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身代わりの妃候補 4

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 三日馬車に揺られて到着した城は、びっくりするくらいに大きかった。


(うちの修道院が何個……いえ、何十個入るかしら? はあ、すごいわ)


 馬車は城の表門から入り、そのまま裏手にあるエルシーたち妃候補がすごすことになる王宮まで回るという。

 王宮は表から見えないから、見えている以上に城の敷地は広いはずで、あまりの広さに、ついつい、これだけ広ければ掃除が大変だろうなと考えてしまった。


 城の裏手に回れば、城に負けず劣らず大きな王宮があった。

 それぞれ二階建ての建物が十三棟、それがすべて回廊でつながれ、ダーナが教えてくれたように、一番左手の端っこには小さいけれど荘厳な礼拝堂があった。

 王宮は、右が一番妃候補の家格が高いそうで、左に行くにつれて低くなる。エルシーが使うのはその一番左端。礼拝堂のすぐ隣だった。

 エルシーはぱあっと顔を輝かせた。


「礼拝堂のすぐそばなのね! 嬉しいわ!」


 馬車がすごすことになる建物の前に停まるなり、エルシーは馬車から飛び降りてそう叫んだ。

 この三日、「風変わりなお妃候補」にすっかり慣れてしまったダーナとドロレスは驚かなかったが、二人と違ってそれほどエルシーに関わることのなかった護衛騎士たちがギョッとしたような顔をする。

 どうして彼らが驚いたのかその時はわからなかったけれど、あとからダーナとドロレスが教えてくれたことには、プライドの高い妃候補たちは、左に近ければ近いほど、嫌がって文句を言うのだそうだ。城から一番近いのが右側なので、それだけで国王の渡りが遠のくと考えているらしい。

 ダーナがこれからエルシーの住処となる建物の玄関を開けると、そこには髪をぴっちりとひっつめた年嵩の女性がひとり立っていた。

 ダーナとドロレスが腰を折って、彼女に向かって一礼する。


「お妃様、女官長のジョハナ様です」


 女官長は妃候補たちがすごす王宮の管理責任者だそうだ。

 エルシーが「はじめまして」とダーナたちに習って腰を折ると、ジョハナは鋭い視線で一瞥し、すっと隙のない動作で頭を下げる。


「ジョハナと申します。ようこそ、セアラ・ケイフォード様」


 そうだった。エルシーはセアラのかわりに来たのだから、ここではセアラと呼ばれるのだ。ダーナたちからはずっと「お妃さま」と呼ばれていたからうっかりしていたが、間違えてエルシーの名を名乗らないように気をつけなければならない。

 短い挨拶ののち、ジョハナはピンと姿勢を正して言った。


「ここでのお過ごし方についてご説明いたします。今日から一年間、お妃様はこちらでお過ごしになり、王宮の外に出られるのは三か月に一度の里帰り期間を除いては、陛下から城内に招かれた際のみとなります。それ以外は無暗に城の方へお近づきになりませんようお願いいたします。王宮の範囲内でしたら、庭を含めて自由に出歩いていただいて構いませんが、不用意にほかのお妃様のご住居へ向かわれますと諍いのもととなりますのでお控えいただきますようお願いしております」


 一息でここまで喋ったジョハナに、エルシーは小さな感動を覚えた。息継ぎなしだった。すごい肺活量だ。


「次に、衣食住に関する注意点に移らせていただきます。まず、衣食住の衣についてでございますが、最初に二着のドレス、五着の下着、三足の靴が支給されます。それ以外につきましては月に一度、反物をお届けいたしますのでご自身で服をお作りになっていただく必要がございます。靴につきましては難易度が高いため、三か月に一度、二足ずつ支給いたします。また、使われた衣服についてはご自身で洗濯なさって下さい。次に――」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 エルシーは「なるほどー」とうんうん頷いて聞いていたのだが、ダーナが慌てたようにジョハナの言葉を遮った。ドロレスも目を丸くしている。


「そんな話は聞いておりません」

「そうですね。昨日陛下がお決めになったことですから。ここでお過ごしになるお妃候補様は例外なく、陛下がお決めになったルールに従っていただきます」

「そんな!」

「続けますよ」


 ダーナはまだ何か言いたそうだったが、ジョハナに睨まれて閉口した。


「次に衣食住の食に関するルールをご説明いたします。食材は毎朝、侍女を含めて三人分のものをお届けいたします。そちらを使って自ら調理ください。ゴミは毎日夕方に回収いたしますので裏口の前に出しておいていただければ結構です。食材に関しましては多少であれば希望を受け付けますので、必要なものがあれば三日前に侍女を通してわたくしまでご伝達いただけますと幸いです」

「……ジョハナ様、食事をお妃様自らお作りになれと?」


 ドロレスが口を挟むと、ジョハナは神経質そうにぴくりと眉を動かしたけれど、親切にも答えてくれた。


「陛下のご命令です。作るのはお妃様でもあなたがたのどちらかでもかまわないのですよ。続けてよろしいですか?」

「……かしこまりました。どうぞ」


 ドロレスは納得していなさそうだったけれど、憮然とした面持ちで頷く。


「最後に衣食住の住に関することでございますが」


 ここまで来れば、何を言われるのかは想像がついた。


「掃除をすればいいんですよね?」


 思いついたことを述べると、ジョハナは少し目を丸くして、首肯する。


「お話が早くて助かります。その通りでございます。おつかいになる建物の掃除はご自身たちで行うようにと陛下のご命令です」

「異議を申し立てます」


 最後まで聞き終わった後、ダーナが挙手でそう言った。


「異議は受け付けられません」


 ぴしゃりとジョハナが言い返す。


「しかし、セアラ様はお妃様候補ですよ? いくら何でもあんまりです」

「そう思うならあなたがすればいいのですよダーナ」


 ジョハナはそう言うが、妃候補につけられる侍女たちは全員貴族出身者だという。洗濯も料理も掃除も経験したことがないだろう。ダーナは悔しそうに唇をかんだ。

 でも心配ご無用。修道院育ちのエルシーは裁縫も料理も掃除も得意分野。洗濯に至っては趣味とまで言い切ることができる。どーんと大船に乗ったつもりでいてくれてかまわない。


「ご質問は?」


 ジョハナがそう言ってエルシーに視線を向けた。

 エルシーはニコリと微笑んだ。


「ございません。あ、やっぱりありました」


 そうそう、うっかりしていた。これを確認しなくては。

 ジョハナが小さく目をすがめて、「どうぞ」と促したので、笑顔のまま続ける。


「礼拝堂の掃除も、わたくしがしていいんでしょうか?」


 ここに来たときからずっと厳しい表情だったジョハナは、その質問にはじめて表情を変えた。


「……はい?」


 ジョハナの顔が驚愕に引きつったので、ダメなのかなと思ってしょんぼりする。


「だめ、ですか?」


 礼拝堂の掃除も日課だったから、できれば行いたかったのに。


(そうよね。だって礼拝堂はお妃様候補全員のものだから、わたし一人が独占したら駄目よね)


 だったらせめて当番制で、十三日に一度だけでもいいから掃除をさせてくれないかなあと思っていると、ジョハナがこめかみを押さえながら言った。


「……お好きにどうぞ」


 エルシーはぱあっと顔を輝かせて、それを見たダーナとドロレスは「はーっ」と息を吐きだした。





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