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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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5 「第三者は魔族」



 開拓開始から半年。


 フェトラスと出合ってから五ヶ月。


 赤ん坊だった彼女は成長し、いまでは人間でいう十五歳くらいにまで成長した。


 でかい。子供ながらに、けっこう長身だ。


 もう抱っこするも難しい。


 これがたった五ヶ月の成長具合か? あと半年たったら、三メートル級の化け物になるのか?


 と不安にも思ったのだが、一応成長期は止まったらしい。良かった良かった。



 身体の成長は遅くなったが、他の点での成長が見受けられる。魔法の技量や、考え方など……つまり、内面部分での成長が目立つようになった。ちなみにまだフェロモンは暴走気味だ。


 必要なモノを造り終えて、最近はヒマを持てあましてるようだったフェトラスにはそろそろ新しい刺激を与えてやるべきだろう。



 もうすぐ、新居が完成する。



 そんなおり、一つの事件が起きた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 八割方が完成していた新居。


 既に家としての機能は備えている。屋根と壁がある、立派な家だ。


 あとは内装やベッド、細かいアレンジ……といった大詰めの作業を迎えている時。フェトラス製の道具を抱えていた俺は、その新居の異変に気がついた。


 生物的な鉄の臭い。それを俺は感じ取ったのだ。


(この臭い…………まさか……)



 それは障気と呼ばれる、魔族の臭いだった。



(モンスター以外にも魔族だと……? どれだけ楽園なんだよココは)


 気持ちは半信半疑だったが、身体はすでに全開の反応を見せている。ふつふつと、血流が全身を巡る。どうやら危険事態らしい。静かに道具を降ろし、剣を構える。


(ここでは戦いたくない。新居に被害が及ぶのは絶対に避けるべき。今までの苦労とか考えると、もう、マジで勘弁。はぐれ魔族の可能性。群れの雰囲気は皆無。場所? 周囲は開けてる。風上・敵影無し。周囲の森・異常なし。上空は晴れ渡っている。家の中と推測。乗っ取られた可能性有り。……ふざけんな。何が何でも出て行ってもらうぜ)


 状況把握と、覚悟は決まった。


 あとはどのタイプの魔族かで戦闘方法が変化する。戦うか、逃げるか。それは魔族を確認してから決めるとしても、どのように戦い逃げるかは今の内に決めておこう。


 最低限の五感情報だけ残し、意識を集中させる。


(……)


 俺は柔らかく剣を握りなおした。魔族と戦えば、武器とは呼べない鉄くずになるだろう。そもそも、勝てるだろうか。いくらなんでも無謀かもしれない。


 ――――だが、俺はやらなくてはいけない。色々なもののために、戦わなくてはいけない。主に美味しいご飯のために。それを喜ぶ彼女のために。ゆっくりと俺は辺りを見渡しながら、新居の中へと入った。


(さて……どんなヤツがいるやら)


 すぐに見つけた。この新居はワンルームだから当然といえば当然だが。



 彼は部屋の隅で膝を抱えて座っていた。魔族の証でもある、黒い一角。そして肌に浮かんでいる紋様式。間違いなく魔族だ。特徴的な白い服を着ていて、それなりの実力者であることがうかがえる。


 深緑の肌。人間型。タイプ・非戦闘型。外見からそんな情報を読み取る。


 第一印象を一言で表せば「落ちぶれ貴族」だろうか。そんな魔族と目があった。


「よう魔族、俺の家で何してんだ?」


 顔を上げた魔族の瞳は、なんか哀愁を漂わせていた。まるで捨てられた子犬、という表現はありきたりすぎてつまらないが、適切だ。そんな子犬が驚いた声をあげる。


「人間っ……!?」


「なんだ魔族。人間が珍しいか? 魔族の方がよっぽど珍しいと思うぞ」


 魔族は慌てて立ち上がり、そのままヨロめいた。


「くっ……」


 白いコートには大きな血のシミが出来ていた。分かり易い弱点だ。


「えーと、とりあえずお前は怪我をしていて、一時的な避難のためにここに侵入したと解釈していいか?」


「………………」


 魔族は凄い形相で俺を睨んでいる。なんか知らんが、もう憎まれたようだ。


「なぜこんな場所に人間が……!」


「それは俺が聞きたい。なんで魔族がこんなトコにいるんだ」


「貴様に答える義務は無い……!」


「いや、あるだろ。ここは俺が建てた家だ。家主としてテリトリーの主張くらいさせてくれ」


「ふざけるな……!」


 言葉の全てが弱々しく、だが振りしぼるように力が込められている。やれやれだ。この魔族は死に体のクセに好戦的なご様子。


 いっそ楽にしてやるのが紳士的なのだろうが、あいにくと俺は紳士じゃない。


「怪我が治ったら出て行くか?」


「貴様っ、さっきから何だ! 気安い口を利きおって! 人間風情が……!」


「…………ま、いいか。とりあえず引っ越しは当分先だから、それまでだったら居ていいぞ」


 ひょいと剣を肩に乗せ、俺はまだドアの付いてない玄関を目指した。


「ああ、そうだ。お前魔法とか使えるか?」


「な、なにを……」


 振り返って魔族を見ると、眉をひそめて口を開けているマヌケ面が見えた。驚きの表情とも言う。


「実はこの辺にバリケードを造りたいんだが、俺が作るどうにも安っぽくてな。魔法でこの辺の土を城壁みたいに仕立てられないかな、と。出来るんだったらお願いしたい。ああ、もちろん怪我が治ってからでいいから」


 壁に背を当てていた魔族は白いコートについた血染みを押さえながら俺に尋ねた。


「貴様、何者だ…………?」


「人間だが?」


 そう答えて、俺は再び魔族に背を向けた。



 表に戻り、道具を手に取る。さて、今日はたしかタイルの敷き詰めを終わらせる予定だったな。そう確認してタイルを手に取ると、障気が強くなっている気がした。


 どうやらかなり警戒されているらしい。まぁ当然の話だが、害は無さそうなので無視しよう。


「しかし、魔族とはね……」


 人間よりもモンスターよりも強い存在。それが魔族。


 種類が実に豊富で、ビッグな蠅からカバみたいな異形、人間みたいなのや、天使のような外観を持つ魔族だっている。それらが持つ共通点としては、生物として非常に強いというところか。魔法を使えるタイプも多く存在する。


 新居の中にいたのは、典型的な魔族だ。古い昔話に出てくる魔法使いみたいな、と言えば分かりやすいだろうか。


 魔法使いのような魔族と言っても、本気で殴られたら人間は深刻なダメージを負うだろうし、身体能力も上々だ。大規模な魔法を使われたら森が焼き払われるだろうし、人間よりも短命だがズブとい生命力を持っている。


 だが区別をするとモンスターよりも強いというレベルでしかない。生け捕りは不可能に近いが、殺し合いだったら何とかなる。


 脅威であることに間違いは無いのだが……。


「……ま、いいか」


 どいいう経緯でこの地に魔族が現れたのかは知らないし、なんで怪我をしてるのかもどうでもいい。ただ、久しぶりにフェトラス以外の者と言葉を交わせたのが新鮮だった。それだけでいい。襲ってきたら戦うだけ。


 そんな呑気な決意を固めていると、家から魔族がゆっくりと出てきた。


「……………………」


 無言でこちらを見ている。


「……………………」


「…………なんか用か?」


 声をかけたが、それさえも無視。


 俺は両手を半端に上げて「お手上げだ」という意思表示をしてから作業に戻った。


 以降、俺がタイルを敷き詰める様を、魔族は黙ってずっと見つめていた。




「終わりー!!」


 タイルの敷き詰め終了。自分の成果を見渡すと、得も言われぬ達成感と満足感を覚えた。


「はぁ……もうちょっとだ……もうちょっとで完成する……」


 全身をぐーっと伸ばして、体中の筋肉をいたわる。すると、こちらをずっと見ていた魔族が口を開いた。


「その石版、魔法によるものだな」


「あん?」


「お前が並べていたモノだ。それは魔法で造ったモノなのだろう」


「タイルか? たしかに魔法で造った物だが……。っていうか、怪我してるのにずーっと立ってていいのか? きつくない?」


「人間に魔法は使えぬはずだ。何故貴様はそれを所持している」


「やれやれ、俺の質問は無視か?」


「この地には、私以外の魔族がいるのか? そもそも私は、この建物を作ったのは魔族だと思っていたのだ。こんな未開の地に人間が住まうなど、予想だにしていなかった……」


「まぁそんだけ喋れるってことは、意外と元気ってこったな。でもやっぱりきついだろ? 家の中で休んでりゃいいのに。血は止まってるみたいだけど、傷はふさがってないだろ?」


「……あり得ないとは思うが、魔法を使える者がいるのか? だとしたら、それは誰だ。魔女か」


「別に襲ったりしねぇよ。お前を殺したって意味がないし、返り討ちにあうのも真っ平ごめんだ。ゆっくり休めよ」


 会話が全力ですれ違う。魔族は少し苛立った様子で俺を睨んだ。


「…………貴様、私の質問を無視するのか」


「お前が最初に無視したんだろうが。マナーって知ってるか?」


「……………………」


「……………………」


 うぉ、すげぇ。ムチャクチャ睨んでる。顔が怖ぇ。


「……………………」


「……………………譲歩する気は全く無しか。いいだろう。俺が歩み寄ってやるよ」


 片手を上げて、へいへいと告げる。


「この石版は俺の……俺の? ……むぅ……。魔王。そう、魔王が造った」


「…………魔王?」


「そう。魔王」


「その話、真実か?」


「嘘言ってもしょうがねぇだろ。フェトラスって名前の魔王が造った」


 俺の言葉を聞いて、魔族は顔を真っ青にした。よろよろと後ずさりして、壁に背中が当たる。そしてそのままずるずると崩れ落ちた。


「なんということだ……私は、魔王に狙われているのか…………」


「はい?」


 半泣きだった。


 その表情は憐れみを誘うには十分すぎるぐらい、へこたれていた。


「もう、終わりか……クソ、なんで私が魔王に狙われるのだ……」


「なに言ってんだお前?」


 魔族はブツブツと絶望チックな言葉を吐いて、目を閉じた。なにか考え事をしているようだ。


「おーい。大丈夫かー?」


 心配の言葉を投げかけてやると、魔族は恨むような、呪うような視線をこちらに向けた。


「……人間。貴様に……くっ……くぅぅ……」


「な、なんだよ。おっかない顔しやがって」


「貴様に……ううぅぅ……た、……た、頼みがある」


 壮絶に情けない表情で、魔族は辛そうにその言葉を吐いた。


 どうやら彼は、プライドを投げ捨てたらしい。


「頼み? なんだ。家の中で休むくらいなら別に構わんぞ」


「貴様の口ぶりからして、私は想定外の存在だった。そして、私に対する敵意は無い。合っているか?」


「その通りだが」


「そして貴様と魔王には何かしらの関係がある。魔王がタイルを作るなどいう行為には違和感を覚えずにはいられないが……。貴様はそれを所持し、利用している。このような人間が住まわぬ地で、いったいどういう関係なのだ?」


 どういう。どういう関係と聞かれても。


 俺とフェトラスはどんな関係だ?


『お父さん!』


 ……うーん。


 少し迷ったが、俺はとりあえず正直に、そして端的に状況を説明することにした。


「まだ小さかった魔王を拾ったんだ。んで、育ててみたってわけだ」


「は?」


 魔族の目と口がポカンと開いた。本気で驚いているらしい。


「まぁそんな反応になるよな」


「……正気か、お前?」


「まぁ一応正気だよ」


「……噂に聞く魔王崇拝者というヤツか? だがまさか人間が……魔王を育てるって……絶対に狂ってるだろ……」


「失礼なヤツだな」


「……まぁ、この真偽はどうでもいい。私の要求はただ一つ。私のことは魔王には黙っていてほしいのだ」


「なんで?」


「何を分かり切った事を。殺されたくないからだ」


「なんで殺されるとか思うんだ? フェトラスはそんな事しないぞ」


「魔王は飛んでいた私をいきなり打ち落としたのだぞ!? あきらかに敵対行動ではないかっ!!」


 吼えるように魔族は叫んだ。


「ただ飛んでいた私を! 突然、無警告で殺しにきた!! 何故だ!」


「打ち落としたって……それ、いつの話しだ?」


「今朝の話しに決まっている!」


 ふぅふぅと荒い息をついていた魔族は深く、深く。何度も深呼吸して、口調を整えた。


「私はまだ殺されたくない。もし貴様が私に敵意を抱いていないと言うのなら……魔王には、黙っていてくれ。ここもすぐに立ち去る」


「待った。なんか色々と誤解があるようだ」


「思えば、いきなりお前を殺さなかったのも僥倖だった……まさか、魔王を育てた者だったとは……あやうく致命的なミスをするところだった。またしても慎重さが私を救ったということか……」


「お前さ、全然俺の話を聞いてないだろ。聞けよこのタコ」


「とにかく、魔王には私の事を黙っていろ。いいな?」


「しかも、終いにゃお願いじゃなくて命令になってるぞ。だから誤解してるってば。フェトラスは意味もなく誰かを殺すようなヤツじゃないし、お前を魔法を打ち落としたっていうのも何かの間違い……あ」



 思い出した光景は、割れた海。


 まさかアレか? フェトラスのストレス発散か?


 確か今朝のメニューは。


『 【ブタの丸焼き】ーー!! 』


 あの壮絶な破壊の魔法が、この魔族を打ち落としたのか?



「……うん。お前はたぶん運が悪かっただけだな」


「運だと? 何を言っている?」


「フェトラスが憂さ晴らしで放った魔法に、偶然当たったんだよ。心底運が悪かったな」


「どういうことだ。魔王は私を狙っていないのか」


「狙ってない。断言出来るね。まぁそういう事情ならフェトラスにも非があるな。ヤツの保護者として詫びよう。すまなかった」


「憂さ晴らしとはどういうことだ……さっぱり分からん……」


 苦悩しはじめた魔族に、俺は懇切丁寧に事情を説明してやった。


 それはただ、見知らぬ第三者との会話という行為が楽しかったからだ。フェトラス以外と会話するのは本当に久々な気がする。


 だが特に親切心や義務感なんてモノは無かった、ということは明言しておこう。


 そして当然のように、最初は話しを信じてもらえなかった。俺は説明を諦め、魔族を置いて浜辺へと帰ることにした。


 せいぜいゆっくり休むといいさ。




 翌日も魔族はそこにいた。どうやら満足に動けないほどやられているらしい。


 作業中はヒマだし、俺はずっとその魔族に話しかけ続けた。主に魔王のことを。フェトラスのことを。


 返事はほとんど無かったし、常時敵意と殺意を向けられていたが、俺が基本的に無害であることは何となく伝わったようだった。



 三日経って、ようやく魔族は現実を受け入れ始めた。


 一週間経って、ようやく俺の作業を見つめながら魔族は時折返事を返すようになった。


 魔族と出合って十日目。



「その、フェトラスという魔王に会ってみたい」



 深緑色の肌。皮膚につけられた紋様式。血のついた白いコート。特徴的な魔族の黒い一角が前頭部に生えている。


 名前はカルン。


 そんな魔族が、魔王フェトラスとの謁見えっけんを求めたのであった。






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