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「私はアンジェリーナ・ノードリーとの婚約を破棄する!」


 そんな言葉が耳に届いたとき、私は幻聴を疑った。しかし同時に納得もしていた。


 アンジェリーナは私の妹であり、侯爵家の令嬢だ。たった今婚約破棄を宣言したイゼルバート殿下の婚約者でもある。

 アンジェリーナが見初められたのは、城で開かれたお茶会でだった。王子と同じ年ごろの子供たちが集められ、男の子は将来の側近、女の子は婚約者の座を巡っての争いが勃発したのである。というかそのためのお茶会だったのだろう。

 そして勝利を収めたのが我が妹のアンジェリーナであった。アンジェリーナは幼いころから天使か妖精のように愛らしく、長女である私よりもうんと両親にかわいがられていた。お茶会に向かう馬車の中で、一応は私もいたのだけれど、両親はアンジェリーナをどう王子に近づけるかしか話していなかった。結果としてアンジェリーナが選ばれたわけなのだから、正解ともいえる。


 ところで我が家は侯爵家とはいえそう裕福ではない。家柄と歴史だけは立派な、今は没落しかけているともいえなくもないレベルの家だ。父は商談に手を出し失敗して借金をこさえてくるし、母は侯爵夫人としてのプライドだけは立派で身の丈に合わないドレスや宝石を欲しがる人間だ。そこにアンジェリーナが王子の婚約者となればますます散財は激しくなった。


 アンジェリーナは将来の王妃なのだから、みすぼらしい格好をさせるわけにはいかないわ、といつも母は言っていた。しかし金はない。なので私の縁談が組まれた。

 相手はいわゆる成り上がりの伯爵家の次男だった。我が家には男児がいないので、将来的に婿入りしてくることになる。向こうは家柄と将来の王妃とのつながりを得て、こちらは金銭を受け取る。そういう関係である。


「お姉さまはかわいそう。あんな成り上がりの家の男と結婚するなんて、恥ずかしくないのかしら?でもしかたないわよね、お姉さまってちっともきれいじゃないんだもの。そのくすんだ髪の色も、低い鼻も、腫れぼったい瞳も、どうして私と同じ血を引いているのに全然違うのかしら?もしかしてお姉さまは拾われた子なのかしら!」


 アンジェリーナはそうやって私を馬鹿にするのが好きだった。綺麗なドレスを着て、型落ちの中古の服しかもっていない私を見下してくる。そしてあろうことか、両親もそれに同意するのだ。一応自分たちでこさえた子ではないのかとちょっと不安になった。


「本当に、ベリンダはのろまでかわいげがないわ」

「こんな娘が王妃の姉と知られたら恥ずかしい。完璧なマナーが身に付くまで外に出るんじゃないぞ、ベリンダ」

「……はい、お父様」


 私は頷くしかなかった。とはいえ、アンジェリーナが調子に乗りまくっているそばでフォローするお茶会とか胃が痛いだけだったので、若干助かってはいた。こっちだってあんな高飛車な娘が妹だと思われると恥ずかしいのだ。


 一方で、婚約者となったギディオン様とはそこそこ友好的な関係を築けていた。過去形なのは、それがたったの一年ちょっとしか続かなかったからだ。そのうち同年代の男の子たちとつるみだしたギディオン様は私のことを悪しざまに言うようになった。


「家柄だけが取り柄のつまらない女め。金目当てで股を開くなど娼婦と変わらないじゃないか。父上の命令でなかったらお前となんて結婚するものか」

「そうでございますか」

「そうやってお高く留まっているのも気に食わないんだ。どうせ俺のことを馬鹿にしているのだろう!」

「わたくしとて、あなた様との婚約は我が家の当主が決めたこととしか思っておりません」

「なんだと!生意気な口をききやがって!」


 会うたびにそう詰ってくる婚約者に私は困っていた。まあ、アンジェリーナのような外面の良さはないし、侯爵家だって家柄だけとはいうものの、その家柄がどれだけ役に立つかという話である。とんだ不良債権をつかまされたかわいそうな人だなとは思うが、私を責められてもどうしてやることもできない。お父上に直接言ってほしい。


 家にいれば家族に馬鹿にされ、時折訪れる婚約者にも文句を言われ、なんだかなあと過ごしていたが、学園に入ると少しはマシになった。何しろずっと家にいなくてもいいし、学ぶことがたくさんある。流石に人前であんなことを言われたくはないので婚約者の視界に入らないように避けまくり、妹が入学してからは妹を避け、私はようやく平穏な日常を手に入れることができた。

 それは卒業するまで続く――はずだった。


「な、なにをおっしゃっているの?イゼルバート様」


 弱弱しくアンジェリーナが呟く。庇護欲をそそりまくる演技だなと思ったが、もしかしたらあの高飛車で高慢で世界のすべてが自分の思い通りになると思っている妹でも、こんな公衆の面前で婚約破棄を突きつけられればショックを受けるかもしれないと思いなおした。


 イゼルバート殿下の横に立つのはユーフェミア・ブライトン男爵令嬢だ。この娘がなかなかの曲者なのである。

 ユーフェミア嬢は妾の子で、学園に入学する直前まで平民として暮らしていたという。そして入学するや否や、貴族らしからぬ距離の縮め方で噂になった。具体的に言うと殿方との距離が異様に近いのである、この娘。


 そしてアンジェリーナほどではないがかわいらしい顔立ちをしているユーフェミア嬢は次々と男子生徒を虜にしてゆき――ちなみに我が婚約者殿も彼女の信奉者らしい――最終的にイゼルバート殿下にまで手を出したのだとか。アンジェリーナが家でユーフェミア嬢を悪く言っているのを聞いて私は嫌な予感がした。

 最近イゼルバート殿下はアンジェリーナへの関心がそがれているようだった。何せ今日のパーティーだってアンジェリーナをエスコートすらしなかったのだ。もしかして、婚約が白紙になるかもと危機感を抱いた私は婚約の契約書を探し出して読み込んだ。何せ私の婚約もアンジェリーナの婚約によって発生する利益によるものなのだから、他人事ではないのだ。

 しかし、まさかイゼルバート殿下がこんな人目のある場所で婚約の破棄を宣言するとは思わなかった。十中八九ユーフェミア嬢の入れ知恵だろう。


「お前は陰湿にユーフェミアを虐め、あまつさえ階段から突き落とし殺そうとした。その所業、私の妻となる女性にはふさわしくない」

「勘違いですわ、イゼルバート様!わたくしはそんなことしておりません!」

「黙れ!ユーフェミアが涙ながらに訴えてきたのだ、嘘だとでもいうのか!」


 十割嘘とは言わないが、八割くらいは嘘だろうなと思う。王子の婚約者であるアンジェリーナは取り巻きたちにちょろっと不快感を漏らせばユーフェミア嬢に嫌がらせをすることくらいできただろうし。しかし階段から突き落とすまでするかどうかは不明である。とにかく、殿下の言い分からすると物的な証拠はないように思えた。


「アンジェリーナ様はイゼルバート様に近づくなと頬を張ってきたり、男子生徒を使って脅してきたりしたのです!怖かったですわ……」

「大丈夫だユーフェミア、この悪女は俺が裁いてやる」


 うん、ユーフェミア嬢の感じからしても割と嘘だな、これ。しかし愛しの王子様からそんなことを言われたアンジェリーナは完全に固まっていた。案外想定外の事態に弱いのである。


 このままアンジェリーナの評判だけ地に落ちるのは避けたい。私は持っていたグラスを給仕に渡すと、人混みをかき分けてアンジェリーナに近づいた。


「アンジェリーナ」

「……お姉さま?」


 声をかけるとアンジェリーナはばっと振り向いたが、私だと気がつくとあからさまに落胆した声を出してくれた。悪かったね、私で。


 さてと。私は殿下とユーフェミア嬢に向き直った。

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