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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-9 凍り付く夜


「ミトナスを交換しに来たんだった」


 俺がポンと手を打つと、シリックが呆然と頷いた。


「そういえばそうでしたね」


 布に包まれているミトナスを軽く持ち上げる。


「どうしますか? もうこのまま王国騎士団の駐在所に行きますか?」


「いや、とにもかくにも情報を集めるとしよう。どんなヤツ等がいて、どんな聖遺物を保持していて、それの性能とか、色々だ」


 さっきの食事で予想外の出費をしてしまったが、まぁ仕方が無い。


「宿を取る必要があるが、ちょっとでも安いところがいいかもな。日銭も稼がなくちゃならんし」


「お父さん、何の仕事するの?」


「……何しよう」


 俺に出来ることと言えば、戦うことぐらい。俺の人生はそんな感じだった。


 シリックはどうだろうか。彼女もまた戦う事を選んだ人生を送っているが、元々は貴族の出身だ。一芸が身を助ける、ということは出来るかもしれない。


 フェトラスは俺のそばで幸せそうに笑うのが仕事だ。


「都合良く賞金首とかいねぇかな」


「どうですかね……いるにはいるんでしょうけど、同じくらいバウンティハンターもいるでしょうし」


「だよなぁ。地の利も情報源も無い俺じゃ、地元のプロ達を出し抜くのは難しそうだ……やっぱ港での積み荷運びとかが基本かなぁ」


 などと言いつつ、俺達はまず宿屋の情報を集めた。


 第一に安全性。

 第二に安さ。

 第三は無い。利便性と清潔感は求めたらキリがないからな。


 セストラーデは無数の川が流れる街だ。


 なので街の区画は少しばかり複雑なものになっている。橋が無い箇所では渡り船を使う必要がある。この街に慣れ親しんだものは泳いで渡ったりもするらしいが。


「どこで情報を集めますか?」


「まぁ基本的には酒場とか、旅行客とか冒険者が集まる所に行くべきだろうな。こんだけ大きな街なら、カモを釣ろうとするボッタクリ店よりも区長が管理する正規の案内所とかがありそうだし」


 そんなわけで人通りが多い場所を目指す。


 俺とフェトラスは自然と手をつないで、ゆっくりと歩き始めた。



 情報収集中。


 割愛。


 情報収集・なんとなく完了。



 大通りに面した宿屋か、裏路地の宿屋か。

 俺達は迷った挙げ句、大通りの宿屋を選択した。 


 理由は簡単だ。俺達のパーティの内訳のせいだ。


 男。

 美人な貴族。

 可愛らしい女の子。


 裏路地の宿屋の危険性を推し量れない俺は、とりあえず安全性を最優先した。


「ご利用ありがとうございます。では、三名様で一室ということで」


 宿屋の親父の愛想笑いに、俺は首を横にふって見せた。


「いや、別々で頼む。俺とこの子。そんでこっちのシリックの二部屋だ」


「え? なんで? みんな一緒でよくない?」


「……いや、ダメだろ」


「私は構いませんよ?」


「は!?」


「えっ、だって船旅とか野宿とかしてましたし……今更なのでは?」


 いやいやいや。待って。待ってほしい。確かにそうかもしれんが、状況が違いすぎる。ミトナス=シリックとは宿を共にしたことはあったが、アレですら俺は緊張したのだ。いや緊張というか悶々としたというか。いやいやいや。やっぱダメだろ。


「たしかに今更かもしれんが、お前も年頃のお嬢さんだしな。可能なら部屋は別けるべきだろう。お前の親父さんや、フォートに怒られそうだ」


「いまこの場にいない人間の心配をする必要が? そもそも、見知らぬ街です。全員がまとまっていた方が安全だし、絶対効率がいいですよ。それに安上がりです。メリットしかないじゃないですか」


「お父さん、わたしシリックさんと同じ部屋がいい」


 ぐっ、合理性と感情論のダブルアタックか。


 俺は「シリックを女として意識しちゃうからイヤ」という理由だが、これを説明するのは何とも心苦しい。


 きっと正解は余裕ぶって「そうか。じゃあそうするか」と何も気にしてないアピールをするべきなんだろうが、うううん、素直にそう言いたくない。


「フェトラスはお父さんと二人きりじゃいやか?」


 なんて、ちょっとズルい台詞を言ってみる。


 途端にフェトラスは悲しそうな顔をした。


「そんなことないけど……」


 うぐぅ、胸が痛む。卑怯な父を許せ。


 そんな罪悪感を覚えていると、シリックが俺の袖をくいくいと引っ張り、耳打ちしてきた。


『私を枷の一つにする、って言ってたじゃないですか』


 ううん、そうなんだけどさぁ。


 じーっと二人から見つめられる。俺はやれやれと両手を挙げて降参を示した。


「分かった。分かった。シリックを女性客ゲスト扱いして悪かったよ。気を遣いすぎたみたいだな。親父、三人一部屋で頼む」


 パッと微笑むフェトラス。彼女はシリックと「いぇーい」とハイタッチを決めて楽しそうに踊った。



 案内された部屋で、俺達はとりあえず身軽な格好にそれぞれ着替え、作戦会議を行った。


「とりあえず状況の確認だ。まず俺達の第一目標は、ミトナスを王国騎士団に預けること。そしてその際に、可能ならば別の聖遺物を譲ってもらうことだ」


「先の情報収集で、王国騎士団の駐在所の場所は分かってますね」


「ああ。山の方、つまり東の区画だな。ただどういうメンツが揃ってるのかとか、聖遺物を所有しているかどうかは不明だから、その辺は明日調べるとしよう」


「そうですね。まだついたばかりですし、街のことをよく知るのは大切だと思います」


「美味しいご飯屋さんとかね!」


「そこで第二目標。いまフェトラスが言ったことにも通じるが、飯を食うためには金がいる。そして金は無限じゃない。よって金を稼ぐ必要性がある」


「ちなみにいま、ロイルさんはいくら持っているんですか?」


「えーとだな……」


 俺は手持ちの現金を確認した。


「節約したとはいえ、旅費や飯代でだいぶ使っちまったからな……」


 金貨十三枚と、大銀貨一枚。

 銀貨が四枚と、大銅貨が三枚、そして銅貨が三十枚。

 あとは地方で使い分けられる小銭が少々。


 ちなみに大金である。


 街によって物価は違うが、例えばここの宿屋は三人一部屋で一泊銀貨八枚だ。


 だが大金と言っても、稼ぐ手段が無ければ一転する。要するにこれは大金ではあるが、優雅に遊んでくらせる金額ではない。


「まぁ働かなくても、二ヶ月は生活出来るな。ただし飯代はかなり控えめに」


「……仕方ないよね」


「もっと安い宿に変えるという手段もあるが、それは色んな意味でこの街に慣れてからだな。そもそも、慣れるまでいるつもりもないんだが」


「そうなんだ。ねぇお父さん、この街にはどれくらい滞在するつもりなの?」


「――――。」


 魔王の気配に誰かが気がつく前に。


 ドラガ船長と、ガッドルの前例を俺は思い出した。


「一週間以内には出るつもりだよ。でもせっかくだから、金も稼いでおきたい。これくらい大きな街だったら働き口はどこにでもあるだろうからな」


「ふーん。あ、そうだ! お父さんこの街のご飯屋さんで働いてみたら?」


「飯屋で? なんでまた」


「え? だって美味しいご飯屋さんで働いたら、美味しいご飯がいつももらえそうじゃない?」


「俺の人生には無かった発想だな」


 苦笑いを浮かべてみせる。


 彼女はきっとつまみ食いをイメージしているのだろうが、職人の世界でそんなことしたら右腕を切り落とされても文句は言えないだろう。


「技術も無いし、雇ってもらえても大した仕事は出来ないから給料が安い。大人しく積み荷運びでもしておくさ」


「私はどうしましょうか?」


 シリックは自分を指さして首を傾げた。


「自警団以外で働いたことが無いのですが」


「貴族なんだから、字ぐらい書けるだろ? 代筆屋のバイトとかどうだ?」


「ああ……世の中にはそんな仕事もあるんですね」


 彼女はいたく感心して、ふむふむと頷いた。


「まぁ一番てっとり早いのは賞金首を狩ることだけどな」


「さっきも言ってたねソレ。賞金首ってなぁに? モンスター?」


「いや、悪いことをした人間を捕まえるお仕事だよ」


「悪い人間」


「何かを盗んだり、壊したり、誰かを傷つけたり……そんな人間を捕まえる仕事だ。シリックの自警団の仕事に近いな」


「へー。そんな悪いひとがいるんだ……」


「いる。この際だからはっきり言っておくが、世の中の半分は悪い人間だ」


「えっ!?」


 フェトラスは驚きを隠さなかった。


「悪い人って、そんなにたくさんいるの!? わたし今まで見たことないんだけど……」


「俺達は田舎の方ばっかりを巡ってきたからな。ユシラ領じゃシリックの顔見知りだったし、運も良かった。みんな親切だったもんな」


 思い返せば確かに。


 無人大陸に人はおらず。


 漁村アルドーレでは医者、コック、カボ商店のオッサン。みんな良い人だった。


 次の村ではドラガ船長や、岩塩をわけてくれた老人もいた。


 他にも色々。出会った人間が基本的には善良であり、親切だった。


 でも違うのだ。


 田舎や、魔族生息地が近い所の人間や、戦場では人間同士は親切にしあう。


 しかしここセストラーデのように平和な大国では、人間が敵になるのだ。


「気を付けろよ? お前なんか特に可愛いから、油断してたら人さらいに持って行かれちまうぞ」


「ええっ、なにそれ怖い」


「まぁそんな悪人も滅多にいないがな。だけど気を付けるに越したことはない」


「……そっかぁ…………」



 人間も、人間に悪いことをするんだね。



 そんなことをフェトラスは呟いた。


 部屋の中が一瞬静まりかえる。


 俺は咳払いをして、その静寂を追い払った。


「まぁ、あまり深く考えるな。こっちがちゃんとしてりゃ大丈夫だ。中には錯乱して刃物を振り回す馬鹿みたいなヤツもいるだろうが、そういうのは俺が倒す。お前は、俺が護る。だから安心しろ」


「うん、それは信じてるけど……やっぱり、なんかちょっとショック」


 それはフェトラスにとってセンセーショナルな事実だったのだろう。


 善と悪、というテーマはフェトラスにとって深い所に根付いている。


 誰にとっての善なのか。誰にとっての悪なのか。


 人間と魔族と魔王という三種ではなく、「人間の中の一個人」にまで善悪の境界線が引かれているということは、彼女にとって複雑すぎる問題なのだろう。


 納得には時間がかかるかもしれない。


 俺達はぼんやりとしたフェトラスを気遣い、今日の所は早めに就寝することにした。旅の疲れもあるしな。とりあえず今夜は休息にあてよう。



 というのは嘘ではないのだが、嘘ではないのだが!!



「シリック。俺は夜の街の調査に行ってくる」


「夜の街へ?」


「酒場とかな。街の真実はそういう場所に転がってるもんさ」


「……フェトラスさ、いえ、フェトラスちゃんを私に預けて、遊びに行くわけじゃないですよね?」


「まぁ情報のために一杯か二杯は飲むかもしれないがな。酔った人間は真実を口にしやすい」


「はぁ。そういうもんですか」


「これはどっちかっていうと、男だから出来る情報収集だな。裏路地にある酒場に女が一人で行くなんて物騒だろ?」

 

「それは確かに」


 彼女は少し微笑んで「お土産買ってきてくださいね」と言った。



 俺は騎士剣を宿において、まず武器屋に向かった。


 小回りのきく、自衛のためのナイフを買うためだ。帯刀してると相手に警戒されたり、無用のトラブルに巻き込まれる可能性があるからな。


 そこそこの大きさを持つナイフを購入した俺は酒場に向かった。一杯引っかけて、バーテンダーや隣りのオッサンに話しかける。


 そして目的の情報を手に入れた俺は、わざわざ違う区画にまで出向き、用事を済ませて、違う酒場で一杯飲んでお土産を買った。


 時間はかなり経っている。シリックとフェトラスはもう寝ている頃だろうか。


 宿に戻ってみると、案の定二人は寝ていた。


 良かった。寝ていてくれてありがとう。


 俺はそのままベッドに入り込み、ふーーん、と大きなため息をついてすぐに眠りについた。


 シリックが同室にいる緊張感?


 ははは。なんですかそれは。全然問題になりませんよ。


 用事・・は済ませてありますので。ええ。



 だってそうでもしないと寝られないじゃないか。


 おいおい慣れていくつもりだが、こちとら健全な男なんだよ。


 豊満な優しさを定期的に摂取しないとココロが乱れるのだ。男は常に余裕を持ってないといけないのだよ。分かってくれ。いや、やっぱり分かってくれとは言わないでおこう。そもそも何をしてきたのかを明言するつもりがない。



 旅の疲れ、解放感、酔い。そして久々の柔らかいベッド。


 気分が良かった。


 意識を鎮めれば、たぶんすぐに寝てしまうだろう。


 だけど何となくそれが勿体ないような気がして、俺はささやかに睡魔に抵抗した。


 夜は更けていく。


 人々の喧噪が静まっていく。


 耳をすませば、水の音が聞こえる。


 フェトラスとシリックの寝息。


 深呼吸して体中の音を聴く。


 内臓、筋肉、骨。


 軋む場所と、弛緩する部位。


 そして睡魔に抵抗するのが馬鹿らしくなった瞬間、俺は一つの音を聞いた。


 それは心地よい、鐘のような、鈴のような、心地よく伸びる金属音。


 リーーン――――リーン――――リーーン――――


 身体はもう動かない。脳よりも先に眠ってしまったらしい。


 何の音だろうか、これは。


 その綺麗な音は段々と近づいてくるような気がした。


 違和感を覚える。


 これはどこから聞こえてくる幻聴なのだろうか。


 危機感を覚える。


 だが説明は出来ない。何が危なくて、何が怖いのかが分からない。


 鈴の音が近づいてくる。


 外から聞こえてくる音ではない。


 遮蔽物によって減殺された音ではない。


 これはまるで、魂に直接響くような。


 超常のモノ・・・・・のような音色。



(――――ヤバい!)



 俺の意識は完全に覚醒した。


 鈴の音は止まらない。どんどん近づいてくる。


 綺麗なまま、どんどんと距離を詰めてくる。


 だが肉体が動かない。



 俺が抱いた危機感の正体がようやく判明する。


『この音色が聖遺物が発するものだったら』


 そういう危機感だ。


 都会。王国騎士団。最も近くにある、実働的聖遺物。同室するは魔王フェトラス。


 どんな能力かも分からない。


 だがミトナスはどんな聖遺物だった? 魔王を追跡する能力を有している。


 ならば、『魔王を探知出来る聖遺物』が存在してもおかしくない。というか俺はその手の能力を有する聖遺物を複数知っている。


 鈴の音はもう目の前のように感じられる。


 意識は焦るが、俺の身体は眠ったまま。


(クソッ、動け動け動け!)


 パニックになりそうな意識を押さえつけ、金縛りの身体を無理矢理動かそうとする。しかし身体を起こすことが出来ない。指先をピクピクと痙攣させるので精一杯のようだった。



「――――まさかとは思ったが」



 知らない声がした。


 頭の中の危機感とか焦燥感が、絶望一歩手前の色に染まる。



「ふむ――――ネイトアラス、この部屋で間違いないのか?」



 それは涼しげな男の声だった。若くて、やや高い声。


 その声に呼応するように、鈴の音がリィィンと鳴った。



「ふむ――――しかし、これはどういうことだ? ここに魔王がいるとして、三人いるぞ? まさか三人とも魔王? ……いや、それはあり得ないか。ではこの中の内の一人が? それもまたあり得ないように思える」


 顔をのぞき込まれたのが分かった。


「まずは男から。――――人間に見える」


 そして音は移動し、部屋の端にあるベッド、シリックの元へ。


「次に女。――――人間に見える」


 そして部屋の中央に寝ているフェトラスの元へ。


「最後に子供。ふむ――――」


 やめろ。やめろ。やめてくれ。頼む。やめろ。



「――――魔王には、見えぬな・・・・・・・・・



 ドッドッドッドと心臓が鳴り狂う。



「――――しかしネイトアラスは壊れていない。ということは、この中の誰かが魔王ということになる。ならば――――三人とも殺してしまうのが確実ではあるか」



 それは涼しげを通り越した、凍るような声だった。




 

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