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境界線上のフォークロア―都市伝説蒐集者・名切谷宗介―  作者: 羽賀庵こうら
長編の壱 :『鏡外の影法師』――ムラサキカガミ
9/21

――古びた校舎に二人の少女

 

 

「ではまずは、一階から順に行きますね」


 利香の言葉に従って、彼女の背中を見つつ付いて行く。

 この高校は校舎も歴史が有るがゆえに、色々と今時の学校とは異なる部分が有るらしい。さきほどの宿直室がその最たる例だが、他にも和祢が知らないような設備がこの学校には残されていた。


 例えば、過去に食堂の一つとして作られていた畳敷きの部屋に、今は応接室として利用されている事務室、それにかつての校長が生徒の為にと集めていた剥製が保存されている部屋などがあって、詳細を教えてもらうだけでも和祢は軽いカルチャーショックに襲われていた。


 畳敷きの部屋なんて茶道部が使う位だし、事務室なんて和祢の学校には存在しない。剥製が保存された部屋など以ての外だった。

 しかし、利香達にとってはこの校舎が当たり前のものであり、これが普通なのだ。

 だが、彼女達も自分達の学校が古い事は自覚しているようで、案内する間も和祢の高校について逐一問いかけて来て、和祢が違いを説明すると実に羨ましそうに頷いていた。


「羨ましいなぁ……新しい校舎ってやっぱり違うのね。エレベーターなんてこんな古ぼけた校舎に今更つけらんないわよ」

「俺としては、レトロな感じで珍しいし、けっこー羨ましいけど……でも、実際に使ってみると大変なんだな」


 学校を案内して貰う内にすっかり打ち解けた和祢と利香は、最早堅苦しい口調を止めて、気楽な話し方になっていた。

 その代わりに宗介は置いてけぼりの状態なのだが、事件の関係者と他愛ない話をする時は、いつもこう言う構図になるので和祢も宗介もお互いを気にしてはいなかった。むしろ、和祢がこうして対象の緊張を解す事で、宗介が事件の事をスムーズに聞く土台が出来上がるのだ。

 人の気持ちを慮って口調を選ぶという事が出来ない宗介にとって、和祢のこの天性の人懐こさは大変な助けだった。


「校舎は粗方紹介し終えたから……あとは体育館くらいかしらね」

「体育館か……外から見てたらわりと古かったんだけど、中はどうなの?」

「倉庫やステージ以外は改装されてて綺麗になってるわよ。とはいっても、それもだいぶ前の事らしいから……かずねっちの学校よりかは古いとは思うけど」


 かずねっちとはずいぶん気安くなったものである。

 どうやら利香も元々物怖じしない性格らしい。まあそうでなければ、自分でネタを取ってくるという芸当も出来ないだろうが。

 それにしても男子と話す事に抵抗がない女子で良かった、と思いつつ、和祢は宗介と共に体育館へと案内された。


 この学校の体育館は、前述されたように、校舎と体育館の細い隙間を横断する渡り廊下によって繋がれている。

 学校によっては渡り廊下すらないコンクリートの地面を歩いて移動する所もあるようだが、この学校はアーチ状の屋根をつけてある上等な部類だ。


「体育館は部活の子が練習してるんで、外から見るだけにしてね」


 利香がそんな事を言いながら、一足先に体育館の入り口に向かい、少し重そうな扉をがらがらと引いて開けた。

 和祢の高校は校舎の中に体育館……というか、体育室と言った方が良いかも知れない……があったので、独立した体育館を現実で見るのは久しぶりだ。

 こちらも古めかしいコンクリートに覆われた造りで、内部も明らかに「古めかしい」と言った様子であり、相当な年月が経っているのだろうと感じさせる。


 中に入れないのは残念だが、と思いながら和祢は利香に内部の事を聞いた。


「体育館には用具室とか、ジムとかあるの?」

「え、ジム? かずねっちの学校そんなのあるの? 私達の所はそんなんじゃないわね……。まあ、一般的な造りじゃないかな。用具室や放送室も有るし、ああ、舞台の裏にも倉庫が有ったり、控室が有るの。あと、これもだいたいそうだけど、二階があって吹き抜けになってるわね。それくらいかな」

「この体育館は何度か改装してるのかい?」


 宗介が聞くと、利香は少し悩んでこくりと頷く。


「えーっと……多分昭和の五十年くらいじゃなかったかな。私、前に学校の歴史を調べて知ってるのよね。でも、外壁の補修とか体育館の床だとか……そう言う所くらいしかやってないんじゃないかな? 小曽根って校長先生がいて、その校長は一度学校を建て替えた後は、本当に手を付けたがらなかったらしいから……まあ、そのお蔭でこんな古臭い伝統の学び舎って奴があるんだけどね」


 時代に迎合したくなかったのか、それとも自分が作り上げた校舎を改装させたくなかったのかは定かではないが、結果的にこうして珍しい校舎が現存しているのだから、小曽根と言う校長の頑固さも良い物だったのかも知れない。

 まあ、それも部外者だから気軽に言える事ではあるのだが。


「おじさん、特に気になる所はある?」


 これで学校の案内は終わったようなので、改めて宗介に聞くと、相手は顎に手をやって少し考えた後、不意に利香に顔を向けた。


「体育館や校舎の周りを歩いてみたいんだけど、いいかな」

「え? は、はい。だけど何にも有りませんよ?」


 どうやら利香は“黒い影”の事を知らないらしい。

 言うべきかとは思ったが、萱谷が彼女の前でその事を何も言わなかったのは、今回の事に関係が有るか解らなかったか……好奇心旺盛な彼女に、夜の学校に忍び込んでほしくないと言う思いが有ったからなのだろう。


 その気持ちを察したので、和祢と宗介も敢えて何も言わずに彼女に案内を頼んだのである。利香は唐突な要望に戸惑っていたようだったが、探偵のする事など常人には解らない物だと思い直したのか、了承するように何度か頷いて、和祢達を案内すべく昇降口……下足置場に向かった。


「…………あれ?」


 廊下を歩き、昇降口が見えてきた所で、不意に利香が声を漏らす。

 どうしたのかと先を見やると、下駄箱に隠れるようにしてヒソヒソと会話をしている二人の女子生徒が目に入った。


「誰だい」

「入嶋麗奈と、岡崎佳津子です。……あ、そう言えばあの二人、いつも石野優美と一緒に居た、仲の良かった二人ですよ」


 利香の言葉に宗介は俄かに反応し、サングラス越しにでも判るくらいに二人に目を見張った。和祢はそんな挙動不審な姿を心配しつつ、周囲に人がいない事を確かめてから己もじっと二人を見やる。


(……対照的……というか…………明らかに差がついてるな……)


 人の美醜にどうこう言う権利は和祢にはないとは解ってはいるが、しかし目の前にいる二人を見るとどうしてもそう思わざるを得なかった。

 入嶋麗奈と言う女子生徒は、つぶらな二重に小さな鼻梁で、非の打ちどころのない美少女と言える。しかし岡崎佳津子と言えば、一重で太眉で髪型も垢抜けず、頬にはそばかすが散っている。

 入嶋麗奈と並ばなければ、よく居る田舎の高校生というだけで済んだだろうに、彼女と一緒に居る事で皮肉にもその平凡さが目立ってしまっていた。


「…………仲が良いんだね?」


 改めて念を押して言う宗介に、利香は困ったように顔を歪めた。

 そうして、和祢と宗介を引っ張ると、耳打ちをして来る。


「えっと……正直微妙なんですよね……。麗奈ってクラスのリーダー格なんですけど、顔は良いけどプライドが高いし結構激しい性格してるから……。あくまでも私個人の意見ですけど、石野優美と岡崎佳津子は完っ全に麗奈の引き立て役みたいな感じでしたよ。あのほら、ガキ大将とそのお付きっていうか」

「ああ……どこにでも、どんな時代でもいるんだねえ、そんな奴」


 宗介の言葉に、流石の和祢もうんざりして頷く。

 本当の所はどうか解らないが、石野優美が目立たない容貌の生徒で、岡崎佳津子もまたあのように地味目な顔立ちであるのなら、どうしても華やかな要望の麗奈の方が目立ってしまうだろう。


 彼女達が本当に仲良く付き合っているのなら顔の事など関係ないが、今は彼女達の内情が解らないので、うがった見方しかする事が出来ない。


 女子は自分より劣った容姿の女を仲間に引き入れ、自分の容姿を底上げしようとすると聞いた事があるが、和祢としてはそんな怖い事が一般論だとは思いたくはなかった。そんな女子ばかりでは、付き合うどころではないではないか。

 生まれてこの方彼女など居たためしのない和祢としては、そんな夢の無い話は断固として信じたくは無かった。


 出来れば「仲が良かったから」とか「気が合ったから」という理由でいて欲しい物だがと願いつつ、件の二人の女子を見ていると……彼らがこちらに気付いた。


「……!」


 二人ともあからさまに驚いて、それから顔を逸らす。

 だが、それが失策だと思ったのか、麗奈はすぐにこちらを向いて、愛らしい笑顔を浮かべながら岡崎佳津子と一緒にこちらに近付いてきた。


「こんにちは坂部さん、今日も校内新聞の作業だったの?」


 なんだか芝居がかった丁寧な口調で話しかけてくる入嶋麗奈に、利香も調子を崩されたのかしどろもどろでぎこちなく笑いながら答える。


「え、ええと、そうなのよ! 入嶋さんと岡崎さんは、今日はどうして? 彼氏の事でも待ってたの?」

「そうね、そんなとこ……。あの、その二人は?」

「ああ、えっと……こっちは伊加土君で、こちらは名切谷せ……さん。かやじいのお客様で、私が校内を案内して回ってたの」


 そう言われて、和祢は一応頭を下げる。

 麗奈と佳津子はそんな和祢と宗介をじろじろと見ていたが、麗奈は愛想の良い笑顔でにっこりと笑うと改めて自分の自己紹介をしてきた。


「そうでしたか……初めまして、私入嶋麗奈って言います。こっちは岡崎佳津子。君は伊加土君……だよね? どこから来たの?」

「あ、えっと……××の方から」


 麗奈達からは少し見下しているような視線を感じたが、田舎臭い自分の顔では無理もないかと思って、和祢は朗らかに笑い自分の街の名を告げる。

 すると、麗奈は一気に色めき立って和祢の手を掴んだ。


「ええっ、××!? うわぁ、いいな、超都会じゃん!」

「そ、そうかな?」


 先程とは百八十度態度を変えた麗奈に、和祢は驚きながらもへらへらと笑う。

 見下されようが、やっぱり美少女に手を握られると男は弱い物だ。思わず気が緩んでしまう和祢に、麗奈はきらきらした顔で詰め寄る。


「じゃあ高校は××高だよね、いいなぁ~、あそこからだと中心街が近いし、本当憧れるよぉ……。ね、連絡先交換しない?」

「え、で、でも俺と?」

「キミだからこそよ! 伊加土君格好いいし、もし良かったら麗奈ともお友達になってくれれば嬉しいんだけど……」


 上目遣いで見上げて来る麗奈に、和祢は思わずたじろいでしまう。

 そんな様子を麗奈の後ろから見ていた佳津子が、女子にしては低い陰鬱な声でボソリと呟くように諫めた。


「麗奈、大輔君の事はどうすんの? 彼きっと怒るよ」

「友達だからいいのよ! ……あ、いや、こっちの話だから気にしないで!」

「う、うん……」


 今明らかに彼氏らしき男の名前が出たような気がするのだが、麗奈は佳津子の制止に構う事なく、強引に和祢の電話番号を聞きだして、自分の連絡先と交換してしまった。

 和祢は今時の若者には珍しく、ソーシャルネットワークには入っていなかったので、電話番号かメールアドレスしか交換する物が無かったのである。


 麗奈はその事は少し不満だったようだが、後で何とでもなると思ったのか、またあの美少女然とした満面の笑みを浮かべると、和祢の手をまたぎゅっと握った。


「あとで電話するから、その時はメールアドレスとか教えてね」

「う、うん……」

「麗奈、もうそろそろサッカー部の練習終わるよ」

「はいはい! じゃあね、伊加土君!」


 佳津子に急かされるように言われて少し不機嫌になった麗奈だったが、和祢には可愛さを強調した声で微笑んで、風のように去ってしまった。

 ……後に残るのは、白けた宗介と不機嫌な利香と、背後の二人にどう反応したらいいか冷や汗を垂らしている和祢だけである。


「…………えっと」

「だーっ、もう、これだからあの子いけ好かないのよね!! 彼氏がいるのに他の男にもちょっかいかけてさ……かずねっちも気を付けてよ! あの子の事だから、どーせ都会のイケメン紹介して貰おうとしてるだけなんだから!」

「そうそう、利用されてるだけだよ。田舎のちんくしゃ小僧みたいな顔してる和祢に、あんな美少女が惚れる訳がないんだから」

「お、お前らなあ!!」


 自分に対して怒っているのではない事は助かったが、しかし随分な言い草だ。

 思わず怒って地団太を踏む和祢に、宗介はくつくつと笑って肩を揺らした。


「ま、とりあえず……電話番号は教えて貰えてよかったじゃない?」

「ハァ!? なんでですか!」


 半ギレしたかのように妙に怒る利香に、宗介は口に拳を当てて笑いを抑えながら、その意味を説明する。


「だってほら、あの子達は石野優美と仲が良かったんだろう? だったら、仲良くなれば僕達や家族すらも知らない事を教えて貰えるかもしれない」

「あ……そっか」

「でも……あの二人に聞いても解るかしら」

「どうしてそんな風に思うんだい?」


 宗介が訊くと、利香は少し躊躇った様子だったが……はっきりと答えた。


「だってあの人達……石野優美が……自分がいつも一緒に居た友達が自殺したって言うのに、まるで悲しんでた素振りがないんですよ?! ……私、ちょっと気になって彼女達に話を聞こうと思った事があったんだけど……でも、二人……特に麗奈は、彼氏の事しか頭にないみたいだった。岡崎佳津子も、他人事みたいで……友達なのに、そんなのってあります? 普通、友達なら悲しむくらいはしますよね! ……だから私、あの二人が嫌いなんです」


 憤りを隠せないと言った様子で顔を険しくする利香に、宗介は軽く溜息を吐くと諭すように彼女に話しかけた。


「学校では見せてないだけかもしれないよ? 人間の気持ちなんて目で見ただけじゃ解らないもんだからね」

「でも……」

「石野優美だって、自殺する素振りを見せなかったんだろう? ……誰だって、人前では隠しておきたい感情もあるもんだよ。……でもまあ、それで嫌いな気持ちを納得させることは難しいだろうけど、そう思っていれば相手とも冷静に話し合えるかもしれない。新聞記者なら、覚えておいた方が良いよ」


 その言葉に、利香はハッとして気まずそうに顔を歪めたものの、宗介の言った事は尤もだと思ったのか、何度も深く頷いた。


「そう、ですね。……決めつけちゃ駄目ですよね。……うん、ありがとうございます。私結構物を考えずに言っちゃう性格だから……ごめんね伊加土君、私ちょっとヤな感じだったよね」

「気にしてないよ。まあ、相性ってあるしね」


 こちらも麗奈の事はなんとも思ってはいない、と苦笑すると、利香は少女めいた純粋な笑顔で笑ってくれた。

 勝気な顔立ちも、笑うと年相応の女の子だ。

 なんとも思ってないとは言ったが、やはり自分に近付いてくれる女性が好意を持って接してくれたら嬉しい訳で、和祢は利香の表情に少し胸の高鳴りを覚えてしまった。


(我ながら惚れっぽいなあ……)


 女子なら誰でも良い、という事ではないはずだが、彼女が欲しいと思っている男であるからこそ、こうも妙な勘違いを起こしてしまうのだろうか。

 何にせよ協力者の利香には格好悪い所を見せたくなくて、和祢は自分の顔を軽く叩くと、なんとも言い難い笑みで笑って見せたのだった。


「……ところで坂部君、きみ……この後も僕達に協力してくれるつもりなのかい」


 和祢と利香の会話を割り入るように問いを投げかけて来た宗介に、利香は態度を変えると「もちろんだ」とでも言わんばかりに頷いた。


「私一度探偵に密着取材してみたかったんですよね! よろしくお願いします!」

「だ、大丈夫……? なんか変な事とか起こるかも……」

「え? 変な事って?」

「あ、いや……」


 そこを説明するのは和祢にはとてもできそうにない。

 何故なら、その「変な事」とは和祢が嫌いなもの(・・・・・)に関わる事なのだから。

 口を噤む和祢を面白そうに口を緩めながら見ていた宗介は、利香に向き直るとその意気やよしと言った様子で人差し指を立てて指示を出した。


「じゃあ、僕達を取材する代わりに協力して貰うよ」

「はいっ、よろこんで!」

「ならまずは……ちょっと情報を集めて貰おうかな」

「情報?」

「ああ。僕達じゃ集められそうにない方の情報をね」

 

 

 

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