シスター見習いは神様の敵を許しません 2
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フランシスは少し焦げた便箋を、穴が開くほど見つめていた。
これはセアラ・ケイフォードから届いた、たった六行の手紙だ。手紙と言うよりは、礼拝堂の掃除の手配をしたことに対するお礼状のようなものだったけれど。
(……似ていたな)
手紙を何度も読み返しながら、フランシスは昨日の茶会の席で見た「セアラ・ケイフォード」の顔を思い出す。
艶やかな銀色の髪。サファイアブルーの美しい瞳。小さな顔に絶妙なバランスで配置された、顔のパーツ。派手さはないが、可愛らしくもあり、美しくもあり、ずっと見ていたいと思わせる顔立ち。
その顔は、なぜかフランシスの心に焼き付いた、エルシーと言う名前の少女の顔を思い出させた。
十年前の記憶なので、はっきりと覚えているわけではない。だがどうしてか、似ていると思ったのだ。
だから、つい名前を訊ねてしまった。もしかしたらという淡い期待を抱きながら。
しかし帰ってきたのはセアラ・ケイフォードと言う名前。当然だ。エルシーは修道院にいたのだ。たとえ彼女が貴族の血を引く娘だったとしても、修道院にいる時点で訳ありに決まっていて、そんな女がフランシスの妃候補に上がるはずがない。
(だが……親戚ということはないか?)
セアラとエルシーは、どこかで血がつながっているのではないだろうか。そう思うと気になってどうしようもなくて、意味もなくセアラの手紙を読み返している。たった六行の手紙にエルシーの手掛かりなどがあろうはずがないのに。
(ケイフォード伯爵領は……例の修道院があったな)
十年前にフランシスが一時的に預けられた修道院。確かそれは、ケイフォード伯爵領の端に位置していたはずだ。
どうしてだろう、偶然ではないような気がして胸騒ぎを覚える。
もし――セアラを通じてエルシーに会う機会ができたとして、だから何かがあるわけではない。
子供のころは純粋で可愛らしかったエルシーも、女だ。十六歳になった彼女はもしかしたらあのころとは打って変わって狡猾な蛇のような女に成長しているかもしれない。そうなればフランシスはエルシーに幻滅するだろう。綺麗なはずの十年前の思い出ですら、色あせて朽ちてしまうかもしれない。
エルシーがエルシーのまま成長していたら――、女が苦手なフランシスも、彼女ならばそばにいても大丈夫だったかもしれない。そんなことを考える自分に自嘲して、フランシスは手紙を封筒の中に収めた。
そして、目の前に積まれている書類の山に手を伸ばしたその時、側近のアルヴィンが困った顔をして執務室に入ってきた。
「陛下、お耳にお入れしたいことが」
アルヴィンのうしろからクライドも入ってくる。クライドはアルヴィンとは対照的ににやにや笑いを浮かべていた。
フランシスは怪訝がった。
「なんだ?」
フランシスはペンを置いて訊ねた。
「いえ、それが……お妃様のことなのですが」
途端に、フランシスは眉を寄せた。
「苦情なら受け付けないぞ」
王宮での待遇の改善を求める苦情の手紙は、あれからも頻繁に届いている。昨日も面と向かって、やれ料理人をよこせだの、服や宝石がほしいだのと、いろいろ言われたあとだった。
どうせまたどこかの妃が、食事や服をよこせだの、掃除のためのメイドをよこせだの騒ぎ立てているに違いないと決めつけると、アルヴィンは首を横に振った。
「そうではなく……その……」
アルヴィンがちらりとクライドに視線を向ける。
クライドは笑いながら言った。
「セアラ様が面白いことをはじめましたよ」
「……セアラ・ケイフォードが?」
エルシーに似ていると思ったからだろうか、普段は女が何をしようと気にしないのに、自分らしくなく過敏に反応してしまった。
セアラと言えば、毎日礼拝堂を掃除している物好きだ。最初はフランシスも、自分の寵を得るための姑息な行動だと信じ切っていたけれど、昨日「グランダシル様に心地よくお過ごしいただくためです」と言い張ったセアラの目は、嘘を言っていなさそうだった。
「何をはじめたんだ?」
「気になりますか?」
にやにや笑いのクライドに無性に腹が立つ。何故じらすような真似をするのだろう。
「さっさと話せ」
無駄話に付き合っているほど暇ではないと睨めば、クライドではなくアルヴィンが答えた。
「それが……なぜか、礼拝堂に布団を持ち込まれまして……、今日からしばらく、礼拝堂で寝起きしたいと、そうおっしゃっているのだとジョハナが……」
「は?」
フランシスは目を瞬いた。
「なんだって?」
「だから、セアラ様は礼拝堂の中で夜をすごすらしいですよ」
「馬鹿なことを言うな」
礼拝堂を含む王宮の周りには、警備の兵をつかせている。だから礼拝堂の中とはいえ、危険はないだろうが、あそこは建物の造り的にとても冷えるのだ。初夏に差しかかっているとはいえ、夜はまだ肌寒く感じられる日もある。礼拝堂の中ならばなおさらだった。
「風邪でも引かれたら面倒だ。やめさせろ」
「そうは言いましても、礼拝堂を守るためだと聞く耳を持たないそうで。あの方、普段は聞き分けがいいようなんですけど、礼拝堂が絡むと途端に頑固になるんですよねえ」
礼拝堂愛が半端ないですねとクライドは笑うが、笑い事ではない。
「礼拝堂を守るためとはどういうことだ」
「それがよくわからないんですよね」
「わからないですませるな!」
何の目的かは知らないが――いや、あの礼拝堂愛が半端ないセアラのことだから真実「礼拝堂を守るため」なのかもしれないけれど、看過できる問題ではなかった。
「たとえ理由を訊いても、やめないと思いますけどね」
クライドの言う通りかもしれないが。彼が妙に面白がっているのが腹が立つ。
「セアラ様が何を警戒しているのかはわかりませんけど、コンラッド団長が念のため、騎士を数名配置させてほしいって言っていまして……いいですかね?」
「それはかまわん。好きにしろ。……だが」
何故セアラは突然そのような不可思議な行動に出たのだろう。
(気になるな……)
フランシスはデスクの上に肘をついて、背後の窓を振り返った。
王宮内では少々気になることもある。
(……仕方ない)
フランシスは窓の外の王宮を眺めて、そっと息を吐きだした。
 





