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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
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3-7 護るための武器を求めて



 アガタリヤ大陸。


 かなり広大な地で、人間領域の割合が多い。


 しかしながら当たり前のように魔族生息地はあるし、荒野や森ではモンスターもそれなりにウロついている。何なら国を構えている魔王もいる。


 武闘派な魔王は王国騎士団に狙われて絶賛戦争中だったり、暗殺されたり、色々だ。


 逆に王国騎士団が後回しにする魔王もいる。穏健派というよりは、不気味な静けさを保った魔王達。脅威度(領土の広さ、軍事力、影響力)が高くなるまでは放置されている。


 こういう土地に、野良の聖遺物はほぼ存在しない。徹底的に管理されている。


 使い手が死んでも他のヤツが持ち帰ったり、あるいは魔族に奪われても必ず人間によって奪還される。


 王国騎士団の最上位命令は「魔王を倒す」こと。


 だが時には魔王を倒すよりも優先されることがある。


 その一つが聖遺物の管理である。


 聖遺物とは壊してはならない、失ってはならない、騎士の命よりも価値がある。村一つよりも聖遺物の方が大事だ。彼らは冗談抜きにそう考えている。



 騎士団の面々は全員が勇者というわけではない。


 構成員の多くは合理的で、冷静で、リアリストだ。


 そして戦う理由も様々。正義感、義務感、報酬のため、復讐のため。


 だからミトナスを渡す際には慎重に相手を観察しなければならない。


 これはいわば交渉における切り札だ。


 俺としてはあわよくば、代わりの聖遺物が欲しい。使いやすいのがいい。


 魔槍ミトナスは代償系だから、場合によっては下位の適合系のモノと交換してくれるかもしれない。


 だが下手をすれば没収される。


 なにせ聖遺物は「人類の宝」であり「共有財産」であり「生命線」だ。


 王国士団に文句を言える人間なぞこの世にはいない。ある意味では地方の領主よりも強い権限を持っていたりする。そりゃそうだ。自分を護ってくれるボディーガードに後ろから斬りつける馬鹿はいない。


 実はアイディアの一つとして、他にも手段がある。


 王国騎士団以外の、聖遺物使い……つまり野良の英雄と聖遺物を交換するというアイディアだ。しかしこれはほとんど現実的ではない。何が何でも魔王を倒す、という気概を持った英雄なら「より強い武器」と交換してくれる可能性はあるが、手段は選ばなくても聖遺物は選ぶ。彼らにとって聖遺物とは武器ではなく相棒だ。交換に応じるほど魔王殺しに狂っているのならミトナスとの相性はばっちりかもしれないが。




 さて、俺の方針は昨日シリックと語り合った通りだ。


 最善の未来のために、必要な物をまず得る。


 それが聖遺物。娘を護るための武器。


 俺はそれを人類のためではなく、娘のためだけに使う。


 それは人類に対する裏切りか? いいえとんでもない。うちの娘は怒るとすごく怖いんですよ。根源的な意味で。絶対的な意味で。



 その聖遺物を得るまでに、別のアプローチで世界を守る。


 その一つが、世界の素晴らしさを説くこと。


 美味しいもの。綺麗なもの。愛しいモノを俺はフェトラスに捧げよう。


 俺が誰かに何かに殺されてしまっても、復讐に走らないよう。


 彼女と一緒に泣いてくれて、支え合える人が欲しい。


 それにシリックは立候補してくれた。


 本音を言えば、彼女はまだフェトラスが怖いのだろう。


 怖いから直視している。


 フェトラスに暴走の危険性が無いことを確認して、安心している。


 俺とフェトラスが一緒にいれば、シリックは安心してショッピングを楽しめるだろう。


 そしてそれは俺も同様だ。まだ完璧とは言えないが、少なくとも彼女が娘と一緒にいてくれるのなら、俺は割と安心して酒をたしなめる。酔いつぶれるわけにはいかない、という所がポイントだが。



「というわけで、しばらくシリックが俺達の旅に同行してくれることになった」


「え!! 本当!! や、やったー!! やったぁぁぁぁ!」


 狂喜乱舞である。


「本当! 本当なの!? 嘘じゃないよね!」


「お前どんだけシリック好きなんだよ」


「大好き!」


 まるで太陽ようのような笑みだ。


 ちょっとジェラシー、いや違う、ちょっとイジワルしたくなる。


「なんでシリックの事がそんなに好きなんだ?」


「えっ、理由? 理由……うーん……」


 シリックがそわそわとフェトラスの言葉の続きを待つ。


「うーん……理由……理由は、ないんじゃないかな」


「がーん」


 シリックは少し悲しそうに口元を押さえた。だが俺は無意識のうちにフォローを入れる。


「……そういえば似たような会話をしたことがあったな。理由があるから好きなんじゃなくて、好きだから『一緒にいる理由』になるんだった」



 あれはユシラ領で、ガッドルと初めて会った時のことだ。


『だから、魔王なのに、一緒にいてくれるの?』


 彼女は泣きながらそう言った。


 親子レベルが上がった日のことだ。ちょっと懐かしい。



「優しいから、可愛いから、居心地がいいから好きっていうのは違うよな。好きだからこそ優しさを感じたいし、可愛く思えるし、居心地が良いんだ」


「そう! それ!」


 すーっとシリックは大きく息を吸った。


「私もフェトラスさんが大好きですよ」


「うん! だからそろそろさん・・付けはやめて欲しいかな!」


「うーん。じゃあフェトラスちゃんで」


「かわいい!」


 えっへっへと笑う娘。


「ねぇねぇシリックさん!」


「はいはい。なんですかフェトラスちゃん?」


「うへへへ。呼ばれたかっただけ~」



 ……いいなぁ。なんかすごくいいなぁ。


 ふと立ち止まって現状を再認識した。


 いつかの未来・・・・・・、は確かに恐ろしい。


 だが今はどうだろう。


 俺は穏やかな気持ちで、シリックは幸せそうで、フェトラスが笑っている。


 完璧だ。



 ああ、俺はいますごく幸せなんだな。



 俺の心は何かに対する感謝の気持ちで満たされた。


 ありがたい。それを誰かに伝えたい。でも誰に何を言えばいいんだろう。この気持ちを正しく、短く表現するためにはどんな言葉が相応しいだろう。


 俺はあっさりと正解にたどり着いたが、だけどそれは口にすると変質する言葉。不完全な言葉だ。


 なので視線に感情を込めた。


 ……恥ずかしいから言わないぞ。


 俺の視線に気がついたフェトラスは嬉しそうに顔を赤らめ、微笑んだ。



「うん! わたしも!・・・・・



 それはとても正しくて、完全なる言葉だった。




 とまぁ、こうして我々は改めて旅を再開させたのだった。


 『魔槍ミトナスと、使いやすい聖遺物を交換してもらう』


 関係者全員が幸せになる素晴らしいプランだ。


 俺はそのプランの美しい在り方に心を奪われ、あの閃光のような地獄うわきしたらころすから目をそらしていた。


 そう、カウトリアについてだ。


 いやだってしょうがないじゃん?


 ミトナスの一件ではイレギュラーが重なってああなった。ああいう事態はたぶん二度と起きない。奇跡だよ奇跡。そう滅多に起きるもんじゃない。


 俺の人生は奇跡の連続みたいだけど。早々に起きないから奇跡って呼ぶんだよ。


 カウトリア。


 お前の愛を、俺はちょっと受け止め切れそうにない。


 いや凄く感謝してる。お前がいなければ俺はきっと三千回は死んでいた。だけどその三千回のうち九割九部以上は、お前がいるからこそあえて飛び込んだ死地だ。


 わがままを言うなら、意思疎通が出来ない状態のカウトリアは非常に使いやすい。


 使い慣れているというのもあるが、あれは不意打ちにもすごく強いのだ。流れ矢が俺に向かって飛んできた時は、脊髄反射で能力が発動し、余裕で打ち落とせたりしていた。


 攻撃力は高くないが、毎回クリティカルな一撃を出せるというのは圧倒的な強みだ。


 適合の条件が判明しているため、割と多くの人間が使える。とても便利な聖遺物。


 しかしミトナスの言葉を少し借りて、カウトリアを女性型と思うのなら『都合のいい女』という呼称がドハマりする。


 だがそれは俺のプライドが許さない。あの愛は重すぎるが、適当なヤツがヘラヘラ笑いながらカウトリアを使っていたら俺は許せないと思う。


 ……とまぁ、こんな風に、俺のカウトリアに対する印象はちぐはぐだ。


 俺はカウトリアを知ってしまった。


 わかり合えないと悟ってしまった。


 応えられないと実感してしまった。


 感謝はしている。本当にだ。心の底からだ。今だって相棒だと思っている。俺にとって聖遺物とはほぼイコールでカウトリアのことである。


 だが取り戻し方が分からない。魔女に言えば返してもらえるか? だが祖国は遠すぎるし、時間がかかりすぎる。


 かといってミトナスを介したカウトリア召還では、ミトナスが瀕死にならなきゃだめだ。というか瀕死になるだけじゃダメだろう。魔王テレザムとやりあった時の状況を完全再現しなければ恐らく無理だ。


 だから心の中でカウトリアに謝る。


 すまん。俺は娘を護るために、お前が嫌がることをする。他の武器を使う。


 だがそれを浮気と呼ばないで欲しい。


 お前の愛に応えられないことは申し訳なく思うが、正直に言うと「悪い事をしている」という意識は無いんだ。フェトラスを守るためならば、俺は割と何でもする。


 許してください。



 と、心の中で祈りと感謝を捧げ、俺は地図を広げた。


 色々な聖遺物が集まる場所。


 それは戦場か、あるいは王国騎士団の交通が重なる場所だ。


 前者は当然却下。狙いは後者。


 なので俺達は必然的に大都会を目指すことにした。



「ちゅーわけでフェトラス。今のお前ならたぶん大丈夫っぽいが……重ねてお願いがある」


「なにかな?」


「ドラガ船長、ガッドル、この二人はお前の正体に迫った人間だ」


「ああ、ラベルに書かれた文字」


「そうだ。めざといヤツ、あるいは中身を知ってるやつはお前の正体に気がつく可能性がある。王国騎士団ならなおさら。英雄だと直感的に見抜かれる可能性がある」


「……それは、少し怖いね」


「ああ。だからお前は都会にいる間はフードか何かをかぶって顔を隠して欲しいんだ。というか精霊服自体があまりよくない」


「そう? 脱ごうか?」


「いや、それもな……精霊服の防御は捨てがたい。なんで形を変えられないか? 普通の服っぽく、フード付きのタイプに」


「えええ。やったことない……っていうか、これわたしの意思でどうこうしてるわけじゃないんだよね」


「気合いで一つ、やってみてくれ」


「気合い」


 彼女は首をかしげながら、自分の服に語りかけた。


「せいれいふくさん、せいれいふくさん、いつもありがとう。あのね、お父さんの言った通りの服になれますか?」


 精霊服は何も応えない。


「……お父さん。ダメっぽいんだけど」


「むぅ……どうしたものか……」


 やはり着替えさせるしかないか。


「いや、大ぶりのマントでも被せるか? 精霊服の上に別の服を着るてみるとか」


「うえぇぇ。暑そう……」


 とフェトラスが嫌そうに言ったので、俺は逆に確信した。


「お前が暑いと感じるなら、涼しくなるように変形するはずだ。行ける。行けるぞ」


「本当かなぁ」



 試しに街で地味なローブを買った。


 大きめで、顔がすっぽりと隠れるようなサイズだ。視界があまりよくないが、別に戦うわけじゃないからいいだろう。


 そして案の定、精霊服は形態を変化させたようだった。


「わぁ! すごい、全然暑くないよお父さん!」


「お、そうか。どんな風に変化したんだ?」


「薄くて、なんか穴だらけになってる。細かい穴がズラーって並んでて、快適」


 見せてもらうと、服が編み目状メッシュになっていた。こりゃすげぇ。人類には思い付かない発想だ。こんな服を作ろうと思ったらどれだけの技術いるだろうか。


「……いいなぁ、精霊服」


「あげられるんならあげたいんだけどね」


「そら流石に無理だろうな。その精霊服はお前を守るために産まれて、存在してる」


「そっか。っていうかこれも精霊の一種なんだよね?」


「偉い学者さんが言うにはそういうことらしい。まぁほかに説明もつかないしな」


「名前とかつけてあげようかなぁ」


 良いアイディアだと思う。


 愛着がわけば、コントロール性が身につくかもしれない。あるいは反応速度が上がるかもしれない。まぁそういう機能的なものはさておき、何かに感謝するという気持ちは大切だ。


 世界のためにも、フェトラスには情操教育を施していかなれければならない。


「良い名前が思い付くといいな」


「うん。しばらく考えてみる」



 敵のいない生活。


 平和な時間。


 幸せを実感している。


 そしてそれらを守るために、俺達は行動を重ねた。


 よくない未来を回避するために、ほんの少しのリスクを負った。


 一カ所に留まってはならない。妥協してはならない。


 この温かな幸せを、ぬるま湯に変えてはいけない。



 俺達は一歩ずつ進んだ。


 目指すは恒久的な平和。


 そのために、戦っていくのだ。





 こうして俺達は大都会を目指して歩み始めたのだった。



 目指すは近隣で最大の都市、湖の街・セストラーデ。  



 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば、聖遺物って実際"魔王を殺すための武器"なのかな?この世界の設定的にはそうなんだろうけど、使用条件とか能力は魔王だけを目的にするのはちょっと引っ掛かる。基本的に剣とか槍とかの…
2022/03/15 20:57 サットゥー
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