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クリスマス・アダム

クリスマス・イヴの夜、アダムの元に真っ赤な衣装を纏った男が現れました。

株式会社サンタ・クロウスの人事課を名乗るその男から、アダムはやがて自分の正体を知らされることとなり…

 クリスマスの朝、ある夫婦に赤ちゃんという家族の一員が加わりました。赤ちゃんの名前は、アダムといいました。しんしんと雪が降り積もる、澄んだ空気の心地よいクリスマスの朝でした。

 それからアダムは、お父さん、お母さんと一緒に幸せな暮らしを送りました。毎年クリスマスには、お父さんお母さんはアダムに贈りものをしてくれました。


 アダムがこの家で九回目のクリスマスを迎え、十歳になったときには、補助輪付きの自転車を買ってもらいました。ですが、アダムはすこし不満足そうです。不思議に思った両親は、彼に、どうしてそんな不機嫌そうな顔をしているの?と聞きます。

「毎年ちゃんと誕生日プレゼントを貰えるのは嬉しいけど、今日はクリスマスでもあるんだよ?どうしてサンタさんは僕にプレゼントをくれないのかなあ?」

 お父さんとお母さんは困ってしまいました。

 それにこの頃は、アダムの友達は、サンタなんていないんだぞとバカにするように言います。アダムはサンタさんなんていないのかなと思い始めていました。



 それから先も、アダムはクリスマスを迎えるたび、誕生日プレゼントを貰いましたが、一向にサンタからのプレゼントはありません。暖炉のそばに飾った大きなツリーの下には、「お父さんとお母さんより」と手紙付きの誕生日プレゼントがあるばかりです。



 やがてアダムは二十回目のクリスマスを明日に控えるまで成長しました。高校を卒業してからは、パートタイムの仕事をしていました。彼は寂しがる両親の家を出て、一人で暮らしていました。クリスマスが来てもお祝いなどする気持ちがどうにもわかないアダムは、今日も一人で晩御飯を終えたところでした。そんなクリスマスイヴの夜中のことです。彼の家の戸をたたく人がいます。

「誰だい、こんな時間に」アダムが戸を開けながら言います。

「夜分遅くにすみません。わたくし株式会社サンタ・クロウス人事課のジョンと申します。明日で二十歳となるアダム様に、我がサンタ・クロウスの特別インターンシップへの参加をお伝えに伺いました」

 戸口に立っていたのは、すらりとした長身の、真赤なスーツを身にまとった男でした。

「え、株式…?インターンシップ…?」

 事情が呑み込めないアダムに、ジョンと名乗る男は名刺を差し出します。

『株式会社サンタ・クロウス

    人事課 採用担当 ジョン・スミス』

 名刺にはこう書かれていました。

「はい、インターンシップでございます。そのお話の前に、まずは我がサンタ・クロウスの事業についてご説明いたしましょう。上がってもよろしいですか?外は寒くて」

「あ、ああはい、どうぞ…」


 ジョンはアダムとテーブルをはさんで反対の椅子に座りました。

「サンタ・クロウスとおっしゃいましたか」アダムは困惑しています。

「はい。株式会社サンタ・クロウスでは、クリスマスを一般に祝う習慣のある国に対して、成人に満たないお子様にクリスマスプレゼントを届けるという事業を行っております。」

「じゃあサンタは本当にいるのか…?」

「もちろんでございます。私も人事課に配属になる前は何年かプレゼント課におりました。毎年クリスマス・イブの夜には私たちサンタはお子様のいらっしゃる各ご家庭のもとにお邪魔してプレゼントをお渡しするのです」

 アダムはなんだかもやもやした気持ちです。

「じゃあどうして、僕の家にはサンタは来てくれなかったんだ。僕はあんなに楽しみにしていたというのに」

「それにはきちんとした理由があるのです」

「理由だって?なら教えてくれないか」

「私からは今はできません。あなたが株式会社サンタ・クロウスのインターンシップを体験していただけましたらお教えします。こちらもビジネスでサンタをやっているのです。ご容赦ください」

 ビジネスだって?夢のない話だな。とアダムは思いました。

「インターンシップって何をやるんだ」

「プレゼントを配ります。我々の事業には他にも、子どもの欲しがるプレゼントの調査や、発注作業、各サンタの指揮など様々な役職がありますが、手っ取り早く弊社のことを知るためにはやはりプレゼントを配るのがいいですから」

「ってことは来年のクリスマスまでは何をするんだ?」

「インターンシップは今年のクリスマスです。すなわちただいまより行います。よろしいですか?よろしいですね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今からだって?だいたいどうやってプレゼントを配るんだ!」

 ジョンはアダムの手をとると、家から引きずり出しました。


 それから、家のすぐ前に停めてある大きなソリを指さしました。

「これに乗ってください!さあ!行きますよ!」

 ジョンは威勢のいい一声を上げて、ソリの前方についた操縦桿を引きました。

 ソリは機械式でした。上空に上がったソリは、都市部の街に向けて飛んでいきます。

 アダムは茫然として黙ったままでしたが、だんだん近づいてくる都市の夜景に心を奪われて、いよいよ感動して言葉が出てきません。

 やがてある一軒家に近づくと、

「さあまずはこのお宅から!」

 ジョンがそう言ってソリを着陸させました。そして荷台に積んでいた大きな袋からプレゼントの箱を取り出すと、アダムに向かって言います。

「さあこれを持ってください!」

「あ、ああ」

 ジョンとアダムは二人でそのお宅の門を叩きます。

 すぐに年若い夫婦が出てきました。

「やあやあこれはサンタさん。いつもありがとう」父親が言います。

「今年も娘の喜ぶ顔を見られるのはサンタさんのおかげだわ」母親が言います。

 アダムは夫婦にプレゼントの箱を渡しました。不思議とふわふわした温かい気持ちがします。もちろんお代はきちんといただきました。

 それからいくつもの家をまわりました。途中で他のサンタと行違ったりもしました。大きな家、小さな家、裕福な家、貧乏な家、父子家庭の家、大家族の家…。どの家でも、アダムがプレゼントを渡すとき、お父さんやお母さんやおじいさんやおばあさんはみんな穏やかな笑顔をしていました。



 東の空が白み始めたころ、空飛ぶソリの上で、ジョンが聞きました。

「アダム様、いかがでしたか」

「なんだかいい心地だ。サンタって職業は面白いな」

 アダムはとても幸せな心地がしていました。

「では、最後のプレゼントに参りましょう。まずはあちらへ向かいます」


 ソリが着陸したのは、大きな白い建物のそばでした。

「ずいぶん大きな家だな」

「いいえ、ここはお家ではありません。孤児院です」

「孤児院だって?なるほど、ここの子どもたちにもプレゼントあげるんだな」

「ええ、それもあります。ですが、もう一つ」

 ジョンは意味深長に間を置きます。

「どうしたんだ?」

「この孤児院では今も数多い子どもたちが暮らしていますが、施設としては今が限界のところなのです。私たちサンタは、病気などの理由によって子どもに恵まれない家庭を募集し、その家庭が適切だと判断された場合に、孤児院から養子を斡旋する事業も行っているのです。決定した養子はクリスマスの日に送り届けられます」

「養子縁組か」

「はい。ところで我が株式会社サンタ・クロウスの社員登用は公にはあまり行われていないことはお話ししましたよね?」

 ああ、確かそんなことをソリの上で聞いた気がする、アダムは頷きます。

「私たちは養子として引き取られた彼らが成人になったときに彼らを推薦して勧誘に伺っているのです。わが社に入社しないかと」

 アダムはしばらく、どういうことかと考えていましたが、

「まさか、僕も…」

「はい。アダム様が現ご両親に引き取られたのは、十九年前のクリスマスです。偶然にもあなたの誕生日はクリスマスでしたので、あなたが現ご両親に引き取られたクリスマスで一歳になっておられました」

 アダムは自分が孤児だったことが信じられない様子でした。それくらい、お父さんお母さんと一緒に過ごす日々はとても楽しく輝かしかったのです。彼は、またなんだか温かい気持ちになって来ました。

 と、アダムはずっと不思議だったことを聞きます。

「そういえば、僕がクリスマスプレゼントを貰えなかった理由って、結局何なんだ?」

「はい。先ほどお話しした養子縁組ですが、大変な手間や費用がかかり、私たちの会社はそれをほとんど負担しているのです。ですから、その後養子へのクリスマスプレゼントはあいにく費用の面から難しいのです」

「なるほど、そういうことだったのか」

「ご不満でしたか」

「ああ。と言ってもついさっきまではね。自分が孤児だったことを知った今となってはそんなこと気にしちゃいないよ。養子である僕にとっても、温かい家庭は最大のプレゼントだったんだから」


 それからアダムとジョンは、孤児院に無償でたくさんのプレゼントを届け、一人の幼い娘を連れて空に飛び立ちました。娘を送り届けたお家では、これからお父さんとお母さんになる夫婦が、涙で目を潤ませながら喜んでいました。アダムはその様子を見ながら、自分のお父さんとお母さんのことを考えていました。



「ではお宅へお送りしましょう。詳しい入社要綱などについてはまた後日お知らせいたします」ソリに乗り込みながらジョンが言います。

「待ってくれ。お願いがある」アダムが言います。

「なんでしょう?」

「僕の両親の家に送ってはくれないか。今、すごく会いたいんだ。会って、伝えたいことがあるんだ」

「かしこまりました。これはずいぶん大きなプレゼントになりそうですね」


 その年のクリスマスの朝、ある夫婦のもとに、十九年ぶりにサンタがやってきました。

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