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戦女神の呪い 7

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 監視がつけられているララのかわりに、エルシーの部屋付きメイドになったのはマリニーという名前の十六歳の少女だった。スチュワートは、近隣の村や町に住む少年少女を積極的に雇っているようで、城の中にはまだ十代の使用人がとても多い。彼らは行儀見習いもかねてここで仕事をし、数年経つと、ほかの家に紹介状を書いてもらえるそうだ。スチュワートはそうした地域の雇用の斡旋に力を入れているらしい。


 マリニーも二年前からここで働きはじめたそうで、来年、住んでいる町の代官の家の使用人になる予定だという。


 マリニーとララは仲がいいようで、彼女はエルシーに挨拶に来たときに、顔を強張らせて「ララが犯人なはずありません!」と言った。

 エルシーがララを疑っていないことを告げると、ホッとし顔で彼女はこう続けた。


「こう言っちゃなんですけど、ララがお妃様に毒を盛るはずがないんです。だって、そんなことをしてもララには何の得もないんですから! ララには病気のお母さんがいて、ここを追い出されたりしたら薬代が払えなくて困るんですよ? お妃様に毒を盛ったって一ロランにもならないのに、そんなことをする必要がどこにあるんですか?」


 ロランと言うのはこの国のお金の単位だった。地域によって誤差はあるが、だいたい一ロランで麦が一掴み買える。


 マリニーが「毒」とはっきり言ったことが気になったが、どうやら一夜明けて、使用人の間でもすっかりクラリアーナに毒が盛られたのかもしれないと噂になっているらしかった。

 妃候補が噂しているのを部屋付きメイドが聞いて、それが城中の使用人に広まったのだろう。人の口に戸は立てられないと言うから、仕方がないのかもしれない。


 エルシーは部屋で朝食を取ったのちに、クラリアーナの部屋へ向かった。

 真犯人を見つけてイレイズの無実を証明するのだと息巻いていたクラリアーナだが、スチュワートから部屋から出る許可がもらえなかったので、今日は自室にコンラッド騎士団長を呼びつけて聞き込みをすることにしたらしい。エルシーも同席するように言われている。


 エルシーが部屋に入ると、クラリアーナはベッドの上に上体を起こして本を読んでいたが、今日はばっちりメイクをして、髪を巻き、ざっくりと胸元の大きく開いたクリーム色のドレスを着ていた。


「おはようございます、クラリアーナ様」


 クラリアーナは本から顔をあげると、艶然と微笑んだ。


「おはようございます、エルシー様。ご足労いただいて申し訳ございませんでしたわね」

「いえ、それはかまいません。クラリアーナ様はお加減はいかがですか?」


 エルシーだって、イレイズを早く解放してあげたい。そのために調査をするのだと言われれば、協力するのは当然だ。


「わたくしは何ともございませんのよ。ただ今朝少し食欲がなかっただけですのに、まだ体調が万全ではないのだろうとスチュワート様が大騒ぎして、部屋から出ることを禁止されてしまいましたのよ。まったく、大げさなんですから」


 クラリアーナは肩をすくめて、本を閉ざすと、コンラッド騎士団長が来るまでおしゃべりしましょうとエルシーを手招いた。

 クラリアーナの侍女の一人であるリリナがお茶を用意してくれる。


 一杯目のお茶がなくなったころ、控えめに扉が叩かれて、灰色の髪を一つに束ねた、黒のシャツとトラウザーズ姿のコンラッド騎士団長が姿を現した。

 いつも穏やかな微笑みを浮かべているコンラッドだが、今日はその整った顔を憂いに染めている。


「お呼び立てして申し訳ございませんでしたわね。わたくし、スチュワート様のご命令でこの部屋から出ることができませんものですから」

「それがよろしいでしょうね。薬を飲まれたとしても、体にかかった負担まで取り除かれるわけではございませんから」


 コンラッドは微笑んで、エルシーが進めた椅子に浅く腰掛ける。


「それで、ご用件とは?」

「イレイズ様が薬草園にいたときのことでちょっと」


 コンラッドは、ぴくりと形のいい眉を動かした。


「コンラッド騎士団長はイレイズ様が薬草園にいらしたときに一緒にいたのでしょう? どうしてそれを証言しないのかしら。少なくとも、イレイズ様が薬草園にいらしたときに一人ではなかったとわかれば、薬草園で毒を入手したのではないかと言う疑いは晴れるはずですわ」


 たしかに、イレイズの身を守るために彼女を拘束していた方がいいとフランシスは言ったが、疑いをそのままにしておく理由はない。イレイズを犯人に仕立て上げなくとも、事情聴取のためなどと理由をつけて監視をつけることはできるからだ。イレイズのためにも不名誉な噂は早々に晴らしておいたほうがいい。


「お答えできかねます」


 コンラッド騎士団長が硬い表情で首を横に振った。

 クラリアーナは細い眉を跳ね上げた。


「まあ。それでしたら、わたくしがイレイズ様とあなたが一緒に薬草園にいたと証言すれば、あなたは共犯者にされてしまうかもしれませんわね。それでも?」

「……私も、プーケット侯爵令嬢も、薬草園で毒のある植物を採取したりしておりません」

「だから、どうしてそれを証言しないのかしら? それとも、聞かれてはまずいような何かがありまして?」


 クラリアーナはしばらく無言でコンラッドを見つめていたけれど、ひとつため息をつくと、部屋にいた二人の侍女、リリナとサリカへ部屋から出るように告げた。

 部屋の中にクラリアーナ、コンラッド、エルシーの三人だけになる。

 クラリアーナは意地の悪い笑みを浮かべた。


「逢引きでしたら、もっと人気のない時間帯を狙うのでしたわね」


 コンラッドは弾かれたように顔をあげた。


「そのようなことは――」

「だったらどうして言えないのかしら? ……ああ、心配せずともよろしくてよ。わたくし、妃候補たちの事情には詳しいんですの。陛下以上に、ね。フランシス様には必要な情報は提供しますけれど、わたくしの一存で黙っていることもいくつかありますのよ。その中の一つに、イレイズ様とあなたの関係がございますわ」


 エルシーは驚いた。その言い方ではまるで――

 クラリアーナは目を丸くするエルシーを見て、目元を柔らかく細める。


「イレイズ様とコンラッド騎士団長は、イレイズ様が王宮に入る前から恋仲ですわ。ただ、イレイズ様……プーケット侯爵家は、王宮へ入ることについて早めに打診が入っていた家ですから、イレイズ様はコンラッド騎士団長との関係を公にすることはできなかったのですわ」


 そう言えば、クラリアーナは王宮の礼拝堂で、イレイズがいずれ自分から妃候補を外れるだろうと言っていた。イレイズの心は別の男性にある、と。それはこういうことだったのか。


 コンラッドは固い表情のまま押し黙ってしまったが、クラリアーナが「もちろん、このことについては口外するつもりはありません」と言うと、諦めたように頷いた。


「あなたの言う通りです。ですが、あの日は別に……ただ、プーケット侯爵令嬢――イレイズが、クッキーを焼いたから、と。朝の散歩をしていたときに、本当にたまたま呼び止められただけで、……薬草園にいたのは、そこが一番人目に付かなかったからというだけです」


 クッキーというと、エルシーとクラリアーナとイレイズの三人で焼いたレーズンクッキーのことだろうか。コンラッドがタンポポの根を採取してくれた時に、お礼にレーズンクッキーを上げたことがあるが、彼はこれが好物なのだと言っていた。恋人であるイレイズならそれを知っていてもおかしくないから、コンラッドにプレゼントしたのだろう。


「ですけど、イレイズが私にクッキーを渡したなどと知られれば、変に勘繰る人間も出て来るでしょう。だから言えません」

「それでイレイズ様が疑われても?」

「犯人がわかれば、おのずとイレイズの嫌疑は晴れます」

「では、真犯人に心当たりが?」

「……ありません」


 クラリアーナは大げさにため息をついた。


「もういいですわ」


 帰っていいとクラリアーナが面倒くさそうに手を振ると、コンラッドは立ち上がって一礼した。

 しかし、彼が出て行く前に、クラリアーナが思い出したように言う。


「そうそう。……イレイズ様が心配なのはわかりますけど、監視と称してイレイズ様の部屋に張り付いていては、そのうち勘のいい人間は気づきますわよ。お気をつけ遊ばせ」


 コンラッドは扉の前で振り返り、もう一度頭を下げると、無言で部屋から出て行った。


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