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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-23 ユシラ領・到着




 そこそこの旅路を越えて、俺たちは目的地であるユシラ領に到着した。


 わずかな日程とはいえ、一緒に旅してきた馬との別れをフェトラスは惜しんだ。



「ねぇねぇお父さん。この子、一緒に連れて行っちゃダメ?」


「ダメだ」


「……やっぱり?」


 答えは最初から分かっていたのだろう。フェトラスは割とあっさりうなだれた。


『馬にとっちゃ、俺たちが連れ回すのは迷惑だろうしな』という言葉を寸前で飲み込み、俺はフェトラスの頭をなでた。



「そりゃ馬だってお前と一緒に過ごすのは楽しいかもしれんが、こいつらにはこいつらの生き方がある。だから、ありがとうって言って、笑顔で別れような?」


 伝えたいことをちゃんと伝えるのは難しい。俺はフェトラスが納得しやすい言葉を選んで、綺麗に整った本心を述べた。


「うん……」


「命は一個で、しかも一期一会だ。もう二度と会えないかもしれない。だから……なんつーか、こう、色々と大切にしような?」


〈良い事いった風に聞こえるけど、最後が締まりませんね〉


「うるせーぞシリック」


 やいのやいの言いながら、とりあえず馬を組み合いに返却した。


 そして〈さて、と〉とシリックは言い、満面の笑みを浮かべた。



〈ようこそ、我がユシラの地へ。ここは広大な山岳地帯に囲まれながら、その恩恵である大河と共にある平和な街です〉


「お、おう。ありがちな説明をありがとう」


〈ここでは農業や酪農によって成り立つ領地です。自然の恵みが豊富なので、食べ物には自信があります。お客様もきっと気に入ってくれますよ〉


「おきゃくさま?」


〈――――と、この街のガイドは言っていました〉


「ごはん! ごはんが美味しいの!?」


〈ええ。焼きたてのパンに、ソーセージ。川魚も捕れますし、野菜もとっても美味しいですよ〉


「お父さん、ここに住もう」



 ぶっちゃけ悪くないな、と俺は思った。


 見る限り平和だ。


 道行く人の表情も明るいし、子供が元気だ。


 シリックが歩けば「まぁ、お嬢様!」と嬉しそうに声をかけてくる人達もいるし、ここの領主は貴族として正しい振る舞いをしているのだろう。



 だが、そんな表向きの空気は割とどうでもいい。


 街の真実・・は裏路地や、深夜の酒場の片隅に落ちているものだ。



(さて……見るからに平和だ。平和すぎる。とてもじゃないが、魔王が発生した地とは思えない。さてさて、魔王テレザムの存在はどれぐらい秘匿出来ているんだろうな)


 色々と調べないといけないこともあったが、わざわざ情報収集に出向くまでもない。俺はシリックに向き直り、はっきり聞いた。



「とりあえず、どうすりゃいいんだ?」


〈そうですね……正直に言いますと、私はもう、このままテレザムを狩りに行きたい〉


 満面の笑みのまま、シリックはそう言った。


 ああ、なるほど。これ、作り笑顔だったのか。



 よく観察してみると――――シリックの笑顔の下には、狂躁が隠されていた。


 大混乱だ。戦意と殺意と使命感と焦りと狂気がある。



「お前、作り笑顔上手いな」


〈ただ再現しているだけですよ〉


「そっか。んで、どうする? とりあえず……えーと、腹ごしらえ?」


 チラリ、とフェトラスの表情を伺いながら呟くと、ウチの魔王様の笑顔に後光が差した。



「お父さん。わたし、あったかいパンとソーセージ一緒に食べたい」


「お前の注文も具体的になってきたな」


「あわよくばお魚のスープも飲みたい」


 こいつ、シリックが勧めたもんを素直に食いたがっているだけのような。


 と見せかけて、更に続きがあるような。


「次にお前は、デザートにはホットケーキが食べたいと言う」


「わぁすてき」


「残念ながらホットケーキはデザートの部類ではないがな。あれは菓子に見えるが立派な主食だ」



 えへ、えへへへと笑いながらフェトラスは俺のそでをつまんだ。


「じゃあ、行こう?」


「おう」


〈ああ、食事なら我が家……シリックの家でどうでしょうか?〉


「シリックさんのお家?」


〈ええ。何だかんだ言いながら、シリックは勝手に旅に出てしまっていますし、その、両親や団員達も心配しているでしょうから……〉


「大丈夫なのか?」


〈ええ。料理長の腕は確かですよ〉


「いや、そうじゃなくて。お前がシリックとしてほぼ完璧なのは分かるんだが、ご両親にバレる心配はないか?」


 親子の絆なんて知らないが、聞いたことはある。


 雑踏で迷子になった子の泣き声を親は聞き取れるらしい。


 初見ではバレないかもしれないが、腰をすえて滞在するとなるといかがなものか。


〈――――そりゃ、ちょっとは不安ですけど〉


「だからまず、少し落ち着こうぜ。なにせ俺たちはこの街にたどり着いたばかりだ」


〈でもどうせ、いつかは――――〉




「あああああああああシリックてめぇこの野郎どこほっつき歩いてたんだボケがあああああああ!」




 突然、衛兵風の男がシリックにラリアットをかまそうと突撃してきた。


 シリックはそれをひょいと避ける。


 俺はすかさず剣を抜き、狙いを定めて――――


「って、ダメぇぇぇぇぇぇ!!」

「わぷっ」


 俺は情けない声を発しながら剣を放り投げ、フェトラスを抱きかかえた。



「はい、どーどー! 大丈夫! 大丈夫だから! ここはシリックのお家がある街だよ! 平和だよ! 安全だよ! 彼はきっとシリックの友達だから大丈夫だってばぁぁぁぁぁ!!」



 大声を張り上げながら、しっかりとフェトラスを胸の中に抱えて彼女の背中や頭をなで回す。


 そしておそるおそる彼女の表情を確認すると、フェトラスはとても驚いていた。



「い、いきなり何お父さん?」


「……いえ、なんでもありません」



 何故か敬語が出た。



「すまん、何でも無い。お前を見くびってた」


「…………いや、あながち間違いでもないんだけど。もしかしたら、反射的に出てたかも」


 黒いおめめのフェトラスは苦笑いを浮かべた。


 ナイス俺。



 なんて、親子でボソボソと話していると、衛兵風の男は最初こそ戸惑っていたようだがこちらに謝罪を入れてきた。


「い、いきなり剣とか抜くから何事かと思ったが……どうやら驚かせちまったみたいだな。すまない」 


「確かにな。いきなり奇声を上げて突撃してきたらそらビビるわ」


「すまんすまん。って、そうじゃない。シリックてめぇこの野郎今までどこほっつき歩いてた!」



〈……ごめんなさいフォート。心配かけちゃった?〉


「当たり前じゃボケぇ! 最近じゃお前を探してんのかアレ・・を探してんのか分からん状態だったんだぞ!」


〈本当にごめんなさい。でも見て。私は目的をちゃんと果たしたわ〉



 シリックは布を巻き付けてあった魔槍を陽光の下にさらした。



〈もう、大丈夫だから〉






 フォート、と呼ばれた衛兵風の男は、実際衛兵だった。


 シリックは貴族で構成された自警団で、彼は貴族ではない方の自警団。まぁ要するに指揮系統こそ違うが志しを同じくした同僚らしい。


「しかし、仮にも領主の五女に対して思いっきりタメ口なんだな」


「そりゃ俺だって公式の場ではちゃんとするさ。でもシリックはもうシリックだし。っていうか貴族扱いしたら怒るから」


「そんなもんか……」


「それよりアンタは?」


「シリックに雇われた護衛だよ」


「子連れで?」


「ぶっちゃけ娘を護るついでにシリックを護ってた」


「なるほど。そいつはさぞ凄腕なんでしょうよ」


 フォートは敵意を隠そうともせず俺を上下まんべんなく睨んだ。


〈こらフォート。私の恩人に無礼な真似をしない〉


「けっ」


 シリックがたしなめると、彼は悪態をつきながら居住まいを正した。


「とにかく! ちょっと現実逃避なんてしてみたりもしたが――――それ、本物か?」


 彼が指さしたのは魔槍ミトナス。


〈ええ〉


 シリックは即答で肯定したが、フォートは深いため息をついたのだった。


「……とりあえず、俺じゃなんとも言えん。まずは団長に報告せにゃ。おい、始末書ってレベルじゃ済まないぐらい怒られるから覚悟しとけよ」


〈あら。誰にも成し得なかった事を達成した私が、怒られるの?〉


「ばか。お前がいなくなってどれだけみんな心配したと思ってんだ。結果じゃなくて過程について怒られろってんだよ。ぼけ」


 でも無事で良かった、と。


 よく見るとフォートはまだ若い男だった。






 そのまま自警団の詰め所に行くことになったのだが、俺たちは中に入れてもらえなかった。


『悪いがここから先は関係者以外お断りだ』


『俺たちも関係者なんだが』


『はァ!? てめぇ、まさかシリックに手ぇ出したりしてねぇだろうな!? アアン!?』


『無関係です』



 俺たちはとりあえず飯でも食って待つことにした。



「シリックさん大丈夫かなぁ……」


「まぁこってり怒られるだろうが、大丈夫だろ。そんなことよりもっと重大な問題があるわけだし」


「テレザムさん?」


「そう。あんまり名前を口にするのもよくないだろうから、とりあえずヤツと呼称するが」



・発生から二年ほどと推測

・手負い。だが完治しただろう。

・火属性の魔法を扱う。山火事等から修行中であるとうかがえる。

・魔族による軍勢は確認出来ず。この辺に魔族はいない。



 諸々の条件を考慮して見る限り、強さで言えば「下の上」だろう。


 十段階評価で3ぐらい。


 しかし会敵してみないと何とも言えないのが魔王討伐だ。


 想像の二倍ぐらいの強さ、をイメージして戦ってみたらこっちが全滅しかけたとかよくある話。


 ちなみにフェトラスは……どうなんだろうな。


 通常で1。

 銀眼で6。

 月眼はもう数値化出来ない。ただ、あの島でやり合ったとき、率直に言って8だと思った。手加減されてたというよりも、あれこそがフェトラスの初戦闘と言えるのだからそんなもんだ。


 だがあれから彼女は成長した。


 魔王としては、どのぐらい成長したのだろう。



(まぁフェトラスの戦闘力はどうでもいいや。どうせ置いて行くし)


 そんな本音を胸にしまって、俺はフェトラスに再び話しかけた。



「ヤツと戦って勝つことは、そう難しいことじゃないと思う」


「そうなの?」


「お前とやりあっても、ミトナスは無事だった。つまりはそれぐらい強いってことだ。実際あいつは銀色を屠った経験があるらしいし、たぶん何とかなるだろう」


「じゃあ安心?」


「……そうでもない。まず不確定要素が多すぎる。体格、性格、扱える魔法の属性と種類、本当に家来がいないのか、戦うフィールドはどこなのか。色々なことを俺たちはまだ知らない」


「ふぅん……」


「下手に人数連れて行っても犠牲者が増えるだけだし、かといってミトナスだけを送り込むのも心許ないな。あいつの戦い方は直線的だから、罠なんかで謀殺される可能性は捨てきれない。そもそもあいつの戦闘力だって俺たちは完全には分かってないときたもんだ」


「…………」


「あいつが発見された場所、覚えてるだろ? 埋まってた。つまりそういうこった。あいつは色々な意味で槍なんだよ」


 ただひたすらに貫き通す。


 放たれれば役割が終わる。


 そんな在り方を体現している。



「…………」


「ま、俺たちがここでこう話していてもラチがあかん。とりあえず噂のソーセージでも食ってだな」


「ね、お父さん。わたしとミトナスって、どっちが強いと思う?」


「――――――――ミトナスだ。経験が違う」


「そっかぁ」


「フェトラス。最初に行っておくが、絶対にお前は連れて行かないからな」


「分かってるよぅ」


「こっそり付いて来る、とか論外だからな」


「えっ」


「えっ、じゃねーよ」


「なんで」


「なんでじゃねーよ」


「わたし、たぶん付いていくよ?」


「クソ正直だなお前」



「だって、わたし、戦えないけど、何かは出来るもん」





 改めて俺はフェトラスを眺めた。


 まだ体格は子供だ。


 性格だって子供だ。


 そんな魔王だ。



 ……拾ったときは赤ん坊で、今じゃすっかり大きくなった。


 言葉だって、ずいぶん覚えた。


 感情だって豊かに育っている。


 戦えないわけじゃ、ない。



 だが――――色々な意味で、この子を戦わせるわけにはいかない。



 俺はふと、緑色の魔族・カルンの言葉を思い出した。



《あのお方は魔王だ。頂点にして、全てを統べる者。生まれた瞬間から闘い始め、死ぬまで闘う者。殺戮の精霊。なのに、貴方はフェトラス様から事もあろうに“敵”を奪ってしまった》


《フェトラス様にとって、敵とはエサであり師であり、人生の目的ですらある。貴方はフェトラス様から“魔王”の未来を奪ったのだ。それは……ちょうど、果物から種を抜き取る行為に似ている。存在の意味を汚しているのだよ》



 フェトラスは俺の娘だ。


 だが人間じゃない・・・・・・・・。それは間違えてはいけないことだ。


 フェトラスは、魔王なのだ。



 魔族の哲学なんて知ったこっちゃないが、それでも引っかかることはある。


 

 俺はフェトラスの魔王性を否定しない。


 彼女の全部丸ごとを使って「フェトラス」なのだ。


 だったら俺の「戦わないで欲しい」という願いは、少し利己的な気もする。


 人間の都合を押しつけているとも言えるな。


 もちろんバリバリの魔王になってほしいわけじゃないんだが……なんというか、このテーマはちょっと道ばたで考えるには重すぎるな。



 娘を戦わせたくない。当然だ。


 では「戦わない魔王」とはどうだ?


 

 選択が必要だ、と感じた。



 彼女は自分で「戦わない」ということを選ばなくてはならない。


 そのためには戦場を知る必要がある。


 ただ俺が理想を押しつけるだけでは、いつか破綻してしまうだろう。


 何故なら彼女は、既に戦えるのだから。


 銀眼を屠った魔槍ミトナスと、勝敗こそついてないが、渡り合ったのだから。


 故に俺が「戦うな」と言っても疑問が募るばかり。今は戦えなくても「何かは出来る」と彼女は確信してしまっている。そして近い将来、順当に成長すれば彼女は「自分も戦えるのに」と思い始めるだろう。


 なぜ戦ってはいけないのか。


 それは教えるだけではなく、そう、理解ではなく実感が必要なのだ。


 だったらやはり――――いや、まだ早いか?

 ――――だからこそ――――いや――――。


 ぶに。


 足下に変な感触。



「お父さんはさ」


「なんだ」



「カウトリアが無いのに、能力使ってる時と同じテンションで考え込むから、時々すごくぼんやりしてるよね」


「うっせぇ。自分でも分かってるよ」



 華麗に犬のクソを踏み抜いた俺は、悪態をつきながら飯屋を目指した。







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