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消えた兜 7

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 その物音に気が付いたのは、偶然だったと思う。

 眠りについたはいいが、やはり不安で、エルシーは浅い眠りと覚醒をくり返していた。

 そんな数度目の覚醒の中、再び眠りにつこうとしていたエルシーの耳に、扉の蝶番が軋むような微かな音が聞こえてきたのだ。


 おかしい、とエルシーは瞬時に考えた。

 ここにフランシスがいる以上、ダーナやドロレスが夜中に様子を見に来ることはないだろう。

 今夜は護衛騎士を配さないとフランシスが決めたから、護衛騎士でもないはずだ。

 メイドが夜中に来るはずはないし、そのほかの使用人についてもまた然り。


 ならば、いったい誰が扉を開けたのか――


 エルシーは緊張で口の中がカラカラになるのを感じながら、寝たふりをしつつ聞き耳を立てた。

 蝶番の軋みよりも小さな音を立てて扉が閉まる。部屋には分厚い絨毯が敷かれているから、足音はあまり聞こえないが、一度だけガチャンと鈍い金属音のような音がした。


 エルシーは寝返りを打つふりをして、ベッドに立てかけてある火かき棒を握りしめ、そっとベッドの上にあげると、シーツの間に隠す。

 ベッドには薄い天蓋がかけられているから、エルシーが何をしているのかまではわからないはずだ。


 シーツの下で火かき棒を握りしめて、エルシーは大きく息を吸い込んだ。

 ジュリエッタ・ロマニエはフランシスの部屋の前で騎士の兜をかぶった不審者を見たと言った。

 さきほど聞こえた妙な金属音は、騎士の兜の音かもしれない。


(でもどうしてこの部屋に……?)


 クラリアーナは、騎士の兜をかぶってフランシスの部屋に進入したのはベリンダだろうと推測した。そしてベリンダをおびき寄せて捕らえるために、フランシスの部屋には彼のかわりにコンラッドがいる。


 昨日までならいざ知らず、今夜はフランシスは自分の部屋で休むと、晩餐の時に匂わせた。だというのに、どうしてここに来たのだろうか。


 いくら考えてもわからず、エルシーはぎゅうっと火かき棒を握りしめる。

 考えてもわからないことをぐだぐだと悩むのはエルシーの性分ではない。エルシーは自分の頭の出来がそれほど良くないとわかっているので、いくら考えたって答えが出てくるはずがないからだ。


(とにかく、ベリンダ様の目的がわからない以上、捕まえなきゃ)


 女性相手に火かき棒を振りかざして襲い掛かるのは抵抗があるが、脅すことができさえすればいいのだ。ベリンダだって殴られたくないはずだからおとなしくなるはずである。

 フランシスは眠っている。規則正しい寝息が聞こえていて、起きる気配はない。


(この部屋で陛下を守れるのはわたくしだけだわ)


 大声を上げるという手もあるけれど、そうすれば大勢の人が押しかけて来るだろう。妃候補たちも起きてくる。フランシスは当然のようにエルシーの隣で眠っているが、この状況を他の人に見られるのはまずいと、さすがのエルシーもわかっていた。


 フランシスが女性の部屋で休むことがわかれば、今でさえ遠慮なく押しかけていく妃候補たちが、輪をかけて過激になるだろう。そんなことになればフランシスが可哀そうだ。


(大丈夫よ。相手は女性。それもお貴族様だもの。絶対わたくしのほうが強いわ)


 何せ、鶏泥棒を竹ぼうきで殴って捕まえたこともあるのだ。修道院の子供たちが悪戯をしたときに追い掛け回す脚力も、体力にも自信がある。


 貴族女性たちは蝶よ花よと育てられたお姫様たちだから、殴ると言えば怖がって抵抗しないはずだ。うん、いける。


 エルシーはぐっと火かき棒を握る手に力を込めて、ベッドから飛び起きた。

 天蓋を跳ねのけて外に出て、火かき棒を構える。


「誰ですか!?」


 ベリンダであろうというのは推測で、確信は持てないから誰何すれば、ベッドのすぐ近くまで来ていた不審者がぎくりと足を止めた。

 騎士の兜をかぶっている。カーテンの隙間からこぼれる月明かりでは色までははっきりしないが、服はシンプルなシャツとズボンだ。


 エルシーは一瞬、ドレス姿でなかったことに驚いたけれど、ジュリエッタが「騎士」と明言したくらいだ、あの時もズボンをはいていたのかもしれない。


(身長はベリンダ様と同じくらい。やっぱりベリンダ様なのかしら? でもベリンダ様だったら、火かき棒を向けた時点で悲鳴を上げないのはおかしい気がするわ)


 火かき棒の先端を不審者に向けて、エルシーはぐっと眉を寄せた。お姫様のような貴族女性ならば、この時点で怖がってもおかしくないはずなのに、目の前の不審者は歩みこそ止めたものの、意外と平然としているように見える。


 一メートルほどの距離を開けて不審者と対峙すること十数秒。不審者が小さく息をついて、兜のベンテールを押し上げた。

 覆われていた顔があらわになって、エルシーはハッと息を呑む。


 ベリンダだった。けれど、何かが違う。雰囲気と言えばいいのだろうか。ベリンダは湖底のように静かな表情をした女性だったはずなのに、目の前にいる彼女は何というか――まるで男性のように雄々しい感じがした。顔立ちは同じなのに、醸し出す雰囲気がまるで違う。


 ベリンダは腰の皮ベルトに触れて、そこから一本の短剣を抜き取った。

 飾り気のない鞘を抜き、絨毯の上に放り投げて、短剣の切っ先をエルシーに向ける。


 エルシーは目を見開いて、両手で火かき棒を握りしめたまま、思わず一歩後ろに引いた。まさか武器を持っているなんて、思ってもみなかったからだ。


「君を傷つけたくない。出来れば下がっていてほしい」

「…………え?」


 ベリンダの声だった。けれどもエルシーが記憶している彼女とは口調がまるで違って、エルシーは戸惑った。

 そのわずかな隙を見逃さず、ベリンダが距離をつめてくる。


「っ! 来ないでっ!」


 月明かりに鈍く光る短剣に恐怖したエルシーは、咄嗟に火かき棒を振りかざした。

 ガキッと、ベリンダがエルシーが振り下ろした火かき棒を短剣で受け止める。

 エルシーは青くなった。


(ベリンダ様はお姫様でしょう!?)


 どうしてこんなに俊敏な動きができるのか。

 片や火かき棒、片や短剣。――これはだいぶエルシーに分が悪い。


 エルシーは逃げるように後ずさりし、背中が壁にあたってハッとした。

 まずい。絶体絶命と言うやつだ。貴族女性相手ならエルシーの方が断然強いと思ったのに、これは想定外すぎる。


「ベリンダ様、どうしてこんなことをするんですか!?」


 ベリンダは切っ先をエルシーの方に向けたまま薄く笑う。


「これが母の――我が国の悲願だからだよ」

(我が国?)


 何のことかさっぱりわからない。

 ここで大声を上げたとして、誰かが駆けつけて来るより、ベリンダの切っ先がエルシーに届く方が早いだろう。


 隣の部屋にいるダーナやドロレスならばすぐに来てくれるかもしれないけれど、侍女である彼女たちは貴族女性。エルシーよりも弱いのだ。下手に呼びつければ危険な目にあわせてしまうかもしれない。


 せめてフランシスを起こせれば二対一でこちらが有利になるのに――


 エルシーはちらりとベッドに視線を向けた。天蓋がかかっていてはっきりとは見えないが、フランシスはまだ眠っているようだ。物音がしない。

 こうなれば、できるだけ話を長引かせて、フランシスが起きるの待つしかない。


「我が国の悲願って、どういうことですか?」


 王族でないベリンダが、このシャルダン国を「我が国」と呼ぶのには違和感があった。我が国という響きには、何か違う意味が込められている気がする。

 ベリンダはふっと薄く笑った。


「君に詳しく説明するつもりはないよ。こんなことをしたんだ、どの道、俺は処刑されるだろう。だがその前に、悲願は果たさせてもらう」

(俺?)


 ベリンダが使った一人称にエルシーが驚く暇もなかった。

 俊敏な動きでベリンダがベッドの天蓋を短剣で引き裂き、ベッドの上に飛び乗った。


「駄目ッ!!」


 ベリンダが短剣を振りかざしたのが見えて、エルシーが悲鳴を上げて駆け寄ろうとするも、無情にもエルシーがベッドにたどり着く前に短剣が振り下ろされてしまう。


 ボスッと、空気が抜けるような音がした。


「え?」

「そこまでだ」


 エルシーが目を丸くしたのと、短剣を枕で受け止めたフランシスが、抜身の剣の切っ先をベリンダに突きつけるのはほぼ同時。

 エルシーは火かき棒を持ったまま、へなへなとその場に崩れ落ちた。



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