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何度思い返しても、それは感動の出産だった。
新しい命に出会えた喜びを、何かに例えたいと思ったが、ぼくの持っている語彙ではどうしようもなかった。
おじいちゃんになったパパも、ぼくに似ているといって産院の廊下で大騒ぎし、二人はうれし涙で抱き合ったところを看護師さんに厳重注意された。
「病院内ではお静かになさってください。重篤な患者さんも、これから出産をされる方もいらっしゃるんですからね」
「……すみません……」
「静かにします」
しょんぼりと部屋に引き上げたら、お産を終えたばかりの沙耶さんが、呆れて苦笑していた。
子宮の収縮で、お腹や腰が痛むのにごめんなさい。
ガラス越しに眠るぼくたちの赤ちゃんは、手のひらをきゅっと握りしめていた。
あのね。
君の小さな握りこぶしの中には、君に降り注ぐ幸せがいっぱい詰まってるんだよ。
手術を終えたユリアちゃんと一緒に、タイから帰って来たばかりの成瀬のおじさんは、「祥子に、そっくりだ」といって、こちらも感動の面持ちだった。
成瀬のおじさんは、実はぼくの亡くなったママの恋人だったりする。
もう、古い写真を見てもぴんと来ない、ぼくと同じ顔の本当のお母さんと、大好きな洸兄ちゃんが、万難を排しこの命を護ってくれた……そんな気がする。
正直に言ってしまうと、オンナノコみたいなぼくに似てしまったら、将来的に余り良いことないんじゃないかなと密かに思ったが、気にすることはなかった。
ぼくたちの天使は、あっという間に周囲を夢中にさせてしまった。
何事もなく帰宅した後も、眠っているといっては、皆がベビーベッドを覗き込み、起きているといっては、皆が覗き込んだ。
くしゃみ一つに、そこにいた全員(おじいちゃん、ぼく、何故か成瀬のおじさん、ユリアちゃん)がバスタオルを持って走ってきたのには、沙耶さんが苦笑していた。
「一枚で、いいです」
「じゃ、これ」
その場の全員がタオルを差し出した。
オムツを替えるのも大騒ぎで、新生児のぴちぴちうんちすら「愛おしいもんだな~」とパパがしみじみ言って、沙耶さんをどん引きさせた。
でも、実はぼくも「この子は、うんちすら可愛い」そう思っていた。
……親ばか全開だね。
ミルクを飲んだ後の、小さなげっぷ。
小さな手のひらをつつくと反射的に握り返してくる指。
へその緒がなかなか取れないで、ガーゼをばってんに貼ったばんそうこう。
かえるのような、つるつるのおなか。
小さな爪。
お尻の青い蒙古斑。
柔らかな茶色の髪の毛の一筋まで、全てがたまらなく愛おしかった。
『命名・松原 洸一まつばらこういち』
パパが字画を考えてくれた名前には、大好きだった洸兄ちゃんの一字が入っている。
亡くなった人の名前を付けるのは、その人の人生を背負わせる意味があるから良くないと聞くけれど、きっと洸兄ちゃんが君を護ってくれるよ。
名前を決めた時、命の尽きるまでぼくを全力で護ってくれた洸兄ちゃんが、傍にいてくれるような気がした。
甘い匂いのするほっぺたに、祝福を贈る。
『誰よりも、誰よりも、幸せにおなり、洸一』




