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里帰り 4

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 ケイフォード伯爵家の馬車で二か月半ぶりに修道院へ戻ると、馬と車輪の音を聞きつけて、中からわらわらと子供が飛び出してきた。


「エルシー‼」

「おかえりー!」

「すげー! お姫様みたいな格好だ‼」


 馬車を降りれば子供たちが体当たりする勢いでエルシーに飛びついてくる。馬車はそのあとすぐにケイフォード伯爵家へ引き返して行った。

 子供たちの言葉で、エルシーはドレス姿のままだったことを思い出したが、今更戻るわけにもいかないので、この一着は思い出として取っておくことにして気にするのをやめる。


「こらこら、そんなにしがみついてはエルシーが歩けないではないですか」

「院長先生! ただいまもどりました!」

「おかえりなさい、エルシー」


 子供たちを追って修道院から出てきたカリスタが、エルシーを見て優しく目を細める。


「疲れたでしょう? 中に入って少しゆっくりなさい」

「行こうぜエルシー! 院長先生のアップルケーキがあるよ」

「まあ!」


 カリスタのアップルケーキは是非食べたい。

 エルシーもカリスタに教わった作り方でアップルケーキを焼くが、まだまだカリスタの腕には遠く及ばないのだ。


 子供たちに手を引かれてエルシーが修道院の中に入ると、ダイニングではシスターたちが待っていた。

 口々に「おかえり」と言われて、エルシーは戻ってきたのだなと実感する。

 子供たちは今から勉強の途中だったので、エルシーをダイニングに連れてきた後は、シスターたちに勉強部屋に戻るようにと言われて残念そうに出て行った。


「お姫様生活はどうだったの、エルシー?」

「少しはおしとやかになったのかしら?」

「あら、イレーネ。エルシーがたった二か月で変わるはずがないわ」

「それもそうね」

(確かに何も変わってないけど、なんか複雑なのはどうしてかしら?)


 エルシーが腑に落ちないと思いながら席に着くと、シスターたちがエルシーの前にアップルケーキやお茶を出してくれる。

 アップルケーキを一口頬張って、エルシーはうっとりと息をついた。


「美味しい。幸せ……!」

「エルシーは昔からご飯を食べているときが一番幸せそうな顔をするわよね」

「そうそう、泣いていてもおやつを目の前に出せばコロッと泣き止む子供だったわ」

「扱いやすくてよかったわよね」


 くすくすと笑いながら、シスターたちがエルシーの近くの椅子に座る。


「院長先生に聞いたけど、寄付のために王宮へ行ったんですってね」

「本当、無茶をするんだから」

「この二か月半、あなたが王宮で何かへまをしているんじゃないかって気が気じゃなかったわよ」

「わたくしたち、毎日グランダシル様に、エルシーがおとなしくしていますようにってお願いしたわ」

「とにかく、この二か月が無事に終わってよかったわ」

「頑張ったわね、エルシー」


 健闘をたたえられている気が全然しないのはどうしてだろう。


(でもお祈りしてくれたのは嬉しいわ。ケーキを食べたら修道服に着替えて礼拝堂のグランダシル様にお礼を言いに行かなくちゃ)


 きっと、シスターたちが祈って、グランダシル神が見守ってくれたから、この二か月は問題なく過ごすことができたのだ。


「それで、王宮はどんなところだったの?」

「楽しいところでしたよ。みんないい人で、優しくて……」


 こことは違うけれど、温かい場所だった。

 エルシーは途中で言葉に詰まって、ぎこちなく笑う。戻ってこられてすごくすごく嬉しいのに、胸の奥に何か小さな棘のようなものが刺さっていて、それがチクリと痛い。

 エルシーの表情がわずかに曇ったのがわかったのか、シスターたちがわざとらしく話題を変えた。


「そうそう! エルシーのために、ご近所の方々が肝試し大会をするって言ってるわよ! エルシー、毎年楽しみにしていたでしょ、肝試し大会!」


 肝試し大会は、毎年夏のはじめに近所の子供たちと修道院の子供たちを楽しませるイベントだ。エルシーが子供のころから毎年繰り返し行われていて、エルシーはシーツを被って子供たちを驚かせる役をしていた。

 子供たちが悲鳴や歓声を上げて楽しそうにしているのを見るのが楽しみで、エルシーはついつい毎年張り切ってしまうのだが、今年は王宮にいたので参加することができなかった。


「エルシーが残念がるだろうから、今年はエルシーが戻ってきた後でもう一度しましょうって話になったのよ。あ、エルシーは遠い親戚の家に呼ばれて出かけていたことになっているから、みんなには話を合わせておくのよ?」


 エルシーはぱあっと顔を輝かせた。


「まあ、みんなにお礼を言わなくちゃ!」


 王宮を去って、もうみんなに会えなくなるのだと思うと淋しさもあるけれど、エルシーの家はここだ。きっと日が経つうちに、王宮への淋しさは薄れていくだろう。

 エルシーは小さな感傷を振り払うと、今度こそ満面の笑顔を浮かべた。





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