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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
75/286

2-30 その事に、まだ誰も気がつく事は出来なかった。




 俺は地獄の戦場に躍り出た。


 大声で自分を鼓舞こぶしたりしない。


 これはようするに不意打ちの一種なのだから、わざわざ自分の存在をアピールする必要はないのだ。


 ただひたすらに「一撃を入れる」。そのために俺は魔王テレザムの視界の外を駆け、その楽しげな背中に向けて剣を振り下ろした。


〈馬鹿者ッ! 何故出てきた!〉


 俺の姿を視認したミトナスが叱責を飛ばす。


 おいおい、頼むぜ。それが演技・・だと信じてるぞ?


「オラァッ!」


 斬りかかる瞬間は流石に声がもれた。


 ふい、と魔王テレザムが視線を動かす。


 炎に照らされた瞳が楽しそうに細まる。


 

 バフッ。


 手応えの無い音がした。

 俺の剣は揺らいだ精霊服をなでて、通り過ぎる。


「クソッ!」


「おやおや。どうもこんばんわ」


「ツァラァァッ!」


 再び剣を振るうが、手応えが薄い。


 ここで俺はようやく、魔王テレザムが着ている精霊服に目が行った。


 戦闘形態じゃない。


 フェトラスが着ているソレとは違い、魔王テレザムの精霊服はゆったりとした白いローブで、赤のラインが数本走っているだけだ。


 もしこの精霊服が戦う気なら、もっと凶悪かつ複雑なデザインが施されているはず。つまり。


(この野郎。余裕ブッこいてやがる)


 そしてイコールで、コイツには余裕がある。


 そんな魔王が、こちらに向けて片手を上げた。


 カウトリアの能力には遠く及ばないが、人間の持つ基本的な能力の一つとして、俺の世界が少しだけスローになった。火事場の馬鹿力。追い詰められた時の走馬燈。



(やばい。死ぬ。殺される。燃やされる。でもチャンスはここしか無かった。頼む。頼むぞミトナス。――――隙は作ったから、早くコイツを殺せ!)



 街に近づけさせるわけにはいかないので、いきなり現れてビックリさせ、その隙にミトナスに狩らせる。俺はそのためだけに飛び出したのだ。


 打ち合わせなんてしてない。ミトナスの切り札も知らない。魔王テレザムの実力もテンションも不透明。だからこそ、命を賭ける瞬間はここにしかない。もたもたしていたら、命が何個あっても足りなくなる。だから俺は冷静に自分の命を使い捨てようとした。


 死中にこそ活路有り、だ。



 しかし。



〈ツッ、ふぅッ!〉


「おわっ」



 何をトチ狂ったのか、ミトナスは魔王テレザムへ一撃入れる事よりも、俺の命を優先させた。体当たりするように突撃してきて、あっというまに死から距離が離れる。



「な、なにしてんだお前! 今のチャンスだったろ!」


〈馬鹿か貴様は! 命が惜しくないのか!〉


「惜しいに決まってるだろうが! でも、死ぬよりおっかない事がこの世にはあるんだよ!!」


(例えば怒ったフェトラスとかな!!)


 叫び返しながら魔王テレザムの様子を伺うと、彼はゆったりと立ち尽くしていた。



「えーと……それで? 君は誰なのかな?」


「……人間だよ、魔王」


「そりゃ見れば分かるよ。そういう事が聞きたいんじゃない」



 乱戦の結果、立ち並んでいた火柱。


 それが落ち着き始めて夜が息を吹き返す。


 魔王テレザムはまず、その夜を殺した。



「 【炎柱】 」


 ゴッ、といきなり何も無い所に火柱が立ち上がり、周囲が明るくなる。


「ボクは殺戮の精霊・魔王テレザム。そして君は誰かな? ボクが聞いてるのは、君の役割ロールだよ」


 魔王テレザムは微笑む。


「君はボクにとっての、何なのかな?」



 勝ち目が無い、とまず思った。


 そういう意味で、俺はコイツの「敵」ではない。


 しかしただ燃やされるだけの「薪」になるつもりもない。かといってコイツに食われる気もない。俺は「餌」じゃない。もう少し上等な表現がいい。そう、例えば。



「俺はお前の、敗因だよ」


「はいいん。へぇ。ほぅ。クスクス。面白い」



 魔王テレザムはまるで少年のような見た目をしていた。


 茶色に近い長髪。ローブで隠されてはいるが、細身なのが分かる。手足もまだまだ成長が足りないようで、言動も子供のようであった。


 だけどクスクスと。そう嗤う様子は疑いようのないくらいに殺戮の精霊のソレで。


 なんだか悲しい気持ちになって、俺はミトナスに小声で尋ねた。


「ミトナスさんミトナスさん。あなたの切り札ってどんなもの?」


〈……紫電だ。少し詳しく言うと、あの不可視の刃は帯電性を持っている〉


「はぁ。つまりは雷で切り裂く、みたいな」


〈早く、鋭く、余波が大きい。おおむね必殺だ〉


「なるほど。一緒に殺さないでくれてありがとう」


 そりゃ隙を作っても使えないわな。


「普通に一撃入れずに、俺を助けてくれた理由は?」 


〈一撃を入れた程度では戦況が変わらんと思ったからだ。故に、お前の話しを聞こうと思った。ロイル。魔王殺しのスーパーアドバイザー。その名は伊達か?〉


「自分から名乗ったことねぇよ」


 あと微妙に盛ってんじゃねぇよ。スーパーてなんだスーパーて。



 だがこうやって会話をしているだけで、魔王テレザムの事が分かる。


 ヤツは俺達の会話に口を挟もうとすらせず、ただニヤニヤと俺を見ている・・・・・・


 街でも、聖遺物ミトナスでもなく、人間を。



「あー。魔王テレザム?」


「なんだい?」


「少しだけ俺とお喋りしてみる気はないか?」


「……どうだろう。あまり興味はわかないな」


 魔王を相手に「会話しようぜ!」なんて。俺を抱きかかえたままのミトナスがギョッとしたのが分かった。しかし気にしない。魔王テレザムが俺の言葉に応じたからだ。


「そうか。じゃあまず興味をわかせることから始めよう。お前、いま俺をどうやって殺そうか……燃やそうか、考えてたりする?」


 ほう、と魔王がため息をこぼした。


「すごい。どうして分かったんだい?」


「お前は一度人間に襲われた。きっと人間を恨んでいるだろう。そして、お前が街を襲うのは今回が初めてだ。つまり……俺は、お前が《久しぶりに見た人間》ということになる」


「うんうん。それで?」


「ここらの有様を見れば後は簡単だろ? お前は燃やすのが得意だ。大好きだ。なら人間をどう燃やそうか、とワクワクするのは当然の話しだろう」


「そうか。ボクの行動はそんなに分かりやすいか」


 少し照れたように嗤う魔王。


「――――分かりやすいついでにもう一つ。お前、そろそろ新しい呪文を試したくなる頃だろ?」


「何もかもが正解だよ人間。【界炎】」



 炎が広がった。


 魔王テレザムは両手から光の線を放ち、俺達の周囲を取り囲む。そして世界が燃え広がった。


 轟、と。


 炎の柱が連立……炎の壁が俺達を逃すまいと形成された。



「どんな味がするだろう。どんな臭いがするだろう。どんな色で燃え上がるんだろう。どんな悲鳴が、遺言が、断末魔が聞けるだろう。どんな感情が見られるだろう。どんな気持ちになるだろう。ああ、楽しみだ。ボクは君を逃がさない。せっかく出会った一人目だ。ここで必ず燃やしころしてみせる」



「ミトナスさんミトナスさん」


〈なんだアホ〉


「状況、悪化しちゃいましたね」


〈  〉


 最早ミトナスは返事すらしてくれなくなった。


 なので俺は要点だけを一方的に喋るとする。



「ヤツは基本的に俺を襲うだろう。お前が来たら迎撃する、という程度の作戦で動くはずだ」


〈根拠は〉


「あいつ、さっきから俺しか見てない」


〈そうか。で? どうする?〉


「ヤツの魔法パターンは少ない。これはほぼ確信に近い勘だ。しかしこれからは新しい魔法がいくつか飛んでくると思う」


〈ますます厄介だな〉


「いいや、そうでもない。つまり使い慣れてないんだよ・・・・・・・・・・


〈……ふむ〉


「俺は気合いで逃げまくるから、お前はとっとと切り札を使え。最悪、俺を巻き込んで構わん」


〈――――お前が死んだら、フェトラスはどうなる〉


「考えたくもない」


〈じゃあ巻き込むだとか、そんな事を言うな〉


 ミトナスは深いため息をついた。


〈そもそも我の切り札、紫雷槍サンダーレインは発動に時間がかかる。おそらく使えないだろう〉


「……まぁ雷系のお約束だよな」


 フェトラスが扱っていた「雷閃」もそういう魔法だった。チャージが必要なのだ。


 しかしあの魔王テレザムを相手に、そこまでの時間が稼げるとは到底思えない。きっとやろうと思えば即座に消し炭にされるだろう。


 しかしヤツは俺を殺すことではなく、どうやって燃やすか、に執心している。ただ殺すための魔法ではなく、ヤツの鬱憤を表現した、《芸術的な焼き加減》を求めるだろう。



 と、考え事をしているヒマがなくなった。


 魔王テレザムが一歩目を踏み出したのだ。



「……とりあえず、打ち合ってみるわ」


〈分かった。死んでこい〉


「ヤだよ」


〈お前が自殺志願者だというのは、もう分かった〉


「死にそうになったら助けてね」



 ふらりとミトナスが俺から離れる。


 そうして戦火に包まれた鉄火場に、炎の幕が上がる。



(出来れば精霊服が戦闘形態になる前に殺すッ!)


 そんなささやかな希望を胸に、俺は剣を振るってみた。


 だが当たらない。魔王テレザムは冷静に剣先を見つめ、器用に避けてみせた。


「そんなに慌てないでほしいな。いまどうやって燃やすか考えてるから、もう少しお喋りしようよ」


「怖すぎるわ!」


「さっきは自分からお喋りしよう、って提案してきたくせに」


「火が大好きなくせに、頭ん中は冷静だなオイ!」


 小手先の剣じゃかすりもしないらしい。


 では、反撃を喰らう覚悟なら!


 必死の剣ならどうよ――――!


 炎に照らされた剣がギラリと光を反射する。魔王テレザムは流石に顔色を変えて、俺から大きく距離を取ろうとした。が、逃がさない。二撃目なんて考えてない俺の特攻は魔王の胴体をないだ。


「クッ!」


 瞬時に精霊服が呼応する。剣が当たる直前、その攻撃軌道に沿って魔王の白きローブが深紅の輝きを放った。


 ガキィン! と、鉄を打ったような音が響く。


「痛いな、もう!」


 痛いということはダメージあり。よっしゃ、百万回ぐらいやれば殺せるかもな! そう自分を勇気づけて、次に狙うは首筋。精霊服の庇護が及ばない、露出した部分。


「チッ!」


「と見せかけて顔面だオラァァァ!」


 剣に込めた力をふんわりと抜いて、代わりに右手で思いっきりブン殴る。


 右目を打ち抜くと、固くて柔らかいような感触を覚えた。


「あああ! 【炎常】ッッ!」


 先ほど見たものとは比べ物にならないくらいの炎が、魔王の両腕に宿る。


 危機感と熱を覚えたので咄嗟にバックステップで距離を取ったが、魔王は躊躇わずに俺を追撃した。


「痛かった! ああ、そうだね。コレは痛いね! ならばこうしよう!」


 炎が宿った両腕。


 魔王はその炎を投げつけることなく、拳に宿したまま、俺に殴りかかってきた!


 危なっ 熱っ! 怖っ!!


 同時に三つぐらいのセンサーが稼働して、俺は反射的に盾で防御した。


 そのままガンガンと殴られ続け、やがては盾が持てないくらい熱される。



「ちょ、おまっ」


「ほらほらほらほらほらほらほら!!」


 ひどいラッシュだ。


 凶悪すぎる。


「新しい呪文はどーしたよ!」


「ならこれを【炎剰】と名付けるまでさ!」


 殴られるたびに、どんどん息苦しくなる。


 熱が高まり、それはどんどん俺に束ねられていく。



 あ。


 これ詰んでる。



「助けてミトナス!」


紫電槍サンダードロップ!!〉



 パチパチと、小さく何かが爆ぜる音。


 それはすぐに衝撃に変換される。



「ギヤアアアアアアア!!」


「うわっ。びっくりした」



 凄い勢いで感電した。


 俺はドサリと膝から崩れ落ち、盾も手放した。


 意識だけは飛ばすまいと踏ん張ったのだが、どうにも体が痺れて力が入らない。


 このまま燃やされる-! と嘆いたが、ミトナスが俺を抱きかかえて再び離脱してくれた。


 魔王の呟きが聞こえる。


「あちち。なんかビリッと来たけど……今のなに?」


〈……わざわざ解説する義理も無い。すぐに殺してやるから待ってろ〉


「あは。待たされるんだボク」



 魔王テレザムは「ふー」と呼吸を整えて、本当に待ってくれた。


 ちなみに俺はまだ痺れてる。



「み、、なす……」


〈落ち着け。今のは切り札の一歩手前……いや、三歩ほど手前だ。命に別状はない〉


「そ、、スか」


〈まぁおかげさまで、せっかく溜まった分を使い果たしてしまったが〉



 なるほど。電撃でこうやって痺れさせて、動きが取れなくなった所を本体の槍でブスリ、というのが切り札だったのか。徹底的に槍だなコイツ。



「すまん……やっぱ足手まといになったな……」


〈……それを分かりきった上で死地に飛び出してきたのだろう〉


 理由は聞かずとも分かるがな、とミトナスは微妙な表情を浮かべた。



「やっぱ魔王は強ぇな」


〈今回のは相性が良くない。が、別に強敵でもない〉


「勝ち目は?」


〈愚問だな。我は魔槍ミトナス。全ての魔王を屠るモノなり〉


「そっか……すまん。少し休む。回復したらまたちょっかいかけに行くわ」


〈まだやる気なのか?〉


「どうせこの炎の壁からは逃げられないだろ」



 俺達を取り囲んでいる炎は、炎柱に比べれば薄そうだが突破は難しそうだ。


 全身火傷程度で済めばまだラッキーだろう。



 魔王テレザムは強い。


 流石は魔王だ。殺戮の精霊は伊達じゃない。


 こいつが成長して魔法のバリエーションでも増やした日には、目も当てられない状態になるだろう。


 人間に手傷を負わされた魔王。やはり、一筋縄ではいかない。




(――――もしフェトラスが、こいつと戦ったら)



 どうなるだろう、なんて疑問が浮かぶ前に俺はその思考を斬り捨てた。


 だめだ。あいつはここに来ちゃいけない。


 絶対にダメだ。


 助けに来るなと言った。


 だけど、魔王テレザムが来たらどうすればいいのか、は伝えていない。


 だから魔王テレザムはここで殺すしかないんだ……!






 俺が静かに覚悟を決めた時。


 そして魔槍ミトナスが駆け出した時。


 魔王テレザムが両手を広げ、迎撃の構えを見せた時。



 助けが現れた。









「ぬおおおおおお熱いーー!! だがこの程度の障害で我が道を阻めると思うなよッ! うおおおお熱いのはどうしようもないがな! せっかくかぶってきた水が、ほとんど蒸発したわ! これが魔法か! それとも魔王の実力か! だが負けはせぬ。我が背負いし家名と誇り、この程度で燃え尽きてなるものか! そう、我が名は――――!」



 名乗りを聞かなくても分かる。

 相変わらずよく喋る男だ。


 ユシラ領自警団・総括団長ガッドル・アースレイ。


 その人だった。




   

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― 新着の感想 ―
[良い点] 団長ォォーー! まじで賑やかな人だな
2022/03/14 22:22 サットゥー
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