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ぐらぐらと視界が揺れていた。
どうやって家にたどり着いたか、覚えていない。
それほどショックを受けていた。
洸一の前ではなるべく、男らしく、父親らしくしようと思ってがんばって来たけれど、きっと無理がありすぎた。
ぼくの空回りを、洸一は見抜いていたんだね。
つい先日も、父親参観日にスーツでネクタイして行ったのに、今日はお父さんのご都合付かなかったんですね、と担任は父兄が大勢いる中で笑顔を向けた。
髪も思い切って、短く切ったのに。
あちらこちらで失笑が漏れる。
その場に、洸一もいた。
「あの。松原洸一の父親です」
「はっ……!?あ、あ~っ、すみませんっ!」
いつもそんな風だった。
ぼくは、時々、洸一が向ける全幅の信頼に油断して、歪な自分のことを忘れてしまうのだ。
『オンナミタイナ父親』
きっと、それが世間から見たぼくの姿。
中途半端なぼくに対する苛立ちで、まだ幼い洸一が荒れたのだと思うと、ぼくは申し訳なさでいっぱいになった。
他所のパパみたいに、キャッチボールもまともにできないし、サッカーも洸一は運動神経が良すぎて、たまに帰ってくる翔兄ちゃんと朱里兄ちゃんじゃないと相手にならない。
運動会の親子リレーも、ぼくではなく足の速い沙耶さんがいつも走っていた。
風邪で寝込んだときに、枕元で本を読んだり、夜中何度も熱を測り、汗を拭いて様子を見ていること。
そんな誰にでもできる事しかぼくにはできなかった。
ふいに押し寄せる不安。
ぼくの存在する必要性って、あるんだろうか?
……もし、ぼくのせいで洸一が、ぼくが受けたようないじめに遭っていたとしたら?
顔の赤い痣が、そのせいだったとしたら?
クラス中に冷たくされて居場所のなかった自分の過去を思うと、たまらなかった。
絶対に、洸一をそんな目に遭わせたくなかった。
でも……どうすればいい……?
ぼくに何ができるだろう……
キッチンでぼんやりしていると、気持が揺れてどうにもいたたまれない。
沙耶さんと洸一の帰りを待っていたが、じっとしていられなかった。
二人が帰宅したとき、冷蔵庫の缶チューハイ一本でしたたかに酔ったぼくは(体質的に合わないらしい)、泣きながら同じ言葉を何度も繰り返していた。
「ごめんよ……洸ちゃん。パパ、男らしくなくて、ごめんよ……洸ちゃん……でも、パパは、これ以上は、どんなに頑張っても駄目なんだよ……」
「パパ」
「お布団敷いてくるから、ちょっとパパの傍にいて、洸ちゃん」
沙耶さんが、去ってゆくのが見えた。
椅子から落っこちたまま、台所の床に転がったぼくは、ぼんやりとしたまま意識の中に見える洸一に向かって謝り続けていた。
「男らしくできなくてごめんよ、洸ちゃん」
「パパ。謝らないで」
「洸ちゃん、ごめんよぉ……でも、パパは……」
「ぼくこそ、ごめん」
酔っ払ったぼくの頬に、天使の涙が落ちてくる。
「ぼく、パパのこと好きだよ。嘘じゃないよ。世界中で一番好きだよ。こんなに泣かせて……傷つけてごめん……」
パパが好きだから、パパのことを女みたいだって言った相手を許せなくて、片っ端からぶん殴ったのだと言う。
それは、後から沙耶さんが教えてくれた。
「パパが大好きだから、許せなかったのね。悪口言われて、悔しかったんだって。」
何故、相手を殴ったか、パパが理由を聞いたら悲しむ。
聞かせたくないから、一緒に行くのはママがいいと言い張った。
それは、小さな洸一なりの毅然とした正義だった。
沙耶さん、ぼく達の息子はやっぱり天使だったよ。
ほろほろ涙が零れるのは、アルコールが残っているせいだね、きっと。




