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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-40 別れと再会




 夕刻が過ぎてシリックが帰宅。


 俺は使用人に「急用があるので応対を願いたい」と言付けしており、応接室でずっと待っていた。


「すいません、お待たせしました」


 いつもなら任務を終えたシリックは実家であるここではなく、独身の自警団員が割安で使用している寮に戻るのだが、フェトラスが滞在している間は実家に戻るようになっていた。フェトラスがそれを望んだからだ。


「わたしはシリックさんのことたくさん知ってるけど、シリックさんはそうじゃないんでしょう? 船の上のこととか、一緒にご飯食べたり、お馬さんに乗ったこととか覚えてないんだよね……だからわたし、シリックさんともっとお友達になりたい」


 これを聞いたシリックは即答で「私、しばらく実家で過ごします」と応じた。


 そんなわけで、二人は夕食の後で仲良くお話ししたり、お菓子を食べながらゲームをして過ごしているようだった。


 魔王テレザムの影響でフェトラスにも苦手意識が生じていたらどうしよう、とハラハラしていたのだがシリックは「テレザムは魔王でしたが、フェトラスさんは違います。みてくださいよ、あの焼き菓子を食べる顔。ふふっ」と笑ってくれた。すごいなシリック。


 彼女がフェトラスと触れあった時間はすごく短い。よくよく考えると一日しかない。なのに何故? そう尋ねるとシリックは「でもミトナスと長い時間を過ごしたのでしょう? 魔王殺しに特化した聖遺物と。ある意味で最高の証明じゃないですか。彼女は大丈夫です。聖遺物のお墨付きです。というかフェトラスさんが一方的に私を知ってるのが悔しいので、ちょっとお話ししてきます」と答えつつフェトラスが座っている方へと軽い足取りで近寄っていったのであった。


 そんなシリックとフェトラス。


 二人はとても仲が良さそうだ。


 だから俺は、今から話す事が少しだけ心苦しい。



「おおシリック。待っていた。相談したいことがある」


「急ぎの用、とのことでしたが……どうしたんですか?」


「フェトラスについてなんだが」


 すっ、とシリックの目が真面目なものに変わる。


「何か不味いことでも?」


「ああ。とても不味いことだ。ここのご飯が美味すぎる」


「は?」


「フェトラスがここの料理に慣れちまったら、舌が肥えたら……お、恐ろしい……食費がどれだけかさむか分からん……」


 シリックは急に脱力したように見えた。ため息までつかれた。


「あの……ロイルさん。私は急ぎの用だと聞いたから、身だしなみも整えずにここに駆けつけたんですが……」


「ばっきゃろう! 相当ヤバいぞコレ!?」


「心配しすぎです。あの子はきっと、何を食べても美味しいと言いますよ。彼女にとっては辛いかもしれませんが、旅の途中で食に困る事はこれから多々あると思われます。そんな空腹の時に口にするものは、ここに比べれば安っぽい食事でもきっと素晴らしい味で……決して高価な食事をねだったりするような子じゃないと思いますよ」


「違う。そうじゃない。俺が心配しているのは食費だけじゃない。目新しい物、美味い物はフェトラスにとって『ごちそう』であるべきなんだ」


「……と、言いますと?」


「そりゃ俺だってあいつには満腹でいてほしいさ。色んなものだって食べさせたい。でも今は早すぎる。あいつの特性・・を押さえるのに『ごちそう』はとても効果的なんだよ」


 特性。つまり魔王の気配。


 俺はミトナスに認めさせた時の事を思い出した。あの時は、俺が特製サンドイッチを作ったんだ。アレのおかげでフェトラスは魔王の気配を完全に失っていた。


 だが、次にも同じ効果があるとは思えない。


「何これ! 美味しい!」と「あーこれは食べたことあるなぁ」では喜び具合が違うのだ。


 そんなことを説明すると、再びシリックの身体に緊張が走った。


「次、フェトラスの特性を押さえようと思ったら、ここでの食事以上のモノを提供しなくちゃならん。まぁ出来るだろうさ。でも、その次は? そのまた次は? 最終的には何が必要になる?」


「……それは、まぁ……それこそ宮廷料理が必要になるでしょうが……」


「いつかはそうなるだろうさ。でも、そんな金を俺が出せると思うか? だから、無意味に『ごちそう』を与えたくはない。それは俺にとっての切り札だ。それがいつでも自在に切れるように管理しなくちゃなん」


「なるほど……確かに深刻で、急用ですね」


「安値で押さえなければ、破綻が早まるだけだ。切り札が切れなくなったらどうするよ。あいつを護るためにも、『ごちそう』は滅多に食べられない特別な食事であるべきなんだ」


 ここ、領主の館では毎晩『ごちそう』が出る。


 英雄候補である俺に対する礼の一環なのだが、別にフェトラスが何かしたわけじゃない。理由もなく与えられる『ごちそう』の価値を、彼女は知らないのだ。


 砂糖は割と貴重なのに、ヤツは毎晩それを口にしている。しかも上等なデザートとして振る舞われてる。おのれ領主め。デザートにせずとも、砂糖を舐めるだけでも『ごちそう』として利用価値があったのに。


 きっと今のフェトラスは砂糖を舐めた程度では満足しなくなっているだろう。


 それはまるで、遅効性の罠だ。



『ごちそう』が効果的に使える間に、フェトラスがしっかりと成長して自分で魔王の気配をコントロール出来るようになってほしい。だがそんなことが本当に可能かどうかは分からない。だが可能性を諦めるわけにはいかない。せめて猶予期間・・・・を延ばす必要性があるのだ。


「だから俺は、早々にユシラ領を離れる必要がある」


「それはまた、急ですね。あまりにも」


「俺は英雄候補だろ? だから領主をはじめとして街の人がよくしてくれる。それじゃ逆に困るんだ。食事に不自由がない生活は大変結構だが、そういうのはあいつがちゃんと成長してからだ」


「ふむ……」


 幸いなことに、まだ滞在して数日だ。まだ慣れるという程ではあるまい。選定の義は四日後。四日。魔王の成長速度が怖い。


「というわけで、俺は適当な嘘をついて明日にでも旅立つつもりだ。負傷した身での旅は怖いが、報奨金を駆使して安全な旅をするつもりだ」


「選定の義はどうするのですか!?」


「どうせ俺は英雄になんぞならん。だから申し訳ないが、領主に……報奨金の話しをつけたい。面会の予約を取ってもらえるだろうか」


「こっ、困ります!」


「……何故だ? 英雄候補のわがままとしては格別の安さだと思うが」


「違います! ロイルさんには英雄になってもらわないと困るのです!」


「なぜに!?」


「じゃないと私が納得・・出来ません!」


 ふんすー! と鼻息を荒くしてシリックが叫んだ。


 そのあんまりな言葉に俺は呆然とする。


「……お前の納得のために、英雄になれと?」


「そ、それはそれで語弊ごへいがありますが……だっておかしいじゃないですか。ロイルさんは魔王テレザムを討った。だから英雄です」


「で、戦いの宿命を背負えと?」


「そ、そうまでは言いませんが……」



「俺が『魔王を殺した者』の称号を、欲しがると思うのか?」



 部屋の空気が凍り付いた。


「その称号の意味は、俺にとって何だ?」


 シリックは泣きそうな顔になって「……すいませんでした」と謝罪をいれた。


「……お前の気持ちも分かるけどな。ああ。お前からすれば俺は恥知らずに見えるのかもしれない。魔王と戦う力がありながら、何故それを活用しないのかと。それでも人間かと」


「………………」


「悪いな。俺は魔王を殺す力なんていらない。フェトラスを護る力があれば、それでいい」


 だから魔槍ミトナス……魔王殺害特化の聖遺物など、欲しくないのだ。


 しかも代償系だぞ。意識が無くなるんだぞ。何が起こるか分からないんだぞ。


 俺は自分の中の激情を抑えるために深呼吸して、そして、微笑んだ。


「シリック、ありがとうな」


「……なんのお礼でしょう」


「称号の意味を問うた時、謝ってくれてありがとう。フェトラスの事をちゃんと想ってくれてありがとう」


「フェトラスさんは私の友達ですから」


「それ、噛みしめて聞くと泣きそうになるんだよな。年かなぁ」




 何はともあれ、シリックは分かってくれた。



「フェトラスさんと離れるのは寂しいですが、また会えますよね?」


「当たり前だ。あいつがちゃんと成長したら、必ず。きっと飛んでくるぞ。魔法的な意味で」


「……ふふっ。いつか一緒に空を飛んでみたいなぁ。じゃあ私はそのお礼に、美味しい手料理が振る舞えるように頑張っておきますね」


「ああ。今日の夕食後、俺が領主と話しをする間にフェトラスとたくさん会話してやってくれ。寂しいだろうが、その分だけ再会の喜びが深まるように」




 フェトラスに「明日旅立つ」と告げると、彼女もまたショックを受けたようだった。


「じゃあ、シリックさんとはお別れしなくちゃいけないの……?」


 ここで「美味しいご飯がもう食べられない!?」とか言うような子じゃなくて本当に良かった。いや、信じてたけどさ。


「そうだな。でもまた会えるさ」


「いつになるかなぁ……」


「正直に言うと、お前の頑張り次第だな。魔王としての気配を完全にコントロール出来るようになったら、いつでも会いに来られるさ。飛んでいけ飛んで」


「魔法使うと、どうしても魔王っぽくなっちゃうんじゃないかな」


 しかり。


「それも含めてコントロール出来るようになれ。頑張れ。お前なら出来る」


「うん……分かった……でもなんで明日なの? お父さん、まだ怪我治ってないよね?」


「お前のためだ、と言ったら信じるか?」


「うん」


「じゃあ信じてくれ。理由はまだ言えないけれど、いつか必ず説明する」


「いつ?」


「お前が魔王の気配……なんかこの言い回しアレだな。人に聞かれると不味いな。よし、今後は魔王の気配のことを『ラベルに書かれた文字』と呼称しよう」


「長くない?」


「暗号だからしょうがない。とにかく、お前がラベルに書かれた文字を管理出来るようになったら、ちゃんと説明するよ。それに管理が出来るようになったらもっと友達が増えるし、いつでも会えるし、美味しいモノがたくさん食べられるぞ」


 な! と笑うと、フェトラスは寂しそうに微笑んだ。


「……うん。がんばるね」




 送別の宴、とか言われて更に豪勢な食事が出ても困るので、むしろ俺は「今夜は簡素な食事が好ましいです」などと注文をつけつつ、食後に領主との会談を行った。


「明日、旅立つと伺ったのですが……」


「はい」


「当家に何か落ち度がありましたでしょうか?」


 領主は俺に丁寧な言葉を使いつつ、その真意を探ろうとしていた。


 俺も領主に対して相応しい言葉遣いをしつつ(でも貴族とまともに会話する事に慣れてもいないので)出来る限り簡単に説明した。


「実はわたくし旅の途中でして。その旅をすぐにでも再開させる必要があるんです」


「ふむ……何か特別な事情でも?」


「ええ。領主様にだけ内密にお話ししますが、わたくしもまた聖遺物を探している最中なのです」


 そう答えると領主の表情が曇った。


「で、ではやはり魔槍ミトナスを……」


「いいえ。アレは要りません」


 ぴしゃっ、と言うと領主は首を傾げた。


「何か特別な聖遺物をお探しである、ということでしょうか」


「はい。詳しくは機密のため言えませんが」


「ふぅむ……」


「ご安心ください。わたくしは今回の件で英雄を名乗るつもりがありません。旅に出るので戻ってきて難癖をつけるヒマもありません。こうお考えください。選定の義の結果……つまり、魔槍ミトナスが何と言おうとも、わたくしは英雄にはならない」


 言外に「英雄はユシラ領の者がなります」と強調して言うと、ようやく領主が微笑んだ。


「ただの旅人ではないとは思っていましたが、何か重大な任務についている最中だったのですね」


「機密なのでそれ以上は勘弁してください」


 ……機密って便利な言葉だなぁ。


「分かりました。選定の義を待たずして旅立たれるほどです。私が引き留めるわけには行きますまい」


 残念そうな言い回しだが、表情は少し安堵を含んでいる。俺はそれを良い傾向だと歓迎しながら言葉を続けた。


「ご理解していただき感謝します。ですが」


 先に誠意は見せた。ここからは商談だ。


「なにぶん自分は負傷していますし、幼子も連れております。そして今回の件は想定外のことでした。……なので、このまま十分に旅を続けるには少しばかり心許なくて。正直に言いますと」


 何て言い回しをすればいいんだ? と悩んで、結局俺は素直にぶっちゃけることにした。


「怪我が治るまで護衛を付けたいのです。ですが機密を守るためにも特定の人物による長期的な護衛ではなく、日雇いの者を代わる代わる利用するしかありません。しかも悪意のある者をはじくため、そこそこに評判の良い者を雇う必要があります」


「……それはまた、ずいぶんと費用がかさみそうですな」


「ええ。ですから今回の魔王討伐における報酬を、現金でいただきたい」


 領主に金をせびる。これは無礼なことでもない。割と当然の要求だ。はっきり言うのは不躾であろうが。


 そして領主もその辺は理解しているのだろう。魔王討伐の報酬というより、英雄の選定をユシラ領の者だけで行えるという未来への投資として、領主は頷いた。


「かしこまりました。報酬を現金でお渡ししましょう」


 こっそりとため息をはく。スムーズに済んで良かった。


「しかし残念ながら相場が分かりかねるので、それはここの財務官と話しをつけさせていただいてよろしいでしょうか?」


「もちろんです。ただ、明日には旅立つ必要がありますので……」


「お急ぎなのですね。分かりました。では朝食後すぐに財務官と相談して、昼前にはお渡し出来るよう調整いたします。その間に護衛を探したり、旅の準備を整えるとよろしいでしょう」



 いくらもらえるのかは分からないが、とりあえず話しが済んで良かった。


 俺はフェトラスとシリックが遊んでいる部屋に出向いて、話し合いの結果を二人に報告した。


「そっか。じゃあやっぱり明日にはシリックさんとお別れなんだね……」

「……寂しいですね」


「うん……」

「……あの、フェトラスさん。良かったら今夜は一緒に寝ませんか?」


「えっ!?」


 驚きの声を発したのは俺だった。


「な、なんでお父さんが驚くの?」


 いや、だって、友達とは言え魔王だぞ? 俺は全然平気だが、シリックはマジで大丈夫なのか? 友情っていうのは、短期間でここまで強く大きく育めるものなのか?


 殺戮の精霊ともだちと寝所を共にする。


 ……なんの冗談だ?


 俺にだって数は少ないが、友と呼べるヤツが何人かはいる。


 だがもしも、彼らの一人が「実は僕って魔王なんだよね」とか言い出して、あまつさえそれが事実だとしたら絶対に寝食を共にしたりしない。普通に恐怖だわ。


 頭がぐるぐると回っているとに何を勘違いしたのか、シリックが意地の悪い笑みを浮かべた。


「ふふっ、きっとお父さんは私にフェトラスさんを盗られるような気がして不安なんですよ」


「えー。やだー。愛されてるー」


 キャー! とか言いながら嬉しそうに飛び跳ねる二人。


 う、ううぅん……すげぇ大丈夫そう……。


「まぁシリックがそう言ってくれるなら、フェトラスの好きにすればいいさ」


 動揺のせいで言葉が少し乱れたが、フェトラスは満面の笑みを浮かべて「お父さん、寂しいかもしれないけど今夜は一人で寝てね」と言った。


 いい笑顔だ。


 うん。


 お前が幸せなら何でもいいよ。







 そして翌日。


 控えめな朝食後。(なおフェトラスは料理が簡素になっていることに全く気がつかなかった。もしかしたら俺の『ごちそう』に関する心配は杞憂だったのかもしれない)


 旅の準備を終えて待機していると領主からの呼び出しがあった。


「お待たせしました。財務官と話し合った結果、ロイル様にはこの金額を報酬としてお渡しすることになりました」


 提示された金額は何と。


 金貨二十枚だった。


 少なッッッ!!


 少なすぎるよ!! 俺の首にかけられた賞金の何分の一だよ!  


「え、と……二十枚、ですか」


「はい……申し訳ないのですが……」


 領主は本当にすまなそうな顔をした。少ないことは理解しているらしい。


「今回の件につきまして、多大なる尽力をいただきまして誠に感謝しております。ですが魔王討伐のために多くの自警団員が失われ、その遺族に対する保障や、新たに自警団員を募るために領主としては尽力せねばならず……民の生活もありますので、お恥ずかしい話しですがすぐに用意出来る金額はこれが限界でして……」


 領主なのに? 相場で考えると、俺の今回の働きっぷりは最低最悪でも金貨七十枚だぞ。普通なら二百枚もらってもおかしくない。なにせ英雄だ。いや、候補だけどさ。でも実際に魔王テレザムを討ち取ったのは俺で。


 正直困惑が隠せない。


 しかし怒るのも何か筋違いだ。なにせこちらは「魔王を討伐するのに協力するから金をくれ」と事前に言っていたわけではない。


 領主からすれば俺は「魔王殺したから金くれよ」と言ってくるチンピラに近いのだ。


 だが二十枚は流石に厳しい。


 腕の良い護衛を代わる代わる雇うだけなら、俺の怪我が完治するまで二ヶ月。


 一日に大銀貨一枚だとして、二ヶ月で大銀貨六十枚。


 大銀貨五枚で金貨一枚だから、イコールで金貨十二枚。


 残りは金貨八枚。二ヶ月の生活費にしては十分だが、節度が必要だ。つまり『ごちそう』の切り札が使いにくい。


「すいません。えと、正直に言います。もう少し色をつけてほしいです」


「こちらとしても、そうしたいのは山々ですが……なにぶん、時期的に……その……ええ……色々と……」


 マジかよ。


 領主さん、良い人そうだったのに。金がからむと足下見られた感じか? いや、本当に台所事情が苦しいのかもしれんが。いや、それにしたって安すぎる。舐められてる。


 ゴネた方がいいか?


 つーかガッドルは「十分に支払わせる」とか言ってなかったか? あ。しまった。今回は急だったからそこまで相談してなかった。



 ごねて滞在が長引くか。


 あるいはすっぱりと旅立つか。


 選定の義の事もあるし、何より魔王の気配をいつまで隠せるか分からない。ガッドルとばったり遭遇したら、その時点でバレる可能性を否定出来ない。


 なので俺は退去を選んだ。


 世知辛いなぁ。と思いつつ、俺はせめてもの妥協案として「現物でいいので、旅の補助品をください」と言った。




 領主は約束通り、それなりに旅の準備を整えてくれた。


 現金。食料。水はもちろんのこと、調味料と野生動物を狩るための装備一式を頂いた。これはありがたい。他の諸々の備品も、中古品などではなく質の良い新品を用意してくれていた。そこには誠意が詰まっている気がする。


 領主は最後まで「心苦しいのですが、旅先で神のご加護がありますように」という意味の台詞を貴族風に表現しつつ、温和な笑みで俺達を送り出してくれた。



 ユシラ領の端。


 見送りにはシリック、ガッドル、フォートの三人が来てくれた。


 本来なら自警団全員で来たかったのだが、と苦笑いを浮かべるガッドルに俺も同じような笑みを返す。


「そんな大勢で来られたら逆に迷惑だ」


「だろうな。そう思ってお前が出立することは内密にしておる。だが、まぁ戦友のよしみだ。フォートだけは許してくれ」


 俺はもちろんだ、と笑ってフォートを見る。


 彼はとても真っ直ぐ立っており、凛々しい敬礼を俺に示した。


「ロイル様。今回の騒動に対する助力、本当にありがとうございました! あの時……あの炎に包まれた世界で、あなたの戦いっぷりは凄すぎて全く参考になりませんでしたが、あの領域に少しでも近づけるように今後とも努力し、何が起きてもユシラ領を守ってみせます!」


 威勢の良い言葉だ。


 だがその眼差しは真剣で、俺は「頑張れよ」と心からの返事をした。



「フェトラスさん」

「お別れだね、シリックさん」


「ええ。でも再会を約束しましょう。お別れと永別は違うのですから」


「うん。わたし、もっと大きくなって、ちゃんとして、頑張ってくるね!」


「ええ。私も負けないように努力します」


 二人はギュッと抱擁して、互いの感触を記憶に刻む。


 その光景は友人というよりは姉妹のソレで、俺は不覚にも涙腺がゆるんだ。マジで年なのかもしれない。


「ロイルさんも、壮健でありますように。フェトラスさんの事をよろしくお願いします」


「シリックに言われるまでもないな。任せとけ。二人でガハハと笑いながら生きていくさ」



 俺達のやりとりを見ていたガッドルは感慨深げにため息をつき――――その合間に、強く息を呑んだ。まるで森の中で猛獣に出会った時のように――――だけど彼は咳払いを一つして「じゃあな。近くに寄ることがあったら顔を見せてくれ」と微笑んだ。


 その微笑みの裏には、はっきりと「驚愕」の感情が含まれていた。


 彼はずっとフェトラスのことを凝視していた。視線が外せない、外すわけにはいかないと身体が強ばっていた。


 ……だが彼はフェトラスに話しかけなかった。


 フェトラスもガッドルに話しかけなかった。


 だから、この話しはここでお仕舞いだ。




 街道は安全なので、俺は護衛をつけなかった。節約だ。


 なので、二人きりでユシラ領に背を向ける。


「じゃあな!」

「またねシリックさーん!」


 俺達は仲良く一匹の馬にのり、軽やかに街道を進み始めたのだった。



「色々あったが、良い街だったな」

「そうだね! ご飯もすごく美味しかった! それで、次はどこに行くの?」


「そうだなぁ」


 ガッドルが何やら感づいてしまったような気がするので、出来たらこの辺に住居を構えたくない。


 フェトラスに行き先を聞いても、そもそもどこに何があるのかをコイツは分かっていないので意味が無い。


 俺が「うーん。とりあえず、俺の怪我が完治するまでは安全な所を回ろうぜ」と言って、こんな身上でも就ける仕事が無いだろうかと思案した。



 数日後、漁港サリアに到着。


 ドラガ船長は既に旅立ってしまったようだが、漁港だけあって船は多い。祖国に戻るつもりは毛頭ないのだが、改めて現在位置を確認し、行き先の選択肢を増やすために俺は情報収集を開始した。


 ちなみにこの大陸は、俺の祖国からだいぶ離れた所にあるということが判明した。もしも祖国に戻ろうと思ったら、直行でも二ヶ月。安全なルートを使用して半年といった所だろう。



 ドラガ船長はわずかな期間で魔王の気配を覚えた。


 ならば、近場の街を転々としてみるのが良いかもしれない。


 ゆっくり旅をして、怪我を癒やして、万全に戦えるようになったら大きめの街を目指すとするか。


 ……いや、あんまり人がいない所の方がいいのかなぁ。


 魔王的には田舎の山奥に住む方がいいのかもしれない。


 だがフェトラスはシリックという友人を得た。そしてそれはフェトラスにとって大切なモノになった。親としては、我が娘には友人が多くいてほしい。そのためには都会とまではいかなくても、そこそこの街を目指す方がいいのかもしれない。


 悩ましい。


 これは答えが出ない系の悩みだ。


 やはりまずは怪我の完治を目指そう。


 陸路よりも、安全な航路を取っている船旅の方が良いだろう。



 そして二日後。



 何故かシリックが漁港サリアに現れた。




「許せません!!!!」



 彼女はブチ切れていた。


 なぜだ。


 



  

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