第1章 絶海孤島編 第2話 大賢者アダイン現る
窓から夕陽が差し込む。
空には雲一つない。
眩しい、ふと目が覚める。
天井がぼんやりと見えるが、見慣れた光景ではない。
ぼおっとしている頭を無理やり起こし、周囲を見渡す。
見たこともない家である。
今寝ていた部屋には、ベッドと机、イスのみであり
殺風景であるが、綺麗に掃除はされている。
そして外には綺麗な草原が見えその先には、
砂浜と海らしき光景が目に入る。
再度、部屋を見回すと、
机の上に分厚い本が一冊置かれている。
手に取りながら、先程までの
不可思議な体験を思い出す。
「これがあの時言われていた本なのかな?」
表紙には何も書かれていない。
そして表紙を捲ると、
【孤独の大賢者 アダインを呼び出します】
その一文を読むと同時に、
本が光りだした。
次第に光が大きくなり、
その光から一条の光が伸びだした。
床に向かって伸びていくと、
その辺りが眩しいほどに輝きだす。
余りにも眩しいので、目を細め、
手で目の前の光を少し隠そうとした瞬間、
光が消え、一人の人間が立っていた。
「そなたがソウタか。ワシはアダインという。
今日より、おぬしの家庭教師をするのでよろしく頼むぞよ」
と突然に表れた人がソウタに話しかけた。
ソウタは、これまで不可思議なことが連続しすぎて
どう感情を持っていけばよいか悩んでいたが、
やっと人に会えた安心もあり、直ぐに落ち着く。
でもこの人、余りにも賢者のイメージぴったりの
姿、形をしている。
なぜなら、白髪、少し長い白髭、丸い黒縁眼鏡、
ローブにマント、少し曲がりくねった杖を持っている。
そんなことを思いながら、マジマジと見ていると、
「こら、師匠が挨拶しとるんじゃ、おぬしもせぬか」
と怒られる。
ビクッと体が動き、反射的に
「す、すいません。神山創大と申します。
何からお聞きすればいいかよく分かりませんが、宜しくお願い致します。」
と言い、お辞儀をする。
そんな光景を見たアダインは、フォッフォッっと笑いながら
「すまなんだ、少し声を荒げてしまったのう。
うむ、まじめな好青年ではないか。それだけで好感があがるのう」
と喜んでいる。
「あの、質問いいでしょうか?」
ソウタは、この短いやり取りの中で、この人は信用できそうだと判断する。
「よいぞ、なんじゃな」
「あの、アダインさんはニ、ニンゲンでしょうか?」
ソウタは頭の中がまだ整理出来ないまま質問してしまった。
一瞬キョトンとした顔になったアダインだったが、
直ぐに笑顔となり、
「あっはっは、最初の質問が、そんな質問とは、
ワシですら想像出来なかったぞ。
なぜ選ばれたとかここは何処とかの質問かと思っておったわい。
愉快愉快。」
と言いながら、笑っている。
そして、一通り笑い終わると、
「すまんすまん、余りに愉快であったので、
なかなか質問を答えられんかったわ。
それでは、質問に答えようとするかの」
とソウタを見ながらニヤリとした。
そんなに変な質問をしたつもりがないソウタは
少し怪訝な顔をする。
その顔を見て見ぬふりをしながらアダインは話を続ける。
「まずは、質問に答えよう。
ワシが人間かどうかじゃが、勿論、人間じゃ。
年齢は、今年で65歳になるかの。
見た目は若く見えるじゃろ。」
いや、そのままの年齢にしか見えませんが、
とソウタが心の中で呟く
「なんじゃ、肯定してくれてもいいのに。
まぁよい、話を進めると、ワシは人間じゃが、
この時代の人間ではない。凡そ、200年前から転移してきたのじゃ」
「えっっ、200年前?」
思わず声を上げるソウタ
「そうじゃ、200年前の世界で住んで居る。
とはいえ、ワシにも時代を超えての転移なぞ出来ん。
ティア様におぬしの育成を頼まれて転移して頂いたのじゃ」
アダインは続ける
「200年前の世界は、現代と同じく、
魔物と人間が争っておった。
その中で、ワシには戦う能力が有ったため、
魔物たちと日々戦っておった。
そしてワシ自身、何度も命の危険をかいくぐり、
魔物たちをせん滅していった。
ある時、魔王を倒す機会が生まれた。
そして、あと一歩の所まで魔王を追い詰めたのじゃ。
じゃが、おもわぬ敵の援軍が現れ、逃げられたのじゃ。」
過去の情景を思い出したのであろう。
思わず、アダインの顔がゆがむ。
「魔王が逃がしたが、その他の魔物たちは
大方、始末ができた為、人間たちはやっと平和な生活を手に入れることができた。
じゃが、その時に逃がした魔王は、
人間の目を盗んで、少しずつ力を蓄えておった。
そして、200年たった今、昔のように人間と魔物の戦争になるまでに回復したのじゃ」
そこでアダインは一息つく。
そうして話を続ける。
「人間の世界も200年前の戦争で壊滅一歩手前まで攻め込まれたため、
文化も技術も元に戻すまで200年間がかかったようじゃ。
これはティア様に聞いたから、詳しくは知らんが。」
「200年前の文明レベルまでやっと戻ってきたところに、
魔王の復活じゃ。なんと運命的なのじゃとワシは思う」
アダインの顔は悲しげである。
そして一瞬の静寂の後、
「質問いいですか?」
ソウタが聞く。
「アダインさんが逃がした後、その後の世界では、
魔王を探さなかったんでしょうか?」
すると、アダインは悲しげに言う。
「探していたそうじゃ。魔王の力が少しづつ戻ってくれば、
ワシなら分かる。じゃが、能力に恵まれた人材が200年間生まれなかったということじゃな」
なるほど。断片しか分からないが、
この世界が200年前のように人間世界の壊滅になるかの知れない
逼迫した状況なのだと理解する。
「あの、大賢者とは一体なんなのですか?」
ソウタは疑問に思った内容を次々に質問していく。
「ワシの呼び名を知っておるのか?
なるほど、あの【教本】に書かれておったのだな。
大賢者は賢者では収まらんので、周りの人間がつけただけじゃ。
又、賢者になれるものは、智勇ともに優れた者が、賢者の一人に推薦を受け、
その時の賢者たる者たちの賛成多数でなることが出来る職業である」
賢者って職業なの?何の仕事をしているんだろと
また新たな疑問で出てくるが、それより前に聞くべきことがある。
「今は人間と魔物が戦争をしているのであれば、
この島も危ないんでしょうか?」
ソウタは喫水の課題である身体の安全を確認する
「なぁに、その点は問題ない。ティア様が強力な不可視の結界を
張ってくださっている。魔王でもない限り気づかれんわい」
フラグじゃないことを祈る、とソウタは思った。
そして
「その魔王を、アダインさんが今、倒すことはできないのですか?」
と直球を投げてみる。
「それはできん。ワシはあくまで200年前の人間じゃ。
この世界に干渉しすぎると、世界にゆがみが発生し、世界が消えてしまうわい」
なるほど、俗にいうタイムパラドックスなのだろう。
「おぬしは、この世界の人間ではない。
であるから、ワシが干渉しても影響が出ないのじゃ」
とアダインは分かりやすく説明してくれた。
アダインは続ける。
「ワシは、200年前の魔王を逃がした後、世界の復旧に、
そして後進を育てるため、弟子を多数受け入れた。
じゃが、通常の人間は持っていない能力を持つ者ばかりであったが、
残念ながらワシには到底追い付けない者たちばかりであった。」
「そんなある日、ティア様から連絡があった。
ワシよりも能力が高い人間がいる。そいつを育てないかと。
ワシは、驚いたとともに、久しぶりに心が躍った。
まだ、ワシの人生には目標を持つことが出来ると。
ワシを超えるような弟子を育成すること。それこそが最後のご奉公だわい」
とソウタを見る眼差しは、痛いほどに輝いている。
期待が大きすぎてソウタは戸惑う。
「オレ、生まれてこの方、戦ったことなんて一度もないのですが、、、
てか、魔法なんて使ったこともないです」
と期待を裏切る前に評価を下げておきたいと思い、そう伝えた。
すると、
「バ・カ・モ・ノ」
と大きな声とともにアダインがプルプルと震えながら
怒っている。
なぜ怒られているのか全く見当がつかないソウタは、
オドオドし始めた。
「そうか、おぬしは違う世界からきたのだから知らないのも無理はないか。
怒ってすまぬ」
とアダインはそういうと、頭を下げた。
「い、いえ。全然大丈夫です。オレこそ、すいません」
と何が悪いかわからないけど、いつもの癖で謝った。
「おぬし、何が問題かわかっておらんだろ。なのになぜ謝る。
謝ればよいという甘えを無くさねば、真に正しいことはできぬぞ」
アダインはソウタをたしなめた。
「まぁ、良い。今後はその甘えを鍛えるのでな。
ワシが怒った理由を教えてやろう。
先程、おぬしは魔法といったが、魔法は、悪意のある感情を高めて
練りだす能力じゃ。」
「ワシそして今後おぬしが使う能力は、【神力】というのじゃ。
この二つは似て非なるものである。」
というと、アダインはソウタの反応をみる。
「神力とはなんでしょうか?」
とソウタは少し考えながらも想像が出来ない。
「神力とは、悪意に耐え、そして心を鍛え、常に正しくあろうとする力の源じゃ。
その力を使って能力を発揮し、世のため人のために尽くす力である。」
「まぁ、これからおぬしは学ぶことであり、今は理解できずともよい。
ただ、神力と魔力は生み出す根底が違うことを理解しておくのじゃ。」
そういうと、アダインは優しい顔に戻っていく。
そしてアダインは窓の方を見て言う
「そろそろ、日が暮れる。まずは晩飯にしようかの。
時間はたっぷりとあるのじゃ。喉も乾いたわい」
というと、扉を開けて部屋から出ていく。
慌てて、ソウタもついていくのであった。