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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-18 シリック・ミトナス・ヴォール



 ドラガ、と名乗った男は見るからに粗暴であった。


 太陽に晒されすぎた肌は真っ黒になっており、目つきは鋭く、剣呑な雰囲気を持つ男だった。そして何より、屈強であった。全身の至るとこに傷が入っているようだが、その数多の傷跡のせいで余計に強そうに見える。


 簡単に一言でまとめると、山賊のような男だった。


 いや、漁師なんだから海賊と呼ぶべきかもしれないが。


 そんな男が、何故かフェトラスに肉を奢っている。


「もぐもぐもぐもぐ!」


「はっ! 意地汚ねぇガキだ! そんなに焦って食わなくても肉は逃げねぇぞ!」


「もぐもぐもぐ!」


「……いやいつまで噛んでんだよ! 早く飲み込め! おら、こっちの肉が冷めちまうぞ!」


「もぐ!」


 ぷは、と長い咀嚼を完了させたフェトラスは満面の笑みでこう言った。


「美味しい!!」


「……そうか」


「もぐもぐもぐもぐ!」


「せわしねぇガキだな! そんなに腹ペコか!」


「もぐ!? お腹減ってないよ!?」


「そりゃこんだけ食えばな! おう、もう腹一杯か」


「はいドラガさん、質問です! この牛肉でスープとか作ったらどんな大惨事になりますか!」


「――――オヤジィ! 牛肉のスープ持って来いやぁ!!」



 かくいう俺は既に食事を終えており、手持ちぶさただった。


 ミトナス……ええい、呼称がややこしい。もうシリックと呼ぼう。とにかく彼女は先に宿屋に戻した。さっき倒れたのもそうだが、彼女には「静かに過ごす時間」を与えた方が良さそうだったからだ。戦場しか知らない彼女はどんな夢を見るのだろうか。


 そしてフェトラスは、食べまくった。


 俺たちの注文分なんてアッサリと食い尽くしてしまい、あとはこのドラガ船長とやらが嬉々としてフェトラスを餌付けしていた。


 前述の通り、ドラガ船長は見た目が怖い。


 口も悪い。


 でもフェトラスが「うまー!」と叫ぶ度に浮かべているのは、彼女と同じく笑顔であった。


 スープが来るまでの短い時間、俺は彼に話しかけてみることにした。


「あの、なんかすいませんね。ウチの子が……その、食いまくって」


「おうおうおう! テメェ、普段どんだけコイツにひもじい思いをさせてんだ? お? それでも親かテメェ!」


 どう猛な顔ですごまれた。


 街中で絡まれてたら、先手必勝で倒してたな、と思わせるぐらいには緊張感が走る。


「よく食う子で困ってるよ。おかげさまで生活費を稼ぐのが大変だ」


「まぁこんだけ食えばな! ガハハハハ!」


 濃い酒をガッと仰いで、ドラガ船長は「ぶはぁ」と酒くさい息を振りまいた。


「んで、なんだ。お前ら何なんだ」


「何だ、とは」


「お前らは親子だよな。じゃあさっきまでここにいたねーちゃんはお前の嫁か?」


「いいや。あの人は……うーん。依頼主? って感じかな」


「ふぅん? お前、傭兵か?」


「昔はそうだったよ。今は……ん? 今は何なんだ?」


「わたしのお父さん!」


「ああ、うん。そうなんだけどな。そうじゃなくて」


 よく考えたら俺は無職だ。


 いや、こんなこと口にしたくない。


「ええと……旅人だ」


「旅ぃ? こんなガキ連れてか」


「フェトラスに色んなモノを食わせたり見せたりする旅だよ」


「んでこんなクソ辺鄙な村に来たってか? 意味不明だなお前」


 ドラガ船長はぐいぐいと酒を飲み進めながら、俺をめ付けた。


「色々なもん食わせたいなら、もっと栄えたトコに行けばいいじゃねぇか。お尋ね者か? おい、その首の賞金はいくらだよ」


「そんな大層な価値は付いてねぇよ」


 そう言いながら俺は、かつての賞金額を思い出した。確か、金貨五十枚だったか。流石に聖遺物を所有した国家転覆罪野郎はお高い。ま、刑が執行された今となっちゃ賞金も失効してるがな。


「ふん……まぁいい。酒のツマミにしちゃつまらん話しだった。お前みたいなタイプにゃ何を聞いても無駄だしな。おうガキ。お前とーちゃん好きか?」


「うん! 大好き!」


「……そっか」


 もしドラガ船長とフェトラスの席が近かったら、きっと彼は彼女の頭をなでていただろう。角のこともあるし、帽子か何かを買ってやらなきゃならないな。



 その瞬間、自分が凄まじく気を抜いていたことに気がついた。



 そうだよ。俺もうっかりしてたが、こいつ魔王なんだよ。角あるんだよ。バレたらにっちもさっちも行かなくなる。ここは孤島だ。もしフェトラスの正体がバレたら、船に乗れなくなる。住人が全員逃げ出して、ここで討伐隊が来るのを待つだけの日々が始まる。いや、フェトラスは気合い入れれば空を飛べるけど、俺とシリックを抱えて飛ぶのは難易度が高そうだ。うわああああヤベぇぇぇぇ! 今更焦ってきたぁぁぁぁ!


「ふ、フェトラス? そろそろ宿に戻ろうか?」


「牛肉のスープはお預けですか!?」


「散々食っただろうが!?」


「なんだテメェ! ガキが腹すかせてるのに、食わせねぇってのか! 上等だこの野郎! お前のようなヤツにこのガキを任せてたまるか! 俺が立派な漁師にしてやるから、あ? お前男か? 女か?」


「へい牛肉のスープお待ち。伝票はドラガ船長でいいんだよな?」


「当たり前だ馬鹿野郎!」


「ほわあああああ! やっぱり! 想像出来なかった! こんなの、思いつきもしなかった! スープよりも具が多い!」


「どんだけシケたスープ飲んできたんだお前!?」


 ドラガ船長は酔いが回ってきたのか、フェトラスを引き取る云々という恐ろしい話しを忘れてしまったようだ。ついでに性別に関しても。今はただ嬉々としてスープを口にするフェトラスと似たペースで、同じく嬉々として酒をあおっている。


 スープを完食したフェトラスは深く深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。


「――――すごかったぁ。美味しかったぁ」


「おう、そうかそうか」


「あっ……ご、ごめんなさいドラガ船長。たくさん食べちゃった……あ、あの、お金なんですけど……お父さんあんまりお金持ってないらしくて……」


「あぁん!? 金が無いだと!?」


「ヒッ、ご、ごめんなさい!」


「おうコラ、そこのクソ親父! お前ウチの船で働け! 死ぬほどコキ使って、死ぬほどこのガキに飯を食わせてやるからよぉ!」


 戦う事は無かろうと、王国騎士の装備を宿に置いて行ったことが悔やまれる。この船長はかなりめざとい(目利きに秀でてる)ので、あれを見せれば話しがスムーズだったのだが。


「さっきも言ったが、依頼主が既にいるんでな。路銀はちゃんと稼ぐから大丈夫だ」


「……ケッ! おう、どこ目指してんだ」


「漁港サリアだ。そしてユシラ領を目指す」


「分かった。そこまで送ってやろう。それまでウチの船で働け」


 意外な提案だった。


「……いいのか?」


「こんだけ食うガキがいたら、金なんざいくらあっても足りねぇだろうがボケ」


「いや、でもそこまで世話になるわけには……これを言うのは心苦しいが、ここまで奢ってもらっただけでも十分過ぎる」


「しゃらくせぇ!」


 ドラガ船長はダン! と杯をテーブルに叩き付けた。


「フェトラスちゃんを俺にくれ!」


「はぁ!?」


「ああん!? 俺、いま何て言った!?」



 あ、ダメだこの人。ベロベロに酔ってる。



「フェトラス! ドラガ船長にお礼言って!」


「ありがとう! ごちそうさまでした!」


「はい笑って!」


「ニッコリ!」


「そろそろ宿に行って寝ようか! はい、おやすみなさい!」


「おやすみなさいドラガさん!」


「おう! ゆっくり寝ろ! ガハハハハ!」



 俺は人さらいのような動きでフェトラスを抱きかかえ、そそくさとレストランを出た。


 フェトラスは俺に抱えられながら「みんなありがとう~ごちそうさまでした~」と両手を振っていた。


 あ、あぶねぇ。あのままあそこにいたらマジで拉致られてたかもしれん。


「つーか、お前重いな!」


「いっぱい食べたもん!」


 あんまり激しく動かすと吐くか? と心配になったがフェトラスは「あ、歯の間につまってたお肉ですら美味しい」とかちょっとアレな台詞をはいていた。



 宿屋。


〈お帰りなさい〉


 先に宿屋に戻っていたシリックは軽装に着替えていた。というか普通に寝間着だ。


「……上等な布だな」


〈ええ。これは捜索隊の装備じゃなく、私の私物です〉


 私?


 少し違和感を覚えた。


「お前……ミトナスだよな?」


〈ええ。でも、先ほど記憶の読み取りが完全に終わったので……〉


 彼女はそっと窓に映った自分の顔をなでた。


〈ある意味でぼくはシリックです。だから、しばらくはこういう感じで生きてみようと思います〉


「……まぁ、お前がそれで良いって言うなら、構わんが」


〈それにシリックに身体を返してあげた時、出来るだけスムーズに全てを返還してあげたいの。ユシラ領に近づくたびに私の知り合いも増えてくるだろうから、ボロが出ないように、言葉遣いとか今から慣れておかなきゃ。……なんだか女装してるみたいで、少しむずがゆいけど〉


 そう言って彼女は穏やかに笑った。


「つーか、ミトナスって男なの?」


〈正確に言うのなら、性別は無いです。でも魂の色はどっちかっていうと男性的だと思います〉


「ふぅん……って、おい、フェトラス」


「……すぴー……すぴー……」


「ね、寝てやがる」


 かなり重たくなった娘をそっとベッドに置いて、俺はパキパキと全身の関節を鳴らした。


 色々あった。ありすぎて、今は小難しいことを考えたくない。


「あー。久々に酒でも飲みたい気分だ」


〈あら、レストランでは飲まなかったんですか?〉


「これでも一応は怪我人だからな。まぁだいぶ治ってはきたんだが。それでもまだ外で飲むには少し早い。何があるか分からんしな」


〈……その度はご迷惑を…………〉


「ああ、いや、そういう意味じゃない。気にするな。切り口が鋭かったから逆に治りは早いし、あれは必要な事だったんだ。だから、大丈夫だ」


〈……そうですか。では、お詫びといっては何ですが、ここでお酒を飲みますか? 私もいますし、大丈夫ですよ〉


「マジか。いいのか。甘えちゃうぞ」


〈ええ。どうぞ〉


 俺はウキウキとした気分で外に出て、宿屋の親父に酒を注文した。


 シリックも飲むだろうか、とグラスを二つ用意する。



 それから俺たちはフェトラスの寝顔を肴に、ゆっくりと飲んで、話しをした。


 ロイルとシリックとミトナスの、三人で時を過ごした。



 聖遺物としてのエピソードとかを聞きたかったのだが、シリックが話したがったのは、もっと普通のことだった。戦いの話しではなく、彼女の記憶の中にあった素敵なもの。花畑の彩りや、朝露に濡れた草原、子供が楽しそうに遊んでいる時の話しをしたがった。



〈戦わなくていい、ということは素晴らしいな〉



 そう言っていたことを思い出す。


 だから俺は、戦いに関する話しをしなかった。



 でも一つだけどうしても気になったことがあったので、酒が進んだあたりでこう切り出した。


「そういえばさ、カウトリアってどんなヤツなんだ?」


 ビキィッ! とシリックが固まった。


〈アレは……恐ろしい女よ……〉


「女。聖遺物には性別はないのに、女なのか」


〈そう自称していたし、そうとしか思えないから……とにかくね、怖いの〉


 シリックも多少酔いが回ってきたのか、あまり語りたくはなさそうだったが俺が頼み込むとなんとか重い口を開いてくれた。


〈神速演算……演算剣カウトリア。能力はスピード極化。性格は……嫉妬深く、執念深く、思い込みが激しく、愛が深い女〉


「…………えぇ? カウトリアが?」


〈聖遺物として顕現してからは会ったことはないけど〉


「え、ちょっと待ってくれ。よく分からん。……聖遺物になる・・・・・・以前の状態・・・・・?」


 そう口にすると、眩暈ににた頭痛が少しした。


〈説明しても理解出来ないと思う。でも人間がイメージしやすい言葉に直すと……記憶を持ったまま生まれ変わる? あるいは変身するとか。あ、精霊が受肉するってのが一番近いかも〉


 めちゃクソ興味深い話しだったが、シリックはその辺をあまり語りたがらなかった。


〈酔ってるせい、ってことで。忘れてくださいねロイルさん?〉


「お、おう。小首をかしげた様子が可愛いから忘れた」


〈ふふっ、口説かれてるみたい〉



 おや?


 ……おやおや?



〈とにかくカウトリア。彼女は担い手を愛するの。今は魔女が別の次元に送ったらしいけど、たぶん自力で帰ってくるんじゃないかしら〉


「マジか。それは心強いな」


〈確証は無いんですけどね。それにもし帰ってきたとしても……あまり依存しちゃダメですよ?〉


「それはもう身に染みてるよ。おかげさまで……戦うことが、怖い」


〈……そうでしょうね〉


「魔王と戦って、殺した。でもそれは俺の力じゃなくてカウトリアのおかげだったんだな、って改めて思う。今の俺はモンスターと戦うことですら精一杯だ」


〈ええ。きっとそうでしょう〉


「…………魔王と戦うなんて、狂気の沙汰だ」


〈ええ。だから私達がいるの〉


 俺はそっとベッドで眠りこけているフェトラスを見た。


 だらしない顔で寝ている。たまに首筋や腹をボリボリとかいて、幸せそうだ。


「狂気の沙汰……でも逃げるわけにはいかねぇからな。ダサい真似もしたくない。今まで何度も戦ってきて、その度に目標や理由があった。そして今、俺は人生で一番強い気持ちで行動している」


〈フェトラスのため?〉


「そうだ。俺はかっちょいいパパであり続けるために、精一杯生きていくだけだ。そしてフェトラスの友達であるシリックが困っているから、助ける。理由としちゃ弱いかもしれないが、モチベーションは上がるってもんだぜ。魔王テレザムの討伐にはきちんと協力させてもらうよ」


〈魔王テレザム……魔王フェトラス〉


 シリックもそっとフェトラスを見た。


 魔王。


 それは生きるモノ全ての敵。



 部屋の中が静寂に包まれる。



 「すぴー......すぴ、フゴッ!......すぴー」



 まるでブタようなイビキが一瞬響いた。


「…………」


〈…………〉



「くっ……」


〈……ふふっ〉



「くくくく……こ、こいつ。なんちゅうタイミングでかましてやがる。天才かよ」


〈こんな魔王がいてたまるか、って話しですよね〉


 俺はフェトラスを起こさないように爆笑した。


「ふっ、くっくっく…………あー。もー。本当にな。やる気出るぜチクショウ」


〈ええ。でもこの子、銀眼なんですよね……〉


「大丈夫さ。いざとなったら二人で、誰もいない所を探すさ」


 誰もたどり着けなかった楽園。


 でも俺たちは、楽園出身だ。


 いつかあの家に帰ろう。


 俺はグラスに残っていた酒を飲み干した。


「そろそろ寝るか」


〈そうですね〉


 ベッドは三つ。


 フェトラスが右端で寝ていて、俺は何となく真ん中のベッドを選んだ。


 薄着に着替えて、ベッドに潜り込む。疲れがドッと出て、大きなあくびが出る。


 部屋の灯りをシリックが消した。そして、結んでいた長い髪をほどく。


 星灯りにうっすらとシリックの姿が映る。


 ふと、目があった気がした。



 ……おや?


 …………おやおや?



 俺は根性入れて目を閉じた。



 衣擦れの音。


 ベッドに入り込み、木材が少し軋んだ。



〈おやすみなさい〉




 眠れるかちくしょう。


 だいたい漁船じゃ寝室別だったし、シリック普通に美人だし、なんか寝間着姿とか綺麗だし、スタイルいいし、声が優しいし。言葉遣いがまだ不完全ではあるが女の子っぽくなったし。ああああもうほらなんかええいくそ酒なんて飲むんじゃなかったよぅ。この村に娼館とかあったっけ。あったとしても既に閉店してるよな。もぅ~。お父さんまだ若いんだからしょうがないじゃないかよぅ。





 頑張って寝ました。





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― 新着の感想 ―
[一言] 眩暈ににた頭痛 これって………なんか知っちゃいけないことっぽい話題だし、上手く言えないけど世界の現象的に禁じられた禁忌みたいな、"話せない"話題なのかな
2022/03/14 16:11 サットゥー
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