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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
60/286

2-15 それは彼にとって最初で最後の




 ミトナスと並んで歩き、村を目指した。


 微妙に気まずく、我々の間の空気は不味い。


「そ、そういえば喉が渇いたり腹が減ったりはしないのか?」


〈……追跡時には、飲食は勿論のこと、休息も取る〉


「そっか。今は? 腹とか減ってないか? なんなら動物か……お前が良ければ手っ取り早くモンスターでも狩ってくるが」


〈我は魔王以外を殺したりはせぬ。我が口にするのは果実や野草ぐらいだ〉


「え。そんな狼みたいな感じなのに」


〈我を何だと思っているのだ〉


 俺を殺そうとしたのに、動物は殺さないのか。


 なんて事は口にしない。やぶ蛇なんてゴメンだ。


〈まぁ、魔王の眷属となった魔族はついでに屠ったりもするが、無意味に殺したりはせぬ。迎撃の必要性があれば躊躇いもせぬが〉


「そっか」


 ちなみに戦闘時は四足歩行が多かったミトナスだが、普通に移動するときは二足歩行だった。ちょっと不気味ではあるが、シリックの身体で四足歩行されるよりはマシだ。



 とりあえず川の水ぐらいは飲むだろう、と思って川辺に案内すると、ミトナスは静かに水を飲み始めた。


 後ろから見れば、シリックが鎧を着込んで、四つん這いで水を飲んでいるようにも見える。あえて俺はシリックのケツしか見えないようなアングルを、


 あー。


 うん。今の無し。


(違うんだよ。ほら、全身怪我してるし? 久々に会った若い女だし? 村にはおばちゃんばっかりだったし? 特にこの川辺とか出会った時の事を思い出して? フェトラスから離れて、しかも命を賭けてたわけだし? こう、男の子には魂が二つあるんだよね。上半身と下半身にさ。うん)


 俺は横からミトナスの水の飲みっぷりを観察した。犬みたいだ。わぁ。落ち着く。


 俺も両手で水をすくい上げ、それを飲んだ。意外と喉が渇いていたらしく、それなりの量を摂取する。ついでに空腹も自覚した。


「川沿いに歩くのが安全なんだけど、多分モンスターと遭遇するかもしれない。その時はどうするんだ?」


〈可能な限り回避する。特に急いでいるわけでもないしな。あまりに執拗に狙ってくるのなら戦うのも仕方ないが、我を見て襲ってこようとするモンスターは少ない〉


「そっか。うーん。俺は自分の血の匂いがプンプンしてるし、ここに来るまでに結構な数のモンスターを手負いにしてきたから、狙われるかもしれんなぁ……あの、その時は助けてくれたり?」


〈……知るか。そこまで面倒は見らん。自分で何とかしろ〉


「冷てぇー」


 と言いながら、俺は見覚えのある場所にたどり着いた。なんの変哲もない川辺だが。


〈どうした?〉


「ちょっと待ってろ」


 俺は一応剣を抜いて脇道に入り、ずかずかと進んだ。そして目的のモノを見つける。この辺では少し珍しい、果物のなる木だ。ちょっとばかり酸っぱいが、食えなくはない。それを適量採って俺は川辺に戻った。


「ほら、これなら食えるだろ。ちょっと酸っぱいけど、食い応えはある」


〈……我に?〉


「あれ? 腹減ってない?」


〈……いや。いただこう〉


 皮のついたまま囓りそうだったので、一応ナイフで皮を剥いてから渡した。シリックの手は人間の面影を残してはいたが、それでも器用な動きをするのは難しそうだったからだ。まさか聖遺物たる本体の槍で果物の皮を剥くわけにも行くまい。


〈……確かに酸っぱいな〉


「今更だけど、シリックと感覚を共有してるのか」


〈ああ。痛いも、熱いも、何もかもをな〉


「ふーん……」


 囓りながら俺たちは歩いた。


 未だに空気は不味いのだが、酸っぱさはそれを少しだけ忘れさせてくれる。




 モンスターを何体か見かけたが、俺を見かけると逃げていった。たぶん俺が手傷を負わせたヤツだろう。臆病だから生き残れる、正しい選択だ。


 時にはこちらに突っ込んで来そうなヤツもいたのだが、俺とミトナスが構えると警戒心を露わにし、やがては森の中へと逃げていった。楽でよろしい。



 こうして、行きよりもだいぶ短い時間で俺は村の入り口が見える場所まで戻った。


 ミトナスに振り返り、その本意を探るようにしばらくその顔を見つめる。


「……俺は今から村に戻って、フェトラスをここまで連れてくる」


〈うむ。では我はここで待とう。我が行けば人里は混乱するだろうしな〉


 全身が鎧に包まれた、二足歩行する狼。魔族にもモンスターにも見えないが、怖いことは確かだ。


「分かった。じゃあここで待っててくれ。そこで判断してほしい」


〈……未だに、信じられんがな〉


「もし戦う事になっても……俺はギリギリまで戦いを拒否する。実は俺、お前のこと嫌いじゃねーんだよ」


〈フン……〉


「だから頼み事ってわけでもないんだが、今の俺たちだから出来ることをしておいていいか?」


〈なんだ〉


 俺は籠手を外して、素手をさらす。


 そしてミトナスに握手を求めた。


「戦い続けた戦士に敬意を表したい」


〈……お前も…………変わったヤツだな〉


 ミトナスは渋々、という顔ではあったが握手をしてくれた。それは人間の面影が残っているとはいえ、女の手ではなかった。ぐっと力を込めて、目を閉じて、願いを口にする。


「みんな幸せになれたらいいのにな」


〈…………〉


「そのためだったら戦えるんだが、そうじゃない戦いなんてしたくねぇよ」


〈……ああ〉


「ん?」


〈何でも無い。さぁ、早く行け。我はここで待つ。言っておくがもし逃げようなどと考えるのなら〉


「お前みたいな怖いヤツから逃げ続けるための人生なんて楽しくねぇよ。俺たちの目的はただ生存するだけじゃなく、楽しく平和に、出来れば豊かに暮らすことなんだからな」




 村に戻る。時刻は昼過ぎ。本当ならちゃんとした飯でも食いたい所だが、あまりミトナスを待たせるわけにもいかない。俺はレストランに立ち寄って、必要な物と、簡単に食えるパンでも調達することにした……のだが、何故かそこでフェトラスが昼寝をしていた。


「プー……スー……プー……スー」


「ノンキな顔して寝てやがる」


 思わず苦笑いがこぼれて、緊張感が一瞬で消えた。


 しばらくその寝顔を眺めているとコックに話しかけられた。


「お。旦那、お帰りですかい」


「ああ。すまないな。こんな所で眠っちまって」


「いいんですよ。お腹いっぱいになったのか眠そうにしてたんで、寝てもいいと言ったのはこちらですから。……相変わらずの食いっぷりで、こっちも気分がいいです」


「はは。そのうちブクブクに太りそうだ」


「そうなったとしても、その子の可愛らしさは変わらんでしょうな」


「……そうかぁ?」


「ええ。良い子です。何かにつけてお父さんお父さん、と。一緒に食べたいとか、コレを食べさせたいとか、時折心配そうな顔をしたりと。……仲が良くてうらやましいですよ。ウチの息子なんて、成人する前にこの村を飛び出しちまいましたからね。生意気なガキでした」


「なぁ。アンタの目には、フェトラスはどう映っている?」


「どう、って言われてもなぁ……可愛らしい、いい子ですよ。そうだ。アンタさえ良ければこの村に住みませんか? あんたはまだ若いし、漁師として生計を立ててみるとか。こんな村だ。多少のワケ有りでも受け入れますよ」


 意外な提案だった。


 ここは未開の地。閉鎖的な場所だ。そういう場所では、よそ者は嫌われるはずなのだが……。


「フェトラスちゃんがここまで信頼してるんだ。たぶんアンタは、ワケ有りだとしても、この子にとっちゃ大切な親なんでしょうよ。だったら、俺たちもアンタを信用してよさそうだ」


「な、ぜ……なぜそこまで言えるんだ? 俺が、怖くないか? 何を考えてるか分からない不審者に見えないか?」


「アンタだけなら、ぶっちゃけ怖いかな。でも俺らはフェトラスちゃんと何度も一緒に飯を食いましたよ。だから、大丈夫かなぁ、と」


 涙が出そうになった。


 今、ここには、フェトラスの居場所が出来つつある。


 殺戮の精霊でもなく、魔王でもなく、俺の娘でもなく、フェトラスが認められている。


 言い方次第じゃ、俺たちは村人を騙していることになるのだが、でもそこには利益も不利益も無い。


 優しい嘘。戦わなくていい世界。


 戦いたくなんてないが、それを護るためなら、俺は剣を取れる。


「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」


「……でも、そろそろ旅立ちって感じですな」


「良い村だった、って宣伝しておくさ」


「はは。よろしく頼みます」


 俺は最後に重要アイテムとパンを注文した。


 そしてフェトラスをそっと抱きかかえて「むにぃ……? あ、おとーさん……」という平和ボケの象徴みたいな寝言を聞きながらレストランをあとにした。




 村の遠くに、うっすらと仁王立ちしているミトナスが見える。


 俺はフェトラスを本格的に起こして、視線を合わせつつ話した。


「なにはともあれ、ただいまフェトラス」


「お帰りお父さん!」


「んでだな、早速だがお前にはやってもらう事がある。とても重要なミッションだ。出来るか?」


「うん! 出来る!」


「簡単に言うなぁ……何の説明も受けずに即答かよ。人はそれを安請け合いという」


「じゃあ言い直す! 絶対やるね・・・・・! だってお父さんは出来るって思うからわたしに言ってるんだよね?」


「気持ちのいいヤツだ」


 俺はワシワシとフェトラスの頭をなで回し、笑顔を浮かべた。


「よーし。じゃあ簡単に作戦を説明する。今から、あの聖遺物に取り込まれたシリックを助けに行くぞ」


「戦うの?」


「逆だ。絶対に戦わない」


「でも……あれにお話し通じないと思うんだけど……」


「それがだな、意外と通じるんだよ。その理由は、ヤツが魔王を……追いかける聖遺物だからだ」


「魔王を追いかける」


「そして今、お前は魔王じゃなくて俺の娘フェトラスとして生きている」


「そうするって決めたもん。それがどうかした?」


「色々な説明は長くなるから結論だけ。お前が俺の娘である限り、あいつは攻撃してこない」


「えぇ~? ……それ本当? だってあの時の、アレは……」


「……お前の不安も分かるが、こうでもしなきゃシリックはずっとあのままだ。そして俺たちは永遠に追われるだけの、息苦しい生活をしなきゃならん。逃げることばかり優先して、落ち着いて飯も食えない生活になるぞ?」


「それはイヤだなぁ。でも、それならあの槍を――――」


「その先は口にするな」


 俺はそっとフェトラスの口を押さえた。


「言葉を口にすると、そういう気持ちになっちまう。ムカついたと思ってなくても、ムカツクと言えば本当にムカついてくるもんだ。だから幸せな言葉ばっか言うようにしてろ」


「あむふむあむ」


「うおわっ、そのまましゃべんな! 手の平がくすぐってーよ!」


「ふへへ。ちょっとしょっぱい」


「最悪だなお前!」


 腹いせにフェトラスの精霊服で手をふいてやった。どうせ勝手に綺麗になるしな。


「や、やーん! やめてよー!」


「とにかく、だ! 今からシリック……正しくは魔槍ミトナスに会うが、絶対に魔王として振る舞うな」


「魔王として……」


「怒るな。悲しむな。俺の娘なんだと。そう考え続けて、何があっても動揺するな。例え俺が攻撃されても、傷を負っても、絶対に魔王にはなるな。銀眼を抱くなんてもってのほかだぞ」


「あれは勝手になっちゃうものなんだけど……」


「コントロール出来てないのか!? そりゃ怖いな!」


「しかもお父さんが攻撃されたりしたら、きっとわたし我慢出来ないよ……」


「それでも、だ。ヤツからの攻撃は交渉というか、わかり合うために必要な、ある意味でお約束な出来事だからスルーしろ」


「正直言って出来る気がしないんだけど……」


「……それでも、お前にはそう願うしかない」


 俺が真顔でそう呟くと、フェトラスの表情が引き締まった。



「ねぇお父さん。それは何のために?」


「お前と俺のために。そしてシリックのために。ついでに魔槍ミトナスのために」



「……出来ると思う?」


「やってくれ」


「……分かった。頑張る」


 フェトラスは自信なさげに呟いたが、とにかく承知してくれた。


「よし……じゃあ行こう」



 道中で俺はフェトラスに秘策・・を施し、そのままミトナスの所に戻った。



〈……来たか〉


「ああ、待たせたな」


〈それで、魔王はどこに?〉


「お前の目の前に居るだろうが」


〈……魔王、だぞ?〉


「だからコイツだってば。魔王フェトラス。俺の娘」



 ミトナスは深い、とても深い、ため息をついた。



〈我の目には……ものすごい目を輝かせて干し肉をしゃぶる子供にしか見えぬ……〉




「もぐもぐ! 美味しっ! これすごっ! はむはむ! 柔らかい! なにこれ! 干し肉なのにっ!」


 フェトラスはずっと干し肉を食べていた。


 俺がレストランで調達した「必要な物」であり、秘策だ。


 題して「モノ食ってる時のフェトラスは可愛い」である。効果は村人を魅了する程度。



「それはな、フェトラス。俺がコックに頼んで出してもらった干し肉の酒漬けだ。酒を使ってるから子供にはあんまり食わせないんだが、まぁこんなもん食っても酔わないから安心しろ」


「よくわかんないけど、初めて食べた! 美味しい! 何回噛んでも味が出る!」


「おう。しばらくはそれを食ってろ。お父さんはちょっとミトナスと話しとくから」


「はーい!」


 緊張感ゼロだ。いや、もしかしたらあえてそう振る舞っていてくれるのかもしれない。



「というわけで、改めて紹介しよう。俺の娘、魔王フェトラスだ」


〈……マジ?〉


「どう見える?」


〈…………よく見れば……いや、しかし……これは……〉


「魔王には、見えないか?」


 恐る恐る聞くと、ミトナスは顔を歪めた。


〈……精霊服〉


「お。良い所に気がついたな」


〈……角。角はあるのか?〉


 自分からいきなりフェトラスの頭を探る、などいう暴挙に出ず、ミトナスはきちんと俺に尋ねてきた。


「あるぞ。ほれ」


 俺はフェトラスの髪をかき分けて、その小さな角を見せた。


「……どうだろうか。俺の言いたいことは分かってくれただろうか?」



〈いや、でも……ああ……もう……なにこれ……マジでこんなことあり得るの……? 信じられない……もしかして騙されてるんじゃ? でも何のために……? えぇ……?〉



 困惑の極地にミトナスは至っていた。


 しかしまだ〈分かった〉とは言ってもらえないので、俺は奥の手を使った。


「フェトラス。ちなみにここにパンがある」


「おー」


「これに切れ目を入れて、千切ったレタスを入れる。んで食べやすいように千切った干し肉を入れて、ちょっとしたソースをかけるとな」


「なにそれなにそれなにそれ! 魔法!?」


「もの凄く美味い、お父さんの手作りサンドイッチの完成だ」


「ツッ……! 食べたい! ください!」


 シュバァッ! と頭を下げて、両手を差し出すフェトラス。ここまで来ると、食べるために生まれてきた子供にしか見えない。


「良かろう。味わって食え」


「うわーい!!」


「食べながらでいいから、一個だけ教えてくれ」


「もぐもぐ!?」


「お前は俺の娘、魔王フェトラスで間違いないな?」


「もぐ!」


 彼女は食べながら、大きく頷いた。


 自分が魔王であると認めた。


「というわけで、こいつがお前の認識した魔王とやらなんだが……魔王に見えるか?」


 爛々らんらんと目を輝かせ、ルンルンとサンドイッチを頬張る、殺戮の精霊。どう考えても表現が間違ってる。美味そうにご飯を食べる子供にしか見えない。



〈――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――分かっ、た〉



 ながーい沈黙の果て、ミトナスは膝から崩れ落ちた。



 ほっ、と一安心。


 だが第一段階だ。フェトラスが食い終わってしまえば、この奥の手の効果は薄まる。そうなる前に言質を、


「ごちそうさま!」「早ッ!」〈早ッ!〉


 あー。


 うん。突っ込みがハモったわ。


 たぶんもう大丈夫だわ。





 改めて俺たちは対面した。


「こんにちは。魔王フェトラスです」


〈……魔槍ミトナスだ〉


「えーと……それで、結局どうなったの? なんかわたしご飯食べてただけだったけど」


「お前はそれでいいんだよ。お前、何かと戦わないと生きてけないか?」


「えー。やだよぅ……」


〈マジか……〉


 ミトナスの言葉の乱れっぷりがいつもより多い。それは俺にとって喜ばしい事だった。


〈魔王……確かに魔王なんだけど、でも……ええ……? ぎ、逆に魔王である証明とか出来るか?〉


「魔王の、証明?」


〈銀眼を抱くとか〉


「あれやろうと思って出来る感じじゃないし……あ、でも魔法は使えるよ」


 グッ、と少しだけミトナスの身体に力が入る。一度喰らっているから、なおさらだろう。


〈――――見せてみよ〉


「うん。えーと、それじゃあ……あ。そうだ。あれにしよう」


 フェトラスは足下の土を集めようとしたが、固くて難儀しているようだった。何がしたいかすぐに分かったので、剣先で少し地面を掘り返してやる。


「じゃあちょっと久々に。【命土】」


 彼女の両手にあった土が、闇色に包まれる。そしてわずかな時間の後、彼女の手の中には土が固く凝縮された、釘が出来上がっていた。


「はい。こんな感じ。これでお父さんとお家作ったんだよ!」


〈へ、へぇ~。そっかぁ~。お家ね。うん、お家作ったのかぁ~〉


「……み、ミトナス。お前大丈夫か?」


大丈だいじょうばない〉


 明らかに様子がおかしかったのだが、ミトナスはなんと苦笑いを浮かべた。


〈他には何が出来る?〉


「他にはって……他の魔法?」


〈いいや違う。なんかこう、魔王っぽいこと〉


「……それは……言いたくないかなぁ」


〈何故だ?〉


「……それ言っちゃうと、お父さんに迷惑かかるし」


「えっ、なにそれ。何だよ。なんかあるのか?」


 うー、とフェトラスは少し唸って、俺に耳打ちしてきた。


『もし貴方がお父さんを危ない目に遭わそうとしたら、多分一瞬で証明出来るよ……って。でもこんなこと言っちゃダメだよね』


『それは……まぁ言わない方がいいな』


 そんな実験されてたまるか。


 俺はミトナスの方に居住まいを正して「今のは無しで」と口にした。


 ミトナスはと言うと、凄まじい顔つきになっていた。泣きそうな苦笑い。


「お前本当に大丈夫か?」


〈ど……どうしよう〉


「……一体どうしたんだよ」


〈こんなこと初めてで……どうしよう……魔王が捕捉出来ない。認識出来ない。キミが銀眼を抱いてくれないと、僕の敵になってくれないと、契約の解除が果たせない……シリックを、返してあげられないんだ……〉


 悲痛な泣き言だった。


〈今のキミを討っても、たぶん無駄だ。だって認識が出来ていない。むしろ今のキミを殺してしまったら、きっと永遠に契約が解除出来ない……僕の発動が、止まらない……〉


「なっ……そんな。どうすりゃいいんだ?」


〈こんなこと初めてで、どうしたらいいかなんて分からないよ!〉


 既に口調が乱れてるとか、どういうレベルじゃない。ミトナスは本性を晒したのだ。


〈ねぇ、お願いだよ。銀眼の魔王。僕にキミを殺させてくれよ。シリックを、この人を返してあげたいんだ。どうか僕の敵になってくれよ……!〉


「えっ。そんなこと……言われても……」


〈お願いだよ。ああ、そうだ。キミのお父さんがいた。もし僕がキミのお父さんを殺したりしたらッ〉


「バッ、止めろ!!」



 慌ててフェトラスの方を振り返ると、彼女はとても強い目でミトナスを見ていた。


 漆黒の瞳は、まるで深淵すら見通すかのように、果て無き場所を見つめていた。


「――――今の貴方はそんなことしないよね?」



 一切の敵意を感じさせない、穏やかな確認だった。


 それを耳にしたミトナスは深くうつむく。


〈ああ……どうすれば……〉


「あ……焦ったぁ……マジ止めてくれよな、そういう危ない橋をいきなり渡るの……」


 ともあれ、橋は渡りきった。


 ならばここは年長者として道を示さなければなるまい。聖遺物の年齢? 知るか。こいつは戦い以外の時間を過ごしていない。無知に等しい、子供と同じだ。


「ミトナスとしては、これは異常事態で、初めての事だから解決法が分からないんだな?」


〈うん……〉


「なら提案しよう。さっきも言った通り、シリックの魔王を討つ。そうすれば本当の意味での契約が遂行されるわけだから、発動が停止する可能性は高いと思う」


〈確証が無いよ〉


「お前は今、魔王を認識していない。そういえば同時に二体以上の魔王を捕捉したことはあるか?」


〈ないよ。魔王は群れないし、戦場には常に一体の魔王がいるだけだった。追跡中に他の魔王と遭遇したこともないし……〉


「じゃあ、新たに現れた魔王を捕捉するかどうかは、お前でも分からないってことだよな?」


〈それは、そうだけど〉


「ならとりあえず行ってみようぜ。魔王を倒せば発動が止まる。それだけの話しだ。もし違っていたら、別の方法を考えればいい」


〈…………それしか、ないのかな〉


「だからとりあえず、改めて宣誓してほしい。何の確証も無いし、腹の底から信用するわけじゃないが――――魔王は狙っても、フェトラスをいきなり襲う、なんてことはしないでくれ。いいな?」


〈今の状態のフェトラスを殺したりしたら、それこそ取り返しがつかなくなる……分かった。いいよ。君たちに対して宣言しよう〉


 ミトナスは立ち上がり、咳払いをした。


〈――――少しばかり、見苦しい所を見せたな。忘れろ〉


「今更な感じだが、まぁ、いいよ。分かった」


〈では誓おう。我は魔槍ミトナス。魔王を絶殺する者なり。だが今は、魔王を認識していない状態にある。今後フェトラスを魔王と認識しても、正々堂々と宣戦を布告してから戦うことを誓おう。このような言い方は二度とせんが、カウトリアに誓う・・・・・・・・



 はぁ~~~~と長いため息を俺はついた。


 ああ良かった。


 フェトラスも「ふぅ」と小さく胸をなで下ろしていた。



「んじゃあ早速だが、シリックの領地がどこにあるか調べなくちゃな」


〈本当になんの情報も無いのか?〉


「ない。さっきも言ったが、俺はここがどこかすら分かってねぇんだよ。ところでミトナスは今、シリックと会話とか出来ないのか?」


〈我が発動中ゆえに、契約者の意識は……〉


「発動中だが、魔王は捕捉してない。いつもと状況が違うんだから、試してみたらどうだ?」


〈試す、とは簡単に言ってくれるな。だが――――〉


 ミトナスは天を仰いだ。




〈そうか――――今、我は――――戦いから解放されているのだな〉




 戦いしか知らない者の、一瞬の安息だった。



 ミトナスは目を閉じて、祈るように両手を組んだ。


 だが、やはりかんばしくはないようだった。


〈やはりダメだ。シリックの意識と繋がらない〉


「そうか……」



 ここでフェトラスがノンキな声を出した。


「っていうか、その槍を握ってるからじゃないの? 手放してみたら?」


 ひょい、と。


 実に無造作にシリックの手からミトナスの本体を取り払った。


「あ」 〈あ〉


「そんでちょっと離れてみるとか」


 てってってー、と歩みを進めるフェトラス。


 ミトナスは呆然と片手を伸ばして、その背中を視線だけで追った。


「だ、だからいきなり無茶苦茶なことすんなっての……何が起こるか分からんのだぞ……それはさておき、ミトナス。どうだ?」


〈……このように、簡単に槍を奪われたのは初めてだ〉


「まぁ奪ったっていうか……なんて言えばいいんだろうな、コレ」


 ミトナスは視線だけでフェトラスを追い、そして次に空っぽになった両手を見つめた。何も無い場所で両手を閉じたり開いたりして、やがてミトナスは〈フフッ〉と笑った。


〈なぁロイル〉


「なんだよ」




〈戦わなくていい、ということは素晴らしいな〉



 同意した瞬間、魔槍ミトナスの鎧は散った・・・


「うおっ!?」


〈嗚呼……なるほど……こうなるのか……〉



 そこにいたのは、シリックだった。


 もう狼面でもなく、体毛もなく、ただのシリックだった。


「お、お、お、お前! 大丈夫か!?」


〈大丈夫だ。自分でも驚いたが、なるほどな。ある意味では奇跡だろう〉


「お前……ミトナスか?」


〈そうだ。人の身を取り返したが、未だに我がこの者の人生は我が領域下にある〉


「そうか……まぁ村には入りやすくなったが、何の解決にもなってねぇな」


〈いいや、そうでもない。……というか、シリックというのは偽名だったのか〉


「!?」


〈ふむ……嗚呼……なるほど……〉


 こちらをふりむいたシリックミトナスは、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。


〈ロイル。お前に謝罪しよう。悪かった。シリックとフェトラスは、確かに友達だったのだな〉


「記憶が……同調したのか?」


〈読み取った、という方が正しかろう。シリックの自意識は失われたままだ。恐らく次に目を覚ますのは、魔王が死んだ時だ。そこは今までと変わらない〉



 シリックミトナスは両手を大きく広げ、その場で一回転した。


〈ああ……世界とは、こんなにも輝いていたのだな……〉


 涙を流していた。


 どちらが泣いたのかは分からないが、両手で自分のことを抱きしめる姿は、とても神聖なもので、俺は言葉を失った代わりに決意を新たにした。


「あー! シリックさん、元に戻ってるー!」


 やたらと遠くまで行っていたフェトラスが駆け寄ってくる。距離が戻ったらまた狼化するんじゃなかろうかと心配したが、そんなことはなかった。


〈すまないフェトラス。まだシリックは返してやれていない〉


「えっ。そうなの? じゃあ、貴方はだぁれ?」


〈我は……僕は、ミトナス。ただのミトナスだよ〉


 今度こそ、ようやく、ミトナスは晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。


「聖遺物でも魔槍でもシリックでもなく、ただのミトナスか……なんかフェトラスと似てるな」


〈ハハッ、そうだね〉


 ミトナスは本体の槍を受け取り、それを器用にクルクルと回した。そして呼吸を整え、目を閉じる。あっという間にその槍から穂先が伸び始めた。


(また狼化するのか!?)


 と不安になったが、伸び始めた穂先はするすると槍の中に戻っていった。


〈形態変化も、今なら任意で出来る、か。これは便利だな〉


「び、ビビらせんなよ……改めてフェトラスを認識したとか、また状況が変わるのかと思ってヒヤヒヤしたぞ……」


〈そんな勿体ないことしないよロイル〉



 ただひたすら穏やかに。


〈だって今のこの姿なら、僕は戦わなくていいんだから〉


 彼は今の平和を享受したのであった。



〈でも〉



 だが彼は強かった。



〈だからこそ、早く魔王を殺して、シリックにこの身体を返してあげなくちゃ〉


「――――。」


〈この世界の輝きは僕のモノじゃない。シリックのものだ。だから、もう行かなくちゃ〉


「行くって、どこに?」


〈この子の住んでいた所に。魔王テレザムの所に〉


 魔王テレザム。それがシリックの敵か。


 シリックの記憶を読み取ったミトナスは、村の方へ歩みを進めた。


〈それじゃあ一旦お別れだね。僕は行くよ〉


「え、一人で行くつもりなのか?」


〈? ああ、大丈夫だよ。ちゃんと戦える。シリックの身体は傷一つ負わせずに返して見せるさ〉


「いやいやそういう事じゃなくて……一人で魔王と戦うつもりか?」


〈?? ……え、と……もしかして、一緒に戦ってくれるのかい?〉


「いや……そりゃ、お前……」



 魔王と戦う? 冗談じゃない。


 だけど、シリックを、ミトナスを一人で戦わせるか?


「お父さん」


 くいくいと、フェトラスが俺の袖を引っ張る。


 そういえばコイツ、魔王としてはめちゃくちゃ強いんだったよな。


「ミトナス。その魔王テレザムってのはどれぐらい強いんだ?」


〈普通の魔王だよ。銀眼には遠く及ばない、ただの魔王さ〉


「あ。なんだ。それならいいわ。手伝う」


 いやー、良かった良かった。銀眼持ってるとか言われたら流石に「がんばってね」ぐらいしか言えなかっただろうが、普通の魔王なら多分大丈夫だろう。このまま行かせるほうが後味悪いわ。


 ニコニコと笑顔を浮かべならがらミトナスの後を追うと、彼は眉間にしわを寄せていた。


〈ロイルは、魔王が怖くないのかい?〉


「そりゃ怖ぇよ。二度と戦いたくねぇさ」


〈じゃあ無理して同行してくれなくていいよ。大丈夫。もし元に戻れなかったとしたら、いつか必ず君たちに会いに来るから、その時また、今後の方針を考えてくれればいい〉


「……その前に、俺たちが誰かに討たれたとしたら?」


〈残念だけど、シリックは永遠にこのままだ。死んだと表現してもいいかもしれない。けれど……今、僕は彼女の護りたい者や、やらなければならい事を知っている。大丈夫だ。僕は決して恥知らず・・・・になんかなったりしない〉


 俺は驚いた。記憶の読み取りとは、そこまで精度が高いものなのか。


〈それとも、キミは今の僕が、宣誓を無視して闇討ちするような恥知らずに見えるのかな〉


「その発想は全く無かったが、このままサヨナラってのは流石に後味が悪すぎるわ」


〈何故だい?〉


「あのなぁ……シリックとフェトラスは、友達だぞ?」


〈………………〉


「別れの時はちゃんと、サヨナラ、またね、って言いたいもんなフェトラス」


 フェトラスが俺の袖を引っ張った理由。そんぐらい聞かなくても分かるわ。


 嬉しそうにフェトラスが飛びついてくる。ほらな、これが答えだ。




 こうして、諸々の不安はあるが、俺たちは歩みを揃えた。


 三人とも戦いたくなんてない。


 けれど、それぞれに大切な理由がある。



 次の小目標は、魔王テレザムの討伐。


 小さな目標、なんて書くにはデカすぎる案件ではあるが。少なくとも初めてのことじゃない。ミトナスだって二十体以上屠ってきた歴戦の魔槍だ。フェトラスは銀眼持ちではあるが、まぁコイツは戦場には連れて行かない。逆に怖いわ。


「そんじゃ、行きますか!」


〈ああ。次の目的地は、漁港サリアだ〉


 聞き慣れない場所だが、きっと大丈夫だ。



「はい質問です! そこではお肉が食べられますか!」


〈ん……ああ、あるよ。流通の重なる場所だから、色々なお肉がある〉




 こんなフェトラスの満面の笑み見るためなら、俺は世界中のどこにだって行ってやるさ。



 ミトナスの言う通り、俺には世界が輝いて見えたのだった。






前半戦終了。


次回からは、魔王テレザム討伐編です。

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