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クリフ・オルグレン

 僕の主であるロバート・マクラミン様は人間不信――特に女性不信である。


 その最たる理由は前マクラミン辺境伯――大旦那様の後妻であった女性にあった。

 ロバート様のお母様はお体が丈夫でなかったこともあり、ロバート様を産んですぐ儚くなられた。一方で大旦那様はなんというか、辺境によくいるタイプの、精力が有り余っている男性だった。男所帯のトップというとそんな感じになってしまうのかもしれない。

 そんなわけですぐに後妻を娶られたのだったが、この後妻というのがまあ典型的な悪女だったわけだ。

 最初は外面だけはよかったものの、すぐにロバート様を冷遇しはじめた。大旦那様が戦線に出ている時期が長かったのも悪い。あの女が子を生んでからさらに状況は悪化し、嫡男であるロバート様を差し置いて息子を次期辺境伯の座に就けたがっていることは明らかだった。


 幼いころのロバート様はよく泣いていて、僕は母と一緒に励ますことくらいしかできなかった。ロバート様はわりと頑固で不器用な性質だ。虐げられても媚びへつらったりうまく立ち回ることができずにさらに傷つくような人だった。ロバート様が長じて領地の状況を知るとさらに頑なになった。

 大旦那様は戦争は得意でも内政は不得手な方で、さらにあの女は自分の利益のためならどれだけ不正や犯罪に手を染めてもいいというタイプだった。そんな状況をロバート様は看過できるはずなかった。王都の学園を卒業して戻られてからは次期辺境伯として政務に取り組み、家は完全に二分された。ロバート様派と後妻派に。


 その均衡が崩れたのは大旦那様が亡くなった瞬間だった。差し向けられた刺客をどうにか追い払い、かき集めた不正の証拠をつきつけてロバート様は後妻派を一掃した。あの女は毒を煽って死に、ロバート様は異母弟を――。


 そしてロバート様は無事に辺境伯の座に就き、当主として政務に取り組んだ。あの頃は僕も死ぬほどこき使われて、本気で死ぬかと思った。ロバート様は後妻の件でなんでも自分で抱え込む気質にもなっていて、僕は死ぬ前になんとか解決しなければと必死に知恵を振り絞った。

 とにかく人手が足りないとロバート様に訴えると、何を血迷ったかロバート様はとんでもないことを言い出した。


「嫁を取って働かせるか」

「……はい?」

「周りが結婚はまだかとうるさいし、お前は人手が足りないとうるさい。両方いっぺんに解決すればいいだろう」


 三十手前とは思えないくらい老け込んだ、不健康すぎる容貌でロバート様はどこか投げやりに言った。あまりに常識外れだし、そもそもそんな都合のいい結婚適齢期の女性がいるわけない。


 と、思っていたのだけれど。

 付き合いのある伯爵家からベリンダ・ノードリー侯爵令嬢の話を聞いて、僕はもしかすると、と思ってしまった。


 ノードリー侯爵家といえばイゼルバート第一王子殿下の元婚約者の生家だったはず。どちらかといわずとも落ち目の侯爵家から婚約者が選ばれたと知ったとき、イゼルバート殿下に失望したのも覚えている。その娘はたいそうな美人だそうだけれど、容貌だけで婚約者を選ぶなんてはっきり言って為政者としてどうかと思う。王族の婚姻なんだからもっと有効に使えないものか。国防を担う身としてはうんざりする気分だった。まあ、結局この婚約は破棄されたのだけど。

 そのノードリー侯爵家にもう一人娘がいるとは知らなかったけれど、なんとその伯爵家の嫡子の元婚約者らしい。そこで僕は学園の卒業式で起こった騒動の詳細を知った。

 ベリンダ・ノードリー嬢は王家からもしっかり慰謝料を取り立てる弁の立つ女性で、かつ学園でも首席だったのだという。どちらかだけなら期待できなかったけれど、両方持ち合わせているとなると、ロバート様の部下として働く能力はありそうだった。

 問題はロバート様の女性不信だ。とりあえず急ぎ王都へ行って打診して、しばらく婚約期間を置いて、その間に手紙のやり取りなんかで仲を深めてもらおうと思っていた。直接会うよりもそっちの方がロバート様には向いていそうだし。ロバート様は精悍なお顔立ちをしているけれど今は過労ですっかり老け込んでしまっているので、ベリンダ嬢が来るまでに多少マシな状態にしておきたいという心算もあった。


 それなのに、計算外のことが二つ起きた。


 一つは打診してそのままベリンダ嬢が辺境へやってくる流れになってしまったことだ。ノードリー侯爵はあまりベリンダ嬢のことをよく思っていないというのがありありと伝わってきて、厄介払いするように押し付けられてしまった。一方でベリンダ嬢は気にするそぶりもなく、文句の一つも言わずに辺境までついてきてくれた。この時点で僕は彼女がかなり素晴らしい女性だと感じていた。

 話をすれば知識が豊富で頭の回転が速いということもすぐわかったし、着ているものはやや野暮ったいものの立ち振る舞いがとても洗練されていた。殿下の婚約者であった妹が美人だとは聞いていたけれど、ベリンダ嬢も整った顔立ちをしていて、こんな優秀な人が婚約破棄をされてから今までの間フリーだったことが奇跡のように思えるくらいだった。


 そしてもう一つの誤算は、ロバート様の女性不信が僕の想像を超えて深刻だったことだ。

 なんとロバート様は式も挙げず書類にサインだけさせた上に「妻としての役割を求めない」と言い放ったのだ。


 終わった、と思った。

 せっかくこんな滅多にないくらい素敵な女性が嫁いで来てくれたというのになんてことしてくれるんだと、ロバート様の肩を掴んで揺さぶりたくなった。実際、後でやった。

 辺境に来てくれるなら来てくれるで結婚式の準備ができるまでは婚約期間として辺境に慣れてもらって、ロバート様も心を開いてくれるようにそれとなく手助けをしようと思っていたのに!計画がガラガラと音を立てて崩れ去っていった。

 しかし幸か不幸か、ベリンダ嬢はロバート様の暴言をすんなりと受け入れてしまった。

 なんというか、ノードリー侯爵家での扱いもそうだったのかもしれないと思わせるくらい、ベリンダ嬢は何事にも達観しているようだった。状況を受け入れるのが早すぎる。


 柔軟に対応してくれる、という点ではとても助かった。ベリンダ嬢は即戦力レベルで仕事を覚えててきぱきとこなしてくれて、目標の一つは達成されそうだった。ロバート様の顔色はよくなり、仕事量も減った。僕は無事死なずに済んだ。

 もう一つの嫁にとるというほうも、なんだかんだでうまくいきそうだった。ロバート様はベリンダ嬢――奥様があの女とまるきり違うと分かるとかなりの勢いで気を許していった。


 とはいえ問題はある。ロバート様が奥様を気に入っても、逆はわからないということだ。

 なにせ王都からはるばる嫁いできた挙句に妻として求めないなんて言われて式も挙げられなかったとなれば、奥様からロバート様への好感度はどう考えても相当低いだろう。上司と部下の関係なら良好でも夫婦としては微妙だと思っている。

 ロバート様に奥様を女性として褒めたりプライベートな会話をしたりするようアドバイスしたりしてみたけれど、奥様の方はあまりロバート様を意識しているようには見えなかった。

 まずいな、と思う。ロバート様がどう考えても悪いのだけど、奥様はかなり心の壁が分厚いタイプのようで、最初からロバート様を異性としてシャットアウトしているみたいだった。一歩間違えれば拗れまくってどうしようもなくなるだろう。

 ロバート様にはあまりグイグイいかないで少しずつ距離を詰めた方がいいとお伝えしたけれど……。


 個人的には奥様のことは年下の女性であっても尊敬できると思うし、ロバート様と本来の形でご夫婦になってくれれば一番いいと思う。でもノードリー侯爵家とのつながりは何ら意味のあるものじゃないし、なにより子どもができなければそれを理由に離縁して今度こそ跡継ぎを作ってもらわないといけない。

 ああもう、ロバート様があんなことを言わなければもっと状況はマシだっただろうに。


「どうしたの?クリフ」


 ついため息をついてしまうと、奥様に気遣われてしまう。僕は何でもないですよと慌てて取り繕った。

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