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いなくなったセアラ 6

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 エルシーは唖然としていた。


(今、引き取るって言った?)


 エルシーは自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 確か、ヘクターは「双子」が不吉で外聞が悪いからと言ってエルシーを修道院に捨てたはずだ。それなのに、今更どうして引き取るなどと言い出したのだろう。


(というか、全然いい話じゃないじゃない!)


 ヘクターは何をもって「いい話」と言ったのだろう。エルシーはここから出て行きたいわけではないし、ヘクターに引き取られたいとも思っていない。


「わたくし、ここの生活に満足していますから、大丈夫です」


 当惑しながらもエルシーが答えると、ヘクターはさらに笑みを濃くして首を横に振った。


「エルシー、それはお前が何も知らないから言えることだ。本来お前は、伯爵家の令嬢として何不自由のない生活を送ることができる身分なんだ。綺麗な服も、宝石も、美味しい食事も、なにもかもを手にすることができる。こことは雲泥の差なんだぞ?」

「服は自分で作ればいいですし、宝石には興味ありませんし、ここの食事も美味しいです」

「そういうのは、井の中の蛙と言うんだ。外の世界を知れば、お前にも理解できる」


 そうは言っても、理解しようともしたいとも思わない。エルシーはここにいたいのだ。ここでシスターになる。それがエルシーの目標で夢なのである。


「ケイフォード伯爵は、双子は外聞が悪いとおっしゃったじゃないですか」

「もちろんそうだ。我が家には双子は生まれていないことになっている。いるのはセアラただ一人だ」

「だったら……」

「だから、エルシー、お前を『セアラ』として引き取ると言っている」

「……はい?」


 さらにわけのわからないことを言い出した。

 ヘクターは内緒話をするように声を落として続ける。


「実はな、セアラが病気になった。病気の療養のためによそに移ることになったんだが、もう長くないらしい。だからなエルシー、お前がセアラと交換で戻って来ればいい」

「は?」

「驚くのも無理はないが、よく考えればこんなにいい話はないとわかるはずだ。お前が本来手にするはずだったすべてのものが、お前の手に戻ってくるんだからな」

「…………」


 エルシーは目を丸くしたまま固まった。


(どういうこと? セアラは行方不明でしょ? 病気? ……あんなに元気そうだったのに?)


 王宮から戻ってきてセアラに会ったのは僅か十数分ほどのことだったが、とっても元気そうだった。病気だなんて信じられない。


「セアラは……今どこにいるんですか?」

「もう遠くに移した後だ。もう会うことはないだろう」

(そんな馬鹿な!)


 あり得ない。だってセアラは捜索中で、コンラッドからそんな報告は――

 ここまで考えて、エルシーはハッとした。


(嘘をついているんだわ!)


 コンラッドがヘクターの行動を見落とすはずがない。つまりセアラが病気の療養のためによそに移されたというのは嘘だ。


(わたくしがセアラが行方不明になったって知らないと思っているのね!)


 ここにダーナたちがいることもヘクターは知らない。だから、エルシーがセアラが行方不明になっているという情報を持っていないと思っているのだ。

 そして、セアラの代わりにエルシーを呼び戻そうとしている。それはすなわち。


(セアラを見捨てるつもりなんだわ!)


 エルシーを「セアラ」として引き取るということは、行方不明になっている本物のセアラの捜索は諦めるということに違いない。


(信じられない!!)


 ヘクターはこれでも親だろうか? 娘が行方不明なのにその心配をするのではなく、身代わりを用意しようとするなんて。


「いやです!!」


 腹が立ったエルシーは、席から立ち上がると大声で叫んだ。

 すると、さっきまで気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべていたヘクターの顔から、スコンと表情が抜け落ちる。


「エルシー、ここの修道院がどうなってもいいのか?」

「どういう意味ですか?」

「私は領主だ。こんな小さな修道院くらい、どうとでもなるということだ」

「――っ」


 前回は寄付金をちらつかせて脅して、今度は修道院の取り潰しをちらつかせて脅してきた。

 エルシーはあまりの卑劣さに言葉もなく、怒りで震えながら浅い呼吸をくり返す。


「エルシー、何度も言うが、お前にとっても悪い話ではないはずだ」


 エルシーと言う名前を捨てて、そして双子の妹のセアラを見捨てて、「セアラ・ケイフォード」として生きていくことが、本当にエルシーにとっての「いい話」だとヘクターは思っているのだろうか?

 絶対に嫌なのに、エルシーの答え一つでこの修道院が潰されてしまうと思うと何も言えない。

 拳を握りしめて俯くと、ヘクターが立ち上がり、エルシーの肩に手を置いた。


「エルシー、私とともに本来お前がいるべき場所へ戻ろう。我儘を言って私を困らせないでくれ」


 ヘクターの声は穏やかだったが、エルシーには拒否権も何もない恫喝と同じだった。

 悔しくて悔しくて、唇を引く結んだエルシーの瞳から涙が零れ落ちる。


「それでは院長には私から話を通しておく」


 沈黙しかできないエルシーに、ヘクターが決定事項のようにそう告げて部屋を出て行こうとした――そのときだった。


「それは了承できないな」


 ヘクターが部屋から出て行く前に、ガチャリと部屋の扉が開いて、聞き覚えのある、少し低くて澄んだ綺麗な声がする。

 ハッとして振り返ったエルシーは、扉のところで腕を組んで立っているフランシスを見つけて、どうしようもないほどの安堵を覚えた。




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