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1.Delirium

朝7時。大音量の目覚まし時計が鳴り響く。清々しさとは程遠い気持ちで僕は目を覚ます。今はもう手に入らない淡い幸せに満ちた夢の世界から,腐敗した臓腑のようにドロドロした現実の世界に僕は引きずり出される。極彩色に彩られた現実の世界はRPGゲームに出てくる毒の沼のように,ただそこにいるだけで僕の体力を奪っていく。


まぶたを押さえながらベッドから立ち上がり,喚き散らす時計の息の根を止め,カーテンを開ける。眩しい陽の光が飛び込んでくる。ついこの間までは晴れ晴れした気持ちにもなっただろうが,今の僕にはただただ憂鬱な光だ。現実は夢と地続きではない。


菓子パンを頬張るだけのおざなりの朝ごはん。ついこの間まで温かいハムエッグやトーストが並び,淹れたての珈琲の湯気が立ち上っていた2人掛けの木のテーブルが,そして倍の広さになった部屋の静寂が,嫌になるほど現実を突きつけてくる。


つい先週まで,僕の部屋には2年間同棲した彼女がいた。しかし彼女はもういない。突っ込んできた車にはねられて病院に搬送され,そのまま息を引き取った。不慮の事故というやつだ。彼女の25年の人生は「不慮の事故」というたったの6文字で片付けられてしまった。


彼女を失っても,世界は何事もなかったかのように回り続ける。確かにそれはあたり前のことではあるけれども,当事者にとってこれほど残酷なことはない。僕も子どもではないのだから,彼女のいない現実に慣れていかなくてはいけない。


それでも僕の中の何かがまだ納得をしていないのだろう。まだ僕は家を出るときに「行ってきます」と言い,帰るときに「ただいま」と言い続けている。もちろん「行ってらっしゃい」も「おかえり」も返ってはこないのだが,虚しさを増長させるだけのこの行為を続けてしまっている。いつかはやめなくてはと思っていても,まだ気持ちに整理をつけることができない。


今日も僕は「行ってきます」と誰に届くわけでもない挨拶をする。


すると。


「行ってらっしゃい」


という声が部屋の奥から聞こえてきたのだった。ハッとして僕は振り返る。


果たして,そこには彼女が立っていた。


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