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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
64/286

2-19 父は男である。



「あーよくねた」


「おはようお父さん!」


〈おはようございます〉



「たくさんねたからきぶんそうかいだー」


「そうだね!」


〈柔らかい寝床はやはり良いですね〉



「じゃあ、さっそくたびだとうかー」


「うん! 朝ご飯食べに行こう!」


〈出航の時間は夕方のはずでは?〉



 俺はふと黙って目を閉じた。


 今俺たちに必要な物はなんだろう。


 そう、それはきっと『自由ひとりのじかん』という名の解放。


 ここは漁師の町だ。真夜中はともかく、昼でもそういう店・・・・・は開いている。


 人は皆、愛と自由を謳歌するために戦うのだ。



 目的が定まった俺の意識が覚醒する。



「シリックの言う通り、出航は夕方の予定だ。来る時に世話になったあの漁船は、夕方まで商いをして、そこから出港。朝方には漁場にて保存の効く魚を獲るそうだ。そんな感じで船旅を始めて、今度も一週間程度の行程だとか」


「またお船かぁ……わたし、陸地の方が好きだなぁ……」


「そう言うな。仕方ないことだ。今更空を飛んで目的地に行っても、行方不明者扱いになっちまう。みんなに心配かけたり、怪しまれる行動は俺たちにとってデメリットが大きい。ちょっとの我慢さ」


「我慢……うん。我慢する」


〈では、夕方まで何をするんですか?〉



「自由行動とする」


「じゆう?」


〈……各々で、ですか?〉



「いや流石にフェトラスを一人にするのはどうかと思う。なので、俺とシリックが交互にフェトラスに付きそう形になるな」


「わたし一人でも平気だよ?」


「なるほど。俺が心配したり不安になったりする気持ちはどうでもいいんだな……そっか……ごめんなフェトラス。器のちっちゃいお父さんを許しておくれ……でもお前を一人にするとか、不安で発狂しそうになる」


「ご、ごめん。でもその言い方はちょっと卑怯」


「何をいまさら?」


「……それもそうか」



〈し、しかし……私とフェトラスが二人で行動するというのは、その〉


「今のお前なら大丈夫だろ。シリック・ミトナス・ヴォール?」


〈――――なるほど。確かにロイルは卑怯だ〉



「まぁ、なんだ。この先もずっと旅するわけだし。いい加減に互いを信頼するという事を実践していくべきだ」



 それは、境界線を引くための判断材料を増やすということだ。


 信頼を実践する。そこから信用を形作る。


 ドライな表現をすれば「この程度なら・・・・・任せても安心だ」という一応の目安作りでしかない。常に警戒心マックスでいたって、疲れるだけだ。


 それに、確かに出会いは最悪だったが、今は違う。


 出会って、戦って、仕方なく歩み寄って、一緒に行動して、一緒に船に乗って……割と濃密に色々やってきたもんさ。それに昨日のレストランで、色んな人に優しくされたフェトラスを見て俺は本当に心が安まったんだ。今のフェトラスは、ただの、俺の子供でしかない。


 ――――まぁ同時に不安も多々覚えたが。



「というわけで、午前は俺と一緒に行動しようなフェトラス」


「うん!」


「んで、午後はシリックと一緒だ。と言っても夕方には出発だから、俺に比べると短い時間になってしまうが。まぁ最初だしこんなもんって事で」


「りょーかーい!」


〈私も異論はありません。……ですが、午前は私一人ですか…………はて……何をしたものか……〉


「それをゆっくり考えてみるのもいいさ。ここはモンスターも出ないし、そうだな、シリックの思い出の中にあった素敵なもの。それを自分の目で探してみるのも楽しいんじゃないか?」


〈楽しい、ですか……〉



 ふとシリックは遠い目をした。



〈私が楽しいと思ったことは、たぶん一度もない。戦いと、担い手とのわずかな対話。それしか知らなかったし、必要なものはそれだけだった。だから……〉


「だから?」


〈……きっと、私には楽しいという感情が理解出来ない〉


「そうか。まぁ、ぶっちゃけそうだろうな」


 俺は素直にそう答えた。


「シリックが楽しいと思ったことを模倣しても、お前は楽しいを理解出来ないだろうさ」


〈ええ……〉


「でも、たぶん実感・・は出来る」


〈実感、ですか〉


「空を見てもいい。花を愛でてもいい。お前は今まで全速力で駆けてきたから、見えなかったものが多すぎるんだよ。だからこれは千載一遇のチャンスさ。王国騎士団にお前を預けたら、後の人生は戦いだけ。だけど今だけは、違う。今だけは、難しいこと考えるな」


〈――――。〉


「楽しめとか、リラックスしろとか、そう言っても無理かもしれない。でも無理なら無理でいいよ。お前はそれでいい。『やはり戦いこそが全て』という結論でもいい。でも、もしも、少しでも何か得るものがあったら。戦い以外の時間も欲しいなと思ったら――――その時はまた、俺たちの所に来いよ」



〈……え。ええ!? コレを再現するつもり・・・・・・・・・・ですか!?〉



「おう。頑張ったミトナスへのご褒美だ。王国騎士団に譲渡する際の条件としちゃ格安だから、たぶん受けてもらえるさ。あいつら基本的にお人好しだし」


 性格にはお人好しというか、騎士道とか紳士道みたいな、そういうエエかっこしぃが集まりやすい場所ってだけだが。……暗部的なものもあるらしいが、ミトナスは完全に対魔王用だから大丈夫だろ。


〈し、しかし別の魔王を討ってもシリック本人が元通りになるかどうかも分からないのに〉


「そこは考えない。そうすると決めたのだから、そうなると決めつけて動こう。そうじゃなかった場合のことなんて、後で考えればいいだけだ」


〈う、うーん……決めつける、ですか〉


「とりあえず、な。ただ一つだけ言うとしたら、決断の後に悩むのは徒労だ。だから、きっと俺たちの望む未来が来ると信じつつ、そうなった後の事を考えよう」


 力強く言い切ると、シリックはおずおずと頷いた。


「だからお前は、自由を体験すべきなんだ。――――自由であることに落ち着かないのなら、戦いに専念すればいい。でももし自由に対して『コレはコレでいいな』と思うのなら……それを、お前が『生還するための理由』の末席にでも加えてくれや」



 夜通しシリックでも、フェトラスでもなく、ミトナスの事を考えた俺の、言いたいことはコレだった。


〈そんな……どうして、そこまで言ってくれるんですか?〉


「これでも俺は、お前達に敬意を表してるんだぜ? 戦い続けたお前と、名前を覚えるまでには至らなかったが、かつてお前と共に戦った英雄達を」



〈ありがとう、ございます――――〉



 その時シリックが浮かべた表情は柔らかくて、そしてゾッとするほどに美しかった。





 そんなわけで宿屋の前でシリックと別れた。


〈とりあえず歩いてみます。ゆっくりと〉


 そう言って、本当に一歩一歩踏みしめるように彼女は背を向けて去って行った。



「さ、て。なんか久々に二人きりだな」


「うん! ……ね、ね! あのねお父さん!」


「はいはい。朝飯ね。漁師達のために朝からやってる飯屋があるらしいから、そこで」


「ちがーう!」


「なんだと!? 飯の話しじゃないのか!?」


「違うよ!?」



 心底ショックだ、という表情を浮かべた後にフェトラスは咳払いを一つした。



「あ、あのね。えっとね……ギューってしていい?」


「ぎゅー? ああ。昔寝てる時にしてたみたいな?」


「うん」


「なんで遠慮してんだお前? おう、来い」



 両手を広げると、テッテッテと近づいてきてポスンと俺の胸の中にフェトラスは収まった。



「ほれ、ぎゅー」


「えっ、えっへっへっへ」


(我が娘ながら、ちょっと気持ち悪い笑い方だな)



 強弱をつけてハグしいると、フェトラスが俺の胸の中で深呼吸するのが分かった。



「――――ん。おっけー! ありがとう!」


「おう。こちらこそどうも」



 邪念が飛んだわ。



「ところで何だったんだ今の?」


「え。いや最近してなかったなー、って。それだけ!」


「そっか。そういえばそうだな。あの家を出てから、割と激動的に生きてるもんなぁ……」



 魔王と出会い、魔獣と会話し、魔法を覚えて、魔族と過ごした。やがて銀眼は月眼に至り。そして空を飛び、聖遺物と戦い、船に揺られて。


 短い期間のあいだにどんだけイベント詰め込んでんだよ、っていうくらい濃い日々だった。そんな俺たちが一年後、どこで何をしているかなんて見当もつかない。



(周りが見えないくらい全力疾走、か。実は俺も焦ってたのかもなぁ……)



 自分で言った言葉だが、なるほど確かに。


 今だけはゆっくり過ごすとしよう。




 それから俺たちは飯屋に行った。


 簡素なメニューばかりだったが、それ故に自分で作るのも簡単そうなモノが多かった。フェトラスが気に入った品を記憶しつつ、俺たちは短い食事を楽しんだ。


 昨日みたいにバカスカ食ったらどうしよう、と不安もあったが、フェトラスにしては意外なほどに小食だった。って言っても、俺と同じぐらい食ったわけだが。



「もう十分なのか?」


「うん。だいじょうぶ」



 胃に余裕はあるが、別の物で満たされてるような。


 ……まぁ、いいか。



「それで、これからどうするの?」


「おう。帽子を買いに行くぞ」



「ぼうし?」


「頭にかぶるヤツだ」



「なんでそれを買うの?」


「いきなり頭をなで回す無礼なヤツがいるとも限らんしな」


 小声で「頭の角がバレないようにするためだ」とも伝える。



「あー。なるほど……」


「とりあえず商店に行ってみようぜ」




 商店。


 というか雑貨屋。


 小さい店作りながらも、武器、防具、装飾品から生活日用品、服まであった。


「おお……」


 フェトラスは目新しい物を前に目を輝かせていたが、懐にあまり余裕は無い。俺はフェトラスを促しながら帽子のコーナーに立った。


 が。


 当然ながら、子供用の帽子なんて売ってなかった。


 なんかオッサン臭いのばっかりだ。貴婦人用、みたいな帽子もあったが派手すぎる。フェトラスには似合わないだろう。



「うーん。正直微妙だな……」


「びみょうなの?」



「お前には似合いそうもない。やれやれ、コレなら俺が麦わら帽子でも作った方がよさそうだな」


「帽子。お父さん作れるの?」


 こんなのを? と彼女が差し出したのは麻で作られた編み目の細かい帽子。素人には無理だ。



「……とりあえず、追々考えよう」


「ここじゃ買わない?」



「うむ。どうせ買うなら似合う方がいいしな。こんな年寄り臭いのかぶったら、お前の可愛さがちょっぴり霞む」


「――――可愛い帽子つけたら、わたし、もっと可愛くなる?」


 無邪気な質問だった。


「元々可愛いから心配すんな」


「むふー」


 満足げである。俺の答えは正解だったらしい。


 そんなフェトラスの頭をなでまわす。


 普段は髪に隠れてしまっているが、手の平に伝わるのは確かな角の感触。


 魔王の双角。


 世界中でこの感触を知る人間は、間違いなく俺だけだ。



(……あ。そういえばシリックも知ってたか)


 小さな笑みがこぼれる。


 思えばシリックは、最初は「実験台」だった。


 それが今じゃフェトラスの友達だ。



 きっと世界は、魔王を畏怖するという感情は、色んなものは変えられないけど。小さな希望を俺は感じ取った。――――もしかしたらその希望は、より大きな絶望を彩るのかもしれないけれど。



 何はともあれ。店外に出ようとすると、フェトラスは「精霊服は帽子とかになれないのかなぁ」と、なんかスゴイことを呟いていた。……フード付きの服ぐらいなら変化しそうだが、頭部と分離するとなるとちょっと難しいだろうな。


 そして気がついた。



「つーか、髪型で誤魔化してもいいな。まとめたり、お団子にしたりして」




 そんなわけで、髪留めを買いました。


 シンプルな小物だから、可愛いもクソもなかったのだが、フェトラスのサラサラな長い黒髪によく映えそうな銀色だった。


 と言っても俺は女の髪をまとめた事がなかったので、これはあとでシリックに頼むとしよう。




 店を出て時間を確認する。


 シリックと合流するにはまだ時間がありそうだったので、フェトラスに「どこか行きたい所や、したい事はあるか?」と尋ねたのだが、彼女は「別に無いかなぁ」と言いながら、俺の手を握った。


「歩くだけでも楽しいよ」


「そっか」



 聖遺物は楽しさを知らず。


 魔王は愉悦を知る。


 そして俺の娘は、ただ歩くことで喜びを覚えた。



 正直に言って、フェトラスと出会ってからどうしても消せない不安があった。


 それはこの子の未来についてだ。


 でも、いま、ほんの少しだけ、温かな希望が感じられた。



 


 小さな町だったが、歩いたり、出店を冷やかしたり、つまみ食いしたり、食べ歩いたり、野原を散歩したり、町外れに生えていた樹の果実を囓ったり(死ぬほどスッっぱかった)


 なんやかんや時間を潰しつつ、もうすぐ合流の時だ。


 はっきり言って俺はソワソワしていた。



「そ、そろそろ宿に戻ろうかフェトラス」


「うん。午後はシリックさんと遊んでくるね。お父さんはどうするの?」



「お父さんはなー。そうだなー。ちょっと修行してくるよ」


「しゅぎょう?」


「男の牙を磨く修行だよ」


「戦うの?」


「ある意味で。ああ、心配すんな。全然危なくないから」


「ふーん」


 ごめんねフェトラス。


 お父さんは、ちょっとの間だけ、ただの男に戻ります。 


 豊満な優しさに包まれたいのです。




 宿屋の近くでドラガ船長と会った。



「あ! ドラガ船長だ! おはよーございまーす!」


「おう。誰かと思えばフェトラスか。元気そうだな」



 なんと微笑みを浮かべている。



「んで、探したぞフェトラスの親父」


「……ロイルだ。探してたって?」



「寝ぼけんな。そろそろ出航だぞ」


「はい?」



「ウチで働かせるって言ったじゃねーか。アレだろ、目的地は漁港サリアだろ?」


「……そうだが…………え、アレって本気だったのか?」


「あ?」



 微笑みは消え、一瞬で「敵意」が向けられた。

 


「テメェ。この俺がその場その場でテキトーなこと言う男に見えたってのか?」



 鮮烈なそれが向けられた瞬間、フェトラスが腰を落とす。のが分かった瞬間、俺は明るい声を出した。



「えっ、いいんですか! やったぁ! ありがたいです! 良かったなフェトラス! ドラガ船長がサリアまで送ってくれるらしいぞ!」


「……え、と。つまり?」


「ドラガ船長は優しい人って事さ! さぁ、お礼を言おうなフェトラス。ありがとうドラガ船長!」


「……ありがとうドラガ船長ー!」


「お、おう。いいって事よ。まぁ送るだけじゃなく、ウチの船が気に入ったらそのまま船員にしてやってもいいんだぜ?」


 照れ照れと鼻の頭をかく人相の悪い男のことはさておき、俺は少しだけ焦った。



「で、出港は?」


「もうすぐだ。ルート変更してサリアまで一直線に行く」


「……他の町には寄らないのか?」


「逆に手間がかかる。俺の船なら海を突っ切った方が早い」


「で、でも俺たちのために、そんな」


「いーんだよ。海の塩梅もいいし、稼ぎ方が変わるだけで何も問題はねぇ」


「そ、そうですか……あ! でもシリックが! 俺の仲間がちょっといま外してるんで、少しだけ時間をもらってもいいですか?」



「あのネーちゃんなら、宿屋にいるぞ」


「もう帰って来てんのかよ!!」



「というわけで荷物をまとめろ。さっそく出航する」


「一時間! 一時間だけでいいから俺に時間をください!」


「ああ? なんでだよ」


「それは、ええと」


「なんかねー。お父さん修行しに行くって」


「修行。ははぁ。そら殊勝なこって。ちょうどいい。ウチの船員に剣が上手いヤツいるから、そいつと競ってみろよ。遠い所の流派らしいから、一人でやるよりは勉強になるだろ」


 うんうん。親父としての心構えは合格だな。娘を護るために日夜励む。当たり前のようだが、それを行う物は立派だ。うんうん。


 なんて。そんなことをドラガ船長は口にする。



 それからちょっとだけ粘ってみたが、ドラガ船長は「うるせぇ、行くぞ」の一点張り。


 気がつけばシリックが既に荷物をまとめており、俺たちは、旅立つことになった。



 俺は賢者になる機会を逸したのだった。 


 つーか、もうはっきり言うと娼館行きたかった。



 まぁいいや…………まぁいいや…………。





 こうして俺たちは、ドラガ船長の船に乗り、そこそこに長い船路を進んだ。


 と言っても予定よりも倍の速度でサリアに着いたのだが。ドラガ船長の船は大きく、剛健だった。



 船の上で俺は過酷な日々を送った。


 漁師見習いとして働きつつ、ドラガ船長の言っていた「遠方の流派」とやらの使い手と技を競い合い、毎日くたくたになって魚ばかり食いつつ、酸っぱい果実を囓っては寝る。




 まぁ簡単にまとめたが、要するにめっちゃしんどい船旅だった。


 

 


 そして14日目の朝。


 漁港サリアに俺たちはたどり着いたのであった。





  

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[一言] お父さん……がんばれ(笑)
2022/03/14 16:12 サットゥー
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