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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-39 Emergency




 フォートの有休が終わってから選定に入ることとなった。


 理由はいくつかあるが、まず自警団の立て直しを急務としたからだ。


 多くの人命が失われた。幸いにもユシラ領自体は大した損害を受けてはいなかったが、山岳地帯の方が危なかった。山火事のせいである。


 自警団だけでなく有志も多く集まったおかげで山火事は割と手早く鎮火されたのだが、それでも疲弊ひへい感が募った。


 生き残った自警団の大半は治療や休養が必要で、通常業務はほとんどこなせなかった。また、勤務時間の調整等で現場は大混乱だ。


 ここでユシラ領の住人のコメントをいくつか抜粋しよう。


「魔王が発生してたんだって? 怖いし、危ねぇよなぁ。なんだって自警団の連中はそれを秘密にしてたんだ? あ? 混乱を押さえるため? 馬鹿野郎。何か起こってたらどうするんだ。こういう時は俺達は避難して、王国に騎士団の派遣要請をするのが筋だろうが」

(ユシラ領における経済の停滞について考えが及ばない男性)


「魔王の存在を隠してたことについては、まぁ、色々言いたいこともありますけど……何かあってからじゃ遅いでしょ? 死んでたかもしれないんでしょう? ……それでも、魔王を退治してくれた事にはとても感謝してますし、そんな我々の自警団を誇りに思います」

(事なかれ主義の主婦)


「魔王が来たってんなら、自警団だけじゃなく住人が全員で戦うべきだったんじゃないか? 人数が多ければ、もっと楽に倒せたはずじゃないか」

(魔王の強さを知らない青年貴族)


 等々。


 要するに、なんで秘密にしてたんだよ、という不満を多くの人間が持っていたようだ。

 しかし俺から言わせると、それは仕方の無いことだ。


 魔王の情報を公開すれば、必ずユシラ領は混乱に包まれる。

 

 逃げる者、逃げられない者。

 それはつまり、裕福な者と、ここでの生活ですら困難な者。

 あるいは健康な者と、身体が不自由な者。


 そう、情報を公開した所でユシラ領に得は無いのだ。領地の生活や経済を支える者達だけが逃げて、後に残るのは貧乏人と老人だけだ。


 農家だったら収穫物を諦めなくてはならない。牧場を持っている者は、その家畜をほとんどを売らなくてはならない。


 人材と金が流出し、失うばかりだ。


 だから情報は秘匿された。


「街に被害が及ぶ前に魔王を討伐すれば、今までの生活は保たれる」


 当たり前の日常を守る。そのための最善策はそれしかなかったのだ。



 もちろん魔王が強大な力を持っていると事前に分かっていれば、ユシラ領の一時解体もやむなしだ。領主だって逃げ出しただろう。


 だが今回のケース。魔王テレザムは弱い部類の魔王だった。故に情報は秘匿され続けた。


 

 と、そこまで説明すれば全員が「まぁ仕方が無いか」という結論を出すに至る。


 何事もなくて良かったね。自警団の人達ありがとう。


 そう――――ユシラ領は今回の事件で、最高の結果をたたき出していたのである。



 しかし結果が最高とは言っても、自警団はガタついた。


 先ほども言ったが、多くの隊員が失われ、他の者は仕事に追われた。


 なのでその辺の諸々が安定してから、改めて魔槍ミトナスによる選定をしよう、ということになったのである。


 ちなみにフォートは有休をもらっていたはずだったが、半日もせずに仕事に就いていた。


「あ? こんな時期に一人で休んでろって、そんなみっともない真似出来るかよ。そもそも俺が有休もらえるなら、ガッドル団長だってもらえないとおかしいじゃないか。でも今はガッドル団長は休まない。というか休まれたら困る。生意気を言わせてもらうなら、戦友ガッドルが戦ってるのに俺が休むわけにはいかないだろ? ……大して役には立たねぇけどさ」


 とのことで。いやはや立派である。


 というかむしろ、フォートがそんな志しを持つように誘導したガッドルがズルいのだが。「お前は戦友だ」「勇敢だ」「立派だ」「よっ、次期団長!」こんな言葉を並べられたら、そりゃ誰だって休むのに罪悪感を覚える。


 そんなこんなで、フォートの有休というのは言い換えれば「自警団を立て直すための期間」である。領主に対する「功労者の有休が終わるまで選定の義は待ってください」という言い訳だ。


  


 みんなが必死で働いてる中、俺はすごーくのんびりさせてもらった。


 なんと領主の館に滞在中である。


 英雄候補である俺は重要な客人として扱われており、正直ちょっと居心地が悪い。


 しかしフェトラスは領主の食事に毎回感動しており「うまー!」だの「おいしー!」だの「ふみゅう」だの「しあわせぇ……」だの。常にキャッキャしてる。まるで幼児退行だ。


 ガッドルや自警団の連中には会わないように気を付けてはいるが、そこそこの自由がある。慎重に実験を繰り返したところ、領主の館にいる人間は誰もフェトラスのことを魔王だと認識していないようだった。


 俺はまだ全身の火傷がヒリヒリするし、左手は折れている。身体を動かすのがおっくうな間は、フェトラスを膝にのせて絵本を読んでやったりすることが多かった。


 そんな俺達にお茶を運んできたメイドが微笑む。


「まぁまぁ。フェトラスお嬢様はロイル様と大変仲がよろしいのですね」


「うん! 世界で一番仲良しなんだよ!」


「羨ましい事ですわ。我々のように貴族に囲まれて生活する者には、このように微笑ましい光景、滅多に見られるものではございませんので……」


「そうなんだ。っていうか貴族ってなぁに?」


 ん? と膝の上のフェトラスが俺の顔をのぞき込む。俺はメイドが退室するのを待ってから答えた。


「なんて説明すりゃいいのかな……町人より美味い飯が食えるが、責任の重い者達、かな」


「せきにん」


「領地によって形態は少し異なるが、ようするに偉い人達だよ。このユシラ領の貴族達は割と大らかで、街の人達にも好まれてる者が多いようだ」


 おそらく経済が安定していることと、街の治安が良いおかげだろう。色々とバランスが良いのだ。欲をかいて自分だけ満たされようとすると、きっと何かが破綻する。ここの貴族達はそれを自覚するだけの賢さを有しているのだろう。


 それと何より、貴族の絶対数が少ないおかげだろうな。貴族間での利権争いも、大国に比べると慎ましいものなんだろう。


「嫌われる貴族もいるの?」


「いる。というか世界の半分以上の貴族は民衆から嫌われてる。税金が高かったり、不当に見返りを要求したり、権力を盾にやりたい放題のクソ野郎も多くいる」


「むむむ。それは良くない事だよね」


「良くない。が、社会を保つためには仕方の無いことだ。あんまり極悪非道なヤツは遅かれ速かれ天罰が下るから気にするな」


 俺がそうまとめると、フェトラスは不満そうな表情を浮かべた。


「でもその嫌われてる貴族のせいで、嫌な思いをしている人達はきっと今が苦しい・・・・・よね」


 魔王。全てを統べる、ある意味では地上最高の権力者。そして魔王フェトラスは苦しむ民を想像して心を痛めたようだった。


 だがそれは貴族の振るまいではない。何故ならフェトラスには貴族が何たるかを全く分かっていないからだ。義務と権利。それらを構成する責任。そんな概念を彼女はまだ有していない。


(必要悪なんて言葉、教えたくねぇな)


 よし、誤魔化そう。


「苦しむ民はいるだろうが……でもな、例えば俺が貴族だったとしたら、一つしかないパンをみんなで切り分けて食べたりしない。きっと俺はほとんどをお前に食わせると思う。みんなに嫌われるよりも、お前を幸せにしたい。きっと悪い貴族ってのは、自分の家族の方が好きなんだろうさ。昔の俺ならいざ知らず、今の俺はそう考えるよ」


 多少お茶を濁した感じではあるが、素直な気持ちでそう告げるとフェトラスはコテンと頭を俺の胸に預けた。


つまり?・・・・


 このヤロー。最近何かある度に「あの台詞ふかんぜんなことば」を言わせようとしやがるな。


 ワクワクした目で見上げるんじゃねぇよ。


「パンが一個じゃなくて、たくさんあればいいな」


「うん!! ……って、そうじゃなくてさ」


 ぐりぐりと指で胸元を押される。はしたないからやめなさい。





 のんびりとはいえ、やることも少なからずあった。ガッドル直々による報告書の作成。それに協力することだ。


 八割ぐらいは今までの事実を語るだけで完成した。魔槍ミトナスがどこにあって、どのように運んで、どのように戦って、どうなったか。もう少しで「真実」が確定する。



 しかし残る二割が問題だった。


 それはつまり、模範解答が存在しない、仮説しか立てられない事柄についてだ。




①魔王テレザムの強さ。


 まず最初に、テレザムは自警団によって手傷を負わされた。つまりその程度の強さだ。


 交戦の際に名乗った、とのことで発生から二年程度ではないかと推測される。

 

 しかし傷を癒やし、人間への憎悪をため込み、魔法の腕を上げて襲撃してきた。


 初交戦から襲撃までの時期を考えると、このケースの魔王の強さは十段階で3~4程度に収まるはずだ。


 だが魔王テレザムの強さは、少し風変わりだった。


 炎という攻撃的な属性を持つくせに、戦い方は好戦的ではなかった。どちらかというと、防御や逃げることの方が得意そうだった。


 殺戮よりも燃やすことを優先していた節もあるし、人間を憎悪していた割にはちぐはぐだ。


 はっきり言って、魔王テレザムの強さは3程度だろう。


 だがもしも彼が違う戦い方をしたとしたら、きっと5を超えていたはず。


 ――――なぜ魔王テレザムは、殺戮を、強さを追い求めなかったのか。


 今となっては知るよしもない。複数の仮説を立ててはみたが、模範解答はこの世に存在しない。



②炎星という魔法


 魔王テレザムの強さ、という分類には収まらない炎星という魔法について。


 アレは誰の目から見ても異常な魔法だった。


 魔王テレザムが行使した他の魔法に比べてレベルが違いすぎる。フェトラスの銀眼クラスだ。


 なぜアレを使うことが出来たのだろう。


 俺はそれがとても気になったのだが、ガッドルは「魔王とはそういうモノであろう?」と首を傾げるだけだった。


 これもまた模範解答が存在しない。



③襲撃のタイミング。


 聖遺物である魔槍ミトナスがこの地に送られて、その晩には魔王が襲来した。


 このタイミングには何か意味があるのだろうか?


 偶然か? それとも魔王テレザムは聖遺物に反応したのか?


 不可解な偶然。それは運命か、あるいは作為か。


 これもまた模範解答が略。



④聖遺物を今後どう管理するか。


 これには模範解答が存在するが、最上の答えはない。


 ぶっちゃけ俺が王国騎士団に奉納するのが一番いいのだろう。


 しかし魔槍ミトナスの意思を改めて確認することになっているので、答えを出すのは保留。だが一応は想定しておくべしとして、ガッドルとは協議を重ねた。




 こんな所か。


 微妙に完成していない報告書を前にして、俺とガッドルはため息をついた。


「これ以上は手の入れようが無いな」


「ああ。あとは選定の義をしてからだな。この報告書ってのはやはり王国に提出するのか?」


「自警団の被害が多かったからな。魔王駆除ではなく、魔王討伐という呼び名が相応しかろう。つまりは報告案件だ」


「そうだな。別に見返りがあるわけじゃないが、やっておくべきだと思う」


 人類の義務である。

 情報、大切。共有万歳。



「それで、ロイルはどうするのだ? 旅を続けると言っていたが、やはりその左手が完治してからか?」


「うーん。何が起こるか分からないから、安全な場所で過ごしたいって気持ちもあるんだが……あんまり滞在するのも悪いしな」


 今は領主の館で客人扱いされてはいるが、その費用も馬鹿にはならない。具体的に報奨金の話しはしていないのだが、このままだと逆に滞在費を請求されそうだ。ウチの娘がよく食べるので。


 だが負傷したまま旅を続けるのは怖い。そもそも普通に戦うことですら怖い。多少は慣れたとはいえ、怖いものは怖いのだ。 


 悩ましい所だ。


 俺の怪我の具合を考えると、二ヶ月は滞在したい。治療+リハビリだ。


 しかしフェトラスの事が気になる。


 食費ではなく、魔王だとバレるのが怖いのだ。


 今の所は領主の食事という目新しい物のおかげで子供っぷりが全開だが、慣れると、あ。


「あああああああ!!」

「ど、どうした!?」


「やっちまったぁぁぁぁ!」


 慣れる!?

 領主の食事に、慣れる!?


『どうだ。美味いかフェトラス?』

『うーん。シリックさんのお家で食べたご飯の方が美味しかったかなぁ』


 なんてことだ!! いかん、慣れる前に離れなければ!!


「どうしたのだロイル!?」

「すまんガッドル。急用というわけではないが、個人的に大変な用事を思い出した。えーと、うーん、どうしよう!?」

「唐突すぎるわ! ……なんだ、相談ぐらい乗るぞ」


 言えない。


「…………大丈夫だ。自分で何とかする」

「そ、そうか……」



 俺があんまりにもソワソワし出したのを察したのか、ガッドルは早々に退出した。


 俺は自警団に行っているであろうシリックの帰宅を待ち、相談することにした。



 事態はかなり深刻だ。


 本当に、本当に深刻だ。







(とある図書館にて)



「――――――――。」

「……解説しろっていうの? イヤよ。面倒だもの。絶対長くなるし」


「――――――――。」

「まぁ、何をするつもりかしら?」


「――――――――。」

「えっ。……うぅ、ずるい。それはずるい。ひどい。おに。あくま」




①魔王テレザムの強さについて。


 もし彼が「殺戮」のために行動していたら、強さは十段階評価で5。

 でも彼は人間に恐れを抱いていたため、殺戮に対するイメージが弱かったのよ。他の生き物もあまり生息していない山岳地域だったのでなおさらね。


 彼はユシラ領を目指した時、殺戮ではなく「人間に襲われた」とか「痛いの怖い」というトラウマの払拭を優先したのよ。内情までは知れないから多少の誤差はあるかもしれないけど。


 また、魔王テレザムの得意属性は「炎」じゃないわね。使い方が明らかに妙だもの。ただ、夜を照らす明かりが、単純に強さを実感出来る炎を『好んだ』だけなんでしょう。得意属性は……うーん、不明ね。たぶん、まだそこまで至ってなかったんじゃない?


 よって、彼の戦い方は特殊になった。彼にとって炎とは攻撃手段ではなく、夜の闇や寒さから「守る」ものだったのよ。それが攻撃手段となり得ると分かった時、彼は殺戮の精霊の本能を思い出した。


 資質的には5。だけど彼は3程度。じゃあ3で確定でしょう。



②炎星について。


 報告書の通りなら、見事の一つに尽きるわね。

 炎星。おそらくかなり高位の防御用魔法よ。


「――――――――。」


 ええ。防御用の魔法よ。使い方によっちゃ絶大なる攻撃魔法にもなるんでしょうけど、攻撃意思を優先させて作ろうとしたら不発だったでしょうね。


 守るために、殺そうとした。


 星空は魔王テレザムにとって癒やしだったんじゃない?


 毎夜それに慰められて、遠く煌めく強大な星に思いを抱いた……きっとロマンチックな子だったんでしょう。そして【炎常】という最も使い慣れた魔法の構成を流用して、こじつけて、そして【炎星】を完成させた。


 きっと自分の全てを込めたのでしょう。とても美しい魔法だったんじゃないかしら。


「――――――――。」


 私? ええ、まぁやろうと思えば出来るんじゃないかしら。きっともっと凄いのが。



③ 襲撃のタイミング。


 偶然ね。

「――――――――。」


 あら、不満? 信じられない? でも貴方に嘘は付かないわよ。


 ……じゃあ最もらしい説明を一つ。


 あれはきっと、ミトナス自身が無意識でタイミングを合わせたのよ。魔王テレザムの襲撃に間に合うギリギリの期限で、帰還した。


 自警団の詰め所で「居ても経っても居られない」という具合だったんでしょう? あれは襲撃が間近だと予感していたからよ。無意識下の事だから言いくるめられてしまったようだけど。


 だけどテレザムの機が熟した日程だっただけで、テレザムが動くかどうかはその時の彼のテンション次第。もしかしたら翌日か、あるいは三日後だったかもしれない。


 というわけで、結論は「偶然」よ。――――似たような言葉で表現するなら「運命」かしらね。



「――――――――。」


 いいえ。どういたしまして。


「――――――――。」


 ええ、そうよ。伊達に魔女やってないわ。


「――――――――。」


 そうよ。私は凄いのよ。だから、怒らせたり寂しい気持ちにさせるとひどいんだから。つまり、ええと、その……さっきみたいなイジワル言わないで、今夜もそばに居てね?





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