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ぼくは、どうやら余りできの良いパパではないらしい。
どちらかと言うと、「役立たず」みたいだ。
……最近、自覚した。
沙耶さんは、病院から帰ってきてしばらく安静にした方がいいからと言っても、とても横になんかなっていられないわ……と眉をひそめて呟いた。
ぼくたちは、毎日新しいことが起きるたび、大騒ぎしていた。
「きゃあ~。洸ちゃんが、ミルク吐いたぁ!わ~……どうしよう。パパ、小児科っ、小児科の電話」
その横では、パパが受話器を握りしめ、ぼくは赤ん坊をその辺りにおいて電話帳を繰っていた。
「みぃくん。あなたの職業はなんですか?」
腕組みをした沙耶さんが、ぼくに冷ややかな視線を送り、ぼくはそこでやっと気が付くのだ。
「あぅ~。い、医者です~」
「乳幼児が、飲んですぐミルクを吐くのは?」
「……よく、あることです」
「その通りです。わかったらお父さんも、受話器しまってくださいね。パパと一緒におじいちゃんまでおろおろしちゃって、困った人たちでしゅね~、洸ちゃん」
「洸ちゃん」と、沙耶さんは名前を呼ぶ。
……でも、パパ(おじいちゃん)と、ぼくと、成瀬のおじさん、ユリアちゃんは「天ちゃん」と呼んでいた。
「洸ちゃんは天使みたいだから、いっそテンシって呼んでもいいかな」
ある日、思い切って打ち明けたら、沙耶さんはいくら何でもそれはだめよと、あきれ果てた。
「あのね、みぃくん。どこかで、この子のこと、どうしてテンちゃんって呼んでるんですかって聞かれたら、どう返事をするつもりなの?」
「あ……の。天使みたいに可愛いから……じゃ、だめ?」
「だめ!どこの世界に、自分の子供を天使だなんて呼ぶ親がいるの。もし、居るなら逢ってみたいわ」
沙耶さん以外の、その場に居た人間(いつもの4人)が「はい」と手を上げた。
「でもなあ、沙耶さん」と、すかさずパパも反論。
「客観的に見ても、この子は、ほかの子と比べても本当に可愛いぞ」
がんばれ、パパ!
ぼくの覚え違いじゃなかったら、どこかに天使って名前の子もいたはずだよ。
「いくらおじいちゃんでも、洸一と他所の子を比べてはいけません。誰だって自分の子が一番可愛いんですから」
「そ、そうだな」
正論に、パパ(おじいちゃん)はぐぅの音も出さず撃沈した。
「でもさ、乳母車で散歩に行っても、すぐに人が見に集まってきてさ。この子ってほんと可愛くて、天使みたいですね~って言われるんだぜ」と、すかさず繰り出す援護射撃は、しょっちゅうやって来て連れ出そうとする成瀬のおじさん。
日々、洋服や玩具のプレゼント攻撃を受けている。
はっ!
まさか洸ちゃん、狙われている?
「洸ちゃんには、羽なんか付いてませんよね~。おかしなパパたちですね~」
沙耶さんは「常識的に見て、駄目なものは駄目です」と、孤軍奮闘していたけど、その後しばらくすると諦めて「もう、好きに呼んでもいいわ。でも、外では駄目よ」と折れてくれた。
それには理由があった。
手先の器用なユリアちゃんが、テンちゃんの全てのベビー服の背中に、薄いオーガンジーで天使の羽を作って、こっそり縫い付けてしまったんだ。
「ユリアちゃん……」
「だって~、テンちゃんはユリアの天使だもん。ほら、似合う~、テンちゃん~」
きゅうと抱きしめられたお礼に、テンちゃんはよだれでペタペタの手で、ユリアちゃんの綺麗な顔を撫でていた。
「や~ん、テンちゃん、ユリアのこと好きみたい~」
「こいつ、ちびのくせに面食いだな」
「や~ん、成瀬さんったら」
「きゃっ」
相変わらずのばかっぷるの会話だったが、この時、テンちゃんが初めて声を上げて笑った。
「きゃあっ!今の聞いたーーー!?」
「ビデオ取って来い!みぃ。とりあえず、スマホの動画で良いか?」
光につつまれている気がする。
洸一を中心に、世界が回っていた。
幸せな、幸せな時間。




