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1-2

***


 私の一度目の人生は、最悪な形で幕を下ろした。


 はじまりは、婚約者であるリスベリア王国の王太子ジャレッド・ハーディング殿下に婚約破棄を告げられたこと。


 彼は、私が聖女カミリアをいじめたなどと事実無根の主張をして、みんなの前で断罪した。


 王子に婚約破棄された上に聖女に危害を加えたとあっては、いくら公爵令嬢といえども立場が悪くなるのは免れられない。


 私の住むリスベリア王国は、五百年前に女神様と英雄が力を合わせて建国したと言われている。女神を祀る神殿は現在でも大きな影響力を持ち、女神に加護を与えられた存在である聖女も同様に大きな力を持っているのだ。


 そんな聖女を敵に回して、ただで済むはずがない。


 私は社交界の隅に追いやられ、家族からも疫病神と罵られて、あっという間に居場所を失ってしまった。



 何度も自分の運命を呪った。


 親に決められた婚約者ではあったけれど、私はジャレッド王子のことが好きだったのだ。


 王子の婚約者にふさわしい自分であろうと、常に自分を抑え、わがままを言わず、やりたいことも欲しいものも全て我慢してきた。


 それなのに、ジャレッド王子が選んだのは自由奔放でわがまま放題のカミリアのほう。


 特別な聖魔法の力を持っていることがわかり平民から王宮で暮らす聖女になったカミリアは、堅苦しい王族や貴族たちの間でもよく目を引いた。


 その甘えたような無邪気な笑みに、ジャレッド王子だけでなく第二王子のミリウス様や、宰相のご子息、王宮の魔導士長まで心を奪われていくのが傍で見ていてわかった。


 愛するカミリアに危害を加えた者として権力者たちから恨みを買った私は、もう這い上がることのできない立場まで落とされてしまった。


 当時の私にできたのは、公爵家の部屋でただ一人声を殺して泣くことだけ。


 ジャレッド王子が、そして何よりカミリアが憎くて堪らなかった。私をこんな目に遭わせておいて、あいつらが幸せになるなんて許せない。


 それで、復讐しようと考えた。


 聖女であるカミリアは王宮から毎日神殿に通っている。彼女が神殿に向かう途中、一人になる瞬間を狙って彼女を刺すように男を雇って依頼した。


 暗殺者なんてどう探せばいいのかわからなかったけれど、私の現状に同情したある公爵家のご子息が紹介を申し出てくれたのだ。


 しかし、暗殺は失敗。暗殺者はカミリアの腕に軽いけがを負わせることしかできなかった。


 王子は見えないところでカミリアを守るよう護衛をつけており、私の雇った暗殺者はしばらく逃げ通したものの、あっさり捕まったらしいのだ。


 今考えると、私はあの暗殺者を紹介すると持ちかけて来た公爵令息に騙されたのではないかと思う。だって、あまりにもあっけなさ過ぎるもの。


 今ならそんな怪しい話に乗るなんて馬鹿みたいだと考えられるけど、あの時はもう失意のどん底で、まともな判断ができなくなっていたのだ。


 私はカミリア暗殺未遂事件の首謀者として牢屋に放り込まれた。


 そして、聖女であり王太子の婚約者でもあるカミリアを殺害しようとした罪で、処刑されることになった。


 暗い牢屋の中で、どうして私がこんな目に、と何もかもを憎みながら過ごした。私には首を切り落とされる瞬間まで、もうこの暗い牢屋の景色しか見られない。そう思うと絶望が込み上げてくる。


 しかし、ある日私はあっさり解放された。


 真犯人が見つかったのだという。


 そんなはずはない。正真正銘、犯人は私なのに。



 牢屋から出た私は、衰弱から回復するまで数ヶ月間ベッドの上で過ごした。


 起き上がれるようになり、やっと解放された理由がわかった。


 執事のサイラスが、血のついたナイフを持って自分がやったと自首してきたと言うのだ。調査の結果、ナイフの血はカミリアのものだと判断された。


 サイラスは、私より一つだけ年上の執事で、子供の頃からずっと公爵家で働いてくれていた人だ。


 とある商家の次男で、子供のうちから公爵家に仕えて忠実な使用人になれる者を探していたお父様が、その利発さを気に入って連れて来たらしい。


 お父様はサイラスの働きぶりを見てさらに気に入り、私の専属執事にした。なので、私は子供の頃からいつも彼に世話を焼かれながら過ごしてきた。



 でも、だからって、なぜ。


 専属執事だからといって、主人の娘の罪をかばってやる義理はないはずだ。


 お父様が命じたのだろうか? いや、そんなはずはない。お父様はカミリア暗殺を命じたのが私だと知るなり、私をあっさり切り捨てたような人だ。今さら身代わりを用意するはずがない。


 それならどうしてサイラスは私をかばうような真似を。


 ぼんやりする頭を必死に働かせる。


 記憶を辿ると、サイラスだけはじょじょに居場所をなくしていく私にずっと優しかったことを思い出した。彼だけは風向きがどう変わろうとも、決して私を見捨てることがなかった。


 ショックで部屋に閉じこもる私に、何度も私の好きな焼き菓子を持って訪ねてきてくれた。


 王子に婚約破棄されて早々に私を切り捨てたお父様やお母様にも、煙たがられるのも構わず何度もお嬢様は何もやっていないと主張してくれた。


 牢屋に入れられている時期だって、ちゃんと面会に来てくれたのはサイラスだけだったのだ。


 なのに、私は全く気に留めなかった。



 お屋敷を飛び出してサイラスの閉じ込められている牢獄まで向かう。しかし、当然中には入れてもらえない。諦められず門の前で中に入れてと喚いていたら、門番に放り出されてしまった。


 私の腕を掴んだ門番は、「刑は確定していますから、諦めてください」とめんどくさそうな声で言った。


 釈放された私がベッドの上で死んだように過ごしている間に裁判は進み、覆せないところまで来ていたのだ。


 そうして何もできないまま、無実のサイラスは愚かな女の代わりに処刑されてしまった。



 それからの日々は、何も考えられないままただ呆然と過ごした。


 どうしてサイラスが。どうして私なんかを。そんな言葉ばかりが頭に浮かんで消えてくれない。


 私は王子やカミリアや、手の平を返すように冷たくなった周囲の人間を恨むばかりで、変わらず気にかけてくれるサイラスを見ようとしなかった。


 あんなに私を励まそうとしてくれたのに。


 あんなに私の無実を信じてくれたのに。


 お礼すら言わないまま、私はサイラスを死なせてしまった。


 無実ということになり、屋敷に戻っても、周囲は相変わらず冷たい。けれど、もうどうでもよかった。家族も周りの貴族たちも、ジャレッド王子やカミリアですらどうでもいい。


 ただ、サイラスを死なせてしまったことだけが、胸に鉛を埋め込まれたように私を息苦しくさせる。


 日に日に絶望が募っていく。


 このまま生きていくことに希望を見いだせなかった。だって私はすぐそばにあったはずの希望をなくしてしまったのだ。


 そんな日々を送って数ヶ月、私はとうとうサイラスが命がけで助けてくれた命を投げだしてしまった。


 胸にナイフを当てながら懺悔する。



 神様、ごめんなさい。


 私は手に入らないものばかり望んで、そばにある救いを無視し続けました。


 どうか、私を憐れんでくださるなら、願い事を一つ聞いてください。


 私はどうなってもいいから、サイラスが次の人生で幸せになれますように……。


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