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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-32 フレア




 ほとばしる紫電。


 しかし、ミトナスはまだ動こうとはしなかった。


 まだ足りないのだろうか? もう少し時間を稼ぐか?


 だがもう魔王テレザムに言葉は届きそうにない。


 そりゃそうだ。自分を殺せる存在が間近にいるのに、いつまでも余裕ブッこいてはいられないだろう。口調こそまだ軽いが、あの赤い精霊服はあまりにも禍々しい。


 こうなるともう俺に出番はない。

 ガッドルも間に合わないだろう。


 なら、大人しく事の推移を見守るか。



 ――――なんて、言ってられないんだよなぁ。



 俺は背を向けた魔王テレザムの首をはねるために、無言で突撃した。


 痺れはもう取れている。体内に残留していたミトナスの紫電はもう無い。


 色々とピンチだったからか、妙に頭が冴えていたような気がする。だけどこうして身体を動かしてしまえば思考は消え失せ、感覚だけが鋭くなる。


 一撃入れる。

 二撃決める。

 三撃放って、あとはそれから考えよう。


 足音を殺して近づいたつもりだが、俺が斬りかかる直前に魔王テレザムは片手をあげた。


「 【斜炎】。あとで綺麗に燃やしてあげるから、邪魔しないでおくれ」


 魔王の背後に発生した炎の盾。数は四つ。それはまるで意思を持っているように飛び回り、俺の一撃を受け流した。


「チッ! 時間稼ぎもクソもねぇな!」


 カウンターにビビりながらも攻撃を続けたが、全てを受け流される。相変わらず逃げ腰な魔法だが、くそったれ、なんて便利な魔法だ。


 俺が必死で剣を振るっているというのに、魔王テレザムはミトナスのことしか気にしてないようだった。


「……すごいね、聖遺物というのは。まさしくボクの天敵だ。その力は少し怖い」


〈――――。〉


「……どうしよう。普通に負けそうだ。怖い。どうやら燃やし方とか言ってる場合じゃないみたいだね。残念だ。聖遺物を燃やせる機会なんて、そうはないんだろうけど」


〈――――。〉


「故に、遠慮無く。ボクは君を燃やさない。ただただ殺すだけだ」


 魔王テレザムは両手を広げ、夜空を見上げた。


「星は見えないか……まぁいい……」


 その精霊はこの世に産まれ、何を見て、何を得て、何を食べ、何を考えてきたのか。


 そして彼は呪文のような独り言をつぶやく。


「あの聖遺物に対抗するには……あの溜められた力ごと、一撃で消し飛ばすしかないか。だけどボクの魔法じゃ無理っぽい……強くて、速くて、大きくて……そんな生物はいないって言ってたけど…………なら生物じゃないものなら? そして強いとか速いとかじゃなく、もっと別の……概念的な……」


 ぞわりと鳥肌が立った。


 もしかしたら俺は、魔王テレザムに、なにか取り返しの付かない気付きを与えてしまったのではないのだろうかと。


 魔王テレザムは視線をミトナスに定め、その両手を差し出した。


 その後ろ姿はおごそかで、銀眼に劣らない恐怖を俺に覚えさせた。



「見よ。天高き、闇の淵――――【神炎」!」



 魔王は神を謳った。


 その結果。



 ――――何も起こらなかった。



「……ちぇ。今のボクじゃ出せない魔法か」


「こっ、怖ぁぁっ! お前マジか! この状況で失敗するとかマジか! いや失敗してくれて全然いいんだけど、その呪文の響きはなんか絶対に使っちゃいけない系の魔法だろ!」


「うるさいな。失敗して恥ずかしいんだから茶々を入れないでくれよ」


 魔王テレザムはちらりとこちらを振り向き、存外に幼い表情を見せた。


「いつか使いこなしてみせるから、今のは無かったことに」


 怖い。魔王怖い。


 だけど、なんでだろう。


 少しだけフェトラスの姿が重なって見えて、俺は悲しくなった。


 もしも魔王って精霊が、みんなフェトラスみたいなヤツだったら良かったのに。


 本能しくみよりも、別の何かを大切に出来るヤツだったらいいのに。


 でも無理なんだろうな。


 人間は魔王を見ると恐怖する本能しくみを持っている。


 だから排除しようとする。


 ただ目についただけで、理由こそ異なるけど、結果として殺し合う。


 俺は悲しい気持ちのまま、魔王テレザムを殺すために、ひたすら剣を放ち続けた。炎の盾は欠けることなく飛び回り続けてはいるが、打ち込むたびに少しずつだが小さくなってきているのだ。


 あまりやりすぎると魔王の逆鱗に触れて、唐突に殺されるんだろうけどな。でもじっとしていても生存率は変わらない。ならば命を賭けて、ギリギリまでこの恐怖に耐えるだけだ。


「ってかいけない。速く対処しないとピンチだ。うーん。考え方は間違ってないんだろうけど、イメージが強すぎると魔法が成立しない……だけど……うーん……」


 ここで変化が訪れた。


 魔王テレザムの精霊服が、更に形を変えたのだ。


 そしてそれにテレザムは気がつかない。


 赤い法衣に残っていた白が、黒に染まっていく。


「イメージ……ボクは知らないことが多すぎる。だから知っていることを考えよう……理想の一撃じゃなくて、今のボクが出せる最強を……」


 最早迷いは無かったのだろう。


 魔王テレザムは一切の予備動作なく、魔法を完成させた。


「 【炎星】 」


 それは夜空に光る一番星のような、美しい炎球だった。


 猛々しくもなく、刺々しくもない。完全な白き球体。どれほど炎を高密度に圧縮すればあんな現象が起きるというのだろうか。


 ミトナスの顔色が明らかに変わった。


 迸る殺意から一転――――浮かんだのは、悔しさだった。


紫雷槍サンダーレィィンッ!〉


 それは解放の言葉だったのだろう。


 魔槍に蓄電された紫色が爆発。


 雷は周囲を派手に飛び回り、そうして展開されていたのであろう不可視の刃に蓄えられる。


 その数、千を超える。


 いつの間にあんな数を配置していたというのか。まるで急に壁が現れたようだった。


 炎の壁の中に、雷の壁。圧倒的な力と数。


 これで痺れさせて本体で突撃? 馬鹿な。これだけの刃に晒されれば、それだけで終わる。まさしく切り札と言えるだろう。


〈喰らえ、魔王テレザム――――!〉


 っていうかコレ絶対巻き込まれる!!


「ガッドル! せめて身を伏せろぉぉぉ!」

「お、おう!」


 俺は剣すら放り投げて全速力でその場から離れた。


 後ろがどうなってるかなんて、見るヒマはない。




------------------------------------



 ロイルとガッドル団長に当てないようにする。


 そんな発想を我は持っていなかった。


 そもそもこの紫雷槍は、広域殲滅用だ。


 魔王の軍勢ごと雷で打ち抜き、その隙に魔王を屠るための技なのだから。



 それに魔王テレザムが生み出した炎星とかいう魔法を見た瞬間、脳裏の全てが焼き払われた。これは放たせてはいけない魔法だと、我の全てが警告した。


 故に不完全ではあったが、放つしかなかった。


 紫雷を放ち、それを追いかける。


 魔王テレザムに通用するか? 当たるか、防ぐか、避けるか。その結果はまだ見えない。


 だが「当たる」と盲信して突き進むことでしか勝利は得られない。


 駆ける。シリックの身体で、我で、二人でこの魔王を討ち滅ぼすのだ。



 千を超える刃の雷雨が魔王テレザムめがけて飛翔する。全てを当てる必要はない。五十でも当たれば十分だ。正面、側面、そして頭上から襲いかかれるように展開し、我はその後に続いた。


 だが魔王テレザムは踊るように、優雅に両手を動かした。


 それに合わせて、宙に静止していた炎の星が美しく舞う。


 まるで吸い込まれるように。その炎の星は我の紫電をことごく焼き尽くしていった。


 馬鹿な、なんだあの異常な魔法は!


 刃で削れることもなく、力を吸収した風でもなく。ただただ変わらずに在り続けている。


 まるで太陽だ。


 まるで永劫。億の刃を当てたとしても、不変であることを予感させるような。


 まさに不動。動いたのはあの炎の星ではなく、それ以外の全てが動かされたような錯覚を覚えた。



「ぎやああああああああ!」

「ぬあああああああああ!」


 人間二人の悲鳴が聞こえた。

 おそらく巻き添えをくらったのだろう。


 すまんな。



 我は生まれて始めて、負けるかもしれん。




-------------------------------------------------------------



 聖遺物の放った技で、視界の一面が紫色で染め上げられた。


 圧巻だった。バリバリと音を爆ぜながら圧倒的な速度で迫ってくる。


 だけど怖くはなかった。むしろワクワクした。


 ボクは燃やすためではなく、自らが作り出した星を色んな角度で見るために、それを操った。ついでに迫り来る洪水を大きな布で拭き取るように、消していった。


 何枚かの刃がかすった。


 強烈な痺れを感じた。だけど止まらない。


 こんなものじゃない。来る。きっと来る。一条の流星がボクに迫ってくる。


 ボクは炎星と共に君を待つ。


 さぁ踊ろう、聖遺物。


 君の名前を聞かなかったことだけが、唯一の後悔だ。



 消しきれなかった刃が再びボクに突き刺さる。いくらかは精霊服で防げたが、頭や手足に小さな落雷が訪れる。痛みを覚えるその度に、なんだか笑えてきた。


 痛い。痛いのはイヤだ。


 でも、今は痛いのに楽しい。


 人間に襲われた時に覚えた痛みと恐怖は、今もボクの笑顔を濁らせる。だけど思い出のソレに比べると、この聖遺物の攻撃の方が遙かに痛くて怖い。


 だけど今はどうだ。最高の気分だ。何故ならボクはこの聖遺物よりも強いからだ。


 ボクは笑った。


 二人目の人間に「臆病者」と言わる程に弱かった、先ほどまでの自分を。



 雷撃と炎星の交差はほとんど数秒で終わった。そしてほぼ同時に流星が、聖遺物がボクの眼前に躍り出る。


〈魔王ォォォォッ!〉


 まずささやかな恐怖を覚えた。逃げ出したいと、素直に思った。


 だけど少しだけ痺れてしまった身体ではそれは難しそうに思えた。


 そして何より、逃げるより炎の星をぶつける方が速い。




紫撃一槍サンダーフォールッッ!〉


「炎星【終炎】!」





 大きく飛び上がった聖遺物は、その手にしていた槍を投げ放つ。


 刹那の世界。その槍は紫色の軌道を宙に残しながら、尋常ならざる勢いと破壊力を持ってボクに突き刺さらんと迫ってくる。


 対してボクは炎星に命じる。


 かの天敵を、深淵に突き落とせと。




-------------------------------------------------------------



 凄まじい爆発音が響き渡った。


 俺は痺れるどころかあちこちから血を吹き出してもがいていた。


 三枚ほど喰らったようだが、割と致命的な気がする。


 もはや声を発することも出来ず、ピクピクと痙攣する身体を他人事のように眺める。


 視界の端。ミトナスの放った電撃の奔流が、炎の迷路ごとガッドルを貫くのが見えた。位置関係的に、俺よりも被害が甚大だ。


 ガッドルは生きているのだろうか。


 そして何より、魔王は。ミトナスは。シリックはどうなった。


 意識が保てていることは奇跡だろう。あと一枚でも喰らっていたらトンでいたに違いない。俺は痙攣しつつもわずかに頭をうごかし、激突の結果を見た。



 炎の星はもうどこにも無い。


 沈んでしまったのだろうか。


 魔王テレザムは紅と黒に染まっていて、高笑いをあげている。


 そして地面にはシリックが倒れていた。


 シリックだ。人間の姿に戻った彼女が、倒れている。


 ミトナスは? ミトナスはどこだ?


 魔王は嗤い続ける。


「あはははは! 燃やせなかった! 燃やせなかったよ!」


 燃やせなかった?


 ミトナスは無事なのか?



「まさか熔けてしまう・・・・・・とはね!」



 なッ――――!!


 思考の途中で声を挟まれたような気分だ。


 熔けた? 熔けたってなんだ?


「なるほど。燃やすというのは、極めると消滅の力なのか」


「き……様ッ……!」


 思わず声をもらすと、魔王テレザムはゆっくりとこちらを向いた。


「や。お待たせ。生きててくれて何よりだよ」


「テレザム……!」


「聖遺物というのは恐ろしいね。本当に、殺されるかと思った。でも……」


 魔王は何かをこちらに蹴りつけ、倒れた俺の眼前に〈魔槍ミトナスの柄〉が転がって来た。八割方が熔け落ちているようだ。もはや何の力も感じられない。


「み、と……」


「ボクはてっきりあの鎧こそが聖遺物本体かと思っていたけど、どうやら違うらしい。あの身体は……人間か。まぁ気絶しているしどうでもいいや。あっちの人間はどうだろう。死んでるようにも見えるけど。まぁそれもどうでもいい」


 魔王テレザムはゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。


「お待たせ、一人目。ようやく炎上の時だよ」


「――――――――」


 覚えたのは死の恐怖ではない。


 死の実感だ。


 俺は考えてはいけない事を考えた。


 死にたくない。


 死にたくない。いやだ。終わりたくない。


 助けて。



 助けて……。



「たすけて……」


 死にたく、ない。




 フェトラス……!





 そして炎の壁を突き破るものがまた一人。






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