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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第三章 聖義の死者
93/286

3-3 たった半年と人は言う。けれどそれは彼女の人生の全て。


 私が選択したのは「迎撃」だった。


 初手で殺すしかない。


 相手が空を飛んでいるのでもう一つのフォースワード……【爆影七使】は使えない。影が小さすぎる。そして先ほど行使した【刃界廊城】は、多数の敵を相手取る時に使うべき魔法だ。あんな刃をたかが二十程度並べても勝てるわけがない。


 だが勝つしかない。


 本格的に攻撃態勢に入られる前に、一撃で、いや、少なくとも五撃の内には。


「なんでなんでなんで魔獣が! この大陸にもいたなんて!」


 悲鳴を上げつつ、状況を確認。


 さっきまで戦っていたモンスターの群れは、魔獣が咆吼を上げるなり全速力で森の奥へと逃げていった。そりゃそうだ。ここにいても食われるだけだ。


 様子見の一撃など意味が無い。


 とりあえず、現状で最も効果が出る魔法を選択せねば。


「ッ……【炎閃】!」


 最も使い慣れた魔法を、最大主力で放つ。


 研ぎ澄まされた赤い閃光が魔獣に向かって飛ぶ。当たるかどうかの確認をする前に、私は続けざまに防御魔法を打ってしまった。


「【風装】! ってああああ間違えた!」


 なぜ防御魔法などを使ってしまった。パニック野郎め。臆病者が。意味なんぞ無いだろうが。こんなもん簡単に吹き飛ばされる。


 攻撃を重ねるべきだ! いや、それよりもいっそ逃げる方が!


 そもそも一撃で倒さなきゃいけなかったんだ! 無理か! 無理だな!


 私は思考がまとまらないまま、後ろの洞窟の入り口に【壁蝋】という魔法を使った。とりあえずはピタマルを守らねばならない。ずりゅずりゅと洞窟の入り口に蓋がされていく。


 これでいい。あとは、あとは、あとはどうしよう!?


(壁が完成するまで時間を稼いで、あとは全力で逃げる!)


 ここで私はようやく魔獣の全貌を確認した。


 翼をもった、獅子頭で馬のようなスタイルをした、鳥類に近い魔獣。

 羽毛は白と赤の二色を有しており、肉厚はとんでもない。


 強そうだ。早そうだ。賢そうだ。よし、勝てない。


「 【炎閃】! 」


 私は再び攻撃魔法を放ち、


「ルーーールルルルルゥー!!」


 爆風で吹き飛ばされたのであった。




 ほんの数秒、意識が途絶える。


 ブッ飛ばされて木にぶつかる。事前に施していた防御魔法は正しく機能したが、ダメージはなくとも地面に伏せてしまっている状態だ。追撃されたら死ぬ。死にたくない。まだピタマルを守る壁は完成していない。――――死ぬわけにはいかない!


 私は目をつぶったまま、魔獣のいたであろう方向に向かって叫んだ。


「こっちを見ろ! 私はまだ負けてないぞ! 【光縛】!」


 光で出来た格子状の網が飛んでいく。当たらなくてもいい。広範囲に及ぶ魔法なら何でもいいのだ。それを避けるなりする間に体勢を整えて、整えて……とりあえず整えて考える!


 まず転がるように自分の位置を動かし、そして私は立ち上がった。


「えっ」


 見ると、先ほど私が放った魔法の網に、魔獣がかかっていた。


《……ふむ》


 魔獣の落ち着いた呟きが聞こえる。


《どうやら捕まってしまったようだ》


 ズン、と。重たいけれど見た目の印象よりはだいぶ軽い音を立てて魔獣は地面に降り立った。


 今なら【爆影七使】が使える。


 あれは本来、必殺の魔法だ。


 だがあまり格上すぎる相手には使えない。いや、しかし【光縛】程度の魔法が通じるのならばあるいは?


 私が迷っていると、魔獣はスンスンと鼻をならして、再び《ふむ》と呟いた。



《そこの魔族……お前は何だ?》


「…………お前こそ、なんだ」


《見れば分かろう。魔獣だが》


「………………」


《一つ。私はいっさい攻撃の意思を見せていない》


「…………」


《二つ。お前は突然私を攻撃してきた》


「……」


《三つ。それでもなお、私は攻撃の意思を見せていない》


「…」


《四つ。この光の網にかかったのは、わざとだ》


 音も無く、はらりと光の網は外され、溶けていった。


 反射的に「殺される」と思ったが、魔獣は動かないままだ。


 私はどさりと膝をついて、それでも魔獣から目を離すことも出来ず、結局は呆然とするしかなかった。



 ややって、私が落ち着きを取り戻しかけた頃。


《魔族。お前の名はなんという》


 私はこの魔獣には絶対に勝てない事が理解出来ていた。

 

 放った魔法を全て無効化された挙げ句、話しかけられているのだ。その余裕は実力差を如実にょじつに現す。


 殺されないのは奇跡か? それとも好奇心か? とにかく私は下手に出ようと決めた。


「か、カルン・アミナス・シュトラーグスです」


《ふむ。長い名だ。貴様には聞きたいことがいくつかある》


「な、なんでしょうか……」


《回りくどいのは好かぬ。本題から入るが、貴様はこの辺にいたはずの幼き魔王・・・・を知っているか?》


「!!」


《名をフェトラスと言う。人間と行動を共にしていたはずだ》


「……知って、います」


《では次の質問だ。ヤツ等はいまどこにいる?》


「それは――――知らない、としか」


《ふむ?》


「数日前まで、確かに私は彼らと寝食を共にしてはいましたが、今は……」


《何があった》


「ツッ」


《答えよ》


 魔獣は命令した。


 その迫力は有無を言わさぬ気配をまとっており、嘘を許さない・・・・・・気迫があった。


 だが、言えるわけがない。


 フェトラス様のことを何と説明するのだ?


 魔獣。この世で最強の生命体達。


 彼らはよく魔王に戦いを挑む。それが本能によるものなのか、あるいは知性を持つ最強の生命体としての矜持きょうじか、とにかく魔獣は殺戮の精霊を殺そうとする。勝率の統計など知るよしもないが、それなりに強い魔王でも、魔獣によって倒されることはたまにある。


 そんな魔獣に、フェトラス様のことを?


 月眼のことを伝えていいのか?


 上手に嘘をつける自信が無い。私は全身に力を込めて、立ち上がった。


「……先に聞かせてほしい。なぜあなたが、フェトラス様のことをご存じなのだ?」


《もう半年ほど前になるか。私は一度、ヤツを見逃した》


「見逃した……!?」


《魔王。殺戮の精霊。命の敵。だが……》


 魔獣は顔を左右にふり《その理由などどうでもいい。とにかく私はロイルと約束をした上で、フェトラスを見逃した》と言った。


「ロイルのこともご存じなのですか」


《中々に、常軌を逸した男だったよ》


「それには酷く同感します」


《そうだ。そもそも、なぜお前はあの二人と行動を共にしていたのだ? 何故魔族がこんな土地をウロついているのだ》


「それは、まぁ、色々ありまして」


《……ふん。まぁいい。とにかくお前は今、ヤツ等と別行動を取っている。何故だ? 見れば翼も腕ももげておるではないか。ロイルにやられたのか?》


「いえ……ああ、そうだった。これはロイルにやられたのだったな……」


 月眼の事で頭がいっぱいで、この傷さえも月眼にやられたかのように錯覚していたが、私の翼と腕を切り落としたのはロイルだった。うっかり忘れていた。ついでに言うなら覚えているつもりもない。ロイルに対する恨みや怒りは正直言って無いのだ。何故って? 私はフェトラス様の笑顔を奪ったのだ。だからロイルの行動は正しい。立場が逆なら、私も同じ事か、それ以上のことをやっただろう。


 そんな正しさに難癖を付けるのは、見苦しい事だ。


 私は私の誇りのために、この負傷を肯定しなければならない。



《お前は突然私に攻撃を仕掛けてきた。だが、同時にあの洞窟を守ろうともしていたな》


「そ、それは……」


《この大陸に魔族がいるのも信じがたいのだが、現実としてお前はここにいる。そして何やらワケ有りのようだった。十中八九フェトラスが関係していると踏んだ私は、お前に話しを聞こうと思った。それが今、お前が死んでいない理由だ》


「…………。」


《重ねて問う。何があったのだ》


「少し長い話しになります――――あれは、数ヶ月前のことです」



 私は語り始めた。


 空を飛んでいたら、いきなり撃墜された日の事を。


 頭のおかしい人間と出会って、魔王と出会った事を。


「そこで突然、フェトラス様が銀眼を抱き」


《銀眼を発生させただと!?》


 魔獣は立ち上がって吼えた。


 私はビックリし過ぎて、気絶した。






「はっ!?」


 目を覚ますと、ピタマルが私の顔を舐めていた。


「ぴ、ピタマル」

「バル」

「ばる」


 小さなピタマルがいた。いや違う。ピタマルの子供だ。


「そうだった。おめでとうピタマル。元気そうな子が産まれて良かった」

「バルバル」

「ばるばる」


「おいで、ピタマルの子よ」

「ばる」


「私の名はカルン・アミナス・シュトラーグス。お前の母ピタマルの友だ」

「ばるー」


僭越せんえつながら、お前にも名を授けたい。ピッタンだ。可愛い名だろう」

「ばるばるっ」


「よーしよし。良い子だ。……オスか。うむ。名は可愛くとも、強く在れよピッタン。いつかお前が母を守るのだ」

「ばるっ!」


 まだ半乾きのピッタンをなで回し、気がつく。


 なぜこいつ等が洞窟の外にいるのだ。


 魔獣に侵入されないよう、かなり強固な壁を造ったはずなのに。


 慌てて周囲を見るが、魔獣の姿は無い。どこかへ去ったのだろうか。……と思ったのだが、壁を破壊された洞窟からのっそりと魔獣が出てきた。


《目覚めたか、魔族よ》


「……なぜあなたがそこに」


《お前が何を守っていたのか気になったので調べさせてもらった。だが、何も無かった。ただモンスターがいただけだ。逆に問うが、何故お前はこの洞窟を守護していたのだ? フェトラスにそう命じられでもしたのか?》


「……私が守ろうとしたのは、この子達ですよ」


 立ち上がり、ピタマル達の前に出る。二匹は魔獣の姿に怯えていた。きっとピタマルとしてはテリトリーを譲り渡した形になるのだろう。


《――――魔族が、命がけでモンスターを?》


「そうです」


《――――この大陸は、何なのだ――――?》


 魔獣は小さな呟きと共に首を傾げた。



 ピタマルは怯えた様子だったが、ピッタンを守るように、そして私を見捨てないように震えながらもそこに力強く立ち続けた。


《私はモンスターと意思疎通を図ることが出来ない。お前は魔物繰りだな? 敵意は無いことを伝えてほしい。その様子ではお前と落ち着いて話しも出来ん》


「……ピタマル。大丈夫だ。心配ない」

「…………バル」


 私は彼女をなだめて、一歩ずつ魔獣に近づいた。


「約束してほしい。あなたの目的は知らないが、どうかピタマル達には手を出さないでくれ」


《――――何故だ?》


「友だからだ」


《フッ――――了承した》


 魔獣は敵意を感じさせない様子で洞窟から離れ、腰を降ろした。


《別にもらい受けたつもりも無いのだが、住処すみかも返そう。見ればまだ産まれたての幼子もおる。洞窟の中で休むといいだろう》


 その言葉に嘘は感じられない。それに嘘をつく必要が無い。例え嘘だったとしても、抗いようがない。殺される時は殺されるのだ。


 私はピタマルに「お家の中で待ってなさい」と声をかけ、二匹は魔獣の姿に怯えながらも洞窟の中に引っ込んでいった。



《お前が突然気絶してしまったので難儀なんぎしたぞ。話しの続きだ。フェトラスが銀眼を発生させたというのは事実か?》


 さっそく本題に入られた。私としてもビビって気絶したという事実はちょっと恥ずかしいので、そちらはスルーしつつ会話に戻る。


「事実です。コントロールはあまり出来ていないようでしたが、確かにフェトラス様は銀眼の魔王」


《馬鹿な……早すぎる。発生から半年だぞ……?》


「……ですが、事実なのです」


《いつからだ。銀眼を発生させたキッカケをお前は知っているか?》


「キッカケは、私です。フェトラス様は私がロイルの敵だと誤解し、その排除のために銀眼を降臨させたようでした」


《そう、か。お前のせい・・・・・か》


 私の責任なのか。

 いや、確かにそうだろう。

 私がいなければ良かったのだ。


《ロイルとフェトラスは、どうなのだ。仲良くしていたのか?》


「ええ。とても。少しぎこちない部分はありましたが――――親子のようでしたよ」


 魔獣は目を丸くした。


《お前は今、自分が何を口にしたのか理解しているか?》


「ええ。魔族らしからぬ、下手したら狂っていると判断されてもおかしくない事を、私はいま口にしました。ですが残念ながら事実なのです。あの二人はとても仲良しでしたよ」


《う、うむ……まぁお前をロイルの敵だと判断し、その程度のことで銀眼が発生したのだから……想像も出来ないことだが一応は納得しよう》


「話しを続けましょう。銀眼を抱いたフェトラス様でしたが、ロイルの説得により――――」



 魔王の部下になった。

 人間と反発しあった。

 それでも会話をし、食事を共にした。


 ……今思えば、楽しかった。

 だが当時の私には分からなかった。


 新居を得て。

 雨期が来て。

 卵は孵り。

 そして全ては破綻した。


 あの時の私は喜びの絶頂にいた。

 欲しいものを全て手に入れていた。


 ロイルを抹殺するため画策した。

 そして戦った。

 負けた。

 負けて、問われた。


 カルン・アミナス・シュトラーグスとは何者なのかを。



「そして――――そして、私はフェトラス様の不興を買い、命からがら逃げ出したのです」


《…………ふむ》


 月眼のことはやはり言えなかった。


 まだ私は魔獣の真意を知らない。こちらが喋ってばかりだ。


《なるほどな。まぁお前がロイルに負けたのは別に不思議でもなんでもない。アレは聖遺物の使い手だろう》


「えっ」


《あ、いや、確か今は持ってないと言っていたか……?》


「聖遺物の使い手!? ロイルが!?」


《なんだ。知らなかったのか》


「聖遺物を持ちながら、魔王を育てようとした!?」


 少し不敬な表現になるが、例えるならドブネズミを駆除するための罠を持っていながら、ドブネズミに餌をやるようなものだ。人間にとって魔王とは間違いなく敵。なのに、ロイルはそうしなかった。


「理解出来ない……やはりあいつは狂ってる……」


《同意しよう》


「……とにかく、私は逃げ出した。それからあの二人がどうなかったは知りません」


《ふむ。なるほどな。よく分かった》


 魔獣は考え込むように瞳を閉じて「ルールルゥ……」と呟いた。


「こちらからもいくつか質問をさせてほしい。なぜ、あなたはフェトラス様を見逃したのですか? そして何故、見逃したフェトラス様の行方を追う?」


《人間に守られた魔王がどうなるのか、それに興味があった。そしてもう一つ。私は賭けたのだ》


「賭けた、とは」


殺戮の精霊を殺す魔王・・・・・・・・・・という存在が生じることに、賭けたのだ》


「魔王殺しの、魔王」


《いたら便利であろう?》


 それは冗談だっただろうか。少なくとも魔王を崇める魔族に向かって言うセリフではない。


「現実味がなさ過ぎてなんとも言えませんが……魔族が天使を殺すために人間を育てる、という表現が近いでしょうか」


《そうだな。そして順当にフェトラスが命の敵になったのなら、私は一度見逃した責任を取るつもりでいた》


「フェトラス様を殺すと?」


 身体が少しザワついた。気がつくと同時に収めたが、それはすぐに魔獣に気取られる。


《お前はフェトラスに愛想をつかされたようだが、お前自身はどうなのだ? 未だに魔王を信仰しているか?》


「――――――――。」


 どうなのだろう。


「私は――――」



『いつもありがとうね、カルンさん!』



 この感情を、理不尽を、どう言葉に直せばいいのだ。


 不意にロイルの言葉を思い出した。



『――俺は殺戮の精霊なんて知らない。もしいたとしたら、敵だろうな』



 ああ、やっぱあいつ凄いな。


 どうやってこの境地にたどり着いたというのだろうか。一体どれだけの辛いことを乗り越えてきたのだろうか。


 あいつは狂ってなどいなかった。


 ロイルは、フェトラス様が好きで、ただその気持ちに殉じるためにこの世の全てに反逆したのだ。


 人間の好意とはそこまで高められるものか、と私は呆れた。


 そして同時に、言葉が見つかった。




 フェトラス様は魔王だ。


 だが、あの笑顔を失った魔王は、私の敬愛するフェトラス様ではないのだ、と――――。






ぴったん「かーちゃん。あの緑色だいじょうぶ?」

ぴた丸 「いざとなったら助けに行くわ。走って逃げるわよ」



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