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分娩室に一緒に入る申請をしていたので、ぼくは白衣を着て沙耶さんの手を握った。


脂汗の浮いた額。

途切れる事無く襲う、激しい腰の痛み。

子宮の筋肉線維の収縮が、産道を通る赤ん坊を外の世界へと押し出してくれる。

ぼくもこう見えても医師の端くれなので、一通りは産科医経験もあった。

それでも、大切な沙耶さんが当事者となると、ぼくは客観的ではいられなかった。

胎児心音が気になって分娩監視装置のグラフを必死に見つめるぼくに、沙耶さんが声をかけた。


「みぃくん。心配しなくても大丈夫よ……わたしの手を握ってて。赤ちゃんね、生まれる前からみぃくんのこと大好きだから」

「沙耶さん」

本当にそうだろうか。

「もうすぐよ、みぃくん……とうとうパパになるのね」


痛みの間に励ましてくれるのは沙耶さんのほうで、ぼくはといえば一緒になって懸命にいきんでいた。


「ひっ、ひっ、ふ~……」

「ひっ、ひっ、ふ~……沙耶さん、しっかり!ひっ、ひっ、ふ~……」


どちらが妊婦かわかりませんね~と、助産師に笑われた。

痛みの中で、懸命に新しい命をこの世に送り出す多くの母親たちを、尊敬せずにはいられない。

誰も皆、命がけで命を育み、命がけで子を産む。


十数時間の陣痛と格闘した末に、沙耶さんはぼくに新しい命を贈ってくれた。

まるでさざえの内臓のような、例えようのない色の太いへその緒が、沙耶さんと赤ん坊をつないでいた。

通常の半分も分泌されていない男性ホルモン異常のせいで、ぼくが 「MtF」になったのかどうかは、まだはっきりとは医学的に証明されていないけれど、ぼくは沙耶さんを本気で愛し沙耶さんは応えてくれた。

歪かもしれないけれど、かけがえのない愛が結晶する。


外気に触れた瞬間、赤ん坊は呼吸を切り替え、大きな声で泣いた。

ぼくの周囲が奇跡だと叫んだ、ぼくと沙耶さんの赤ちゃん。

ぼくは、その場で腰を抜かしたようになって、視線だけは運ばれてゆく赤ちゃんを追っていた。

そして、産湯を使って綺麗になった赤ん坊は、座り込んだぼくの胸にやってきた。

薄く毛細血管が透ける、赤い肌。

血の中から生まれたから、赤子とはよく言ったものだと思う。


「この子は、大丈夫ですか?あの……五体満足でしょうか?」

「はい、お父さん。とても元気な男の子ですよ」

「お、おとうさ……ん?あ、ぼくのことだ」


思わず、あたふたしてしまう。

看護師が青いタオルに包まれた赤ん坊を、そっと抱かせてくれた。

小さな小さなやわらかな大切な命。


まだ何も見えていないだろうに、黒い目で辺りを見渡すような仕草をする。

そして、ぼくの所にやってきたその子は、シワシワの小さな指でぼくの指を掴んだ。

マスクで顔が見えなくて良かったと思ったけれど、後から後から溢れる涙は隠しようもなく、看護師さんに手渡した後は、沙耶さんの胸でひとしきり泣いた。


「ありがとう。ありがとう。沙耶さん。看護師さんも助産師さんも見たことないくらい綺麗な赤ちゃんだって。心配したけど、すごく元気だって。沙耶さん~、赤ちゃん、ぼくの指持ったよ~、きゅっ、て」


沙耶さんも泣き笑いになった。


「ほらね。みぃくんの子どもだもの。きっと綺麗な子になるわ。」

「沙耶さん。ほんとに、ほんとにありがとう。お疲れさまでした。ぼ……ぼくも一緒にお産したみたいに、疲れました~」


看護師さんの手を借りてふらふらと病室に戻ったら、ぼくの顔を見るなり感動で胸いっぱいになったパパが、ぽろっと言った。


「みぃが……」

「パパっ!!それ以上言ったら、ぼく怒るよっ!」



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