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国王フランシスのたくらみ 6

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 十年前。

 フランシスはある理由で、一か月ほど、少し離れたところにある修道院に預けられたことがある。

 その修道院が選ばれた理由は、そこの院長を務める人間と、フランシスの乳母が親戚だったことからだ。


 そのころのフランシスは一週間ほど前に起きた「事件」のトラウマでとにかく人を恐れる子供で、精神が落ち着くまで人の多い城から離した方がいいだろうとの父王の決断だった。

 しかし修道院に来ても、誰ともなじむことができず、日がな一日、部屋の隅で膝を抱えて過ごしていた。


 そんなある日のことだ。

 おやつにアップルケーキを焼いたから食べないかと、院長であるシスターが話しかけてきた。精神的なもので食も細くなっていたフランシスは、日に日にやせ細っていって、シスターたちをずいぶん心配させたようで、何とかして食事を取らせることはできないかと、彼女たちは一生懸命だった。

 しかしフランシスにはシスターたちの気持ちを慮るような余裕はなく、その日も「ほしくない」の一言で片づけようと、そう思っていたのだ。――が。


「院長先生の作るアップルケーキはとても美味しいのよ!」


 院長の修道服の袖をぎゅっと握りしめて、五歳か六歳ほどの女の子がひょっこりと顔を出した。さっきまで院長の背後に隠れるようにして立っていたようだ。

 これまでここで暮らす子供たちは誰一人としてフランシスに近づこうとしなかったから、突然現れた女の子にフランシスはひどく驚いたことを覚えている。

 女の子はまるでリンゴのように頬を紅潮させて、怒っているようだった。


「せっかく作ってくれたんだから、食べなきゃダメ! 院長先生は、あなたのために作ったのよ!」

「エルシー、いいのですよ」


 そう、その女の子の名前はエルシーと言った。エルシーはフランシスが頷くまでしつこいくらいに騒ぎ立てた。とうとう根負けしたフランシスは、食堂ではなく部屋でなら食べることを了承した。

 アップルケーキが運ばれてくると、なぜかエルシーまでフランシスの部屋にやってきて、隣に座って自分の分のアップルケーキを食べはじめる。


「まあまあエルシー、あまりフランを困らせてはいけませんよ」


 身分を隠して修道院に来たから、フランシスは「フラン」と呼ばれていた。もちろん院長だけは事情を知っていたけれど、ほかのシスターや子供たちは、フランシスのことを、療養に来たどこかのお金持ちのお坊ちゃんくらいにしか思っていなかったはずだ。


「でもひとりぼっちは淋しいでしょ?」


 院長がフランシスから引き離そうとしてもエルシーは頑として居座り、リスのように頬を膨らませながらアップルケーキに夢中になっていた。

 そのぷくぷくした頬っぺたや、熟れたリンゴのように赤い頬を見ていると、なんだかどうでもよくなってきて、フランシスはエルシーだけはそばにいることを許してしまった。


 その日からエルシーは当たり前のようにフランシスのそばにやってきて、果ては寝る時まで張り付いて離れないほどに懐いてしまった。

 不愛想なフランシスの何がそんなに気に入ったのかは知らないが、エルシーはフランシスに億面なく笑いかけて、一緒におやつを食べて、一緒に眠る。変な子供だなと思いながらも、フランシスは凍り付いていたような自分の心がエルシーによって溶かされて行くことに気が付いていた。


 フランシスは予定通り一か月で城に帰ることになったけれど、そのときもエルシーはフランシスに張り付いて大泣きをして、なだめるのに大変だったことを覚えている。

 思えば、素朴な味のアップルケーキは、あの頃からフランシスの好物だったが、いまだに、あの修道院で食べたアップルケーキの味に匹敵するものと出会えていない。


(懐かしいな……)


 エルシーは今、どうしているだろう。

 元気でやっているのだろうか。

 女嫌いのフランシスだが、エルシーのことを思うときだけは、心の中がほっこりすることを自覚していた。

 王となったフランシスは、もう二度と会うことはないだろうが、エルシーがこの国のどこかで幸せな日々を送ってくれることを祈っている。

 フランシスはセアラ・ケイフォードからの手紙を、ほかの妃候補たちからの手紙の箱の一番上に載せると、ペンを握って仕事を再開させた。




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