彼女の手紙
リコと出会って、半年になる。
あの時もそう。この中庭で彼女と出会った。
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4月。根っからの人見知りで友達の輪に入れなかった私は、入学早々教室に居場所が無くなり、ちょっとした息抜きにいつもこの中庭に来ていた。手入れがされておらず、雑然とした中庭は人気がなかったが、それがかえってよかった。
5月。中庭通いも一か月がたったある日、彼女と初めて会った。今にも消え入りそうに華奢で色白の彼女は、中庭のベンチにぽつんと小さく腰かけていた。初めの頃は、遠慮がちに離れたところに座っていたが、ある日彼女の方から「隣、いい?」と声をかけてくれた。
6月。私たちはいつの間にか仲良くなった。もっとも、人見知り同士なので丸々一週間は会話という会話はできなかったけれど。初めは昼休みに一緒にお弁当を食べながら言葉を交わすだけの関係だったが、しばらくして放課後も一緒に帰るようになった。
彼女とはとても気が合った。同じクラスだったらよかったのにね、でも、お互い人見知りだから結局仲良くなるのに同じくらい時間かかったんじゃない?と軽口を言い合えるまでになった。彼女はとってもユーモアのある子だった。もともと話すことが好きだというが、生まれつき体が弱く、入退院を繰り返しているため、小学校の時から一度もクラスになじめなかったらしい。
7月。夏の初めの運動会の日。彼女は来なかった。体調が思わしくなく、入院になったらしい。その日、私も運動会を休んだ。そもそも運動は苦手だ。テントから抜け出し、いつもの中庭に行った。遠く、運動場から声援が聞こえてくる。久しぶりに寂しくなった。
8月。彼女の入院は続いていた。彼女は病気の話はほとんどしなかったけれど、難しい病気らしいと言うのは何となく感じていた。お見舞いに行きたいけれど、入院している病院が分からない。私は携帯を持っていなかったため、彼女の連絡先を知らなかった。
9月。彼女が戻ってきた。中庭にいる彼女の姿を見た時、嬉しくて泣いてしまった。彼女も目を瞬かせながら「ただいま。」と言った。
彼女が初めて病気のことについて話してくれた。やっぱり難しい病気で、半分くらい分からなかったけど、今回の入院でもうほとんど治ったということは分かった。良かったねと言うと、彼女は涙を浮かべてうん、と頷いた。
10月。彼女たっての希望で一緒に文化祭を回ることになった。学校のイベントにほとんど初めて参加するという彼女はすごく嬉しそうだった。お化け屋敷や吹奏楽部の演奏や屋台。文化祭に来れるなんて、しかもと友達と来れるなんて!と、文化祭の1日目をたっぷり堪能した彼女は満足気な笑顔で帰っていった。
2日目も彼女の提案で、文化祭を見た後、午後から近くの公園に行くことになった。文化祭に合わせてそこにも屋台が出るらしい。ワクワクしながら彼女の隣を歩く。
「ねぇ、リコ。」
彼女に呼ばれて私は振り向いた。いつの間にか彼女を置いていってたらしい。慌てて踵を返したところで、彼女は言った。
「もう、大丈夫だから。」
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困惑した表情の彼女を見て、私は泣きそうになりながらもう一度言った。
「もう、大丈夫だから。」
けれど、彼女はまた困ったように首を傾げた。言葉を上手く繋げなくて、私はたまらなくなった。気づいたら走り出していた。走りながら私は泣いていた。公園を出たところで立ち止まって、息を整えた。振り返ると、驚いた顔をした彼女が立っていた。私は彼女の前に1歩踏み出して、声を絞り出した。
「…私、毎日楽しかった。これからも多分、大丈夫。だからもう。」
きちんと伝えないといけないのに。声が震えて最後の言葉がいえなかった。私はリコの目を見つめながら、一歩横に体を滑らせた。リコの視線がゆっくりと私の背中に隠れていたものへ向かう。
「あっ」
そう言ってリコは口を覆った。それ以上彼女の表情を見るのが辛くて私は目の前の友を抱きしめた。きつくきつく抱きしめた。出会った日から1度も触るこのできなかった友の体には、やっぱり触れることは出来なかった。
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11月。私は文化祭以来、初めて中庭に足を運んだ。ベンチに座ると肌寒い風が足元を吹き抜けていった。
小学校4年生以来の友達だった私たちは何をするにもいつも一緒だった。彼女の手術の日にはたくさんの折り鶴を持ってお見舞いに行った。小学校を卒業する頃には、完治に向かっていると病院の先生から聞き、入院が少なくなればたくさん遊べるねと話した。
けれど、中学校入学して間もなく、彼女の病気は急激に悪化した。そして、4月の桜の花も満開の頃、彼女は亡くなった。
彼女がいなくなってから、私は学校に行けなくなった。学校に行けた日もそのほとんどを中庭で過ごした。私と彼女が見つけた秘密の場所は唯一の居場所だった。そして、彼女の死から1ヶ月が経ったある日、彼女が中庭に現れるようになった。私は知らないふりをして、もう一度彼女と友達になった。彼女は私を忘れたのだと思っていたが、今思うと彼女も忘れた振りをしていたように思う。
あの日、自分の名前が刻まれた墓石を私にみせた後、彼女は秋の静かな空気に弛うように消えていった。そのときの大粒の涙と、大好きだった笑顔が目に焼き付いている。
私はその笑顔を思い出しながら、この中庭で初めてこの手紙を開いた。彼女が病床で書いた、私宛の最後の手紙。
”私の親友、リコへ”
お読みいただきありがとうございました。
初めて書き終えた短編小説です。つたない部分も多々あったと思います。
感想等頂けると幸いです。
※noteにも掲載しています。