2-37 最も栄誉ある称号
コンコンコンコンコンコンコン。
「……うるせぇ」
控えめな、静かなノック音が聞こえてくる。
だけどそれは延々と鳴り止まないノック音だった。
コンコンコンコンコンコンコン。
「んだよもぅ……」
ふらつく頭を片手で押さえながら起き上がる。気がつくとフェトラスが俺の隣りで寝ていた。こいつめ、忍び込みやがったな。
まぁ忍び込むもクソもないか。昨日は速攻で眠ってしまったし。
コンコンコンコンコンコンコン。
俺はすやすやと寝息を立てているフェトラスを起こさないようにしてベッドから降りようとした。
「あぶっ」
転んだ。全身に上手く力が入らずに、自分の身体の操作を誤る。
全身の傷に、筋肉痛に、疲労。
折れている左手で受け身を取ってしまったものだから、悶絶してしまった。
「ぐぐぐぐぐぅ~~~~~!」
痛い。
ハンパなく痛い。
だがフェトラスを起こさないように、静かにのたうち回った。
コンコンコンコンコンコンコン
うるせぇな!!
執拗にノックの音は続いている。
なんだか無性にイラついたので、俺は悪態をつきながらドアを開けた。
「つーかまだ朝じゃねぇか……はいはい、どちら様?」
「 お は よ う 」
ガッドル団長だった。
ノック音は控えめだったが、なんか妙に扉と顔の位置が近い。開けたらすぐそこに顔があって、怖い。
「…………色々と言いたいことがあるが、とりあえず聞いておこう。何の用件だ」
「事情聴取させてくれ」
「あのなぁ……」
俺は一旦部屋から出て、小声でガッドルを問い詰めた。
「お前は生粋のアホか。昨日の今日で事情聴取だと? つーかあれからまだ半日と経ってねぇ」
「すまんな。疲れてるのは重々承知しておる。だが、どうにも待ちきれんかった」
「子供か」
ガッドルの目はわくわくしていた。待ちきれないというのは、本当にそのままの意味なのだろう。
即ち、あの現場で何が起きたのか。
転じて――――いや、これはまだいい。
「こちとらまだ疲れてんだよ。具合悪いんだよ。後日ちゃんと顔を出すから、せめて三日は休ませろ」
そう断りを入れるとガッドルは苦笑いを浮かべた。
「分かった。では事情聴取は諦めよう。だが、それでも来てもらわなければ困る」
「は?」
「いやな。実はちょいとばかり不味いことになってな」
「……なんだ?」
「うむ。まぁ積もる話しは中でするとして」
「ダメだ。娘がまだ眠ってる」
「む。そうかでは小声で」
「言っておくが寝顔を見せるつもりはねぇぞ」
「ならば詰め所で」
「馬鹿野郎。娘が目を覚ました時に不安がるだろうが。ただでさえ魔王と戦ったんだ。昨日なんか、寝ずに俺の帰りを待ってたんだぞ? しばらくは側にいてやりたい」
「ふむ……俺に子供はいないが、気持ちは分かる」
廊下に差し込む日差し。
なんてことはない。まだ早朝だった。
「しかし事は急を要する。昼前にはある程度の話しをまとめておかねばならんのだ」
「魔王襲来よりも厄介な事って、この世にあんのか?」
「――――ないな!」
ガッドルは満面の笑みを浮かべた。
ああ、そうか。
こいつはここ最近の悩みの種だった魔王がいなくなったから、解放感に包まれてるんだろうな。
「っていうかお前は疲れてねーのかよ……」
「こんなに疲れたのは人生で初めてだ、という程度には疲労困憊だ」
「元気いっぱいじゃねーか」
「なに、昨日の興奮がさめやらぬだけさ」
「もしかして寝てないのか?」
「当たり前だ。さっきまで重傷者の手当を手伝ったり、亡くなった隊員のリストアップや、遺族に対する見舞いなんかもしてたな」
「お、お疲れ様……」
俺は素直に敬意を表した。
あんな戦いの後で働くとは、流石にどうかしている。ついでに言うなら「遺族に対する見舞い」という概念が、俺にはよく分からなかった。それは俺の知らない文化だ。
「ある程度は終わったので休もうと思ったのだが、うむ、少々不味い事になってな」
「…………それ、本当に急ぎの用件か?」
「魔王討伐の立役者の安眠を打ち破るほどには」
俺はげんなりした。
さっきの控えめなノックには、色々な意図が含まれていたらしい。
一人の人間としては休ませておきたかったが、ユシラ領の自警団・団長としては起こさざるを得なかったということか。
「………………せめて、娘と朝飯ぐらい食わせろ」
それが俺の妥協点だった。やれやれ。
「フェトラス、フェトラス」
「ん……んー……なぁにぃ……?」
「ちょっとな、お出かけしなくちゃならない」
「えぇ……? もうちょっと寝たい……」
「朝飯食いに行こうぜ」
「ごはん」
パチリと目が開いた。
「何食べるの?」
「お前の食いたい物を。何でもいいぞ」
そう言うとフェトラスは勢いよく上半身を起こした。
「ほんと!? わーい! あ! おはよう!」
「おはよう」
ニコニコと笑うフェトラスの頭をなでる。
俺は幸せだった。
宿で出せる朝食は簡素なものばかりだったが、たくさん頼んでゆっくり食べた。
フェトラスは「美味しいおいしい」と連呼し、楽しそうにしていた。
今のガッドル――――魔王を体験した天才――――にフェトラスを会わせるのは危険だと思ったので部屋で食べているのだが、そんなのはすぐにどうでも良くなった。
幸せそうなフェトラス。
この時間を、俺は独り占めにしたかったのだ。
独占欲? それとも優越感か? 自問したが、よく分からなかった。
食事の合間、出かけなくちゃならない、と告げるとフェトラスは少し不機嫌になった。
「なんで? もう用事は終わったんでしょう?」
「そうなんだが、後始末というか……別に何かと戦うわけじゃないから安心しろ」
「付いていってもいい?」
「それなんだがなぁ……実は、少々危険かもしれないんだ」
「戦うわけじゃない、って言ったじゃん」
「違うちがう。そうじゃなくて、お前が危ないんだよ」
「??」
「――――ガッドル団長をはじめとして、数名の自警団は魔王テレザムを目撃した。つまり魔王を知ったんだ。しかもたった数時間前の話し。もしかしたら殺戮の精霊に対して敏感になってるかもしれないから、数日は……その……この部屋で過ごして……ほしいな、って……あの……フェトラスさん?」
彼女は「うへぇ」と言った。
表情も心底イヤそうに歪んだ。
「それっていつまで?」
「分からん。ちょっと実験しないといけない。あ、そうだ。シリックが元に戻ったぞ」
「あ! そうなんだ!」
パッと顔が明るくなる。
「残念ながら、ミトナスが過ごした時間の事は全く覚えてないようだが……ま、お前ならまた仲良くなれるだろうよ。近いうちにココに連れてくるから、ひとまずはそれで勘弁してくれ」
「うん! わたしシリックさん好き!」
フォークを持ったまま片手を突き上げるフェトラス。
「あれ? じゃあミトナスさんはどうなったの?」
「とりあえずは自警団に預けてる。俺が持っててもしょうがないしな」
もしかしたら魔王フェトラスに反応するかもしれないから、という理由は伏せておく。
まぁ今のミトナスなら大丈夫だろうが。一応、な。
朝食を食べ終えて、食器を下げる。
その際にペンと、少し値は張ったが紙を多めに購入した。
それをフェトラスに渡して「ヒマだろうから、絵でも描くといい」とアドバイスしておく。
「可能な限りすぐ戻るから」
「うん。分かったー」
「誰が来ても絶対にドアを開けるなよ?」
「りょうかい!」
「何か困ったことがあったら……うーん……なるべく穏便に、やり過ごせ」
「……難しいね」
「いざとなったら自己判断で構わない。が、忘れるな。お前は俺の娘。フェトラスだ」
「なにそれ。いまさら」
彼女は笑った。
子供のように、笑った。
こんな顔するヤツに改めて「魔王として振る舞うなよ?」と忠告するのは無粋の極みと言えるだろう。
その時点では俺は幸せだった。
だけどガッドルと再会し、話しを聞くにつれて、その幸せは壊れた。
場所はガッドルの屋敷。
割と豪邸である。貴族が住まうレベルだ。
アースレイ家は有名な家系だし、貴族にも多く名を連ねてはいるが、ガッドル自身は貴族ではない。まぁこの辺はどうでもいいか。とにかく立派な家だった。
そこで大人しそうな奥さんからお茶を淹れてくれた。きっと良い茶葉なのだろう。違いはよく分からんが。
「素晴らしい香りです」
「まぁ。分かってもらえて嬉しいわ。とっておきなの」
「すまんなトット。重要な作戦会議をするから、少し席を外してもらえるか?」
奥さんは速攻で追い出された。
慣れたものなのだろう。トット夫人はにこやかに退出していった。家庭では尻に敷かれてるみたいな話しをガッドルがしていたように思えるが、そうには見えない。
何はともあれ、お茶を飲みながらガッドルの話しを聞いていたのだが、俺は頭をかかえた。
「すまん。もう一回言ってくれ」
「だから決めなくてはならないのだよ。即ち誰が英雄なのかを」
「誰がって……」
「俺か、お前か、あるいはシリックか」
「○○でいいじゃないか」とすぐには言えない話題だった。
確かに。これはかなり重要な案件だ。
「あの時、魔王テレザムにトドメを刺したのはお前だ、ロイル。そしてそれは最後の一撃云々ではなく、最たる功労者は誰なのか、という話しでもある。真っ当に考えればお前が英雄だろう」
「…………」
「だがしかし、それだと困ったことになってしまう」
「まぁ、そうだな。シリックだろ? いや正確にはシリックの父親か。このユシラ領の領主」
「飲み込みが早くて助かる。そうだ。領主様はシリックを英雄にしたがっている」
そりゃそうだ。
英雄。即ち、魔王を殺した者だけが名乗ることが出来る称号。
人類の誉れの一つだ。
親としては自分の子が英雄になるなぞ、望外の喜びだろう。
領主の思惑をなんとなく想像する。
娘が英雄になる、ということはメリットがあまりにもデカい。
歴史に名を残せる。
数代に渡っての家名存続が確約される。
五女という立場にもかかわらず、シリックには山のように縁談の話しがやってくるだろう。そして政略結婚でも成立してしまえば、その地位は更に盤石の物となる。
もしこれが一般の、特に男性だった場合は大半が《魔王と戦う宿命》を背負いがちだが、シリックは貴族で女性だ。自警団の一員ではあるが、戦士でもない。
そんな事を思い描いて、俺は「ふむ」と頷いた。
「この件に関して俺が焦っている理由はな、シリックが暴走して勝手に英雄が誰なのかを決められると、色々と不都合が生じるからだ。ロイル、俺はお前と敵対したくない」
「あ? 何で敵対なんてする必要がある? シリックが英雄を名乗ればいいだけの話しじゃないか」
「は?」
「あ?」
「……ロイル、お前……英雄になりたくないのか?」
ああ。そうか。ガッドルは俺が英雄だと知らないのか。まぁ言ってないもんな。
わざわざ説明するのも面倒なので、俺は嘘をついた。
「娘と旅するのに、英雄なんて称号は邪魔だ。戦いに巻き込まれるだけだしな。別に興味もない」
「………………」
そう言った時のガッドルの表情を見て、俺は深いため息をついた。
「そうか。ロイル……お前、既に英雄だったのか」
「くそう……やっぱりバレた……迂闊だったな……」
相手が天才の一種だということを、俺は忘れていたのだ。
「そういえば聞き慣れない名前を叫んでいたしな。うむ。魔王退治のスペシャリストか。なるほど、呼び方が違うだけで嘘はついておらぬな」
「はいはい、そこ。勝手に納得を進めない」
「まぁいい。ではロイル。お前は此度の栄誉は要らぬと、そう申すのだな?」
「報奨金ぐらいは欲しいところだがな。ぶっちゃけ無職だから金が欲しい」
「そもそも何故、親子二人で旅を?」
「いなくなった母親を探してんだよ。まぁあまり詳しく聞くな」
「ふむ……ではこの街に住むという選択肢もないわけか」
「おう。だから後で『俺が本当の英雄だー!』なんてゴネたりすることもない」
「なるほど。では報奨金については任せておけ。取れるだけ取ろう」
ガッドルはそう答えて真摯に頷いてみせた。
「英雄ロイルよ。俺はお前に敬意を抱いている。お前の化け物じみた戦い方でもなく、聖遺物を操る資質でもなく、魔王に立ち向かう勇気を、俺は尊敬する」
「……お前も立派に立ち向かってたじゃねーか」
「いいや……俺は……違うさ」
ガッドルは静かに自嘲した。
何か思う事があるのだろう。男がこういう表情を浮かべた時は、何も聞いてやらない方がいい。
「まぁ、何はともあれ。シリックが英雄ということで」
「そこにも問題がある」
「……は?」
「言っただろう? 急ぎの用件だと」
「そういえばそうだった。……何をそんなに焦っている?」
「シリックが嫌がっておる」
「なぜ」
と、尋ねた瞬間に答えが分かった。
簡単に想像出来る。
『私は魔王討伐において何の働きも見せていない! 気がついたら魔王が死んでいた! なのに私が英雄ですって!? ふざけないで! 私は恥知らずになりたくない!」
「嗚呼――――」
「うむ。まぁ、お察しの通りだ。絶対イヤだと言い切り、領主様と絶賛戦争中だ」
「めんどくせぇなアイツ」
「確かに」
「まぁ、でも簡単に想像出来るな」
「そういえば少し意外だったのが、シリックが何も覚えておらん、ということだな。お前が言うには『混じってる』という話しだったが、あの時のシリックは完全に……なんというか、聖遺物だったのだな」
「実はそうだ。話しが混み合うからフェイクを入れさせてもらった」
「むぅ。ちょっといつもとテンションが違うな、ぐらいにしか思えなかったぞ。聖遺物を手に入れて興奮しているのだろうと」
「すまんな」
「まぁいいさ。それにしても……」
ガッドルは「クックック」と笑った。
「シリックのヤツめ。禁欲的というべきか、なんというか」
「頑固者だよな。とりあえずなってから、いつか本当にその称号が相応しくなるように生きればいいのにな」
「そうもいかぬのだよ。領主様はもうシリックを戦わせる気がないらしい。扱いづらいことこの上ないが、やはり大事な娘なのだろう」
娘を戦わせたくない。
うむ。分かる。分かるぞ領主様。
「だからさっさと結婚させたがっているよ」
分からん。そんなにあっさり娘を手放せるのか? 分からん。分からんぞ領主様。
「えー……じゃあ、どうすればいいんだ?」
「だからモメておるのだよ。そこで登場するのが、何故か俺だ」
「ガッドル団長が?」
「うむ。まず最初に言っておくが、俺も英雄と呼ばれるつもりは無い」
「理由を聞いても?」
「俺は違うからだ。あの時……魔王テレザムを討った時。ほんの少しだけ聖遺物の意思に触れた。あまり明確なものではなかったが、それでも理解出来たことがある」
ガッドルは悔しそうな表情を浮かべた。
「ロイルは死を超越した勇気を。シリックは、俺達と違って状況が全く分かってないのに全身全霊を賭した。フォートは、死すら覚悟してそれを乗り越えた。全員が勇者と呼ぶに相応しい気概を持っていた。優劣がつけられないくらい、皆が勇敢だった」
「お前は違うのか?」
「違う」
ガッドルは断言した。
「あの四人の中で俺だけが、勇者ではなかった。俺はお前に期待していたんだよ。お前ならばきっと魔王を討つ。そしてそれ以外に生き残る方法が無かったのだ」
いや、そうではないか、とガッドルは首を左右にふった。
「アレは期待などではない。俺は心の中で神に祈るよりも先に、お前にすがったのだ。助けてくれ、救ってくれと懇願したのだ」
「それは……」
「だからもしお前が負けていたら、俺はお前を恨みながら死んでいっただろう。……俺は卑怯者だ。断じて英雄などではない。アースレイの家名を名乗る資格すら無い」
俺は思った。
なんて、誠実な傲慢野郎だと。
「あのな、ガッドル」
「……なんだ」
「魔王に素手で殴りかかれる人間なんて、この世にいねぇぞ?」
ぽかん、とした表情をガッドルは浮かべた。
「ありえねーだろ。どんなクソ度胸だよ」
「いや……しかし、それは……」
「炎の壁を突破して、炎の迷路に包まれて、聖遺物の攻撃に巻き込まれて、勝算も無しに魔王とステゴロかまして、そして――――最後まで戦った。おいおい、凄すぎるだろ。普通じゃねぇよ。お前がアースレイじゃないなら、本家の奴らはどんだけ人間辞めてんだよ」
「いや、違う。違うのだ。俺はただ」
「少なくとも、お前が勇敢だったと認める者が二人いる」
「――――お前と?」
「聖遺物だ。魔槍ミトナス。アレがお前を『勇敢』だと判断した。なら素直にそれを受け取っておけよ」
グッ、と。
ガッドルの表情が歪んだ。
おいおい。頼むから男泣きとかしないでくれよ。慰め方なんて知らんぞ。
「――――そう、か」
ガッドルはぽつりと呟き、感慨深げに息を吐いた。
「……ありがとう、ロイル」
「ん」
微妙な空気が流れる。なんとなく気まずいので、俺は話しを元に戻した。
「で? シリックが英雄になるの嫌がって、お前はそれにどう関わる?」
「シリックは最初、ロイルこそが英雄だと言って聞かなかった」
「うへぇ」
「そして領主様は『そのような部外者がこの街を守るために命を賭けたなぞ、到底信じられぬ』とか言い出してな」
「そりゃ、まぁ、な」
「で、あーだこーだ舌戦が続いて、しまいにはシリックがこう叫ぶ」
『では、ガッドル団長なら問題ありませんね! 事実、彼は魔王討伐の最大功労者の一人です!』
『う、うむ……まぁ……ガッドルなら確かに……だ、だがお前が聖遺物を持ち帰ったのだろう? そして、それを実際に使っていたのだろう?』
『覚えてません!!』
『クッ……』
『一切! これっぽっちも! 全く! 記憶にございません!!』
『なんちゅう娘じゃ……』
「というわけで、領主は妥協案として俺を英雄にすることも視野に入れ始めた。娘でなくとも、自分の統治する自警団から英雄が出るというのは悪くない話しだったからだろう」
なるほど。父親としてはシリック。領主としてはガッドル、という考えなのだろう。
俺は頭を振って見せて、思考がまとまったことを表明した。
「俺的には否定する材料が無い。実際ガッドルは自警団の団長として指揮を執り、最前線で戦った。その後の生存者の救命にもまっ先に動いていたし、今だって不眠不休で動いてる。ぶっちゃけ英雄と呼ばれるに相応しい資質はガッドルが一番持っていると思うんだが」
「先ほども言ったな? 俺は、英雄ではない」
「俺の話しを聞いて泣きそうになるくらいだったのに?」
「それとコレとは話しが別だ。シリックの言葉を借りるまでもない。資質は知らんが、資格は無い」
断固とした態度だった。
ここで話しをまとめてみる。
俺。英雄の名声は今となっては逆に邪魔。
シリック。恥知らずになりたくない。
ガッドル。資格が無いと言い張る。
そしてある意味では部外者である領主。シリックを英雄にしたがっている。あるいはガッドルに。
「すごい話しだな。全員が英雄になるのを嫌がっている」
「……確かに。とんでもない話しだな」
ガッハッハ! と二人で笑ってみる。
その後に出るのは当然「あーあ…………はぁ……」というため息だった。
くそう。さっきまで幸せだったのに、一気に憂鬱だ。めんどうくせぇ。
「あのさ」
「なんだ」
「もういっそフォートを英雄にしねぇ?」
「あー」
そして、二人は悪い笑みを浮かべたのであった。