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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
56/286

2-11 カボ商店にて



 村の年老いた医者はこう言った。


「歩けるようになるまで三日、走るなら一週間、たぶんそんな感じだと思うぞい」


 なんとも曖昧な診断だ。しかし、とりあえず後遺症が残るような重症ではなかったらしい。


「しかしまぁ、なんとも災難なことだったのぅ。そもそも何があったんじゃ? 森に何かとんでもない化け物でもおったんか?」


 なんて答えればいいんだコレ。


 俺が曖昧な苦笑いを浮かべていると、医者の視線が冷ややかに俺を貫いた。


「全身切り刻まれ、氷漬けにされ……まさか、魔族でもおったんか?」


「いえいえいえ。そんな。ちょっと同行していた魔女と、その、ケンカになりまして」


「魔女。ほほぉ、それは珍しいの。しかしこの傷は……ケンカというよりも、殺し合いのような……いや、傷は多くとも浅いし、凍らせたのは止血のためか……ふむ……」


 医者は急に俺の顔をのぞき込んだ。


「この村に脅威が迫ってる、ということは?」


 俺は冷や汗をかきながら、感嘆のため息をついた。


(こんな僻地で医者やってるくせに、なんだよこの凄み……)


 人を見抜く目だ。嘘をつけばすぐにバレてしまうだろう。


 俺は慎重に、だがはっきりと村への脅威を否定した。短いその言葉を聞いた医者は俺の顔をじっと見ていたが、やがては破顔した。


「……ま。ええじゃろ。あんなエエ娘さんを連れとる男の台詞じゃ。一個ぐらい信じておくとするかの。カッカッカ」


 うーん。何か色々と感づかれているような……。


 しかし流石にフェトラスが魔王だとはバレていないようである。それは良いことなのだが、あんまり油断出来るような状況ではない。


 俺が今後の立ち振る舞いについて考えを及ばせていると、医者が片手を上げた。


「ときにお前さん、金はもっとるんか?」


「ああ。金貨がいくつかある」


「ほ。金貨か。十分じゃな。これで当分は漁に出なくてすむ」


「え。じいさん、医者なのに漁もするのか?」


「漁師が副業で医者をやっとるんじゃよ」


「か、変わりモンだなじいさん……」


 だが変わり者で助かった。あれこれ聞いてこないし、処置も十分だ。


「縫う必要はないが、だいぶ血が流れとるからのぅ。しかし失血に効く薬や食べ物ちゅうのはこの辺じゃ採れぬから高いのじゃよ……お前さん、どれぐらい入院するつもりじゃ?」


「三日……いや、二日だな。ちょっと始末付けないといけない事もあるんで」



 魔槍ミトナス。


 あれがフェトラスを追ってこの村に来るとしても、最低でも三日はかかるだろう。そして俺が歩けるようになるのも、おおよそ三日後。


 村で戦闘をおっぱじめるわけにはいかないので、森で迎撃せにゃならん。


(っても、勝てる気がしないんだよなぁ……どうすっかなぁ……)



「二日じゃな。さてはて……金貨一枚で足りるかのぅ……」


「なんだよ、ずいぶんボッタくるんだな」



「入院費のことじゃない。お前さんの娘っ子、アレの食費じゃよ」



「あー…………それか………………」


「すんごいの、あの娘っ子は……」



《回想シーン》


「うわあああああお父さんが死んじゃうー! ――――大丈夫? ほんとに本当に大丈夫? ううう、おとうさーん! いやだー! 死ぬなー! うわああああ! ――――えっ? え、うん。まぁ、お腹はそれなりに空いてるけど――――えっ、レストラン? ご飯屋さん? 行っていいの? お肉あるの? ――――そっかぁ、お魚さんばっかりかぁ。でもいいよ! わたし、お魚も大好き! お父さんも一緒に――――ええ、お父さんは行かないの……? じゃあわたしも我慢するよ……――――えっ、でも――――うん、分かった。行ってくるね……でもお父さんも、元気になったらすぐ来てね…………」



 三時間後。


「アンタん所の娘さんが、もの凄い勢いで何もかもを喰らい尽くす勢いでガチャガチャにやらかしまくってるんだが!? もう材料ねぇぞ!?」


「ざ、材料がないって。そんな大げさな」


「この村は小さいんだよ! レストランなんてたまにしか稼働してねぇ! 俺の本業は裁縫屋だ! というわけで急な大口への対応なんて……い、色んな意味で大口だったが……とにかく、本当に金はあるんだろうな!?」


 押しかけてきたコック(裁縫屋)に俺は金貨を支払って「好きなだけ食べさせてあげてください」と言っておいた。



 俺の代わりに様子を見に行ってきた医者曰く「あの娘っ子の食いっぷりを喜んだオッサン達が次々と飯を食わせて、平らげ、なんかもう異様な雰囲気じゃったぞ」と。


 想像したくねぇ。


《回想終了》



 ツヤッツヤに顔を輝かせたフェトラスが病室に帰ってきた。


「ただいまお父さん!」


「お、おう。お腹いっぱいになったか?」


「うん! もう最高だった!」


 幸せそうに返事をしたフェトラスだったが、そんな輝く表情が一瞬で曇る。


「……でもごめんなさい。お父さんが大変なのに、わたしだけ……本当に大丈夫? 平気? 痛いよね。お父さん……死なない、よね?」


 心配してくれることは嬉しいのだが、フェトラスには笑っていてほしい。俺は不敵に笑って、フェトラスの額を指でつついた。


「俺がお前を残して死ぬわけねーだろ。だから、そんな顔するな」


「うっ……だってお父さん、めっちゃ血が出てたし……」


「大丈夫だよ。本当に。まぁ正直に言うとちょっと痛いし、すげー疲れてる。でもその程度だ。心配すんな」


「……うん」


「言ってるそばから眠たくなってきた……少し早いけど、もう寝させてもらうわ……」


「うん。そうして、お父さん」


 俺がベッドの上で横になると、フェトラスは大人しく椅子に座って、心配そうにこちらを見ていた。


「じー」


「……」


 視線が気になる。


 俺は医者に無理を言ってベッドを二つ並べてもらい、そこにフェトラスを寝かすことにした。そして満腹のフェトラスは速攻で眠りに落ち「すぴ……すぴ……」と可愛らしい寝顔を晒したのであった。


 やれやれ……慌ただしくて騒がしいヤツだ。


 でも、うん。幸せだな。


 生きてる。こいつがいる。それだけでいいや。


 魔槍ミトナスの事とか、シリックの事とかは、とりあえず今夜は置いておこう。


 焦らず、回復に専念しよう。


 考えたって、どうにもならないのだから。





 入院二日目。


「ふむ。身体が若いの。それにタフじゃ。良い治り具合じゃぞ」


「そいつはどうも……ああ、腹減ったなぁ」


「食え食え。良い傾向じゃ。……って、まさか、お前さんもあの娘ッ子みたいに食うのか?」


「いやー、節食生活が長かったからそうでもないと思うぞ。あ、えと、ほら、あの娘に食べさせることを最優先でやってたもんだから」


「……ふむ。まぁええ。出血が派手じゃったから食事は控えさせておいたが、食欲があるなら食うべきじゃろ。お前さんも飯屋に行ってこい」


「歩いてもいいのか?」


「ダメじゃ。這っていけ」


「そっちの方が傷口開きそうなんだが」



 というわけで、本来やってないサービスである出前をしてもらうことにした。


 急な呼びつけだったにもかかわらず、金貨を払ったおかげか裁縫屋コックは満面の笑みで了承してくれた。


「いいぜ。作れるメニューは少ないが、魚の鮮度だけは保証しよう。病人食? てぇの? なんか食いやすいのを持ってきてやるよ」


「任せるよ。ただ一つだけ聞いておきたいことがある」


「なんだ?」


「事情があって、俺はこの数ヶ月まともな飯を食っていない」


「…………そうか」


「だから、本当に、滅多にしないことなんだが」


「おう」



「――――期待してもいいか?」



 そしてその言葉は、職人を奮い立たせるには十分すぎるものだったようだ。彼は真顔で「お任せを、お客様」と短く答え、足早に病室から出て行った。


 正直、わくわくが止まらねぇ。


 果物を食って、たまに肉を食って、たまに魚を食って、しかし九割はモンスター肉で構成されていた俺の食事事情。誰かが作ったまともな料理なんて、本当に楽しみで仕方が無い。


 俺ははやる気持ちを抑えて、側に居たフェトラスに話しかけた。


「フェトラス、お前が昨日とか今朝食った飯ってどんなのだった?」


「美味しかったよ!」


「いや、そういうことでなく……何が出てきたのか、とか」


「よく分かんない! でも全部美味しかった! すごく! とっても!」


「お、おう。そうか」


 フェトラス曰く、この村にはあまり肉はなかったらしい。商船がやってくるタイミングはまだ先らしく、あってもせいぜいが乾燥肉だったそうだ。


 だがそれでもいい。魚でいい。フェトラスがこれだけ熱く語ったのだ。絶対美味いわそんなもん。わくわくわく。



 数刻後、運ばれてきた料理。


 湯気が立ち、きちんとした器に入っており、食器があった。それだけで美しい。なおかつ塩以外の香辛料の香りがした。裁縫屋コックは本気で気合いを入れてくれたらしく、煮る、焼く、以外にも炒める、ひたす、色付ける、という様々な調理方法を駆使してくれていたようだった。


「わぁ……なんかわたしが食べたのとは違う……これも美味しそう……」


「お前はさっき食ったんだろうが」


「久々のお食事ということで、それぞれの量を少なめにして、多様なメニューが口に出来るよう配慮しました。……渾身の一皿、という物を持ち合わせていない私のあがきです。どうかご容赦を。そして、願わくば良き時をお過ごしください」


「見た目と香りだけで腹がふくれそうだ……美味そうです。いただきます」


 興奮を隠しつつ、腕を振るってくれた男と、食材への感謝と礼儀を口にした俺は食器を手に取った。


 器が温かい。飯が綺麗だ。素材が輝いている。俺は必死こいて上品ぶっていたのだが、スープを一口飲んだ瞬間に脳みそが爆発した。


「なんじゃこりゃあ!)


(美味ぇ!」


 思考と言葉が完全一致で発生した。


 染みる。染み渡る。口が、舌が、喉が、胃が、内臓が、血液が、脳が、心が、全て満たされていく。飯を食うとか、栄養を採るとか、健康や元気を取り戻すとか、マジ本当どうでもいい。とにかくうめぇ。俺の身体の全てが統べられていく。失っていた物を取り戻し、忘れていた感覚を思い出し、俺は深い所にある根源にたどり着き、そして天に至る。嗚呼そうか、これが「生きる」ということか。


「ずーっ! ズズッ! もぐも、ごくり、はふはふっ! もぐごく!」


 気がついたら医者も、裁縫……コックも、フェトラスも、全員が何か温かい視線でこちらを見つめていた。同時に、並んでいた料理が全て消えていた事にも思い至る。


「美味しかったでしょお父さん!」

「ええ食いっぷりじゃの」

「料理に携わる者として、なんと光栄なことか」


 どうやら無我夢中で食ってたらしい。結構な量があったはずなのだが、もしかしてフェトラスと同じぐらい食う男だと思われていたのだろうか。いや、実際食ったけどさ。


 俺はコックに深々と頭を下げて、こう言った。


「とても、とても、マジ本気で超絶美味かった! ありがとう! ごちそうさま!」


「こちらこそ」と答えてコックは微笑む。


「というわけで、俺はこれから寝る! だから五時間後に飯を持ってきてほしい」


「え!? け、結構な怪我をされていたようですから、暴食は控えた方がよろしいのでは?」


「構わん! 結局のところ、食わなきゃ治らないんだ。金は払う。フェトラスの分も一緒に持ってきてくれ。あー! マジ、本当に美味かった! というわけでおやすみッ!」


 俺はそのままベッドになだれ込んだ。


 眠気は覚えていなかったのだが、確信する。俺はきっとすぐに眠るだろう。そして色々と枯渇されていた栄養素が満たされた俺の体内は、俺が眠っている間にも全力で稼働してこの傷をふさぐだろう。


 余計な事にエネルギー使ってるヒマはねぇ。


 ただ起きた時に、また美味いものが食えるという確信的な期待を抱いて、俺は眠った。




 そして目が覚めては食事を摂り、再び眠り、俺はようやくギラついた意識を取り戻した。


 腹が膨れた獅子は狩りをしないらしい。だが人間の戦争において、空腹は最初の敵だ。本当の敵を倒すために、まずはその空腹を駆逐する必要がある。そして今、ソレは成された。満たされた感覚、研ぎ澄まされた意思。敵を討つには十分だ。


 目が覚めたのは夕方。魔槍ミトナスの移動速度は不明だが、来るとしたらおそらく明日の朝か、昼だろう。地の果てまで魔王を追うと言っていたのだから、きっとアイツはここに来る。


 させるか。させてたまるか。



「じいさん。ちょっと外出していいか」


「……ふむ。まぁええじゃろ。ただし激しい運動はせんようにな」


「おう」


「んー? お父さんどこかお出かけするの?」


「フェトラスはちょっとここで待ってろ。お父さん、ちょっと用事があるから」


「……一緒に行きたいな」


「大丈夫だ。お前はなんも心配せんで、絵でも描いてろ」


 俺はフェトラスにそう声をかけて、残りわずかになった金貨を握りしめて外に出た。




 用事があるのは武器と防具だ。決戦になるだろうから、金に糸目は付けてられない。俺は狭い村を歩き回って、閉店間際だった商店にたどり着いた。


 表には野菜が並んでおり、それを仕舞おうとする店主が一人。看板には「カボ商店」と書かれていた。村には他にめぼしい店はなく、俺は店主に恐る恐る武器と防具はあるか聞いた。


「あるっちゃあるんですが……どんなのをご所望で?」


「あるのか。良かった。じゃあ重いのと、軽いのを両方見せて欲しい。馴染みそうなのがあったらそれを買うよ」


「にしてもそんな怪我した身で。……一体何があったんで?」


「念のためだよ。怪我してるからこそ、安心して眠るために武装が欲しいのさ」


「ふーむ……安心するためだけってんなら……こんな感じですかね」


 提示されたのは鉄製の剣、そして細身の剣。

 武具に関しては鉄の胸当てや、レザープレートだった。


 正直言って、あまり上質とは言えない。


「もっといいヤツはないか?」


「これ以上となりますと、かなり値が張りますよ?」


「構わない。とりあえず見せてほしい」


「……お客さん、ちょっと聞いていいですか?」


「なんだよ」



何と戦うおつもりで?・・・・・・・・・・



 その目には確信が宿っていた。


「……それは」


「ここはへんぴな村ですよ。貧乏くじを引いた漁師が身を寄せ合って、細々と生きている村です。そりゃそうだ。未開の地なんですから。たぶんここは人間領域の末端です。だからこそ、得られる感覚というものがある」


「……――――。」


「なるほど。あのヤブ医者の言ってた通りだ。お客さん、物騒ですねぇ・・・・・・


「……ふん」


「いいでしょう。中古品ですが、とっておきのがある」


「中古品?」


「この地に逗留とうりゅうしていた、王国騎士団の忘れ物ですよ」


 駐留ちゅうりゅうとは違う。逗留とは即ち「一時的な滞在だ」つまり、それは、かつて魔王を捜索する際に組まれた王国騎士団のモノ……!


「そんなモンあるのか!? そりゃ欲しいな。状態は?」


「新品同様、はチト大げさすぎるかもしれない、って感じですか」


 店主は奥に引っ込んで、やがて重たそうな木箱を引っ張りだしてきた。


「どうぞ、ご確認を」


 それはまごう事なき、王国騎士団の装備だった。


 防具に少しばかり欠品があったが、基本的な装備は揃っている。俺はとりあえず剣を手にとって、その感触を確かめた。


 刀身は一般的な長さ。だがかなり重ためだ。確かな硬度があり、長期運用出来る武器という印象。軽く振ってみたところ、全身の傷口が少し痛んだ。


 防具。あるのは盾、胴体を守る鎧、脛当てレガース


 無いのは兜、籠手、膝当てか。


 全て軽装に見えるのだが、ヘビー級の武具だ。


 あと美品だった。恐らくほとんど戦闘を経験していないのだろう。


「全部くれ」


「……盾はいらないかと思いますが」


「……なぜだ?」


「その身体じゃ、こんな重たい剣と盾を持って戦えないでしょう。きっと邪魔です」



 店主のオッサンは、とぼけた顔をしながら恐ろしいことを口にした。


 こいつは、俺が怪我を治す前にナニカと戦うことを確信している。



「……この村の名前、なんだっけ?」


「アルドーレ漁村。世界の果ての一つですよ」


「恐ろしいヤツらが住んでた、って吹聴して回るよ」


「やめてくださいよ。平和で、住民が優しくて、魚が美味い良い所だって宣伝してください。じゃなきゃ、いつまで経ってもここは世界の果てだ」


「違いない」


 俺は笑って、代金を支払おうとした。


「じゃあ、盾以外の全部をくれ」



「金貨二十枚になります」


「高ッッ!?」



 まぁそりゃそうだ、って話しなんだが。


 王国騎士団の装備品となると、高級品だ。しかも魔王討伐を視野に入れていた奴らの装備なのだから、超高級品と言ってもいい。


 だが、十年前の装備なのだ。金貨二十枚は高すぎる。


 つーか俺の金貨はあと五枚ぐらいしかない。


 ちなみに金貨一枚あれば、一週間は十分に飲み食い出来る。


 フェトラスと俺の食費は二日で金貨一枚相当だったが。



「…………えっと」


「……ふふふ」


「まけてもらえたり、しないですよね」


「ご予算は?」


「金貨四枚」


 店主は大きく笑った。


「はっはっは! これは困りましたな! 明日には死んでしまうかもしれない、と覚悟を決めた御仁の予算が金貨四枚とは! なるほど、それなら確かに普通の武装は整うでしょう。しかし、敵は王国騎士団の装備が必要だと感じる程に強大だと言うのに!」


「察しが良すぎて怖い。いや、まぁ、確かに俺が自供したようなもんだが」


「さてさて、困りましたな。残り時間はあまりなく、手持ちの金も無く、勝てるかどうかも分からぬ強大な敵。ならばあとで支払う、というプランは現実的では無い」


「う……」


「他に提示出来る物はありますかな?」


 俺が持っている物……大切なアクセサリーと、友の遺品と、あとは魔獣イリルディッヒの羽根ぐらいか……。


「魔獣の羽根とか、買い取ってくれるか?」


「おや。珍しい物をお持ちなのですね……しかし残念ながら、この村ではそんな物を欲しがるものはおりません。私も転売するルートが思い付かない」


「かなり上質だ。強く、賢い魔獣の羽根でな。しかも割と最近採れたものだ」


「興味深くはありますが……残念です」


「くっ……」


 どうしよう。


 あとは、なんだ。何が出来る?


 売れるもの……価値のあるもの……フェトラスの笑顔とか……? だめだ、売り物にならないし、誰にも渡す気は無い。




 あれは俺のだ・・・・・・


 魔槍にも・・・・魔族にも・・・・神にも渡さん・・・・・・




 俺は店主を真っ直ぐに見つめた。


「どうしても、俺にはコレが必要だ」


「なぜですか?」


「……娘を護るために」


「なるほど。戦う理由としては十分で、命を賭けるにも値することですな」


 ニヤニヤと笑い続ける店主。


 なんだかおちょくられているようで、今更ながら怒りがわいてくる。


「俺はマジなんだよ」


「そうでしょうな」


「だいたい、金貨二十枚だと? ふざけてる。本気で売るつもりあるのかよ」


「世界の果てにある村に突然現れた親子。重症を負い、それでも戦おうとする男。色々な事情がありそうで、身なりを見る限り、金を持ってるようにも見えない。ふむ。売るつもりがあるのかと言えば、確かに。売るつもりはありませんなぁ」


「――――あ?」


 怒りが憤怒にすり替わった。


(この野郎――――)



「では何故、私はこの王国騎士団の装備を提示したのでしょう?」



「――――え」



 憤怒に氷水をブッかけられた気分だった。


 熱と氷がぶつかって派手な湯気をあげ、前が見えなくなる。



「そもそもこれは売り物ではありません」


「なんだと……?」


「こんなもの、こんな所で売れるはずがないでしょう?」


「え、でもだって……ここは商店で……」



「ここ、王国騎士の駐屯所ですよ」


「はぁ!? 表で野菜売ってたじゃねーか!! つーか看板出てたぞ! カボ商店とか何とかって!」



 店主は笑いながら言った。


「その看板、文字がかすれちまいましてね。なんで、上から書いたんですよ」


 嘘だろ!? と思って店の表にある看板をわざわざ見に行くと、確かに「カボ商店」という文字の下にうっすらと「王国騎士団駐留所」という文字の痕跡が見受けられた。


「お前、こんなん王国にバレたら牢屋にブチ込まれるぞ!?」


「こんな所に残された私の身にもなってくださいよ。嫌がらせの一つもしたくなります」


「ハイリスク・ノーリターンじゃねぇか!」


「確かに」


 店主はあっはっはと笑った。彼の笑い方はずっと変わっていないのだが、俺の受け取り方は変化していた。


「この性悪オッサンめ……」


「この村の者以外と話すのは滅多にないことですからな。少しばかり楽しませてもらいました」


「…………それで、結局、この装備は売ってくれんのか?」


「買えないくせに」


「じゃあなんでコレを俺に見せたんだよ! つーかこのやりとり何!?」



「この村に脅威が迫っているんでしょう?」


「む……それは……」


 脅威だろうか。


 あの魔槍はフェトラス以外狙わないと思うが。



「それが何かはありませんが、あなたみたいな人が命を賭けようっていうんだ。そりゃ強い敵なんでしょうよ。それで、王国騎士団に助けを求める、という発想は出なかったので?」


「あ。……はい。出ませんでした」


「なるほど。相手は人間ですか?」


「……違いマス」


「ふむ? なるほど、なるほど。そちらの事情はよく分かりませんが、何か強い敵がいて、それを倒す必要があると。しかし王国騎士団に助けを求めるという発想が出なかったということはどういう事なんでしょうね?」


「……」


「ただのモンスターや動物なら、王国騎士団の装備など必要ないのに。――――魔族ですか? 魔獣ですか?」


「どちらでもない」


「……まさか魔王?」


「それも違う」


「しかし魔の者であると」


「…………」


「酷い矛盾だ。どこかに必ず嘘がある。しかし、嘘を言っているようには見えない。これは困りました」


「…………ああ、もう、分かった、分かったよ。ようやくあんたの意図が読めた」


「血が足りていないのでは? ずいぶんと遅かった・・・・・・・・・


「ちょっと前なら一瞬で分かったんだけどな」


 やれやれ。恥ずかしい話しだ。


 俺は居住まいを正して、こう宣言した。



「王国騎士団に助けを求めたい。敵は強いがソロだ。手を貸してくれ」


「嫌ですよ。そんな怖いモノと戦う気概など、とうに無くしております」


「じゃあ代わりに倒してくるから、装備を貸してくれ」


「いいでしょう。あなたを一時的な王国騎士団の構成員として認めます」



 俺たちは互いにフッ、と笑った。


「酷い茶番だ」


「ええ。とても楽しい茶番でした」



 俺は苦笑いを浮かべて、カウンターに置いてあったペンを手に取った。


「それで、どこにサインすりゃいいんだよ」


「そんなものいりませんよ。ただ、ちゃんと生き残って、噂を流してくださいね。アルドーレ漁村は素晴らしい所だった、と」



 そんな経緯はさておき、実際に装備してみるとかなり重くて、怪我に響いた。なので俺は結局、剣と鎧だけを借りて、あとは革製の防具で身を固めた。魔槍の突進を喰らったら普通に死ぬだろうが、あの射出される刃ぐらいなら微妙に防いでくれるだろう。


 ちなみに革製の防具は買った。


 ここはカボ商店。野菜から武具まで売る何でも屋。


 

 武装を引きずる方が大変だったので、装備したまま病室に戻るとフェトラスが目を丸くした。


「お、お父さん? なにそれ……」


「お父さん肌が弱いからな。ちょっと身を固めてきた」


「…………」


「まぁまぁ、落ち着け。大丈夫だって。お? それお前が書いた絵か? 見せてくれよ」


「ん……」


 差し出された紙を見て俺は驚いた。


 黒い木炭で書いただけの絵なのだが、それは空の上で見た光景だった。


 太陽と、雲と、海と、鳥。風まで感じそうな写実的な絵だった。


「すげぇな……どうやって書いたんだ?」


「えー? 普通に書いただけだよ?」


「普通はこんなに上手く書けねーよ」


 俺はマジマジとそれを見つめ、何度も驚きと喜びのため息をついた。


 装備を固めておきながら、俺は明日戦うことなんて完全に忘れていた。



 でも、明日もこのフェトラスの笑顔を見るんだと。


 そういう覚悟だけはしっかりと固まったのであった。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 漁村のやり取りすごい感動しました!!!こんなの予想つかなかった!!
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