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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
84/286

2-38 ※みんな普通じゃありません




 俺に英雄願望はもう無い。


 地位も名声も不要だ。戦いの宿命なんてまっぴらゴメンだし、そもそもミトナスはもう二度と俺に使われたくないだろう。カウトリアこわいです。


 シリックは、英雄願望こそあるかもしれないが、その人生哲学において最優先されるのは「誇り」。彼女は自己満足よりも、その信念を満たす方に価値を見いだしている。


 ガッドルは「英雄」の称号の重みに耐えきれない。その肩書きで呼ばれる度に、きっと悔しさを覚え――――ここから先はガッドルには直接言えないが――――最終的には本当にどこかへと魔王狩りの旅に出てしまうだろう。故郷も自警団も妻すらも捨てて。そしてきっと殺されるのだ。


 当事者全員が拒否した称号。英雄。


 ならば、騎士に憧れるあの青年はどうだろう。




 ぶっちゃけて言うと、飛びついてくるだろうと予感した。


 そして後々になって後悔するのだろう。

 あるいは俺達の真意を知って、怒るだろう。


 だけど、悪いな。この中でお前が一番適任・・だ。



 そんなわけで俺とガッドルは共謀し、画策した。


 卑怯者と天才のコラボレーションだ。


 未だ憔悴さめやらぬフォートを自警団の詰め所に呼び出し、俺達は演技を開始した。


「すまんなフォート。急に呼びつけたりして」


「いえ……えっと、何の用件でしょうか?」


「うむ。実はな、お前に話さなくてはならぬ事がある」


「そこから先は俺が。ガッドルの話し方は他人を省みないからな」


 俺達は深刻な表情を浮かべつつ、フォートに圧をかけた。


 哀れな青年は半泣きになって「な、なんですか?」と呟いた。団長を前にして敬語を使っているのかと思ったが、どうやらこっちの方がらしい。


「さてフォート。まずは昨日の決戦、お疲れ様だったな」


「いえ……自分は何もしてませんので……」


「いやいや、何を言う。あの炎の壁を突破し、魔王の隙を作り出したじゃないか」


「えっ」


 突破こそしたが、隙なんて作ってませんよ? という表情を浮かべるフォート。


「凄まじい勇気だったよ」


「は、はぁ……」


「そして最後には、なんと魔王に飛びかかった。これは本当に心の底から尊敬すべき偉業だ」


「……団長やシリック、そして……ロイル様ほどではありませんよ」


 ちょっと虚を突かれた。


「……ロイル、様?」


「だって……ほら……魔王テレザムを討ち取って、このユシラ領や住人を守ってくれた……その、英雄じゃないですか。敬意を表すのはむしろこちらの方です」


 うーん。

 先手を取られた。


 だがこの程度ではガッドルとアイコンタクトをするまでもない。


 俺はゆっくりと顔を横にふった。


「いいや。違うよ。言っただろ? 俺は魔王退治のアドバイザー。尾ひれがついてスペシャリストとか奇妙な呼び方もされたが、とにかく、俺は英雄なんかじゃない」


「でも、聖遺物を使って魔王テレザムにトドメの一撃を入れたじゃないですか。それに、あんなすごい戦い方で」


 すごい戦い方。


 カウトリアの加護を使っている間のことだろう。反撃を一切許さない、一方的な攻撃。はたから見れば、確かにそれは「すごい」のだろう。


「それも誤解だ」

「えっ」


「俺はただ自分の役割を果たしただけで、戦ってたわけじゃない。アレはな、フォート。全部お前のおかげなんだよ」


 机の下でガッドルに軽く足を蹴られた。


 分かってるよ。ちょっと性急だったよ。


「つーかその部分はシリックのおかげ、かな。彼女が必死で魔王を食い止め、聖遺物の本当の力をチャージしてくれていたんだ」


「あの雷みたいなモノのことですか?」


「正確には少し違うんだが……まぁその辺は後で報告書を作るから、それを読んでくれ」


「はぁ」


「んで、だ。ここから先が重要なんだが、実はあの段階では魔王テレザムを討伐することは不可能だった」


「えっ」


「俺だけじゃ絶対無理だった。シリックの力を借りても無駄だった。ガッドルの加勢も無意味だった。それは何故か? ……分かるか?」


「……分かりません」


「俺、シリック、ガッドル……無理、無駄、無意味の三拍子。あの場所に、聖遺物の適合者はいなかったんだよ」


「な、なんですって!?」


「聖遺物。魔槍ミトナス。分類は代償型。使用条件はおおざっぱに言うと『人生を捧げること』だ。そして魔槍ミトナスはテレザムと交戦中に破壊されてしまった」


「あっ……そ、そういえば、なんかやたらと短くなってましたね……」


「アレは力尽きそうなミトナスの最後の輝きだった。あのままだったら俺達は、魔王テレザムに滅ぼされていただろう。だが、ここで誤算が生じた」


「誤算」


「お前だ、英雄フォート」


「………………」


「お前こそが、魔槍ミトナスに選ばれし者だ」


「………………」


「あの時、力尽きようとしていた魔槍ミトナス。だが適合者が現れた。そして真の使用条件……別の呼び方では『解放』とも言うが。とにかく、お前が魔槍ミトナスを解放させたんだ」


 ちなみに『解放』は聖遺物の性質の一つで、実在する概念だ。なお俺はカウトリアの解放条件を知らない。というかほとんどの聖遺物の解放条件は不明だ。


 それはさておき。


「………………」


「あの時、確かに俺は魔槍ミトナスを振るって魔王テレザムを討った。しかしそれが出来たのはお前がいたからなんだよ」


「………………」


「俺と、シリックと、ガッドルではダメだった。お前がいたからこそ、あの奇跡は起きた。だから俺達はお前にかしずく」


 打ち合わせ通り椅子から席を立ち、俺とガッドルは跪いた。


「英雄フォート。俺達はあなたの功績を讃える」


「………………」


「………………。」


「………………」


 あんまりにもフォートが何も言わないので、俺は少し不安になって顔を上げた。



「…………」


「……おい、聞いてんのか」


「あ、はぁ。聞いてはいるんですが……」


 その顔は、何かとんでもなく胡散臭いモノを見る顔だった。


 あれれ。予想とは全然違う反応だぞ?


「もうちょっと喜べよ。英雄だぞ英雄。とんでもないことだぞ」


「あー。うん。そうですね」


「ははぁん。なるほど、いきなりでビックリしすぎたんだな」


「そういうんじゃなくて。えーと、団長。それとロイルさん」


「うんうん」



「馬鹿にしないんでほしいんですけど」



「……へ?」


「ちょっと待ってくださいね。えーと、えーと……」


 フォートはブツブツと独り言をいい始めた。


「……まず、ロイルさんが何故か英雄になるのを嫌がってて……。それで、ガッドル団長も嫌がってる……。ならシリックは? まぁあいつは普通に、どうせ『恥知らずが云々うんぬん』言ってるから分かる。ならこれは………………領主様は…………ああ、そういう順番か…………シリック、ガッドル団長、ロイルさん、か。……えっと、一つ聞いていいですか?」


 その呟きがあんまりにも正鵠を射ているので、俺は白目を剥きそうになった。


「なんでしょう。英雄フォート様」


「なんでロイルさんは英雄になりたがらないんですか?」


「え……いや……だって……俺がやったのは、アレだよ、ほら、アレ。例えるなら騎士物語で、お姫様を救いに行った勇者がいたとして、勇者が魔獣と戦ってる間に兵士がお姫様を救出しちゃった、みたいな。主役になっちゃいけないタイプのアレで。名無しこそが俺のポジションなわけで」


 しどろもどろだった。


 だってこんな質問されると思ってなかったんだもん。飛びつくと思ってたんだもん。


 俺の説明を聞いたフォートは苦笑いを浮かべつつ「ははっ」と失笑した。


「ガッドル団長は?」


「うむ。聖遺物がお前を認めた、という事実を重要視した結果だ。魔槍ミトナスがお前を英雄だと言っているのだから、そうでないモノが英雄を名乗るなど、おこがましいにも程があろう」


 ガッドルの説明は理路整然としていた。なるほど。こう言えば良かったのか。


「シリックは……まぁ、聞かなくても分かるんでいいです」


「そうだの。あやつの言い分は昔から一貫しておるからな」


「で、なんで俺なんですか?」


「だから聖遺物が……」


「魔王を前にして小便チビって、自殺する覚悟で魔王の足に飛びついただけで英雄?」


「…………」


「俺、そんな情けない英雄になんてなりたくないんですけど」


「…………」


「歴代の、本当の英雄に失礼じゃないですか」


 あ。

 分かった。


「貴様も『恥知らずになりたくない』とか言っちゃうタイプの人間かぁぁぁぁぁ!」


 こいつ、ばっちりシリックの影響受けてやがる!


 そりゃそうか! 好きな女がずーっと言ってることだもんな! 自分もそうなろうって、普通は思うよな!


「クソッタレ! どうするガッドル!」

「……ぶっ」


「ぶ?」

「ぶはははははは! こりゃもうどうしようもないな! 全員、そろいも揃って馬鹿ばっかりだ!」


 ガッドルは楽しそうに笑った。


「フォートよ。少しばかり野暮な話しをするから黙って聞け」


「はい」


「フォートが英雄になればどうなるか? まず、歴史に名を残せる。お前の両親も大層喜ぶだろうし、嫁も選り取り見取りだ。お前が将来設ける子供達は、お前を尊敬の眼差しで見続けるだろう。いや、子供達だけではない。お前は全ての人間から尊敬される。身の振り方一つでは、大金持ちになることも容易だ」


「うわぁ。本当に野暮……」


「それを差し置いて、お前は英雄と呼ばれる事を拒否するのか?」


「……だって、俺は本当に何もしていないです……」


「いいや。した。あの魔槍ミトナスはお前の助力が無ければ最後の一撃を放つことなく、壊れ、朽ちていた。それは事実だ」


「でも」


「小便を漏らしたことなぞ忘れてしまえ。誰も気がついてはおらぬ」


「でも……!」


「ムキになるなフォート。お前が見せた勇気は本物だ。聖遺物も、俺達も、全員がそれを認めている。お前は英雄を名乗っていいんだ」


 フォートは下唇をかんでうつむいた。


 そしてややあって、彼は顔をあげた。


 その表情だけで、俺は次に彼が口にするであろう言葉を予想できた。



イヤです・・・・



 部屋の中が静寂で満たされる。


「英雄は……自称するものでも、他人から呼ばれるための称号でもない。英雄とは、もっと……確かなもの・・・・・であるべきだと思います」


 自分はその器ではない、と。


 男が口にするには、あまりにも痛切な意地だった。


「どうするガッドル」


「うむ。仕方あるまい。むしろ俺は誇りに思う。俺の部下は、揃いも揃って大した奴らだ」


 ガッドルはフォートの肩に手を置き、深く頷いた。


「フォート。お前の気持ちは分かった」

「はい」


「お前は勇敢だ。聖遺物もそれを認めた。それはしっかりと胸に刻み、誇るがよい」

「はい」


「そして、お前は立派な男だ。他の誰でも無い、この俺が認める」

「……はい!」


「魔王に肉薄するなんて、二度としたくはないものだな。……あの地獄を共有したお前は、俺にとって部下ではなく戦友だ」


 くしゃり、とフォートの顔が涙で歪む。


「英雄の称号には遠く及ばないが、団長の肩書きだったらいつでも貴様にくれてやる。精進しろよ」


 声にならない涙。


 彼はしっかりと敬礼してみせて、それを拝命した。




 号泣しまくって話しにならないので、フォートはそのまま家に帰した。一週間の有給休暇付きだ。完全戦闘形態の精霊服を纏った魔王に飛びかかった、という常軌を逸した行動に対する賞与としては安すぎる気もするが。



「いやぁ、今だけ他人事みたいに言わせてもらうが……実に良いモノを見た気分だ。ドラマチックだった」


「うむ……フォートめ。若造だと侮っていたな。まさかあれほどの気概を持っていたとは。将来が楽しみだ。今後はもっとビシバシ鍛えてやろう」


 はぁ、とため息をつく。


「でも実際どうするんだよ」


「どうもこうもない。こうなってしまっては最後の手段を取るしかない」


「最後の手段?」


「うむ。領主様には申し訳ないが、英雄はいなかった・・・・・・・・ことにする」






 そして数刻後、俺達は領主の館に招かれた。今回の件について、色々とはっきりさせたかったのだろう。


 通された部屋にいるのは四名。俺、ガッドル、領主、そしてシリックだった。


 シリックは貴族らしい服装をしていた。身なりは整っているし、うっすらと化粧もしているようだ。「綺麗な花」が「美しい宝石」になったような、そんな感想をひっそりと浮かべる。


 だが顔に浮かんだ疲労感は隠しきれていない。仏頂面で目を閉じていて、しばらく喋るつもりはないらしい。


 領主はまず俺達の功績を讃え、そして労ってくれた。その一環として美味しそうな食事が並んでいる。……フェトラスを連れてきたら喜んだだろうなぁ。


「呼びつけたりして申し訳ないな。食事よりも休養の方が良かったかもしれないが、許してほしい」


「いえ、報告も自警団の任務の一環ですので」


「そう言ってくれると有り難い……して、その、なんだ。改めて尋ねるが、魔王テレザムは滅んだのだな?」


「先ほど部下から遺体の消滅の報告を受けました。淡い光を放ち、そのまま熔けるように消えた、とのことです」  


 ふぅ、と領主は深いため息を吐いた。


「ああ……それは素晴らしい報告だ……ありがとう、ガッドル」


「いえ。この地と民を護ることが我らの本懐です故」


「ありがとう」


 緊張の糸が切れたのだろう、領主は背もたれに寄りかかり天井を仰いだ。


「……では、ガッドル。此度の魔王討伐だが、英雄は誰だ?」


 きた。


 いきなり本題だ。まぁ領主的には色々とはっきりしておきたいのだろう。魔王テレザムの存在が秘匿されていたとはいえ、テレザムはこのユシラ領を襲撃した。街の被害は微々たるものだったが、山が焼け、人が死んだ。領民に対する説明は責務だ。


 フォートの時は俺が話したが、ここはガッドルの出番である。俺はあくまで部外者なのだから。



「領主様。では順を追って説明しましょう。要点だけを話すつもりなので、質問等は後にしていただけると助かります」


「うむ」


「まずそこにいるシリックが……失礼、今回において自分は彼女のことを領主様のご息女ではなく、我が自警団の一員として扱います故、シリックという呼称をお許しください」


「…………構わぬ」


 ちょっと嫌そうに領主は頷いた。


「では改めて。そこのシリックが独断専行で聖遺物の捜索に出ました。これは重大な服務規程違反ですので処罰が必要です。が、彼女は見事聖遺物を獲得しました。恩赦おんしゃ案件として処理します」


「うむ」


「なお聖遺物を発見するにあたり、こちらにおりますロイル氏の協力がありました。彼は聖遺物に関する希有な知識を持ち合わせており、今回の件では相当な協力をしていただきました」


 ちらり、と領主が俺の瞳をのぞき込む。


「ロイル殿は、聖遺物に造詣が深いのですか」


「……まぁ、人並み以上には。以前所属していた部隊では英雄に同行し、魔王を討伐した経験も持ち合わせております」


「なるほど。此度におけるロイル殿の尽力に、深く感謝します」


 領主は俺に向かって頭をさげた。


 出来た人だ。俺のようなどこの馬の骨とも分からん輩に、誠意を見せるとは。……まぁ俺を英雄にするのは流石にイヤだろうが。


 それでも領主は俺を『厄介者』として扱わないでいてくれる。なるほど、このユシラ領は本当に住み心地が良さそうだ。


 俺が恐縮の意を表明してから、ガッドルが口を開いた。


「では報告を続けます。シリックはロイル氏と同行し、このユシラ領に到着。魔王討伐の作戦会議を即座に開き、翌日には出立する手はずでした。しかしその晩、魔王テレザムが襲来した」


 ごくり、と領主がつばを飲み込む。


「これにあたり、まずシリックが聖遺物である魔槍ミトナスを持ち出し、魔王と単独交戦。続いてロイル氏が駆けつけ、二人は魔王が生み出した炎の結界に閉じ込められます」


「単独交戦!?」


 これは聞いてなかったのか。領主はシリックを「馬鹿じゃないのお前」という目で見つめ、寿命をすり減らす勢いでため息をついた。


「お前……なんちゅうことを……」


「覚えてません」


 しれっ、とシリックが答える。


 そしてガッドルがそれを捕捉する。


「なお魔槍ミトナスを使用する際、担い手はその間の記憶を失うそうです。なのでシリックの言っていることは事実です」


「む、むぅ……」


「さて、結界に閉じ込められた二人はそのまま魔王との交戦を続けます。そしてその場に自分が参戦し、乱戦になり、続いてフォートという自分の部下が炎の結界に突っ込んできました」


「フォート?」


「まだひよっこです。しかし、自分に続いて炎に身を投じたのはヤツだけでした」


「ふむ……」


「やがて結界が解かれ、自警団との乱戦が始まりました。多くの者が傷つき、燃やされ、死んでしまいました」


 わずかな静寂。まるで黙祷のような。


「そして……そこからは、はて、自分も記憶が曖昧ですな……なにせ必死だったので……」


「うむ……それはそうであろうな……」


「かいつまんで話すと、魔槍ミトナスは魔王テレザムにより破壊されました」


「な、なんだと!?」


「それを復活させたのが、ロイル氏です」


 えっ、そこで俺の名前出すの?


「そ、そうであったのか。ロイル殿はどのようにして破損した聖遺物を復活させたのですか?」


「えっ。あー。その、なんというか……ギリギリ壊れてなかった、って感じで」


「なるほど。紙一重で奇跡を掴んだのか……」


「しばらくはロイル氏が魔王テレザムを押さえ――――いえ、むしろ圧倒していたように思えます」


 おい!? なんか雲行きが怪しいぞ!?


「だが決め手に欠けていた。破損した魔槍ミトナスでは魔王テレザムを滅ぼすのに後一歩足りなかった」


「うむ……ど、どうやって勝ったのだ……?」


「自分と、シリックと、フォートで魔王テレザムに飛びかかりました」



「は?」


 領主の目が、皿のように大きく見開かれた。


「ですから、自分とシリックと――――」


「魔王に飛びかかった!? 勝算もない状況で!?」


 今度こそ領主は席を立ち、シリックに詰め寄った。


「き、き、貴様! 命知らずにも程があろう! 何を考えておる!」


 ブンブンと肩を揺さぶられながらシリックは「だ、だってあの時は必死で!」と叫び返す。


「失礼。領主様。ここからが佳境です」


「う、む……シリック・・・・。あとでしっかりと聞かせてもらうからな!」


 領主は我が娘を偽名で呼び、乱れた身だしなみを整えた。


「魔王を中心に、我ら四名と聖遺物。その際に魔槍ミトナスの『解放条件』を満たしたようで、聖遺物は復活を遂げました」


「そ、そうか」



「そしてここにいるロイル氏が魔王にトドメを刺しました」


「ちょっ」



「そこで領主様の先ほどの問いに対する答えが出ます。発見、実働、決着。総合的な視点で見るならば、ロイル氏が英雄です・・・・・・・・・


 制するヒマも無かった。言い切りやがった。話しが違う。


 俺と領主が揃って絶句していると、ガッドルはこう続けた。


「――――しかし、ロイル氏は誠実な方でした。此度の魔王討伐において、自分一人では何も出来なかった、と。そう言って英雄を辞退しようとしているのです」


「そ、そうなのか?」


「はい! そうなんです!」


 脂汗をダラダラと流しながら俺は高速で首を縦に振った。


「ロイル氏はこう言いました。シリックが奮戦した。僭越ながら自分、ガッドルが魔王を追い詰めた。そしてフォートが勇気を示し、たまたまそのタイミングで聖遺物を手にしていた自分が最後の一刺しをしただけだ、と。ならば英雄は自分ではなく『ここにいる四人全員が英雄なのだろう』と。彼はそう結論づけたのです」


 しん、と部屋が静まりかえった。


 領主は深く思案する顔を。


 シリックは「何言ってるんですかガッドル団長。あんなの、ロイルさんが一人で片を付けたようなもんじゃないですか」という顔をして、まぁ、実際にそう口にした。


 そこからはしっちゃかめっちゃかだ。


 シリックと領主がケンカを始め、ガッドルがそれを仲裁しようとして口論が更にヒートアップして、俺はもうなんかどうでもよくなってきたので食事に手を付けた。


 うん。


 美味いなこれ。


 フェトラスの土産として後で包んでもらおう。



 俺が目の前の料理を平らげるころ、ようやく口論は決着をつけようとしていた。



「ではガッドル……お前も、四人が英雄だと。そう言うのだな?」


「むしろ自分は逆ですな。誰も英雄の素養を満た・・・・・・・・・・してはいなかった・・・・・・・・。それが自分の結論です。少なくとも四人全員が、英雄の座を固辞しようとしております」


 命がけでつかみ取った報酬を、全力で海に投げ捨てるような行為だ。


 しかしシリックとの言い争いでもう疲れ切っていたのだろう、領主は「はいはい……もう好きにして……」という投げやり感を隠そうともせず、げんなりしていた。


 しかし、領主はとあることに気がついた。



「では……今後、誰がその聖遺物を管理するのだ?」



 ごもっともな質問だった。


 英雄とは即ち魔王を殺した者。


 転じて、聖遺物の使い手。


 更に言うなら、英雄とは聖遺物を所持する者だ。責任を持って「聖遺物を使い続けなければならない」。それが俗に言う《戦いの宿命》だ。


 まぁ中には戦いを放棄する者も多くいるが、そういう者は遅かれ早かれ、いつか必ず聖遺物を手放す日が来る。――――魔王は、世界中で発生し続けているのだから。なのに聖遺物を宝箱に入れて保管し続けるなぞ、人類はそれを決して認めない。


 領主もそれが分かっているのだろう。彼は重ねてガッドルに問いかけた。


「まさか今後は、四人で聖遺物を共有するつもりか?」


「それはあまり現実的とは言えないでしょうな。ロイル氏は旅の途中で、自分には団長という責務がある。シリックは……まぁ、その気が無いようですし、あっても領主様は許可しないでしょう。フォートも同上です」


「なんなのだそれは……ど、どうするつもりなのだ」


「――――どうしたものですかなぁ」


 ここに来てガッドルは他人事のように微笑んだ。


 そして上品な手つきでフォークとナイフを持ち、目の前の料理を一口食べる。


「それを決めるのは、魔槍ミトナス自身であるべきと、自分は考えます」


 俺は思った。


 デザートまだかなぁ(現実逃避)





 そして後日。


 選定の義が行われることとなったのだった。


 復活を遂げた魔槍ミトナス。


 その今後の在り方を、彼自身に問うことになったのだ。



 領主曰く。


 とりあえず、聖遺物の意思を確認してから改めて話し合おう、と。




 たぶんそれは、歴史上初のケース。


 英雄候補が四人いて。


 全員がそれを嫌がって。


 結局は聖遺物に決めさせる。




 英雄という称号が、罰ゲームのように扱われた日のことだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ここのところ、笑いっぱなしで仕方ない。なんだよ、こんなの笑うなって方がムリだろ。いや、面白い!ありがとう!
2022/03/15 01:08 サットゥー
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