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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
幕間 カウトリア
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聖剣


 カウトリア。それが私の名前。


 神速演算。それが私の能力にして別名。


 でも結局のところ、今の私は自分のことをそう認識してはいない。



 私とはつまり「ロイルのために存在する意思」である。





 世の中には考えても分からない事がたくさんある。


 物理法則。魔道原則。世界の深淵や、宇宙誕生についての考察等々。


 だがそれらに興味を抱くのは、いわゆる「学者」と呼ばれる者だけだ。


 普通に生きてる商人は「この宇宙に果てはあるのだろうか」などと考えたりはしない。そりゃ一瞬は考えるだろうが、明日の天気の方がよほど重要だろう。



 さて。「理解不能」以外にも、世の中には「答えの出ない事」の方が多い。


 悩み、と呼ばれるのがソレに当たる。


 答えが無いから悩むのだ。

 知らない「正解」を選びたいが、知らないから困るのだ。


 そして、知性を持った者なら必ず囚われる「悩み」がある。



 では問おう――――愛って、なぁに?



 その答えを持つ者は一定数以上いる。


 だが、その答えは十人十色。人によって愛は色も形も違うのだ。


 全人類が肯定する「愛の定義」は不可能である。


 大切な事なので、言い方を変えてもう一度言おう。


「これぞ愛だ」と全人類が認める愛は、存在しない。


 分かりやすく極端な例えを出すと「優しくするのが愛」という人もいれば「愛してるから殴るんだ」という人がいるように。万人受けする愛はあっても、全人類に賛同される愛は無いのだ。




 魔女に送られた隔絶異次元――――無明の闇で、カウトリアは思った。


「愛ってなにかしら」


 正解は出せなかった。


 でも答えは出せる。


「ロイルに対するこの想いは、間違いなく愛よね」


 うん。それだけは絶対の自信がある。


 守りたい。守られたい。

 頼りたい。頼られたい。

 尊敬してる。尊敬されたい。

 抱きしめられたい。抱きしめたい。

 いると嬉しい。いないと寂しい。


 凹凸のように。与えて、与えられたい。

 二つで一つの形になりたい。


 私が側にいない間、浮気されたらどうしよう? という焦りと悲しみ。

 きっとロイルなら大丈夫よね、という信頼と懇願。


 何をしてあげよう。何をされたいだろう。



 何を守って、何を殺そう。


 

 今までも多くの人間が私と共に在った。でもロイルは特別だ。彼は最高だ。私の最後のマスター。クソッタレファッキンビッチによって引き離された、悲劇的な私達。


 

 愛は絶対的なもの。


 確かで、揺るぎなく、永劫に続くもの。


 でも別の切り口で見れば、愛は変わるものだ。

 再会の日には、きっと私が持ってる愛の定義は刹那で書き換えられる。


 もっとより良いモノに。

 もっと深いモノに。

 更なる高みに至るモノ。


 愛は変わる――――進化する。  


 そもそも言葉では表せないようなモノなんだと思う。


 でもどうにかして相手に伝えたいから、言葉を使うしかない。


 未完成の感情を、不完全な言葉で交換する。それは酷く危険な行為に思える。


 愛は強い。愛は強固だ。愛は最強だ。


 だけど同時に、愛とはとても繊細なもの。神すら屠らんとするその感情は、時々ガラスよりも簡単に壊れる。たったの一言で破滅の道を辿ったりする。


 例えば私には「彼を貫いてみたい」という欲求が確かにある。


 人間と、剣。


 交わらない二つを、物理的に交わらせてみたい。


 彼を貫けば、きっとその温かさに狂喜し、彼を傷つけたことに絶望し、彼が死ぬことで私も死にたくなるだろう。だから絶対にしない。口にすらしない。


 でも内緒の話し、一度でいいから体験してみたい。


 人間はいつか死ぬ。


 なら、どうせなら、自分が殺してみたい。


 これは殺人衝動とか、行きすぎた愛情表現なんてものではない。


 彼の全てが欲しいのだ。


 だから彼の死も、私のものにしたい。ただそれだけ。


 でも生きてて欲しいから、そんなこと絶対にしない。


 ああ、でも――――彼が瀕死になって、とても苦しんでいて、「どうか楽にしてくれ」とお願いしてきたら――――きっと私はまず彼がその状態に陥らないように最大限の努力はするのだけど、もし万が一不測の事態が重なりすぎて不幸にもそうなってしまったとしたら。私はまず彼が生き延びる方法を一万通り模索し、それを実行し、ありとあらゆる障害を廃除すると誓っている。けれど、あくまで思考実験としてこの仮定を続けるのであれば、きっと私は彼の懇願を何度も何度も断るのだけど、最終的には彼を「助けて」あげるんだと思う。私は聖遺物。自らでは動けない、人によって運用される武器。だけどありとあらゆる手段を講じて、私は泣きながら彼を殺すだろう。その時に私が覚えるであろう感情は何か。悲しみ、絶望感、彼がそんな状況に陥った理由に対する憎悪。おそらくポジティブな感情は一つも覚えないだろう。きっと私は彼を殺した後に、自分も死ぬ。……ここまで考察すると「彼を殺してみたい」なんて到底思えない。でもここまで深く考えずに、例えば昼下がりに綺麗な風景でも見ながら二人で微笑みあって「俺を殺してみたいと思ったことある?」って聞かれたら私ははにかみながら「殺してみたいっていうか、どうせ死ぬなら私の手で、って考えたことはあるかも」って正直に言うんだと思う。でもそのあとで「もちろん死んで欲しくない気持ちの方が一億倍強いんだけど!」って言うわ。


 ふと、我に返った。


 ……やっぱり愛って凄いなぁ。


 永遠みたいな時間を過ごしてきた私が、彼のことを考えるだけでこんなにも思考が暴走しちゃう。



 他のことは大体飽きるし、物理法則、魔道原則、神や世界について考えてもちっとも楽しくない。この無明の闇から脱出して彼に会うための「世界への干渉方と、その実験」は継続してやっているけど、それも彼への愛が原動力だ。


 私はロイルのために生きる。


 ああ、もしも彼の存在を知らなければ、私はこの闇の中で思考を放棄し、ただ眠っていただろう。


 私はロイルのために生きる。



 ……ふぅ。


 うん……やっぱり、こんな制御不能で強大なキモチは、愛と呼ぶしか無いわよね。


 でも正直、実は「愛」以外に相応しい言葉が存在しないから、仕方なく使ってるだけなのよね。私のこの存在理由は、愛なんて言葉で片付けられるほど安くない。


 やっぱり言葉って不完全。足りない。全然足りない。


 でもいいの。彼に会えば、それでいいの。


 言葉が不完全なら、言葉を重ねるだけ。


 永遠の一秒で、出来る限りたくさんの愛を伝えよう。


「愛してる」の言葉に一億のキモチを込めるんじゃない。


 一億回「愛してる」って、彼に伝えるの。


 ――――ふふっ。楽しみ。きっと喜んでくれる。


 でもどうせヒマだし、もっと愛について考えてみよう。



 一億のキモチを込めた「愛してる」を、一億回伝えられるように。


 全人類が、いいえ、神ですら認める「愛」を、彼に伝えよう。


 その時には、「愛」という言葉は「ロイルとカウトリア」って言葉に置き換わることでしょう。




(ロイルと別れて、現実時間で二日後・・・のカウトリアの思考)





ロイル 「なんか怖い夢を見たような気がする」




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