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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-12 待ち槍、来ず



 早朝である。


 俺は仮眠もそこそこに、早起きして精神を集中。戦いに備えた。


 現状、傷の治りは万全とは言いがたく、全力疾走も難しいコンディションだった。でもまぁ傭兵時代や兵士時代にはよくあった事だ。酷い時は骨が折れてたし、血反吐を吐きながら撤退したことも多々ある。


 そんなこんなで、ここまで出血したのは久々だったが、俺の心は平穏そのものだった。


 敵は聖遺物。魔槍ミトナス。


 討伐するということはシリックを殺すにも繋がってしまう。だがシリックを救う前提で戦うわけにはいかなかった。


 あの魔槍は「地の果てまで追う」と言っていた。つまり使い手の身体のことなんか基本的には知ったこっちゃないのだろう。そんな捨て身の輩に対処するのは非常に難しいのだ。


 というわけで、俺も一番大切なモノ以外は「知っちゃこったない」というスタンスであたるしかない。


 ……可能ならば、救ってあげたいが。




 俺は戦う場所を見定めつつ、準備体操をして全身の血流を良くさせた。傷口がうずく。良い傾向だ。俺の身体はきちんと生きようとしている。そりゃ確かに痛いし、過激に動けば貧血で眩暈ぐらいするだろう。だが三日近くも休ませてもらってるんだ。贅沢なことは言ってらない。



 フェトラスは村に置いてきた。


 俺を心配して一緒について来たがったが、絶対に来るなと厳命している。


 恐らく、フェトラスが本気になればあの聖遺物とて一瞬で塵と化すだろう。


 しかしそれは同時にシリックの命を奪うことに繋がる。何故なら、フェトラスが本気を出すということは、要するに俺がピンチに陥るか死ぬという事だ。……あいつもまた「一番大切なモノ以外は知ったこっちゃない」という行動を取るだろうからな。


 だから俺はフェトラスを置いてきた。



 ――――死ぬつもりなんてない。


 ――――――――勝てる気もしないけれど。



 川沿いから来るか、森を真っ直ぐに突っ切ってくるか。そこだけが悩みだったが、俺はあえて森の方に陣取ることにした。ヤツの形態は狼に近かった。ならばきっと動物的に動くだろう。目標まで最短距離を突っ走るがごとく。



「さぁ、いつでも来いよ魔槍……!」







 いつまで経っても魔槍は来なかった。


 朝が過ぎて。昼になって。夕方になっても来なかった。






「ただいま」

「おかえりお父さん!」


 フェトラスがダダー! と近寄ってきて、心配そうな表情を浮かべる。


「遅かったね! 大丈夫!? 怪我してない!?」


「おう。朝からなーんも変わってない。強いて言えば腹が減った」


「ごはん! お父さん、一緒に食べに行こう!」


「あ、いや……それは……」



 魔槍は来なかった。


 当てが外れたか? あの身のこなしなら今日ぐらいに来ると思ったんだが……案外スタミナがないのか、それとも慎重派なのか。


 しかし夜になっても来ないので、俺は一度帰ることにしたわけだ。夜は戦いづらいし、精神的にも疲弊した。


「ちょっと飯食ったらまた戻るわ。あいつ、まだ来てねぇんだよ」


「……迷子になったのかな?」


「その発想は無かった」


 魔槍が村に迫る前に逃げる、という手ももちろん考えていた。俺の怪我がキッチリ治って、改めて追ってきたヤツと対峙するというプランだ。しかしこれはシリックの身を案じたのと、『ヤツの位置を捕捉出来なくなる』というデメリットを考慮してやめておいた。


 この村にいれば、魔槍は近日中に必ず現れる。それを断つ。その方がシンプルでよろしい。世界の果てまで逃げ続けるというのも悪くはないのだが、平穏に眠れる日は限りなく遠くなる。いつ何時聖遺物に襲われるか分からない生活なんて、怖くてしょうがないっつーの。


「……そういえばフェトラス。あの廃墟でなんとなく聖遺物の位置が分かってたよな。今はどうだ? 感じられるか?」


「んー…………わかんない……」


「そっか。……悪いんだけど、また目を閉じてグルグル~って回ってくれるか?」


「いいよ!」


 フェトラスはいつかのように、俺の目の前で「ぐるぐる~」と言いながら回転した。そして五回ほど実験したのだが、フェトラスが止まった位置はてんでバラバラだった。


「やっぱ距離があるのかなぁ。これは困った……いや、来るのが遅れれば遅れるほど、俺の怪我は治るからいいんだけどさ」


「きっともうどっか行っちゃったんだよ。ね、わたしと一緒にご飯たべて、寝よ?」


 俺はフェトラスの頭をなでて、微笑んだ。


「そういうわけにもいかねぇんだよ」


「でも……お父さん、アレと戦うつもりなんだよね?」


「必要とあらば、な」


「勝てるの?」


「勝てねぇだろうなぁ」


「じゃあ、なんで! もうやめようよ! 逃げよ? もしくは――――わたしが――――」


「てい」


 俺はフェトラスの額にデコピンして、直後に頭をなで回した。


「あーのーなー。子供がいらん気を回すなっての。そもそも俺がずっと飯食って寝てただけと思うか? ちゃんと対策考えてるから心配すんな」


「対策って、どうするつもり?」


「我に秘策あり、だ。お前は引き続き絵を書いたり砂で遊んだり、どっかその辺で遊んでろ」(秘策なんて無いけど)


「…………」


「それとも何か、お前、俺が死ぬとでも思ってんのか?」



「死んじゃヤだ」


「じゃあ死なねぇよ」



 フェトラスは依然として納得がいってないようだったが、俺は有無を言わさなかった。


 軽食を摂り、水を飲み、ストレッチをして身体をほぐす。


「それじゃあ、また行ってくるわ」


「……うん……いってらっしゃい……」


 俺はコックの所に行って、簡単に食える食い物を用意してもらい、森へと戻った。



 獲物を待ち伏せるのには、慣れている。


 念のため周囲の泥なんかを身に纏ったり、たき火をして、それをそこから離れた所で監視したり。周囲の空気が変化するさまを見逃さないように、いかなる音も聞き逃さないように、俺はひたすらに集中しながら魔槍が訪れるのを待った。


 そして――――



 そして――――。




 朝がきた。




「来ないのかよ!!」



 俺は朝日を拝みながら、一つの結論に至った。


「あいつ、さてはフェトラスの位置を捕捉出来てねーな!?」


 確信だ。あの狼の形態で人間よりも動きが遅いわけがない。つまり、魔槍ミトナスは本当に迷子になっているのだ。


「さてはアレか! ちくしょう! まぁいいんだけど!」


 魔王を追跡する槍が、魔王にたどり着けていない。


 要するに、今のフェトラスは魔王ではないのだ・・・・・・・・


 俺の娘であり、よく笑う子であり、よく食べる子でしかないのだ。自己認識。自分で書いたラベル。その証拠に、村人の誰もがフェトラスのことを魔王だと・・・・認識していない・・・・・・・


 考えることが多すぎて思考がまとまらない。これはきっとカウトリアの後遺症だ。直感的に答えが分かるのだが、思考が遅すぎて納得するのに時間がかかりすぎる。


「魔槍ミトナスはきっと認識した魔王を追跡する能力がある。なにせ地の果てまで追い詰める聖遺物らしいしな。だが、それが機能していないということは、つまり今のフェトラスは魔王じゃない。じゃあなんだ、ミトナスはどうするつもりなんだよ。シリックの身体を使ったまま、ひたすら迷子を続けるつもりか?」


 …………。


 あ。それはいいな。


 怪我が治るまで迷子になってもらおう。


「って馬鹿か俺は! 最短で来られてないだけで、いつかは来るだろうよ! なにせアルドーレ漁村はこの辺で唯一の村だしなぁ! 絶対来るわ! んじゃあなんだ、どうしろってんだよ!」


 もう疲れた。


 普通に眠い。


 やってられるか!


「いっそ帰って飯食って寝てやろうか……」


 そんな事を呟きながら、俺は身を隠していた茂みから這い出た。


「当初に比べると傷はだいぶマシになったけど……ほぼ徹夜で警戒してりゃそれなりに疲れるっつーの……」


 やれやれだ。俺は徒労感を隠そうともせず、げんなりとうつむいた。


「どーすっかなマジで……シリック見捨てるか?」


 殺したくはないのだが、正直、そこまで縁がある人間ってわけでもない。見捨ててもあまり良心は痛まないだろう。この未開の地からおさらばすれば、彼女はずっとこの辺をウロウロするだろう。実に良い。


 きっと俺が絵本の主人公か何かだったら「ドライすぎてドン引き」とか評されるかもしれないが、この世界はそんなに甘くない。大切な人が死ぬなんて当たり前すぎて、大切じゃ無い人が死ぬことはもっと多い。


「……とりあえず、村に帰るか」


 とぼとぼと歩き始める。


 朝の空気は清廉で、空は晴天だ。


 このまま木陰で寝るのも悪くない、とすら思える。



 村の入り口にたどり着いた俺は、挨拶をした。



「おはようフェトラス」


「お帰りなさい、お父さん」



 フェトラスは村の入り口で俺の帰りを待っていた。


 見れば、医者のジーさんも椅子に座ってうたた寝をしている。どうやらフェトラスの身を案じて一緒に居てくれたらしい。ありがたいことだ。


「いつからここに?」


「んー。夜が明ける前から」


「……そっか。心配かけたな」


「うん。それで、どう? 終わった?」


「終わってねぇんだよなぁ。あいつ、全然来ねぇんだよ。待ちすぎて疲れたわ」


「…………ねえお父さん。あのね、あのね」


「なんだ?」


「わたし……」


 フェトラスはトコトコと俺に近づいてきて、周囲には寝ている医者のジーさんしかいないのに、とても小さな声でささやいた。


「わたしね、この村では魔王じゃなくて、お父さんの娘として過ごそうって決めて、そうしてきたつもりなの」


「おう。ありがとうな」


「でもね……あのね……ちょっとだけ、魔王になってもいい?」



 すげぇ台詞だな。



「何をするつもりだ?」


「シリックさんが……アレがどこにいるか、調べてみてもいい?」


「……どうやって? 魔法か?」


 フェトラスに併せて俺も小声になる。


「うん。アレからに逃げる時に、使った魔法があるの。あの時は無我夢中だったから、呪文みたいなの忘れちゃったけど……やってみてもいい?」


「――――」


 それは、実際どうなんだろうな。


 フェトラスは意図的に魔王の気配を隠していた。(よく考えたら凄まじい)


 だが、今、魔王の力を振るおうとしているわけだ。


 そしてそれは恐らく、魔槍に捕捉されるだろう。お互いがお互いの場所を捉えるわけだ。


「うーーーん…………」


「ダメ、かな」


「……ちょっとリスキーかな、とは思う」


「でも、わたし、もうこれ以上お父さんを待ち続けるの辛いよ……」


「む」


「不安で、心配で、怖くて、たまらないよ……」


「よし。やっちまえ」


「え。いいの? そんな簡単に」


「お前が苦しんでるなら、悩む必要性ゼロだ」


 俺は隠し持っていたパンと、残りわずかな水を同時に飲み干し、咀嚼そしゃくもそこそこに食らいつくした。


「場所が分かったら俺に教えろ。そして、お前はまた俺の娘として過ごせ。いいな?」


「わたしも一緒に戦っちゃダメ?」


「ダメだ」


「……上手にする。シリックさんも助ける。絶対に迷惑かけないから」


「きっとお前はその通りに出来るだろうし、そっちの方が安全で、手堅くて、間違いは少ないんだろうな」


「なら」


「ただ、お前がシリックと戦うことは許さん。それはなフェトラス、お前が絶対にやっちゃいけいない事の一つなんだよ」


「どうして!? なんで!? わたし大丈夫だよ!」


 居眠りしているジーさんが「ふにゃ?」と寝言を漏らした。


「リスキーだから止めておこう、みたいなこと言っておいて! わたしに手伝わせるのはダメってどういうことよ! お父さんは危ないことしてもいいって言うの!?」


「そうだ」


「……わかんない! わかんないよ!」


 俺はフェトラスを抱きしめた。


「そう言いながらも、問答無用で力を使おうとしないお前を、俺は心から尊敬する。そして感謝もしよう」


「…………」


「ありがとうな、フェトラス。納得出来てないのに、俺の言うことを聞いてくれようとして」  


「……うー!」


 フェトラスは子供みたいに泣き出した。ポロポロと、グシャグシャに、みっともなく。




「でもお前のおかげで、勝機が見えたぞ」


「……えっ?」




「前言撤回だ。お前は魔王の力を使わなくていい」


「それってどういう……」



「まぁ、お父さんに任せとけ」



 フェトラスが魔槍ミトナスの位置を捕捉してくれるなら苦労は段違いに減るが、それじゃ意味がない。


 俺は(たぶんこのプランなら行ける……んじゃなかろうか? なんてことを考えてみたり? 大丈夫かなぁ? まぁとりあえずやってみるか)と思いながら、フェトラスにこう言った。



「とりあえず、村に戻って、飯くって寝るわ」


「えっ。いいの、それ?」


「いい。いい。たぶん大丈夫だろ。つーかむしろ来てくれって感じですらあるわ」


「ぜんぜん分かんない。なんでそうなるの?」


「んー……」


 なんとなく。


 そんな言葉を飲み込んで、俺は「まぁ任せておけ」と言った。



 医者のジーさんを優しく起こして、フェトラスと一緒にいてくれたことに対する礼を口にし、俺は防具を買った際のお釣りをジーさんに渡して、もう一日の入院をお願いした。



 魔槍ミトナス。


 あいつはたぶん、もう、俺の敵じゃない。



 何故なら、ここにいるフェトラスが魔王じゃないからだ。





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