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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-31 ステーキの焼き方講座




「熱い! しかし熱いな! たっぷり水を浴びたのに髪が焦げてしまったではないか! ぬ。そこにいるのはロイルではないか! 早いな! 流石は魔王退治のスペシャリスト! もうここにたどり着いておるとは! シリックがいるのはまぁ想定の範囲内だが、む? お前シリックだよな? なんだその狼みたいな姿」


 ベラベラと喋っていたガッドルは、不意に黙り込んだ。


 その視線の先には白いローブ。魔王テレザム。


「……そうか、貴様が魔王か」


 なんという変わり身の速さか。ガッドルは口を閉ざし、剣を抜き、慎重に構えた。


「一人目を燃やす前に、二人目が来ちゃった。上手くいかないものだね」


「…………」


「こんばんは人間。君はどんな焼き加減がお好みかな?」


「…………ハッ」


 ガッドルはどう猛に笑った。


「想像以上だ。魔王とは、こんなにも恐ろしいモノだったのか」


 そう言いながらもガッドルは嬉しそうに笑い続けた。


「アースレイ家の歴史は長く、そして広い。魔王と交戦した者は多くいるし、なんなら英雄だっていた。――――だが、ああ、そうか。その英雄だった者はアースレイだからではなく、別の素質があったのだろう」


「……君は何の話しをしているのかな?」


「俺ではお前に勝てぬだろう、という話しだ。魔王テレザム。見れば分かるという言葉をここまで強く実感したことはない。化け物・・・め」


 そう答えるガッドルに臆した様子は一切無かった。


「シリック。こんなのに勝てる算段が本当にあるのか?」


〈負けたことなぞ無い〉


「そうか。しかしまだそれが成されていないということは……ふむ……仕方あるまい。ロイル!」


 ガッドルは気合いのこもった声で俺の名を呼んだ。


「悪いが、命を賭けろ! 最早逃げ切れる状況ではあるまい!」


「……天才め。もう状況を掴んだのか」


 ガッドルは恐らく現状をほぼ完璧に把握したのだろう。


 魔王テレザムが街に火を放った事で慌てて出動。

 そして街の外には大きな火の壁。

 突入すれば、戦闘形態の聖遺物と、既に戦いを経て憔悴している俺。

 魔王テレザムの余裕ある問いかけ。


 そんな見て分かる状況から、「ミトナスだけでは決め手に欠けている」という正解に至り、そうして補完が行われた。


 こんな状況だ。いちいち声に出して「ミトナスが魔王を討つ隙を俺達で作るのだ」とは言わないが、ああ、もう。分かったよ。


「ただちょっと休ませろ! まだ体が上手く動かん!」


「ぬ!? 負傷でもしたか!? 仕方あるまい。動けるようになったら突撃してこい! それまでは……耐えてみせるわッ!」


 ぬおおおお! と雄叫びを上げてガッドルは魔王テレザムに斬りかかった。


「わぁ。すごいプレッシャーだ」


 ノンキな声を発していた魔王テレザムだが、精霊服が既に反応を示している。


 白ローブに走る赤いラインが増えていく。


 準戦闘形態とでも呼べばいいのか。とにかく、魔王はその力を示し始める。


「ちぇりゃあああああ!」


「では丸焦げになりたまえ!」


 魔王テレザムは突進してくるガッドルに向かい、両手に纏っていた炎を投げつけた。


 かつて見た炎閃という魔法とは違って、それはほとんど石を投げるのと大差ないスピードではあったが規模が違いすぎる。当たればまさに丸焦げだろう。


「ふんッ!」


 ガッドルは持っていた盾を放り投げ、その炎の勢いを殺す。


 そして両手で剣をしっかりと握りしめ、魔王テレザムの脳天に向けて刃を振り下ろした。


「クッ! 【影炎】!」


 音も無く現れた炎の蜃気楼。そして引きはがされるように魔王テレザムの体が後退する。


 それを見て俺は、ふと、何かに気がつきそうになった。


 ガッドルは蜃気楼を真っ二つに切り裂き、返す刀で魔王に追撃を放った。


「ぬぅん!!」


「早っ……あああッ!」


 魔王テレザムはもう片方の手に残っていた炎を足下に投げ放ち、大地を燃やす。それを見たガッドルは急制動をかけ、即座に横へと飛び退いた。そして魔王はその隙にガッドルと距離を取る。


(……?)


 なんだ。何か違和感がある。


 俺がその訳の分からない感覚に戸惑っていると、ガッドルが大声を張り上げた。


「なるほど! ――――――――此度の魔王は臆病者と見える! そんなに斬られるのが怖いか! 以前俺の部下に襲われたことは、お前にとって忘れられぬ思い出になったらしい!」


 わずかな躊躇いの後、放たれたのは挑発。

 そして次の言葉は。


「だが案ずるな魔王! 俺も怖い!・・・・・ どうしようもなくお前が怖いぞ! 叶うことなら今すぐ土下座し、命乞いをしたい所だ!」


 清々しい、恐怖の表明だった。


「……どういうつもりだい?」


「戦えば止まるかと思ったが、どうにもな。膝が震えて仕方ないのだよ!」


「……フッ。正直だね、人間」


「ダメ元で聞くが、見逃してくれんか?」


「そうする理由をボクは持ってない」


「ほう。では殺す理由は持っているのか?」


「ボクは殺戮の精霊・魔王。殺す理由なんて、産まれた瞬間にこの身に刻まれてるよ」


 魔王テレザムはすっと息を吸って、呪文と共にそれを吐いた。


「 【炎迷】 」


 ボウッ、と大地から炎が吹き出した。しかしそれはガッドルを貫くものではなく、ゆらゆらと道を形成していき、まるで柵のように立ち並んだ。


 ガッドルの腰より少し高いくらいのそれは、まるで――――。


炎の迷路・・・・を作ってみたよ。ボクは出口で待ってる。戦いたければ進むがいい。死にたければ、その炎で身を焦がせ」


 視界は保たれているが、ただの超躍で飛び越えるには厳しい高さだ。まさに迷路。無事にテレザムにたどり着こうとするなら、そこそこの時間がかかるだろう。


 俺の中で違和感がどんどん正体を露わにしていく。


「どうやら君は、命乞いがしたいと言う割にはボクを殺す気満々だからね。少し鬱陶しいから、時間稼ぎでもさせてもらうよ。その間にボクはそこにいる一人目と、君をどうやって燃やすか考える。あと――――さっきから何やら不穏な空気を発してる聖遺物にでも注目しておくさ」


 俺は迷路の外にいる。魔王テレザムに斬りかかることは可能だ。


 そして魔王が視線を流した先のシリックは。


〈――――。〉


 最早隠す気も無いのだろう。


 シリックの持つ魔槍ミトナスが「パチッ、パチッ」と紫電を纏い始めていた。



「すまんなロイル! 俺が合流するまで、まぁ、頑張れ!」


「無茶苦茶言うなお前!」


「そろそろ体の痺れ・・・・も取れてきただろうが!」


 天才恐るべし。俺がシリックの電撃を喰らったことを察したのか。ああ、なるほど。さっきの挑発やらなんやらは、俺の回復やミトナスのための時間稼ぎだったのか。


「やれやれ……。だが、まぁいいさ」


 ようやく違和感の正体が分かった。


 即ち、俺の戦い方が分かったということだ。


(……カウトリア・・・・・があれば、一瞬だったんだろうけどな)


 今だって思考は足りていない。もっと考えたい。あんな天才の真似事は俺には出来ないから、こうなったら戦いながら検証と実践と反省を繰り返さなきゃならない。


 死と隣り合わせの試行錯誤だ。


 俺はしっかりと立ち上がり、魔王テレザムに剣を向けた。


「……どうだい魔王サマ。俺をどんな方法で焼肉にするか、決まったか?」


「実はまだなんだよ。悩ましい所だね。ああ、一刻も早く燃やしたい。だけどどうだろう。そこの聖遺物の動きが怪しいから、君のことは後回しにした方がよさそうだ」


「そう言うなよ。ちなみにお前、ステーキって食ったことあるか?」


「ステーキ?」


「牛の肉を鉄板で焼くんだよ。焼き方が上手かったら表面はカリっとしてて、中身がレアな感じになる。とても美味い」


「確かに……それは美味しそうだね」 


 ほぅ、と魔王テレザムの顔色が変わった。


 それはほんの少しだけ。1/10000ぐらい、フェトラスに似た表情だった。


「ただ燃やすだけじゃアレは作れないだろうな。まず鉄板を熱くして、脂をたっぷり引いて、それから焼くんだよ」


「ふむふむ! ……って、ああ、もう。興味深いけど、それは後で教えてもらおう。今は聖遺物だ」


「コツは、片面を焼いたら鉄板にくべる火を弱くすることだ」


「!?」


「そう、火を弱める。それが重要なテクニックだ」


「…………クッ」


 魔王テレザムは本気で揺らいだ様子だった。顔に「なにそれ。どういうこと。もの凄く気になる」って書いてある。


 その間にもガッドルは迷路を進むし、ミトナスの充電が溜まっていく。


「他にもまだあるぞ。肉にあらかじめ切れ目を入れておくんだ。片面だけにな。そうするとどうなると思う?」


 俺はなんだか絶好調気味に喋り続けた。


 ただし、熱気ではなく恐怖で冷や汗をかきながら。



 魔王テレザムの違和感。


 それは「殺戮よりも優先している事がある」ということだった。


 例えばそれは「ダメージを負わないようにする」事であったり「殺し方ではなく、燃やし方・・・・を追求する」事だ。


 そして何より。魔王テレザムにはヴァベル語が通用している。会話が成立しているのだ。


 憎むべき人間。殺すべき全て。殺戮の王。


 だけどもしかしたらこの魔王は、会話に飢えていたのかもしれない。



 魔女まじょは本を読み、呪文の欠片をたくさん集めて、魔法を組み立てる。


 ならば魔王はどうだろう。


 フェトラスはある日突然魔法を行使した。きっと彼らは書物ではなく、別の何かで気付きを得る。そして得たものが彼らの魔法の糸口となり、それぞれが魔法を紡ぎ出す。


 魔王が得たモノとは何なのか。魔王が満たしたモノとは何なのか。それはもしかしたら殺戮の精霊の本能よりも強い、『好奇心という名の自我』なのかもしれない。食欲や知識欲とかな。


 分かりやすく言えば、魔王とはただ殺すだけの精霊ではなく、それぞれに興味や美学があるのだろう。テレザムに関して言えば「燃やすこと」がそれに当たる。ギィレスにもフェトラスにも無い、テレザムだけの個性だ。


 ついでに言えばテレザムの「怪我をしたくない」というのも、殺戮の精霊と呼ぶ存在にはあまり似合わない感性だ。痛いのが嫌いなんだろう。


 魔王にはそれぞれ好きな事と、嫌いな事がある。



 魔王の存在証明は殺すこと。

 だからそれ以外の事は、不必要なはずなのに。



 そういえば魔王には《個別の名前》が天から与えられる。


 それは何故か? 自明だ。個性があるからだ。一人一人が違うからだ。


 では何故個性がある? 殺戮するだけの精霊、というだけの存在ならばそんなものは必要ないはずなのに。ただただ自動的に殺せばいいのに。殺すだけでその存在は証明される。


 必要ないといえば、気になることがもう一つ。


『魔王は国を造る』


 魔族を率いて、自らの領地を強引に造り出す。


 ――――全てを殺すのに、魔族は殺さないのか?


 だがなんてことはない。その疑問に対する答えを俺は既に持っていた。


 俺はかつて自分の祖国を倒そうとした。


 そのためには仲間の力が必要だった。


 きっとそういうことだ。

 

 最強の単騎も、強者の集団には勝てない。魔王退治の原則はリンチだ。


 だから魔王は最強単騎の一角になった時、最強の集団になろうとするのだろう。



 全ては、全てを殺戮するために。


 本能しくみを完遂するために。


 命の絶滅のために。人間を滅ぼした後に、魔族は滅ぼされるのだろう。そういう順番なだけだ。



 改めて魔王テレザムを観察する。


 フェトラスよりも長生きしているが、まだ若い部類だ。白いローブに走った赤線はどんどん増えていっている。既に新しい呪文も行使し始めている。こいつの伸びしろは計り知れない。


 炎という攻撃的な魔法を使いながら、使い方に関して言えば《暴虐》というよりも《小器用》と言えるだろう。だいたいこんな大きな炎の壁が生成出来るなら、もっと簡単に俺達を殺せるはずなのだから。


 俺とガッドルの時間稼ぎが成立しているのが何よりの証拠と言えるだろう。この魔王テレザムは本能しくみよりも自我を優先している。即ち『どうやって燃やすか』という事に執着している。


 つまり、俺がこの魔王テレザムに対する戦い方は一つ。


『ひたすらに時間稼ぎをして、ミトナスに討たせる』


 最初からずっとそう言い続けているが、その時間稼ぎの方法を俺は知ったのだった。



 いつかフェトラスが言っていた。


 殺したい。

 殺せるから殺す。


 だけどフェトラスは、殺さない。

 他に楽しいことを、大切なことを知ったからだ。


 幼い頃のフェトラスは「あれなに? これなに? どうしてそうなるの?」と何でも俺に聞いてきたものだ。


 だが魔王テレザムには親がいない。


 だから俺はこう戦うのだ。



「美味い肉と、不味い肉があるのは知っているな?」


「……確かに。みんな違う味だったよ」


「それにもちゃんと理由があってな。モンスターは全部不味い。なぜだと思う?」


「理由があるのかい?」


「もしモンスターが美味かったら、共食いするだろ」


「…………」


「逆に草とか果物しか食べない動物は美味い。何故なら、どんなに美味くても共食いが成立しないからだ」


「ああ、なるほど。……でも待って。そもそも不味かったら、モンスターや肉食獣に狙われることもないんじゃないかな」


「そういう動物もいる。すんげぇ不味い草食動物。でもそれはそいつらだけの個性だ。その個性を得るために、強さや速さ、あるいは大きさを持たない」


「ふぅん……誰がデザインしたんだろうね……」


「平均的な生き物、っていうのは多い。だけど全部のステータスが最大級なんて生き物はこの世に存在しないんだよ。デカイやつは遅いし、強いヤツはスタミナがなかったり数が少なかったりする。例えるなら、さめは陸地では生きられない」


「さめ。それは知らない言葉だ」


「それに食われないために毒を持つ生き物もたくさんいるな。なんにせよ、生き物っていうのは実に多種多様だ。生き物かどうか疑わしいレベルの昆虫とかいるし」


「そんなに世界っていうのは広いのか……燃やし甲斐があるね!」


 無邪気に殺戮の精霊は笑った。


 そして唐突に、魔王の精霊服が戦闘形態に化けた。


 白いローブが、赤の法衣に変わる。


「色々と教えてくれてありがとう! でもどうやら時間切れらしい。聖遺物の気配が無視出来ないレベルに高まってきている。あっちの大きなオジサンもどんどんゴールに近づいてきてるし」


 ミトナスの放電は明らかに強まっている。

 ガッドルも黙々と迷路を進み続けている。

 テレザムは完全にやる気だ。

 そして俺は。


「君の燃やし方も決まったことだし……そうだな、今ここで、」


「えっ、俺の燃やし方? どんな風に燃やされるんだ?」


 スッとぼけた声を出して、ひたすら時間稼ぎに徹した。


「……後で体験出来るから、焦らないでくれよ」


「いやいや。気になる。色々教えたんだし、そっちも教えてくれよ」


「そんなにまっ先に燃やされたいのかい?」


「ヤだよ。燃やされたくないから、対応策を考えたいんだ。ヒントくれヒント」


「不思議な人間だね、君は」


「興味が出てきたか? なら、殺し合いなんて止めてお喋りしようぜ」


「そうだなぁ……聖遺物を始末したら、殺す前に少しだけお喋りしよう。ね?」


 今度こそ魔王テレザムは俺に背を向けた。


「おわっ。ちょっと見ない間にすごい事になってる」


 ミトナスはあふれ出す紫電を隠そうとしていない。


 否。あれでも隠していたと・・・・・・・・・・



 テレザムに直視された魔槍は、押さえていたモノを解き放った。


〈――――ッ!〉


 だが言葉はもれない。


 ただただ視線だけが〈貴様を殺す〉と強く訴えていた。





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