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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-14 コンプロマイズ



 聖遺物・魔槍ミトナスに敵認定されたらしい。


 だが、ヤツは困惑していた。


 人間と戦おうとするのは初めての事なのだろう。しかも俺は武装こそしてはいるが、臨戦態勢は取っていなかった。


「……それで? 俺を殺すつもりか?」


〈――――〉


「それとも、また俺を傷つけてフェトラスを呼んでみるか?」


〈!〉


「まぁ絶対に来ないけどな。そもそも、お前の知る銀眼の魔王ってのは、人間が傷つけられたぐらいで怒るような存在かね?」


〈…………〉


「違うよな。じゃあ思い返してみてほしい。お前は一体、何をターゲットにしたんだ?」


〈銀眼……まだ幼く、戦力としては未熟な……空を駆け、人心を掌握することに長けた、魔王……フェトラス……〉


「空を飛ぶ、人心掌握、その二つをお前は口にしたが、果たしてそれは殺戮の精霊・・・・・の本分なのだろうか」


 ミトナスは黙り込んだ。


 きっと反論は容易いだろう。「それは効率よく殺戮を行うための下ごしらえに過ぎない。ただのパワープレイよりも、よほどタチの悪い事だ」とか言われるとぐうの音も出ない。


 だが今、ミトナスは俺の言葉に耳を傾けている。


 実際、ここが勝負所・・・だった。


 賭であった。


 俺の雑なプランとしては『聖遺物としての性質と、魔槍ミトナスの意思が一致しているかどうか』の確認が第一歩目だ。


 人間で例えるなら、ベジタリアンはどんなに空腹でも肉を食わない。人間でありながら、己の意思で雑食性という人間の在り方を拒否し、草食として生きるようなもの。


 魔槍ミトナスもまた、自分の意思を持っている。その意思が聖遺物としての、魔王を殺害するという本能よりも強いかどうかの確認だ。


 ミトナスの自己が聖遺物の本能よりも強ければ、俺の勝算は高まる。


 今までの流れからすると、これは期待出来る。



 そして二歩目は、ミトナスの慎重さや、思慮深さの確認。


 思慮が深ければ、俺の話しを聞いて納得し「銀眼の魔王を殺す」という前提を覆せるかもしれない。だがこれはちょっと虫のいい話しでもある。説得にはまだまだ材料が足りない。


 そしてヤツに期待通りの慎重さがあれば、俺が与える情報に対して分析を行ってくれるはずだ。これは現在成功している。ヤツはただ魔王を殺す武器ではなく、勝率をあげるための工夫が出来る武器だ。



 総合的に見て、そして簡単に言うのなら、魔槍ミトナスの説得は不可能だが、欺いたり誘導する・・・・・・・・ことは・・・可能である・・・・・と、俺は見た。それこそが俺の勝算だった。



 まずは挑発し、相手の出方をうかがう。その結果、敵視されるのは仕方の無い犠牲だ。


 しかし、敵視されてもなお、ミトナスが会話を続けてくれるのなら、それこそヴァベル語の正しい使い方だと俺は思う。


 言葉は通じるのだ。ならば、いつかきっと、想いも通じてくれる。


(成功率は「ゼロじゃない」って程度だがな……)


 死ぬ確率の方がだいぶ高い。


 だから俺は気合いを入れ直した。


 なんとか戦うステージには登れたが、ここからが始まりだ。


 さぁ、戦おうぜ魔槍ミトナス。


 俺は王国騎士の剣を大地に突き刺し、手ぶらでミトナスに近づいた。




「魔槍ミトナス。偉大なる聖遺物よ。俺はお前達に前から聞きたかったことがある」


〈……なんだ〉


「人間はお前にを『護ってくれてありがとう』と感謝するべきなのか? それとも『魔王を倒すなんてスゴイなぁ』と尊敬すべきなのか? どっちが嬉しい?」


〈別に人間がどう思おうと知ったことではない。我らはただ、己の役割を果たすだけだ〉


「それでも、俺たちは聖遺物にすがりついてんだよ。もしお前達がいなかったら、人間は魔王によってとっくに滅ぼされているわけだしな。でも俺達には支払えるモノが無い。だからせめて、感謝と尊敬、どっちが嬉しいのかだけでも教えてほしい」


〈要らぬ。欲しいモノは既に契約者から得ている〉


「代償か……魔槍ミトナス。お前が求める代償は人間の人生、だな?」


〈正確には、恐怖心を抱きながらも、魔王を倒すためならば自分の全てを捧げる、という勇敢さと覚悟だ。護りたい者も、自分の命も、穏やかな余生も、全てを『魔王を殺す』に変換させる〉


 ミトナスは俺が近づいた分だけ後ずさった。



〈ところで我は、お前と会話なぞするつもりがないのだが〉


「おう。そろそろかな、とは思っていた。

仕掛けは終わったか?・・・・・・・・・・


 まだ目視は出来ないが、辺り一帯にはもう設置が済んでいるのだろう。あの直前まで不可視の、薄い刃だ。


 防具があるとはいえ、この身は既に傷を負っている。放たれれば、遅かれ速かれ俺は高い確率で死ぬだろう。きっとここには誰も来ないし、フェトラスもいないのだから。



〈ふん……流石に感づいておったか〉


「そりゃ一回喰らってるしな。お前の攻撃手段がアレだけとは思っていないが、俺みたいなただの人間相手には色んな意味で丁度良いだろ」


〈その通りだ。さて、先ほども言った通り、我はお前と会話する気なぞない。必要な情報を一方的に搾取させてもらうだけだ〉


「つれないこと言うなよ。さっきまで話してた内容は全部ウソか?」


〈勇敢な者に対する敬意を我は忘れない。故に、魔王殺しの英雄よ。我は嘘をつかなかったと明言しよう〉


「そりゃ良かった」


〈さぁ、改めて答えよ。我の問いかけに全て答えよ。場合によっては見逃してやる。だが虚偽や反抗の姿勢が見えた瞬間に、お前は死ぬことになる〉


 元々パワーバランスなんて無かったので、あまり怖い宣告ではなかった。問答無用で突進されてたら俺は死んでたわけだし。


「それで、聞きたい事ってのは?」


〈あの銀眼の魔王……フェトラスはどこだ〉


「その前に俺からも一つ宣誓を。聖遺物・魔槍ミトナス。俺はお前に嘘は言わないと誓う。そうだな……カウトリアに誓おう。俺は絶対に嘘は言わない」


〈……そ、そうか。カウトリアに誓うか。うむ、それは十分に信頼出来る宣誓だ〉


 ちょっとどもったミトナス。なんだこいつ。なんでそんなにカウトリアを怖がってるんだろう。あいつ良い奴だぞ? 俺の手元から離れても力を貸してくれるような、優しいヤツなのに。


 まぁ今はいい。話しを戻そう。


「それでフェトラスだが、まだこの大陸にいる」


〈正確な場所は?〉


「正確な場所? それは知らんな。少なくとも俺の声が届く所にはいねぇよ」


 村の入り口かなー。病室かなー。レストランかなー。知らないなぁー。……これ嘘じゃないよね。


〈……行き先は?〉


「おそらく、どっかの飯屋にでも行くと思う。あいつ食べるの好きだし」


〈飯屋……自分の国でも持っているのか? まぁ銀眼クラスなら当然か〉


「自分の国なんて持ってねぇよ? 軍勢はおろか、部下の一人だって居やしない。フェトラスには友達が一人いるだけさ」


〈友……〉


「おう。それがその身体の持ち主、シリックだ」



 不可視のはずの刃が煌めいた。


(うぉぉぉ超怖ぇぇぇぇぇ!)


 平静を装いつつ、俺の脳内はプチパニックに陥った。あれは死ぬほど痛いのだ。


〈ふざけたことを抜かすな。魔王と人間の間に友情なぞ、成立するはずがなかろう!〉


「シリック本人に聞いてみろよ。……あの時の笑顔が嘘だってんなら、俺も撤回する」


〈それは……〉


「更に言うなら、今から育む、って段階にすぎないんだけどな」


 あの二人の友情は、まだ始まったばかりだ。


「あと逆に一個聞きたいんだが、ほら、人間のおとぎ話ではたまにあるんだけど、心優しい魔王っての? 人間の味方するわけじゃないけど、敵対もせず、人里に隠れ住む魔王ってヤツ。あれって実在すんのか?」


〈――――貴様とは会話はせぬ、そう言ったはずだ〉


「いいや、結局の所、俺が本気で聞きたいのはその一点だけだ」


 俺は煌めく刃を前にして、全ての防具を外してみせた。そして長袖をめくって包帯をさし、最後には両腕を広げて胴体をさらした。


 命を、賭けた。




「魔王と人間が、共に生きることは可能か?」




〈………………〉


「まぁしょせんはおとぎ話さ。人間の願望さ。魔王が一万体いたって、そんなヤツはいないのかもしれない。でも、百万体なら? 一億ならどうだ? それが歴史上最初で最後だって構わない。俺とフェトラスは、共に生きていいか?」


 凶器を前にして、全身をさらす。その命を賭けた行為を前にして、魔槍ミトナスは小さく答えてくれた。


〈…………前例は、無い〉


「……そうか」


〈……試みた者は、いるが〉


「!!」


〈だが結局、全ては上手く行かなかった。結局それらの話しの結末は、皆殺しでしかあり得ない。希望を持った分だけ、絶望が深くなる。例えるなら、世界の果てには楽園がある、という夢に近いであろう。行こうとするだけの者は多く、至れる者はおらず、彷徨った後にたどり着くのは地獄でしかない。結局の所、理想郷なんてものは存在しないのだ〉


「でも、試みたヤツはいるんだな。いて、くれたんだな」


〈仲間が見つかったようで嬉しいのか? 愚かな〉


「知ってるよ、そんなこと」


 でも俺は笑った。なんとなく、嬉しかった。


 例え世の果てが地獄だとしても、理想郷を目指そうとした者はいたのだ。つまり、一時的にはといえ『魔王と人間が仲良くした前例』はあるのだ。


 聞きたいことは聞けた。


 あとはコイツだけだ。



 まぁ今の俺のテンションからすれば、チョロい。


 だって何も怖くねぇからな!



「魔槍ミトナス。お前の目的……というか、お前の誇りは、魔王を討つことだな?」


〈そうだ。我が認識した魔王を全て討つ。そのために我は在る〉


「じゃあ、発動中に別の魔王を見つけたら、お前はどっちを優先するんだ? 認識順か? それとも、距離を優先するか?」


〈それは――――〉


 魔槍ミトナスの、狼面になったシリックの表情が歪む。


〈――――会話はせぬと、言ったはずだ!〉


 煌めき。射出。


 薄い刃が数枚発射されて、俺の頬をかすめた。


 痛みというより熱を覚えた俺だったが、それでも気持ちは揺るがない。


〈あまり勝手な無駄口を叩くようならば、覚悟することだ! お前からの情報なぞ無くとも、我は絶対に魔王を殺すッ!〉


「これはそのための提案だ。聞け。――――全ての魔王を殺してみたいとは思わないか?」


〈当たり前だ……!〉


「ならこうしよう。俺がそれをやってやる」


〈なっ……〉


「俺の人生を捧げてやるよ」


 俺は真っ直ぐにミトナスを見つめた。


 そして彼は、表情を歪ませた。



〈こっ、断るわ!! 何が悲しくてカウトリアのマスターに!? お前馬鹿か!? そんなことしたらお前、あれだ、とても大変な事になるぞ!!〉




 予想以上の強烈な反応だった。断固拒否というか、完全に拒絶だ。


 見返りとしてフェトラスを見逃してもらったり、魔王を認識しない限りは自我を返してくれとか、そういう交渉をするつもりだったのに。


「えぇ……?」


〈ええい、あいつも担い手も、そろいも揃って厄介者だな……! いいか、ロイル。我は絶対にお前を担い手とは認めない。絶対だ〉


「そういえば初めて手にした時も、すげー拒否り方されたっけな……」


〈当たり前だ!〉


 フー! フー! と大興奮の魔槍ミトナス。


 ど、どうやらこの提案は良くなかったらしい。


「そ、そうか。まぁ、それならそれで仕方ないが……じゃあこうしよう。俺が積極的にお前を持ち運んで、魔王に苦しむ人々の所に出向むく。そしてお前を使うに値する人間を選出する。戦いに勝利したら、また別の場所に行く。……どうだ? 両方が得をする、いい話じゃないか?」


〈……我を何だと思っているのだ〉


「自分の名前に誇りを持っている聖遺物、だ。俺はその効率を上げてやる。お前を世界で一番魔王を狩った聖遺物にしてやるよ」


〈……見返りに、フェトラスとお前を見逃せと?〉


「そういう事になる」


 ミトナスはため息をついた。



〈信用すると思っているのか?〉



「……まぁ、そうなるよな」


〈契約が解除された瞬間に封印……山奥にでも埋められるとしか思えんわ〉


「そう思われても仕方ないな」


〈我は聖遺物。そして人間の味方などではない。敵の敵が味方に見えるだけだ。我は基本的に契約者以外を尊重しない〉


「じゃあ契約者を尊重してくれよ。シリックが倒したいのは、自分の領地を脅かす魔王なんだから」


〈フェトラスを始末したら、そちらも狩るまでよ〉


「あぁ?」



 ブチ殺すぞ槍。



 プランとか会話の流れとか、全部吹き飛んだ瞬間だった。


 魔王を殺す。それはいい。


 だが、フェトラスを殺すだと?


 お前は今、言っちゃならん事を口にした……!



「分かった。オーケー。結局はこうなるか。よく分かった。じゃあこうしよう。まず、シリックの魔王を倒す」


〈……は?〉


「契約者の尊重だ。まず、シリックの魔王を倒す。おい喜べよ。魔王が倒せるぞ。良かったな」


〈…………〉


「そして次は、フェトラスと戦えばいい。だが覚えておけ。それは絶対に叶わない」


〈何故だ〉


俺がお前をブチ壊す・・・・・・・・・からだよ・・・・、クソッタレ」


 全方位の見えない刃が、予備動作で輝いた。知るか。やはりコイツは敵じゃなかった。


 ただの面倒臭い聖遺物だ。


「お前は矛盾している。魔王を殺したいって言ってるくせに、それ以外のことに執着している」


〈な、何を……〉


「どんなこだわりがあるのかは知らんが、『認識した魔王以外は放置する』って言ってるのに等しいって気がついてるか? もう一度言ってやる。シリックが倒したいのは、別の魔王なんだよ!」


〈それは……〉


「お前が契約者を尊重するっていうのなら、それぐらい妥協しろ。認識したのがフェトラスだから、まずそっちに夢中になるってか? それでもしお前が負けたら、シリックの無念は計り知れないぞ。人生を代償にまで捧げて、全然関係無いヤツと戦って死ぬとか不幸すぎんだろ。戦うならまずシリックの気持ちに寄り添えよ」


〈我は――――〉



「それともまさかお前、認識してない魔王のことまでは知らんとか、そういうダサいこと言っちゃう系の聖遺物か?」


 ぽろりとそう言ってみると、魔槍ミトナスは吼えた。


〈き、き、貴様ァァァッッ!〉


 逆鱗に触れたのだろう。いよいよ見えない刃が射出される。



(やべ。煽りすぎた)



 死ぬほど痛いのがやってくる!


(キレて無茶苦茶言い過ぎた!! 失敗した! 俺もまだまだだなぁ! ギリギリ死なないといいなぁ! またフェトラスに傷口を凍らせてもらって、入院して、ああああお金がなぁぁぁい! というかそもそもどうやって村に行こう! 我に返ったミトナスが運んでくれたりしないかなぁ! しないよね! どうしよどうしよどうしよ! ああああ死にたくねぇぇぇぇぇ! 全盛期のカウトリアがあれば、たぶん大半は打ち落としたり避けたり出来るんだろうけどぉぉぉぉ! カウトリアかむばーっく!!)




 ザスザスザスザス!!


 見えない刃が突き刺さる音が聞こえる。


(死んだァァァァ!)



 死んでなかった。


 痛くもなんともない。恐る恐る目を開けると、刃は全て地面に突き刺さっていた。しばらくするとそれは散り散りになって、風に消えていった。


「え、えと……」


〈貴様、我をそこまで侮辱するとは……!〉


「ご、ごめんなさい」


〈全ての魔王が我の殲滅対象なり! いいだろう、そこまで言うのならやってやろう! この契約者……シリックの望みを叶えてから、我のすべき事をするまでよ!〉


「あ、ありがとうございます」


〈だが覚悟せよ! 今は、そう、確かに我はいま魔王フェトラスを見失ってはおる。だが再び認識した時はどうなるか分からんぞ! 前言を撤回し、我は確実に銀眼を打ち倒すやもしれん。銀眼滅殺は我にとって最優先事項なのだからな!〉


「は、はい。かしこまりました」


 怖い。超怖い。


 魔槍ミトナスの顔が近すぎて、鼻息とかめっちゃ当たる。


〈それで、その魔王はどこにおる! 今すぐ狩り殺してやるわ!!〉


 ツバとかめっちゃ飛んでくる。


「し、シリックの領地に……」


〈それはどこだ!〉


「え」


〈どこかと聞いておる!〉


「え、えと……シリックさんしか知りません……」


〈ハァ!? 話しが違くね!?〉


「ちょいちょい口調が乱れるというか……あ、もしかしてそっちが素なん」


〈そんな事はどうでもいいわァァァ! 貴様! 知らんとはどういうことだ!〉


「ま、まだ出会って日が浅いんだよ! というかそもそも、俺は元々ここがどこかもよく分かってねぇ!」


〈なん、じゃ、そりぁぁぁぁ!〉


 魔槍ミトナスは天を仰いで絶叫した。





 その後、絶叫し天空に嘆きを響かせたミトナスは膝をかかえて座り込んだ。おそるおそる話しかけても〈ちょっと放っておいて〉と投げやりに無視された。


 えーと。これどうしたもんかな。置いていくわけにもいかないし。


 困りながらも俺は一応防具を再び装備した。地面に突き刺しておいた剣も回収し、鞘に収める。


〈……ロイル〉


「あ、はい。なんですか?」


 思わず敬語である。


〈カウトリアのマスターとしてのお前に、聞きたいことがある〉


「どうぞ」


〈お前は、カウトリアと会話したことが無いと言っていたな?〉


「言葉で会話したことはないが……時々、俺から話しかけたりしたことはあったけど、普通の武器にもするような事だしな。独り言って感じだ」


〈何かヤツの意思のようなものを感じたことは?〉


「……勘違いかもしれないが、たまに。苦戦してる時は励ましてくれたような気がするし、困ってる時は『俺がいるだろ?』みたいに存在感を発揮することがあったような、なかったような」


〈そうか……カウトリアは、いまどこに?〉


「それが分かんねーんだよ。魔女に没収されちまってな。誰かが言うには、別の次元に送られたっぽい」


〈ああ、なるほど……それでか……〉


 何か判明したらしいが、ミトナスはそれを教えてはくれなかった。


〈ではやはり、お前自身に問うとしよう。ロイル。出来れば真摯に答えてほしい〉


 弱々しい態度を見せるミトナスに対し、俺は跪いて視線を合わせた。


「分かった。ちゃんと答える」


〈我は……魔槍ミトナス。見敵必殺の聖遺物。使用者の人生を切り取り、必ず魔王を殺す者〉


 ミトナスは視線を空へと移した。


〈我はまだ現存しておる。だが、我の担い手はことごとく死んだ。ユト、バーラ、ディフレッグ、コリス……皆、勇敢な者だった……共に戦い、二十を超える魔王を屠ってきた〉


「そりゃ……大変だったな」


〈雑魚もおれば、強大な魔王もいた。だが、我の担い手が本当に倒したかった魔王は最初の一体のみで、後は、人に乞われて仕方なく狩っていたにすぎない。英雄の宿命とも言えるが、我にはどうしようもなかった。目が覚めた時には常に魔王がおり、誰かと会話するヒマなぞなかった。出来たとしても、契約前の一瞬だけだ。我の生きている時間は、常に魔王と戦っている時のみだけだった〉


 壮絶な人生だった。


 人生っていうか、聖遺物生? なんて突っ込みがクソ野暮に思えるくらい。


〈我は……契約者達が好きだったよ。会話こそ乏しかったが、通じたり察したりするモノは有り余る。でも、結局はみんな死んだ。英雄になって、英雄にさせられて、戦わされて、死んでいった。コリスなんて特にそうだ。五体目の魔王は逃げだし、母国から遠く離れたこんな所で、相打ちにさせてしまった……我のせいだ……〉


「……そっか」


〈……なぁ、ロイル。お前は、シリックを助けてくれるか?〉


「当たり前だ」


〈そしてもう二度と、シリックが魔王と戦わないで済むように……いいや、違うな……我の担い手が死なないように、助けてはくれないだろうか……?〉


 それは俺が先ほど口走った事に対する確認だった。


『俺が積極的にお前を持ち運んで、魔王に苦しむ人々の所に出向むく。そしてお前を使うに値する人間を選出する。戦いに勝利したら、また別の場所に行く』


 さっきは勢いで言ってしまった感の強い、必死の交渉の際に思い付いた事に過ぎない。言ってしまえば、特に本気ではなかった。



 俺はもう戦いたくはない。


 農夫になりたい。


 でもミトナスの願いを叶え続けるということは、戦地に赴くということだ。いや、ミトナスだけ渡してあとは知らん顔すればいいのだが、ミトナスはあと一歩踏み込んできた。


 即ち「助けてくれ」と。


 ここで「分かった」というのは嘘になる。


「……魔槍ミトナス。俺は、お前に敬意を払う」


〈…………〉


「だから正直に言うが、俺はもう戦うのが怖い。殺した魔王なんてギィレスだけで十分だ。もう英雄になんてなりたくない。ひっそりと、穏やかに暮らしたい。でも! でもな! お前の気持ちも分かる」


〈…………〉


「だから俺は、お前を王国に預けようかと思う。この世界で唯一、完全な王政を存続させている人類史上最大の王国だ。そこの騎士団は聖遺物を多く保有し、全世界に散っては日々魔王を討っているんだ」


〈おうこく……〉


「そこの騎士団ならば、お前と上手く付き合えるだろうし、味方のサポートも万全だ。お前の担い手が死ぬ確率はグンと減るし、互いにとっていい話だとは思う」


〈しかし、それは……〉


「ああ……フェトラスを、見逃してもらうことが絶対条件になる……」



 シン、と辺りが静まりかえった。



〈我は……魔王を見逃したことなぞ、ただの一度もない〉


「だろうな……」


〈だけどお前の提案が魅力的だということは、分かる。我には相応しい居場所だろう〉


「おう……」


〈追跡すべき魔王を見失う、という空前絶後なこのシチュエーションだからこそ、我とお前は会話が成立しているようなものだ。故に、この機会を逃せばそこにたどり着くのは非常に困難になるだろう〉


 魔王を殺すことしか知らない魔槍。


 それは孤独な在り方だった。いつかカルンが言っていたな。孤独だから強いのだ、と。


〈しかし……そうは分かっていても、自信がない。魔王を見逃すだと? 口にするだけでも怒りがわいてくる。絶対に許せぬ事だと、はらわたの底が煮えたぎる〉


「…………それに関してだが、ほんの少しだけ、希望がある」


〈なんだ?〉


「お前は今、魔王フェトラスの居場所を捕捉出来ていないと言ったな」


〈気配に霞がかかったような、そんな印象だな〉


「それはきっと、この世界で誰も魔王フェトラスを認識していないからだ。俺も、村人も……そしてある意味ではフェトラス自身ですら、自分が魔王だと認識していない」


〈……どういうことだ? 村人? 魔王自身が、魔王だと認識していない?〉


 驚いたような表情を浮かべた魔槍ミトナス。俺はそのわずかな希望に全てを賭けた。


「アイツは今、この辺で唯一の村に滞在している」


〈魔王が、人里に!?〉


「そこでのんびり飯を食って、レストランの親父にあれこれ注文をつけながら楽しく飯でも食って、俺の帰りを待ってるんだよ」


〈侵略したのか!?〉


「違うんだ。俺の娘として、受け入れてもらっている」


〈そんな、そんな馬鹿な――――そのようなこと、あり得るはずが――――〉


「シリックもそうだ。フェトラスが魔王だと、特に銀眼の魔王だと分かった時は腰を抜かして恐慌状態になったが、分かってくれたよ。フェトラスは、魔王という液体の入ったボトルで、ラベルには『ロイルの娘』とデカデカと書いてるようなものだ、ってな」


〈認識の、齟齬……だが、魔王にすら適用出来るモノなのか……? 魔王は精霊で、自己認識に成り立……ああ……嗚呼……そんな……まさか……〉


 ミトナスは立ち上がって、跪いている俺を呆然と見下ろした。



お前が、そうなのか・・・・・・・・・


「ああ。俺がフェトラスの父親だ」



 ミトナスは〈狂ってる〉と言い捨てて、それでも表情を切り替えた。


〈――――――――分かった……お前にも不安はあるだろうが、一度、その魔王ではないフェトラスとやらに会わせてくれ。もしかしたら戦闘状態になるやもしれんが……そのための提案ではないことは信じてほしい。我の誇りに誓おう。我はただフェトラスを見極めるためだけに、その者に会ってみたい。結果は我にも分からぬが〉


「…………分かった。ただし、戦闘状態になったら」


〈戦おう。遺恨無く、村から外れた所で、全力で〉


「正々堂々ってか。……俺としては、そうならないように祈るだけだよ」


 落としどころとしては、妥当だろう。



 こうして俺はミトナスとの戦いを終えたのであった。



 いざとなったら……どうしたものか。


 フェトラスが全力を出せば、おそらく勝てる。


 だがシリックは死ぬ。ミトナスの無念も相当なものになるだろう。そしてフェトラスは人殺しであり友人殺しになり、再び自分が「殺戮の精霊である」という認識を深め、もう人里には近寄れなくなるかもしれない。



(みんな戦わずにすむ、そんな世界があればいいのにな)


 そんな楽園は無いし、作り出せるはずもないのだが。


 それでも俺は願わずにはいられなかった。





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