているだけですから、どうかお気になさらないでください」
そう言われても、本当にいいのかなという気持ちが残る。けれど、そう言うサイラスの表情は明るかったので、ひとまずその言葉を受け入れとくことにした。
「わかったわ! それなら、これからも私が楽しいことをたくさん持ってきてあげることにする!」
「ありがとうございます、お嬢様」
サイラスの手を掴みながらぶんぶん上下に振ると、サイラスは笑いながらお礼を言った。
サイラスへの恩返しへの道のりはまだまだ長いそうだ。
今後はさらにサイラスの好きなものを探って、絶対に幸せにしてあげるのだと、私は決意を新たにした。
終わり
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