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全てを恨んで死んだ悪役令嬢は、巻き戻ったようなので今度は助けてくれた執事を幸せにするために生きることにします  作者: 水谷繭
番外編.手が届かないはずの人

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本編読んでいただきありがとうございました!

ここからサイラス視点の番外編です。

 お嬢様がジャレッド王子に婚約破棄されてから数日が経つ。


 最近のお嬢様は、こちらが驚いてしまうほど元気だ。


 初めは婚約破棄されたショックを紛らわそうと、無理して明るく振る舞っているのだと思った。あれほど想っていた王子からあんな仕打ちを受けた後なのだ。


 しかし、お嬢様は言葉通り、本当に王子のこともカミリアのことも気にしていないように見えた。



「サイラス、明日は乗馬に行きたいの! 一緒に来てくれる?」


「はい、もちろん。しかし、私などにこんなに頻繁にお時間を使っていただいてよろしいのでしょうか……」


「当たり前じゃない! 私はサイラスを幸せにしてあげるんだから」


 お嬢様はにこにこ笑って言う。


 最近のお嬢様は、幼い頃の無邪気だった彼女に戻ったようだ。


 以前、一緒に街に行きたいと頼んでから、お嬢様は私を頻繁に色んな場所に連れ出してくれるようになった。


 私としては一度きりの思い出にするつもりだったのに、お嬢様はその後も色んな場所を調べてきては誘ってくれる。


 お嬢様にそんな風に気にかけてもらえて嬉しくないわけがない。しかし、同時にそんな扱いを受けていいのかと落ち着かない気分になった。



 あるとき、お嬢様は侯爵家主催の夜会に招待された。私も専属執事として同行する。


 そこで嫌なものを見てしまった。


 ジャレッド王子とカミリアが、会場で人目もはばからずじゃれ合っているのだ。


 お嬢様は婚約破棄されて以降、誠に遺憾ながら王宮への立ち入りを禁止されているので、二人の姿を見る機会はほとんどなかった。


 それがこんな場所で出くわすなんて。しかしお嬢様は、ジャレッド王子が愛おしげにカミリアの頬を撫でるのを見ても、王子に腰を抱かれたカミリアが彼に熱っぽい視線を送るのを見ても、平然としている。


「お嬢様、少し外へ出ましょうか?」


 無理をしているのではないかと不安になり、小声でそう尋ねるが、お嬢様の表情は変わらない。


「いいえ、まだ入ったばかりだし会場にいるわ」


「しかし、殿下とカミリア様が……」


「ああ、あの二人? いちゃつくならもうちょっと場所を選んだほうがいいわよね」


 お嬢様は頬に手をあてて、呆れ顔で言う。その声にはなんの悲しみも苛立ちも滲んでいなかった。


 その後、招待客の令嬢たちが話しかけてくると、お嬢様は楽しそうに彼女たちと話していた。



 帰りの馬車の中、どうしても気になりお嬢様に尋ねる。


「お嬢様、ジャレッド王子のことを本当にお気になさっていないのですか……? 無理をすることはないんですよ」


 もしお嬢様が本心では二人を見たくないと思っているのなら、今日のように出くわすことがないよう、パーティーの前に調べておく必要がある。


 しかし、やはりお嬢様は平然としている。


「心配しなくて大丈夫よ。前から言ってるでしょう? 私はジャレッド王子のことをもう何とも思ってないし、二人は幸せになればいいと思ってるの」


「しかし……」


「正直言って、どうしてジャレッド王子のことが好きだったのかもう思い出せないのよね……。なんだかちょっと子供っぽくない? あの人。王子様っていうだけでよく見えてたのね」


 お嬢様はくすくす笑いながらそう言った。


 以前のお嬢様からは考えられない言葉に呆然としてしまう。


「それより、サイラスにまたついて来て欲しいところがあるの! 今度は劇場に行きたいわ。来てくれる?」


「は、はい。もちろんです」


 お嬢様に明るい笑顔で尋ねられ、反射的にうなずいた。お嬢様が誘ってくれるのに、はい以外の答えがあるはずない。


「私、最近気づいたんだけど、サイラスといるときが一番楽しいわ」


 お嬢様は屈託のない笑顔で言う。


 その顔を見ていたら、余計な考えはどこかへ飛んでいってしまった。

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