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「イゼルバート王子殿下。あなた様の目的は一体何でしょうか」

「いきなりなんだ、お前は。言っただろう、そこの悪女を断罪することが目的だと!」

「それはそこにいらっしゃるユーフェミア・ブライトン男爵令嬢が嫌がらせを受けていたから、という理解でよろしいでしょうか?」

「そうだ!それ以外に何がある!?」

「あなた方を見ていると、恋路に邪魔になった婚約者に罪をかぶせて放り出そうとしているようにしか思えませんでしたので。しかし、違うということで安心いたしました。我が妹アンジェリーナ個人を攻撃したいわけではないのですね」


 周りがざわめく。殿下は図星をつかれたとばかりに顔色を悪くしたが、すぐに平静を取り戻した。


「アンジェリーナが罪を犯したのは事実である!何か反論があるのか!?」

「さあ、殿下のおっしゃる証拠の正当性が証明されておりませんので。それよりわたくしが申し上げたいのは、ブライトン男爵令嬢が虐められていたとして、その犯人がアンジェリーナ一人とは限らないということです」


 つまり、アンジェリーナばかりを槍玉に挙げるのは不平等であり、もしそうするならさっき言ったようにアンジェリーナが邪魔になったから言いがかりをつけているだけということになる。

 ――と、周りに思わせた。


「な、なぜアンジェリーナ以外に犯人がいるという話になるのだ!」

「ブライトン男爵令嬢は方々から恨みを買っておりましたので」

「ユーフェミアが恨みを買う!?馬鹿を言うな!そこの女とは違う心の清らかな女性だぞ!」

「ではなぜアンジェリーナがブライトン男爵令嬢を虐めたのです?」


 するとユーフェミア嬢は涙に濡れてしゃくりあげながら答えた。


「イゼルバート様に、近づくな、と……私みたいな爵位の低い家の娘は、イゼルバート様と……言葉を交わすのもふさわしくない、って!」

「つまりアンジェリーナはこう言ったのですね、婚約者のいる男性に馴れ馴れしく近づくな、と」


 ユーフェミア嬢は困惑したように頷いた。一方で放心していたアンジェリーナがようやく復活したらしく、「当然でしょう!」と叫んだ。


「自分の婚約者にどこの馬の骨とも知らぬ女が胸を押し付けていたら不快になるに決まっているじゃない!」

「ユーフェミアは市井で暮らしていたんだ、その程度のことで目くじらは……」

「その程度、ですって!?注意もなにもせずにいたイゼルバート様がそう言うのね!それに学園に入れば貴族のしきたりに従うのが当然だわ。それをその女は今日までいっさい正そうとしなかったじゃない!」


 実際ユーフェミア嬢は現在進行形で殿下の腕に胸を押し付けている。流石にバツが悪かったのか、そろそろと離れたが逆効果だ。悪いと知ってやっています、と言っているも当然だ。

 周りからひそひそと声が上がるのを聞いて、私は演技がかった仕草であたりを見回した。


「ほかにもいたのではありませんか?婚約者のいる男性にブライトン男爵令嬢が近づくのを見た方が」


 すると同意するざわめきが広がる。


「……そうですわね、いつもそうでしたわ」

「ブライトン男爵令嬢は婚約者がいようがいまいが男性との距離がとても近くていらしたもの」

「あんなはしたない令嬢、市井で暮らしていたとしてもあり得ませんわ」

「アンジェリーナ様のように注意をするのは当然ではなくって?」


 よろしい。風向きがこっちに向いてきたようだ。私は殿下に向き直った。


「さて、ブライトン男爵令嬢は婚約者のいる男性に対して貴族の常識ではあり得ないほど近い距離にいたようですね。これでは当然その婚約相手も不快に思うでしょう。恨みなどたくさん買っていると思いますが?アンジェリーナだけが被害者ではないということです」

「待て!アンジェリーナが被害者だというのか!?」

「はしたなく近づいてきた女性を婚約者が受け入れる、というのは精神的苦痛が伴うのではありませんか?それに少なくとも不十分な証拠を元に婚約破棄を面前で突きつけられるという被害にはあっております」


 にこりと微笑んで、私は頭の中にある契約書をそらんじた。


「『どちらかが犯罪を犯した場合、婚約は無効とする。合意の上婚約を白紙にする場合、書類に示す金額を王家からノードリー侯爵家に支払う。破棄する場合、書面に記す金額の三倍を王家からノードリー侯爵家に支払う』――これが婚約締結時の契約書の文面です」

「な……」

「ちなみに書面に記す金額とは、三億Gです」


 三億となると、殿下の年間予算のゆうに倍は超える。ましてやその三倍となると殿下一人で用立てできる金額ではないだろう。王家から支払うとなっているのは、どうあってもノードリー侯爵家からは婚約をなくすことが許されないからである。


「法に反したとして無効にする場合、その正当な証拠が必要になります。どうやらアンジェリーナがかかわった可能性のある傷害事件未遂があったようですので、その立証が必要になりますね。もちろん殿下がおっしゃったようなブライトン男爵令嬢の証言だけでは立証できませんので、公的機関の捜査をされることをお勧めいたします」

「……ふん。首を洗って待っていろ」


 殿下はそう言うが、ユーフェミア嬢の顔色は真っ青だ。そうだね、嘘だもんね。立証なんて不可能だ。


「それと婚約破棄が実行されるかどうかに関係なく、もちろんこちらから名誉毀損の申し立てをいたしますので、そちらのほうもよろしくお願いいたします。それでは、ごきげんよう」


 私は完璧な淑女の礼を取ると、アンジェリーナの手を取った。普段はそんなことをすれば即座に振りほどかれるだろうが今ばかりはアンジェリーナもおとなしくついてくる。


 馬車に乗るまで無言だったアンジェリーナは、やがて顔を上げると唐突に私の頬を張った。


「いっ!急に何をするの」

「うるさい!うるさいうるさい!どうして殿下はあんな女のことを見ているのよっ!婚約者は私なのよ!?王妃になるのは私なの!あんな礼儀知らずの婢女ではないわ!」


 驚いた。いや、完全な八つ当たりでぶたれたことにもびっくりしたが、アンジェリーナがまだあの殿下に執心しているのがちょっと信じられなかった。あれのどこがいいんだろうか。


「なんとかしなさいよっ!婚約破棄なんて許さないんだから!」

「ちょ、アンジェリーナ。首締まるからそれ、やめて」


 胸倉を掴まれてガクガクと揺さぶられるので本気で息ができない。宥めながら私は頭をフル回転させた。

 兎にも角にも、大切なのはアンジェリーナの犯罪が立証できるかどうかである。


「アンジェリーナ。ブライトン男爵令嬢を階段から突き落とそうとしたのは本当なの?」

「はあ!?私がわざわざそんなことするわけないじゃない!私があの娘に劣る要素なんて一つもないのよ!確かにうっとおしいから注意はしたけれどその程度よ!」

「その証拠がなければ婚約は無効にならないわ。破棄するならかなりお金がいるから、殿下も用意できるかわからない」

「じゃあ大丈夫ってことなのね?私はイゼルバート様の婚約者のままなのね?」

「……さあ。もしかしたらそのお金を払ってでも破棄したいと思われているかもしれないし」

「なんですって!」


 また頬をぶたれて視界が眩んだ。両方の頬が腫れてしまったら笑えるな、これ。


「私よりあの娘がいいというの!?ありえないわ!」


 それは殿下の好みなので私は知りません。しかし参った、アンジェリーナがここまで殿下の婚約者の座、というか王妃の座に執着しているとは。あんなふうに言われたら嫌になるものだとばかり思っていたが、アンジェリーナは幼い頃から王妃になるのだと言い聞かされてきた自分が一番じゃないと気が済まないタイプだ。ある意味当然かもしれない。


「げほ、とりあえず、殿下の出方を待つしかないわ」

「本当に役に立たないわね、あなた!私の唯一の瑕疵といえばあなたみたいなのが身内にいることだわ!」


 いつものように文句を言われて私は言い返す気力のないまま、アンジェリーナと馬車に乗るとろくなことがないなとぐったりしていた。

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