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ゾンビがはびこる世界でなんやかんやする話

七回転んだあとはとべ

作者: まさみ

『私のお父さん』

5年1組 九重真澄(ここのえますみ)


アイツはサイテーです。一言で言ってクズ男です。

私はお母さんとアイツが18の時の子です。早い話ができちゃった婚ってヤツです。


そういうと「授かり婚って言え」と要求されます。


事実は変わんないのにめんどくさい……「はいはいヤッちゃった婚ね」と返したらものすごく怒られました。


アイツはものすごいダメ男です。現在の職業は自称パチプロ、ぶっちゃけ無職です。


前は会社で働いてましたが、上司とケンカをしてやめたそうです。


私が小学校に上がった頃から、気が向いたら働いてすぐやめるをくり返しています。


うちのお母さんはバリキャリなので安定した収入があるし、アイツが家でゴロゴロしてても食べていくには困りません。


それ幸いとアイツはお母さんのスネをかじり倒しています。


「今ツキがきてるんだ、一生のお願い。一万、いや、千円でいいから貸してくれ!」


得意技は土下座です。焼いた鉄板の上でやればいいのに。


そんなアイツに愛想を尽かし、もう一切お小遣いはあげないとお母さんは宣言しました。

あっぱれな決断です。

お母さんはアイツに真人間になってほしいのです。「反面教師にしかならない父親なんてお呼びじゃないのよ」とグチってました。


なのにアイツはお母さんと私を裏切りました。


こないだ学校から帰った時の事です。部屋で何か物音がしました。

もしかしてドロボーかな、と思い、そーっとドアを開けてびっくりしました。


アイツが私の貯金箱を壊し、お金をとろうとしていたのです。


「うっかり手がすべっちまって」


「壊したのはわざとじゃないんだね。盗もうとしたのは」


「借りようとしただけ」


「返済期限は?来週?来月?来年?一生借りっぱなしは返すって言わない、まさか来来来世でも踏み倒す気?」


「さすが俺の娘容赦がねえ!頼むこの通り、見逃してくれ!コイツを元手にパチンコ行ってパーッと稼いでくるから、なんでも好きなもんとってきてやる、チョコ?乾パン?サバ缶?ニンテンドースイッチ?」


「小5の女子を乾パンサバ缶で買収できると思ってるなら新しい脳みそと交換してきなよ」


「サバ缶はうまいんだぜ、オツな味って表現がぴったりくる」


「ていうか、ニンテンドースイッチなら今年の誕生日にもらったし」


「そうだっけ?似たようなの多くてわかんなくてさ、あはは……じゃあスマホは?前から欲しがってたろ、一緒に頼んでやる。あ、でも裏サイトとか見んなよ?18歳未満インター禁止の注意書きはちゃんと守れよ、お父さんと約束だ。ちなみに未満と以下の違いトリビア、以下は18歳も含むってことな、勉強になったろ」


小指を立ててゆびきりげんまん、へろへろ父親風ふかすのがマジでうざい。


今ので私に全然興味がないこと、ニンテンドースイッチの購入資金はお母さんの全部持ちだとバレて、もとからゼロに等しい好感度が大暴落。

机の上に転がったくまもんの残骸を見ていると、しみじみ哀しくなりました。


家族で最後に行った、熊本旅行のおみやげだったのに……小学生にサバ缶のありがたみを語る父親にもゲンメツしました。


白い目で見ている私をよそに、ちゃっかり千円札をポケットに入れようとするのも許せません。


私の机はくまもん殺害現場です。

容疑者は目の前にいる。こんなことならプラスチックにするんだった。


だんだんムカムカしてきました。

図々しい小指をぱしんとはたきおとし、言ってやります。


「顔も見たくない」


仕事から帰って来たお母さんに、さっそく今日の事をチクりました。お母さんはめちゃくちゃキレて、アイツを叩き出しました。

せいせいしました。


挿絵(By みてみん)


一生のお願いは乱発するもんじゃない。

大事な時に切り札が尽きるから。


人間ってへんなの、ギリギリ死にそうな時にどうでもいいこと思い出す。私の場合は小5の時に書いた作文。授業参観で読まされ、悪い意味で皆をあっと言わせた。

「てかドン引きだよね……」

無理もない。授業参観の日に発表する作文ときたら、大抵は親への感謝を綴ったものだ。毎日おいしいごはんを作ってくれてありがとうとか、休みの日にキャッチボールしてくれてありがとうとか。

世の中親の風上にもおけない手合いが多いけど、血の繋がった実の親父をあそこまで作文でこき下ろしたのは、ことによると私が初めてかもしれない。

そりゃどういう顔したらいいかリアクションに困るよね、とちょっぴり反省する。

でも私、覚えてる。

教室の後ろ、一様に微妙な表情でたたずむ保護者の中で、スーツのお母さんだけがこっそり親指を立ててくれた。ぐっじょぶ、娘。

当時は実に反骨精神旺盛な小学生だった。離婚したのちのお母さんの教育がよかったのか、今じゃ随分丸くなったものだ。

ああいけない、またどうでもいいこと考えてる。

しっかりしろ私、現実から目を背けるな。


「よし。イケる」


下は見ない。見てもろくなことがない。どうせ阿鼻叫喚の地獄絵図が広がってるだけ。

粘着質な咀嚼音とともに、頭からまるかじりにされる人間の断末魔がここまで聞こえてくる。

重心を落とし、クラウチングスタートの姿勢をとる。スタンディングスタートと異なり、推進力が大幅アップするのが利点だ。

「陸上部なめないでよね……」

恐怖心をクソ度胸で克服し、いざ駆け出す。へりで跳躍、空中へ体を運ぶ。

「っしゃ成功!」

スライディングした靴裏が屋上を削る。

ほぼ同じ高さの隣のビルに飛び移り、振り返りざまガッツポーズ。再び走り出し、どんどんビルからビルへ渡っていく。

「うわっ!?」

いけない!

駄目!スニーカーの爪先がへりにひっかかり、滑る。空中で必死にもがいてバランスを回復、できずに落下。咄嗟に伸ばした手が壁面の配管を掴む。

「はあ、はあ……マジ死ぬかと思った。スタントマンの気持ちがわかった」

今の自分が人目にどう映るのか、なんて気にしてる余裕ない。そもそも人が殆どいない。

いるのはゾンビだ。


ある研究所でパンデミックがおきヤバいウイルスが蔓延。感染者はゾンビ化、次々にひとを襲い出した。


私の場合、それはファーストフード店の二階で始まった。

「どうしてもだめ?付き合えない?生理的に?」

「ごめん。友達としては好きだけど、そーゆーふうに見れなくて」

放課後、同級生に告られた。

「コイツ私のこと好きなんだろうな」と薄々勘付いてたんで、その事に対する驚きはない。掃除の時間にゴミ箱や机持ってると、やたら「俺がやるよ」ってしゃっしゃってくるんだもん。

観葉植物の影のテーブル席、ハンバーガーをもそもそとかじりながら、どう断ればいいものか考えあぐねる。

彼の事は別に嫌いじゃない。いいヤツだと思ってる。ただ……

向かいの男子はずこーっとストローでシェイクを吸い上げ、呟く。

「……九重がOKしないのって、お父さんの事が原因?」

「は?なんで」

「告ったヤツみんな玉砕してっから」

図星を突かれ、ハンバーガーの輪切りトマトがずりおちた。

「……うちのがどうしようもないヤツだから、恋愛に希望が持てなくなったってのは当たってる」

厳密には「うちの」じゃないけど。今は別姓の他人だ。


「やっぱり」

「ニンテンドースイッチと他のゲーム機の区別も付かない」

「うちの親父も」

「サバ缶で買収企むわくまもん殺すわ」

「熊本出禁じゃん」

「それとは別にアンタは対象外」

コイツは地雷を踏んだ。

いくらやきもきしてたからって、父親絡みのトラウマにいきなり切りこんでくるヤツあるか。

荒っぽく席を立ち、店の出口に向かいかけた時、居合わせた人たちのスマホが一斉に鳴り出した。

「何?地震?」

「政府の緊急速報だって」

ビーッ、ビーッ。真っ赤な文字が液晶を占める。鳴り響くスマホ。階下で騒音が巻き起こる。

「見ろ、人が食われてる」

皆、一斉に窓に殺到する。ファーストフード店の二階から見下ろす交差点じゃ、人が人に噛み付いていた。

「映画のロケじゃないの?」

「顔色が青通りこして黒いのも特殊メイク?リアルだなー」

スマホを取り出してのんきに撮影する客をよそに、脳裏で警鐘が鳴り響く。

「撮影にしちゃ変。カメラ一台もないし」

「ドローンで撮ってんじゃねえの」

「飛んでないっしょ」

告白の成否もド忘れ、スマホでパシャパシャやってるバカ男子を一喝。何かこれ、マジでやばいかも……。

咄嗟に体が動いた。陸上部の杵柄だ。

「早く逃げたほうがいいよ!」

窓に張り付くお客さんたちを急き立て、コートを抜けて階段に直行、うっと呻く。

口元が血まみれのゾンビの群れが、狭い階段を這いずってくる。

詰んだ。

その時、脳裏に声が響く。


『ゾンビ映画のお約束その1。ビル内の階段は使うな』

あれは私が小学生の時、アイツが借りてきたDVDを一緒に見てた。B級と呼ぶのもおこがましい、馬鹿馬鹿しさの極みのゾンビコメディだ。

『なんで?』

『逃げ場がねーからさ。階段って一本道だろ、下からドドッてきたら詰む。上からズダダッてきても詰む』

『じゃあどうするの』

『使うんなら非常階段だ』

『外は危ないんじゃないの?』

『非常階段は見晴らしがいい、上や下にゾンビがいたらすぐわかる。大抵壁面にジグザグに沿ってっから死角が少ないんだ、近くに配管や室外機が付いてりゃ足場も確保できる』

『丸見えじゃあ……』

舌打ちに合わせ人さし指を振る。

『場所にもよるだろうが都会のど真ん中なら外にだれもいねーってこたまずねー。目の前に餌があんならそっち優先すんのが本能ってヤツよ、階段ちょこまかしてんのを追いかけるゾンビは少数派と考えていい』

『飛び移るの?』

『万一の時は』

『高いとこ怖い……』

『だったらお父さんがおんぶして跳んでやる、しっかり捕まってろ』

『うん!』


ビルの一階と二階はファーストフード店、三階は整骨院……だっけ?てことは、上にも人がいる可能性がある。挟み撃ちジエンドを避けるなら非常階段に行くべき。

ゾンビだって、わざわざ外付けの階段を使いはしないはず。

即座に方向転換し、廊下の突き当たりの鉄扉を開けた。


結論からいうと予想は的中、私はただ一人生き残った……ぽい。

アイツのアドバイス通り、非常階段はジグザグで見通しがよかった。上にゾンビがいないのを確認後、一気に屋上まで駆け上がる。

「ごめん斉藤!助けたいけど余裕ない!」

聞こえないのを承知で同級生に謝罪した。罪悪感で息が詰まる。でもどうしようもない、私はただのか弱いJKだ。

屋上に辿り着いた後、切れた呼吸を整えて考える。隣には少し低いビルがあった。

生唾を飲む。


『ゾンビ映画のお約束その2。生き残りたけりゃパルクール』

『パル……?』

『建物の壁を蹴って跳んだり、屋上から屋上に飛び移るスポーツだよ』

『忍者みたい』

『そーそー、言っちまえば現代の忍者だ。動画見るか?かっこいいぞー』

『わ、わ、この人たち何?壁走ってるすごい!』

柵をとびこえ、バク転し、空中を縦横無尽に舞って摩天楼を駆け抜ける若者たち。

『面で考えんな、立体で考えろ、そうすりゃ逃げ場がぐんと増える。地上も屋上も追い詰められたら先がねえ、そこでコペルニクス的パルクール式発想の転換だ』

ほんっとふざけてる。

『じゃあパルクール部入る!』

私もどうかしてる。

『とりま陸上部はどうだ?パルクール部はなかなかレアだかんな、同好会ならいちばちあっかもしんねーけど』


アイツに見せられたパルクール動画に一目惚れして、中高陸上部の活動と並行しながらこっそり練習を積んでいた。

夜の広場。スケボーが滑走するコンクリの斜面。たくさんの柵と段差。

「~~~やってやろうじゃん」

そして、跳んだ。

ちなみに、同好会もなかった。


ゾンビの生餌と墜落死、どちらがマシだろうか。

どっちもお断りだ。

命からがら配管をよじのぼった後、屋上にへたりこむ。

夜の広場で派手に転んだ回数、七回。うち一回は右手を捻挫した。ジャージが擦り切れるほど転んだ。

あんなどうしようもないクズ親父の教えを、今も守り続けている自分にあきれる。

だって、怖かったから。すっごく怖かったから。

大人のアイツは笑いながら見てたけど、当時小1か2かそこらの私は、ゾンビが人間を襲って食い殺すシーンに心底びびってべそをかいたのだ。

その体験がトラウマとなり、エスケーププランの反芻を怠らずにきたのである。


『大丈夫、もしもの時はお父さんが助けにきてやる』

『パチンコ屋さんから直行で?』

『もちろん』

『私とパチンコどっちが好き?』

『さすが母娘、言うことがどんどんアイツに似てきた』

『ねえどっち』

『真澄に決まってんだろ』


指きりげんまん嘘吐いたら……


「なんだっけ」


ド忘れした。何かエグい罰を課した、ような気がする。


私を泣き止ませようとテキトーこいたに決まってるアドバイスの数々が、現実に生きているのは皮肉というしかない。


コンクリに膝を付き、震える手でスマホのボタンを押し、かける。

ツーツー、不通。繋がらない。電波がきてない?それとも……最悪の想像に絶望が募り行く。

悩んだ末、アイツにかける。

出ない。

「おんぶで跳んでくれるって言ったじゃん。ウソツキ」

目の前がぼんやり霞む。

ふたりとも、殺されちゃったの?帰り道は見失った。へりから下を覗き込めば、ゾンビが通行人の死体に群がり、強烈な吐き気がこみあげる。

「おえ」

もうやだ。

どうしたらいいの。

屋上から屋上へ、飛び移って逃げまくるのも限界。食べるものはどうするの?私はゾンビじゃない。死体なんて食べられない。

「おーい、助けてくれー!」

弾かれたように顔を上げる。周囲を見回す。私がいる場所から30メートルほど離れたマンションの物干し場に、親子が取り残されていた。

「大丈夫ですかあ!」

「僕は噛まれてません。君は?」

「軽い打ち身だけです」

「よかった……家で仕事をしてたらピンポンが連打されて、ゆ、ゆき、妻がドアを開けたら突然隣の人が」

男の人の声が震える。腕の中の子供が泣きじゃくる。言葉を失い、さらに視線を巡らす。飛び石のように孤立した屋上には、それぞれ人が取り残されていた。お年寄りも子供もいる。

スーツを着たサラリーマン、ОL、髪を染めた学生っぽい人たちも。

ゾンビがなだれこんでこないように、屋上に通じる扉には突っかえ棒がしてあった。

他にも生き残っている人を目視した安堵が心の片隅に灯る。

家族を食い殺された人たちの気持ちを思えば、喜んでなんていられないけど……。

女の子を抱っこした男の人の後ろに、ギクシャクした影が迫る。

ゾンビ。

「後ろ!」

扉は塞いでるのに何で?待って、僕「は」噛まれてないって……噛まれた奥さんを見捨てられず、屋上に連れてきたのだとしたら

「起きたのかゆき。僕だよ」

「さっさと逃げてください!」

「ゆきは大丈夫、腕をちょっと噛まれただけ、感染なんてしてません。言い忘れたけど僕は医者なんです、歯科医。彼女は歯科助手で職場結婚……」

「脳味噌に麻酔キメてんじゃねえ、さっさと逃げろ!」

頭の中でプチンと理性が切れ、口汚く急かす。

周囲からも逃げろ逃げろの大合唱が沸き起こる。男の人が力なく首を振ってあとじさる。

「い、医者だからわかるんです。彼女は大丈夫、傷口はすぐアルコール消毒したし……僕とかなを襲うわけない、だよなゆき、わかるよな」

助けに行く?間に合わない。屋上の端っこに追い詰められた男の人。ゾンビ化した奥さんに食われるか背中から落ちるか、絶体絶命の二択。

セミロングのゾンビが口を開く。

「~~~~~~ッ!」

手も足も出ず見ているしかない私の眼前で、ゾンビが男の喉にかぶり付く。頸動脈を噛みちぎられ、ここからでも見えるくらい血がしぶく。

ゾンビに押し倒された男の腕から女の子がすりぬけ、空中へと投げ出される。

「父親なら子供守ればかぁ!!」

風を切って垂直落下―見たくない―肉が潰れる音が

「ナイスキャッチ!」

若く瑞々しい声が響き、おそるおそる薄目を開ける。

父親が絶命したビルの下、滑り込んだトラックの助手席から上体を乗り出し、両腕で子供をキャッチした男がいる。

それより驚いたのは―……

「お父さん」

子供を助けたのはダメ男だった。


トラックを運転してる若者に肩を突かれ、振り向いたアイツが驚愕。次の瞬間意を決し、懸垂の要領で窓からトラックの上に移動し、体一杯手を振る。

「真澄ー!!」


なんで?

意味わかんない。

ご都合主義の極み。


「どうしてここにいんの」

「水曜日は部活休みだろ?この時間ならガッコ帰り、お前の性格からすると直帰はありえねー、駅前で遊んでるってあたりを付けた。携帯通じねーから乗り捨てられたトラック飛ばしてきたんだ」


ニンテンドースイッチと他のゲームの違いもわかんないくせに、なんで陸上部が休みの曜日、ばっちり把握してんのよ。

放課後どこ遊びに行くか知ってんのよ。


お母さんに聞いたの?

私のこと、どうでもいいんじゃなかったの?


「運転してんの誰よ!」

「俺のダチ、一緒にバックレた!」

トラックの中の女の子はギャン泣き、ここまで声が届く。

「むかえにきたぞ!」

「全方位ゾンビ詰めだよ!」

切羽詰まって声を張るアイツの足元に、うぞうぞゾンビが寄ってくる。


やだやだやだ嘘、神様一生のお願いアイツを助けて……


両手を組んで祈る。

アイツがトラックの上に仁王立って深呼吸、堂々と片手を挙げる。

それを合図にトラックの荷台が開いて急傾斜、膨大な量の銀玉がぶち撒かれた。

「ゾンビ映画のお約束その108、必殺パチンコ玉!」

「煩悩ぶん水増ししてんじゃねえ!」

地面になだれ落ちた銀玉を踏ん付けてゾンビが滑る、転ぶ、起き上がってまた転ぶ。七転び八起きすら許さない惨状だ。

「ざまーみさらせ、コイツがやりたくてパチンコ屋突っ込んだんだ。物量で押す作戦よ」

トラックの上で中指を立てるアホ。アレと血が繋がってるなんて信じたくない。ホント悪夢。


でも、よかった。


「……パチプロ、やるじゃん」

ふやけきって半笑い、悔し紛れに認める。

トラックがパチンコ玉を弾き飛ばして爆走、私が取り残されたビルに猛然と向かってくる。

「おりてこれるか」

「うん」

待ちきれず配管にしがみ付き、ゆっくりとおりていく。ハラハラ見守るアイツが配管の根元に掴まり、こっちに手を伸ばす。

「スカートん中見ないで」

「目ェ閉じてるから早く掴まれ!」

「お母さんは無事なの、電話でない」

「これからむかえに行く。先に回収しねーとどやされちまうから」

「お荷物かよ」

「宝もんだよ」

それはきっと、わざわざ授かり婚と言い直すほどの。

配管が不吉に軋んで傾ぎ、咄嗟に手を伸ばす。転落間際お父さんに腕を掴まれ、背中に飛び移る。

広い背中のぬくもりに包まれ、約束を破った際の罰を思い出す。

「指きりげんまん嘘吐いたらパチンコ玉鼻に詰められるだけ詰めて飛ばす、だっけ」

「守ったからチャラな」


『ねえ、もし私がゾンビになっちゃったらどうする?』

ゾンビ映画を観てる時、ポツリと呟いた。

『倒す?殺す?』

『んー。食われる』

『えー?痛いよ』

『甘噛みで頼む』

『殺さないでいいの?』

パソコン画面ではゾンビが芝刈り機で轢き殺されていた。

アイツは胡坐をかいた膝の間にちょこんと私を抱き、とてもいい顔で笑った。

『愛娘にスネ齧られんのは親父の甲斐性だから』


世界の終わりは案外あっけない。お母さんが生きてるかもわかんない。


だけど、むかえにいくね。


「腹がへったらサバ缶食え」

「景品交換所からパクってきたの?」

「緊急事態だ、許せ」

「板チョコがいいな。小さい頃よくくれた」

「胸焼けすんだろ」

「それもそうか」


暴走トラックが勢いよくゾンビをはねとばす。ウインドウでゾンビの手を挟み潰し、血相変えた運転手が「早く!」と叫ぶ。


七回転んだ後に漸く巡ってきたチャンス、今度こそモノにしなきゃバチ当たる。


「ダメ男、返上してね」


お父さんの首元に顔を埋め、力一杯抱き締め、もう少しだけ世界が続きますようにと祈った。

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