接続の代償
四話目です。
とりあえず、一区切り。
「だァかぁらーさぁああ、傑作なんだって、コイツさァ!」
創作料理飲み屋の個室、入り口から見えない店奥。掘りごたつのある二間続きの8人部屋の中央の席、二つテーブルを重ねたその向こう側で、こちらを指差しながら青年が大声で話している。
ニタニタ笑い、両腕で赤ら顔の女性二人の肩を組みながら、大仰に話しかけているのは、酔っても顔に全くでないことで有名な、僕の友人、だ。
「俺が転職、っつーかさぁ!」
酔っても顔に出ない彼の演説は続いてゆく。
「期間従業員の面接を受けたとき、コイツも一緒に誘って行ったんだけどさ! それが、傑作!!なわけ! コイツだけ落ちてやんの! 信じらんねーだろ、期間従業員だぜ期間従業員!」
ばっかじゃねーの!?
周りを含めたテーブル全体が、こちらをチラ見し揺れるように笑っている。
(―――あぁ、また、その話か……)
目を伏せ、ちびりとグラスを咥えながら静かに沈む。
「それから何年も経ってっけどよォ、今の今まで、期間工の面接で落ちたなんて奴、コイツ以外一人も聞いたことすらねーんだよ! 伝説だよ伝説ぅ! ギャハハハハハッ」
(―――うるさい)
この通じんな、僕が自分を[悪友]と心の中で呼んでいることを知ったら、どう思うのだろう。怒るだろうか? 呆れるだろうか?
(まあ、怒るのだろうな)
けど、仕方ないじゃないか。
聞こえないようにグラスの陰でため息をつく。
いつのころからかは覚えていない。が、この友人は変わった。
人をほめることをしなくなり、悪口や他人の失敗談しか話題にしなくなってしまった。昔はそうじゃなかったはずなのに、その頃のことはもう既に思い出せない位遠い昔の話だ。
思いに耽っていると、さらに爆笑が酷くなった。また別の誰かを悪口でいじって盛り上がっているのだろう。
自分の失敗はひとつも語らず、口癖は『俺の言ってることは何か間違ってるか?』。
こちらが何かイベントや遊びに誘っても、『キョーミ無い』の一言で済まし一度も誘いに乗ってこないのに、自分が誘いを掛けたときに断ると途端に不機嫌になって『お前付き合い悪ィーよな!』と言い出す。あげくにそこで口論になろうものなら、いきなり着信拒否して自分の携帯からこっちの連絡先を削除し連絡を取れなくして、こちらが直接謝りにいくまで解除しない、なんてしてくる。
この飲み会だってそうだ。合コンは僕には合わないと言っているのに、数こなさなきゃダメだと強制的に誘ってくる。
彼が時にこと割るとまた面倒なことになるのだろう。
そうなって、そのまま離れていった人間も数多い。
けれど僕はそのたびに、直接話しに行って、場合によっては頭を下げて友人に戻っていった。
なぜ、そんなことまでして友人でい続けるのかと、聞かれることもあった。そのたびに僕は、こう答えている。
『それは恩があるからだ』と。
そう、……僕は、彼に恩がある。
僕はこう見えて、高校時代まではわりと友人は多い方だった。けれど、それは薄い関係や部活関係ばっかりで、親友と呼べる人間は、いなかった。
唯一ひとり、小さい頃にそう呼べる人間はいたけれど、自らの些細な失敗で、一生の友と誓い合った友人と縁が切れてしまった。
ともあれ、関係は軽めだが、それでも友人は結構いたはずだった。
だが、大学受験に失敗し、遠い県外の、できたばかりの滑り止めに受けた新設の科学大学。理系四大とは名ばかりの、いまよりずっと一学年の人数が多かったあの頃に定員割れを起こしそうになっていた私立大に行ったとき。
たまにしか帰ってこない僕の周りから友人が消えた。いきなりだった。
たまに帰省してきて誘っても、誰一人誘いに乗ってくれなかった。忙しいの一言だった。
さらに悪いことは続いた。
大学二年の時のスキーで、事故を起こした。単独で吹っ飛んで後頭部から落ちただけだ。首とか変な音がしたが、それだけだった。誰も巻き込んでいないし、寒さからかそれほど痛くなかったので、近くの小さな病院で異常無しといわれたから、大きな病院で検査をしに行かなかった。それが、失敗だった。
卒業して、いきなり不況になり、面接にこぎつけることもできないまま不採用通知だけが何十枚も届き、親に頭を下げて親のコネで分野違いの土木会社に就職した時、一気に体が悪くなった。
ストレスもあったのかもしれないが、あの時の後遺症が数年後しに出たのだろうと思われた。
超のつく就職氷河期で、100社当たっても、一社も内定をもらえない頃だったから、大学で学んだことを捨て、学んだことを仕事にすることを諦め、親に頼み込んで見つけてもらった会社だった。それを、入退院を三度繰り返し、半年で辞めてしまった。
大きな公共工事があり、人手が不足していたので、7:00~23:00まで働いて、残業が二時間しかつかなかったことも影響していた。思えば、それでも基本給は高かったのだが、体のこともあり、続ける気力が保てなかった。
今思えば、甘えだったのだろう。
もう少し頑張ってみないか? と言ってくれた教育担当の人の言葉を無視して、僕は退職した。そのまままた入退院を繰り返し、さらに半年。職安にもCAD資格者などの特殊技能者を除き、新規採用がゼロのままの大型不況の中で、気がついたら僕は、警備員になっていた。
そのゴタゴタした一年で、残っていたほとんどの友人と縁が切れた。
大学時代の友人はまだいたが、遠くに離れてしまい、一年に一回すらも会えなくなった。
せっかくあった同窓会は、入院中で行けなかった。
孤独だった。警備員の会社は直接現場に行くので、誰か同僚と食事したり飲みに行ったり遊びに行ったりすることも一度も無いまま時が過ぎた。
滑り止めとはいえ、理系四大に行った意味が何一つ無かった。
先に高卒や短大で就職した同級生たちが大手をふるって歩いていた。惨めだった。
そんな中、ただ一人、遊びに誘い続けてくれたのが、彼だった。
入院したり、体の左側が動かず、トイレに行くにも這っていったり。
飛び込むために家族の目を盗んで夜中、体を引きずりながら3km離れた海まで行って、灯台の下で朝まで真っ暗な波間を眺めていたこともあった。
そんな中で、ずっと、遊びに誘い続けてくれていたのだ。
ずっと断り続けていたというのに。体がある程度治り、就職し、全快ではないけれど人目を誤魔化せるくらいには体が動くようになった頃、また遊びに誘ってくれた。
その頃、誘ってくれる人は、とうとう彼だけになっていた。
だから、彼には恩がある。返しきれないほどの大きな恩が彼にはあるのだ。
一生かかっても恩を返そう。ずっとそう思ってきた。
思ってきたんだ。思って、きたのに……
なのに、彼は変わってしまった。即物的で、人の気持ちを考えず、ここにいない人間の悪口や、ここにいる人間の失敗談で笑いをとり、自分の失敗談は一切話さず今自分がやっていることの自慢や勧誘、それしか話題にしなくなった。
こちらから誘っても、興味がないと食事以外には来ず、そのくせ『こっちが誘ってやってるのにお前は誘ってくれないよな』と言う。彼の中では「誘い」とは合コンや飲み会を指すらしい。そして自らの誘いを断ると激怒し、友達なら来いよな、と言う。
勝手に食事を奢ってきては、次は倍の値段の焼肉を二回奢れよ、と言い出したり。
そんな人間になってしまった。
何年も前のこちらの失敗を何度も何度も繰り返しネタにしながら、皆に笑いを強要するような人に変わってしまった。
僕は、彼には恩がある。
けれど、この関係は、本当に友人といえるのだろうか?
最近たまに、そんな風に考えてしまうようになっていた。
『皆で結婚したいから、婚活グループ作ろうぜ!』
彼からそんなメッセージがlineで届いたのは、そんな矢先のことだった。
彼から「LINEで婚活グループ」結成の話が来たのは、まだ僕がスマホにせず、ガラケーのまま使っていた数年前のことだった。
けれどガラケーではあまりにlineの使い勝手が悪く、仕事の人数も少なくて休みがあまり取れなかった時期だったこともあり、読んだだけで返事が書けない、いわゆる『既読スルー』状態になることも多かった。時々しか見れず、疲れて眠くて、返事を考えることもできない日々。何より話題がどんどん流れていっていて、終わった話題に返事をしてもまともな会話にならなかった。コメントの返事も返ってこず、他のよく書き込んでいるあまり面識の無い人たちとの温度差が広がっていく。
余計に書き込みづらくなり、頻度が下がる。イベント参加の回数も減る。他のメンバーにあまり良く思われていないかもしれないとは思っていた。そんなときだった。
時間ができたので、何か書き込もうと開いたら、自分の名前が勝手にメンバーから外されていた。事前通告も何も無かった。ちゃんと、しばらく前だが、忙しい理由を書いてあまり書き込めないかもしれないと書き込んでいたにもかかわらず、だった。
メンバーではないので書き込めない画面を見ながら、急いで友人に確認する。
「他のメンバーから、『アイツ何!? 参加も書き込みもする気ないなら、切れよ』と全員から言われたから切った」と言われた。
さらに彼はこうも続けた。
「あいつらの言い分は正しい。既読スルーするくらいなら最初から入らなきゃ良かったし、いくら忙しいからって、仕事終わって車にきたら、読んで書き込むことくらいできるだろ。お前だけだぞ、そんな失礼なの」と言われた。
さすがにカチンときた。
事前に忙しいから書き込めなくなる旨を書いたこと。疲れた頭では読んでも書き込めないこともあること。誰も書いてないときにずれた時間にずれた話題を書き込んでも、誰もコメントを拾ってくれないこと。こちらが入りたいと言ったのでなく誘ってきたのはそちらなのに、庇ってもくれず、説明も無くいきなりメンバーから外してきて、それでいて全部こちらが悪いような事を言って責めてくるのはおかしい。
そう、説明した。その時は、彼も分かってくれたようにみえた。
「なら、ライングループそのものを、ひとつのイベントごとに立ち上げて、イベントが
終わったら消すのを繰り返してくことにする。それなら入りやすいだろ。かわりにお前も携帯をスマホに換えろ」
と、そういうことになった。
僕としてはガラケーで十分だったし、スマホは全体的なレスポンスや通話の使い勝手が悪い気がして換えたくなかったのだけれど、いろいろ考えてくれたし、恩もあるからと機種変した。
けれど、その後も同じようなことが何度も続いた。
結局、僕は、性格的に合コンも婚活パーティも合わなかったのだろう。
何度、何十度参加しても、彼女どころか女友達すら増えなかったし、無理に会話しようとしてかみ合わず、結局陰で女性から、「次はあの人呼ばないで」とすら言われたとも聞いた。
数分間の会話で自分をアピールするだけの話術や魅力を持たない僕は、お金だけが飛んでいき、成果が無い日々が積み重なる。
友人の伝でしか集まらないから自分の趣味と話の合う人とは全く出会えず、得意なカラオケも、その友人がカラオケ嫌いだからという理由で一度も開催されず披露されることなく、役にも立たないまま時は過ぎた。
僕はもう、性格に合わないイベントに我慢して参加したり、成果が無いまま金額の高い集いに強制的に誘われたり、自分の得意分野を封印させられたまま笑いものにされることに、疲れてきていたのだろう。参加しても楽しくない事や、最初は楽しくても途中で楽しくなくなることばかりが増えていった。
何度も、「今の集まりは自分には合わないから、自分は別のやり方で彼女探すよ」と友人に言い続けた。けれど友人は、
「数打ちゃ当たるって! 数を打たないと当たるものも当たらなくなるだろ! 自分に魅力が無いとか、慣れてないというなら余計慣れるまで参加して数打たなきゃ!! 苦手とか言い訳してちゃ彼女できんよ!」
と強引に引き止め、メンバーから抜けることをさせてくれなかった。
「自分に合わない苦手なやり方で数打ったって、ゼロにゼロを掛けたってゼロなだけだよ。僕は僕の得意な方でなんとかするよ」
そう言って頼み込んでも聞いてくれなかった。その上、仕舞いには、
「合コンでも婚活でも俺ばかり誘ってるじゃん不公平だろ! たまにはお前が主催して合コン開いて俺ら呼んでくれよ。呼ばれて来るばっかでお前悪いと思わんの? 来るだけ来て自分勝手で気楽なやつだな」
とまで言ってくるようになった。
苦肉の策でカラオケ合コンを提案しても、
『俺が歌えないからやだ』のオマケ付き。さらに、
「お前俺がカラオケ苦手なこと知っててそれ言ってんの? 酷いやつだな!」
自分を棚に上げてそう言われた。それが自分の言葉のブーメランになっている事にも、気づいてないようだった。
そんな状態のまま、何年も少ない休日がそれらに潰される日々が続いた。
次第に、僕と彼との間の温度差は、時を経るごとに広がっていき、そして、決定的な事が起こった。
またしても、彼から、[LINE婚活G]の誘いがあり、流れのまま入るだけ入った。
けれどその直後、会社の現場で大きなイベントの話が挙がり、それが終わる数ヶ月先までほとんど休みすら取れなくなりそうなことが判明した。最低でも、今の休みの半分にはなりそうだった。
仕事があるのは良い事だし、会社の全員が同じ苦楽を共にする訳で文句も言えず、仮眠ありの24時間仕事の明けばかりで休みが無い状態に突入した。
接骨院でマッサージを受けたり、家に帰ったらフラフラで半日以上寝てしまう日々が続いた。
そんな中、最初に事態が判明した時にその説明をLINEグループに書き込んでから、10日ほどが経った。あまりの疲れ具合に、通話以外に携帯を使う気力も無く、メールの確認をしたり、LINEの確認を数日に一回見るだけで、文章を考えて書き込む気力が無い日々だった。その日は、久しぶりに体調も良く、これなら文章や返事を書き込む頭が回ると、書き込む為に10日ぶりに婚活グループのページを覗いた。
書き込めなかった。無断でグループから名前が外されていた。
一言も電話もメールも無く、ただ、外されていた。僕の名前がグループから退会させられていて書き込めなくなっていた。
すぐさま、仕事の状況と事情と共に、彼のラインに伝えた。電話がすぐに鳴ってきた。
『そんなこと俺に言うな。まず皆の見えるとこに書けや』
と冷たく言われ、とうとう僕の中の何かどこかがプチリと切れた音がした。
「最初に書き込みできなくなる前に、その事の説明は書いたじゃんか。既読付いたから見てないとは言わせない。それに今また書き込もうとしたら退会させられていたんだけど。書けと言われても書き込めないようにされてたんだけど? これでどう見えるとこに書けと言うんだよ?!」
荒げた声が口から出ていた。
「会社も仕事も違ったら、一日の時間のタイムスケジュールも疲れ方も休みもまったく違うのに、なんでこっちの事何も知らんのに、車に来たら読んで書き込むことぐらいできるだろ、とか、お前が全部悪いとか、勝手なことばかり言えるの!?」
言葉は、ずっと溜まっていたのだろう。どんどんと溢れ、止まらなかった。
「本当に友達なら、他の人がどう言ってきても、庇ってくれたっていいじゃんか! それを一緒になって同調してこっちばっか責めてきて、挙句の果てに、誘ってきたのはそっちなのに、こっちが頼んだ訳でもないのに、連絡無く勝手に退会させといて、それを忘れて皆の見えるところに書き込めよって何だよ!!」
この辺で止めておかなきゃいけないのは分かっていた。理解していた。けれど、どうしても止まってはくれなかった。
「僕が誘ってないって? ちゃんとカラオケでも旅行でも誘ってたじゃんか! なのに、趣味じゃないとか苦手とか嫌だとか興味ないとか言って全部断っておいて、そっちが誘ってきた時は全部参加しないと機嫌が悪くなったり着信拒否してきたりとか、それ、もう友達じゃないよね? 自分がどれだけブーメランな事や酷いこと言ってきてたかまったく気づいてないんだろ!」
言葉は、還らない盆から溢れて落ちる。
二度と戻らない床に流れて落ちて飛散する。
「そんな、仕事とこっちとどっちが大事?みたいなことしか言えないなら、もう僕は婚活グループなんか要らんわ!!」
言って、しまった。とうとう、口にしてしまった。口に出してしまっていた。僕は、スッキリしたと同時に、体が震えて青褪めてしまっていた。
『……そうかよ。なら、もう誘わんわ』
体が大きくブルッと震えた。
「ああそう! 忙しいってのが嘘だとでも思ってんのか! 信じてもくれないんだな、もう」
それ以上、言ってはいけないと僕の仲の何かが囁く。分かっていた。解っていた。理解していた。だけど、止まらなかった。ずっと思っていた溜まったしこりが、堰が切れたみたいに零れ、濁流となって押し寄せていた。
「友達だと思っていたのは、僕の方だけだったみたいだね。残念だよ、本当に」
止まら、なかった。
「いつから友達と思わなくなった? それとも最初からか? 友達だったら他の誰が何を言っても、こっちのことを言い訳すんなとか言わず、信じてくれて、庇ってくれるもんだろ? それを、一緒になって責めてきてさ。笑いものにしてさ。会社の決定なのに、僕にどうしろって言うんだよ? 都合の良い相手しか要らないって、それもう奴隷や舎弟と何が違うんだよ? 自分の言う事を聞かない僕はどうでも良いか? 要らないか? いい加減にしてくれよ! フザケんな、ほんとフザケんな!! 大事な友人だと、恩人だと、大切にしたいと思っていたのが僕だけだっていうんなら!」
やめろ……それ以上、もう言うな。またも内側から声がする。それでも、もう、僕はもう……
「友達だと思っていたのが僕だけだって言うんなら、……もう、いいや。今までありがとう。さよなら。次から友達はもっと大事にしてあげなよね」
……言って、しまった。言ってしまった。一生掛けて恩を返したいと、老人になっても友達でいたいと、子供が生まれたら家族で遊ぼうと思った相手に、言ってはいけない言葉を叩きつけてしまった。
けれど、我慢していたんだ。十分我慢したはずなんだ。
相手の返事は聞こえない。聞こえないまま通話が切れた。相手の返事は無い。書き込まれることもなければもう、既読も付かない。
終わってしまった。終わって、しまった―――
携帯を握り締めながら僕は、生まれて初めてできた、昔の親友の事を思い出す。
保育園の頃、生まれて初めて友達になった相手のことを。
良いやつだった。本当に良いやつだった。同じように、爺さんになっても友達でいようと、縁側で一緒に日向ぼっこでもしようと誓い合った。何度も何度も互いの家に遊びに行った。
あいつに悪い所なんか欠片も無かったのに。裏切ったのは自分の方だったのに―――
中学に上がって、部活に入って、とてつもなく忙しくなった。小学校までは全学年で同じクラスだったあいつと、級が初めて分かれてしまった。新しいクラスに馴染むので精一杯だった。正月三が日しか部活の休みが無く、土日も弁当持参で一日部活の日々が続いた。
クラスが違うあいつとは、話をする暇すらなくなって。
僕は、(また同じクラスになったらまた話ができるさ。それまでは仕方ない)と、そう思ってしまった。今なら分かる、僕は忙しさを理由に棚上げし、先送りにし、逃げたのだ。
言い訳しながら、何もしなかった。何もだ。
無理に時間を作れば、作れたはずだった。授業の合間の休み時間なら、会いに行けたはずだった。そして僕は、決定的な間違いを犯す。
廊下で久しぶりに顔を合わせた。向こうも気づいて、互いに歩いて近寄っていこうとした。あいつは何かを言おうとしていた。何か話そうと口を開きかけていた。
なのに、僕は、僕は―――!
横を歩いていた同じクラスのやつが話しかけてきて、その話を遮ることができなくて、フッと、顔を背けて無視するように通り過ぎてしまっていた。
一瞬、血の気が引いていた。全身の血が凍ったかと思った。
やってしまったと思った。振り返ってあいつの顔を見ることがどうしてもできなかった。
親友だから、生まれて初めてできた友達だから、爺さんになっても友達でいようと誓い合った仲なんだから。
きっとあいつなら分かってくれる。あいつならきっと許してくれる。
次に同じクラスになった時に謝ればいい。その時は土下座でもなんでもしよう。それまでは、自分もあいつも、クラスのことできっと忙しいはずだ。
そう言って誤魔化した。顔を合わせるのが怖くて、忙しさを言い訳にして、その後も会いに行かなかった。
そして、中学の三年間、小学校で六年間ずっと一緒のクラスだったのが嘘のように、一度も同じクラスになることなく卒業し、あいつは自分とは違う高校、大学に進んでいった。
きっと、あの廊下が最後のチャンスだったのだろう。それを自分から手放してしまった。そこから一度も会話すらすることなく、何十年も経ち今に至ってしまっている。
謝ることも、言い訳すらも一言も話もできずに、生まれて初めてできた親友を、僕は自分のミスで失ったのだ。
―――また、同じ事を繰り返したのか、僕は。
崩れ落ちる。床に両手をついて蹲る。
何度考えても、今回に関しては、自分が悪かったとは思えない。
言い過ぎたとは思っても自分の方が悪かったとは思えない。
それでも、言ってはいけない言葉だった。思っても、口にしてはいけない台詞だった。
同じ意味でも、もっと違う言い方だってあったはずだ。きっとあった。
なのに僕は、何も考えずに、内側からの声も無視して、勢いのままに言ってしまった。
「僕はまた、また、自分のせいで友人を失ったのか―――ッ」
同じように『結婚して子供ができたら、二つの家族でキャンプとかバーベキューとかできたら良いよな』と、言ってくれた友人を、僕は……!
窓越しに空の青を見る。
僕は本当に、友人を作る価値の無い人間なのかもしれない。
そう思った。
友人が離れていくのも。ずっと続く親友がいないのも。全部自分のせい、なんだろう。
生きている価値すら無いのかもしれない。生きて存在しているだけで、誰かを傷つけてしまう、マイナスの存在なのかもしれない。
それでも、それでも……
「僕は、生きて、いたいよ……」
幸せになりたいと。存在を許されたいと。自分を信じて、自分を分かって欲しいのだと。
嗚咽し、慟哭する。いつの間にか泣いていた。涙が床に落ちていた。
やってしまった後で、やらかしてしまった後でいつも後悔しては地団太を踏み懺悔する。
救われない、救う価値の無い奴だと本当に思う。
自分を信じていないのは、自分を一番否定しているのは多分、自分自身だ。
それでも。それでも。
幸せになることを諦めていない、諦めきれないというのなら。諦めてはいないから。
「………謝りに、行こう」
イベントが無事終わり、時間ができたら謝りにいこうと思った。
それが正しいかどうかは分からない。イベントが終わったらとかまた逃げてしまっているし。こっちだけでなく向こうも謝るべきだと思う。それは難しいとも分かっている。
けれど確かに、言ってはいけない事を言ってしまったのは自分だから。
言ってしまったことだけは、ちゃんと目を見て直接謝らないといけないと思った。
謝ったから許されるとか、そんな訳でもないだろう。そこまで軽い言葉でもなければ状況でもない。ちゃんと、解っている。
たぶん、きっともう、完全に元には戻らないだろう。
けれどもう、二度と、怖がって向き合わないまま逃げ出して、うやむやのまま失くしてしまうことだけは。それだけはしたくないと思ったから。
もう一度だけ、勇気を出して、動いてみよう。
繋がっていたいのなら。代償を払ってでもまだ一緒にいる価値があると思うなら。
大切だとまだ思うのならば。
今度こそきっと間違えないで動きたい!
結果がどうなるかは分からない。駄目なままかもしれない。
でもきっと、動かないでは分からない。動かないよりはずっと良いから。
そして僕は立ち上がり、涙を拭い、決意する。
人の社会に生きているなら、生きていたいならば必要なそれを支払うことを。
配線の中を減衰する電気のように自然な消耗。
接続の代償。