2-8 魔槍、拒絶
俺たちは場所を移動した。フェトラスが辺りを綺麗にしたとはいえ、ここは森の中なので何が起こるか分からないからだ。
まぁ銀眼を発動したせいで、モンスターはおろか動物も彼方へ逃げ出してしまっただろうけどな。でも色々な懸念を払拭するために俺たちは川辺へと戻ることにした。
さて。改めまして聖遺物。
「これが……この槍が、聖遺物なんですね」
「疑問点は多すぎるが、恐らくな」
チラリ、とフェトラスの方を見ると目が合った。
「……」
「……ふふっ」
笑ってらっしゃる。
聖遺物とかもうどーでもいいらしい。
「フェトラス。この辺でモンスターの鳴き声とか聞こえるか?」
「えー? ちょっと待っててね。……【捕音】」
目を閉じてスッと天を仰ぐフェトラス。やがて「何も聞こえないから、いないと思うよ」と言った。
音を、捕らえる、か。
盗み聞きに適した魔法ですねぇ。
俺は一瞬だけ半目でフェトラスを睨んだが、自分の内側からこみ上げてくる照れくささに思わず失笑してしまった。まぁいい。盗み聞きについて言及するのは諸刃の剣だから、やめておこう。
「そんじゃ、状況も整ったことだし……やってみるか」
「何をするの?」
「この聖遺物を発動させてみる」
「出来るんですか?」
「やってみないと分からん、としか言えないな。念のため確認させてもらうが、この槍の名前や能力なんかの情報は全然無いんだな?」
「ありません。見た目も……私の記憶の中にはありませんね」
「俺も見覚えは無い。さーて、出来るかなぁ」
聖遺物の発動には条件がある。基本的には三つ。
適合。消費。代償。この三つだ。
兵士時代に受けた座学。その授業を受けているときにまとめたノートを思い出す。
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《適合》・聖遺物自体が、使用を認めること。
持ち手の感情や経歴に由来することが多く、厳しい条件だと『怒り狂った女性』や『片思い中の老人』しか使えない聖遺物なんかもあったらしい。
条件さえ一致すれば任意での連続使用が可能なのだが、あまり強くはない。
実在が確認されている聖遺物で最も多いのが適合系だ。
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《消費》・文字通り、何かを消費して発動すること。
感情、愛憎、血液、お金、等々。マニアックなのだと『髪の毛』を消費する聖遺物もあったらしい。
連続使用は難しいが、中々に強力な武器が多い。
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《代償》・消費よりも、取り返しが付かないもの。
記憶。幸運。可能性。寿命……誰かの命。一度失えば取り戻せないものを代償に発動する聖遺物。
果てしなく強力だが、連続使用なんてもっての他、決戦用である。
現存する代償系の聖遺物はほとんど残っていない。
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カウトリアは《適合》系だった。
安寧を求めるための苛烈、と学者は難しい言葉を並べてくれたが、ようするに極限までブッちゃけると『ダラダラした休息日を得るために、他の日はめっちゃ仕事する』みたいな志しが必要だった。楽をするために努力する気持ちだ。
そこはかとなく矛盾しているが、カウトリアはそういう武器だった。きっと最初の担い手であった剣士サマは「王国の平和を守るために、何としても敵を討つ」ぐらいの気概だったのだろうが。
さて、この槍はどうだろうか。
《適合》すればそれでよし。
《消費》は分かりにくいのだが、戦う前に必要なモノを理解しておかなければならない。
《代償》だと、取り返しが付かない故にきちんと聖遺物が警告してくれるモノが多いそうだ。明確な意思を持つ聖遺物(ようするに喋る武器)は、ほとんどが代償系と聞く。
(そういえば一度、代償系を使う英雄と会ったことがあったっけ……あのデブ、相変わらずデブのままだといいなぁ。自分の“脂肪”を捧げる聖遺物とか、マジ意味不明だけど強かったもんなぁ)
脂肪なんて身近なものを使うし、取り返しが付きそうなので消費系かと思ったのだが、彼は「代償だ」と言い張っていた。まぁどうでもいい思い出だ。
俺はフェトラスに声をかけた。
「念のため、俺から少し離れておいてくれ。この槍は室内戦闘には向いてないようだが、発見した場所は崩落した屋敷の奥の方だ。もしかしたら周囲を巻き込んで爆発したりするかもしれん」
「えっ、それって大丈夫なの?」
「使い手ごと自爆する聖遺物なんて無いとは思うが、周りへの被害はどうか分からん。とりあえず実験だ実験。そもそも発動出来るかどうかも分からんしな」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。でも、フェトラスは一応離れててくれよな。この槍はお前を不安にさせるみたいだし」
「分かった。でも、もしも何かあったら、わたしは自分で考えて動くね」
「んー。まぁ、そうだな。お前が判断していい」
俺たちがそんな会話をしていると、シリックがそわそわしだした。
「あの、えっと、お気を付けて……」
「おう。シリックも、フェトラスと一緒に離れててくれ」
言われるまでもなく、と答えてシリックはフェトラスと手をつないで俺から距離を取った。
――――手を、つないでくれた。
それはきっと奇跡的な光景だった。
銀眼の魔王は人間と友達にはなれないが、フェトラスとシリックは友達になれた。いいや、きっとシリックもまだ抵抗感があるのだろう。でもその有って当然の恐れをシリックは隠しきった。その自ら手を取ってくれた勇気に、俺は心の底から尊敬を覚えずにはいられない。
(もし月眼持ちだってバレたら、シリックはショック死するだろうなぁ)
色々なことはさておき、ようやく本番。
俺はカウトリアを初めて振るった時のように、精神を集中させた。
(応えろ……) 反応無し。
(持っていけ……) 反応無し。
(捧げる……)反応無し。
ふむ。意思だけでは通じないか。まるで眠っているようだ。
例外的な使い方だと「キーワードを口にする」や「踊ってみせる」とかもあるんだが、それらを使いこなすのはとても難しい。現状、発動方法が分からない聖遺物ってのもけっこうあるぐらいだしな。
再び心を静めて、違う方向性で考える。
ムカツクこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、後悔を思い出したり、これから先の希望を願ったり。聖遺物に問いかけるのではなく、自分の内側から、色々なものを溢れかえらせる。
そしてフェトラスを護りたい気持ちを抱くと、槍と同調していくような感覚を覚えた。
(いける、か……? 護る気持ち……いいや、目的? なにか目的があればいいのか? それは何だ……?)
ゆったりと、夢と現の狭間。
確かな現実が、儚い膜に覆われていくような、自分が遠い所に行ってしまうような感覚。
(ああ……カウトリア以外の聖遺物を使おうとするのは /
バチィッッ!! という音が炸裂した。
何が起きたのか分からないまま、槍が地面に転がる。
「い……痛ってぇぇぇぇぇ!!」
「お父さん!」
「大丈夫ですか!?」
「来るなッッ!!」
俺は制止の言葉を叫び、地面に転がった槍を見た。
発動……じゃない。
これは、拒絶された――――!
美しい槍が、禍々しいオーラを放っているように見える。
[ワタシに 触レルな]
まるでそう睨み付けられているような。
ともあれ、何か特別な事が起きたわけではない。爆発したり、毒を撒き散らしたり、そういう変化はなかった。
「あー、くっそ、痛かった。まぁ痛いだけですんで良かったけど」
ツンツン、と槍を指先で突っついて、とりあえず異常は無かったのでそれを拾い上げた。うーん。どうやら俺が発動させようとすると、怒るらしい。
「お父さん、本当に大丈夫!?」
「おー。だけど失敗だな。どうやら俺には使えそうにない」
「な、何が起きたんですか……一瞬、電撃みたいなモノが見えたんですけど……」
「この槍に、聖遺物に拒絶された。俺のことが嫌いみたいだな」
「そんな……! 人間を護る聖遺物が、そんなことをするなんて!」
「お勉強が足りないなシリック。人間嫌いの聖遺物なんて、教科書にもけっこう乗ってるぜ?」
「そ、それは……」
手に持った槍を軽く振り回してみる。
使い勝手は悪そうだが、この軽さと強固さは武器として使えなくも無い。
能力のことはこの際無視して、このボロい鉄剣の代わりに使っておくとしようか。
「と、ともかく発動は出来なかった、と」
「おう。あ、シリックも一応試してみるか? 拒絶されても痛いだけで済むし」
「……どのぐらい痛いですか?」
「けっこう痛いぐらい」
「……やります」
流石は勇敢な臆病者。
恥を知っているシリックは、その恥を良しとしない。
俺はシリックに槍を渡して、フェトラスと共に少し距離を取った。
槍を受け取ったシリックは感動したような、緊張したような、でも段々と不安が強くなっていくような表情を浮かべた。
「これが聖遺物……思っていたよりずっと軽いんですね」
ふぉん、ふぉん、と振り回して風を切るシリック。
どうやら槍の扱いには不慣れなようだ。
「拒絶はされたが、発動方法はなんとなく分かった。適合か消費かのどっちかなんだが、目的を遂行する意思、みたいなのが条件に近いと思う」
「目的を……」
「おう。まぁ緊張せず、とりあえずやってみるといい。心を落ち着かせて。鍵はその槍じゃなく、自分の中にあるはずだ」
「……分かりました」
石突きとも呼ばれる槍のケツを地面に当て、シリックは目を閉じた。
「私の目的……領民のために……当家の誇りのために……家族のために……」
さっそく難航の気配。
せっかく聖遺物を見つけたというのに、もしかしたら使えないかもしれない。
(王国に持っていって学者に見せれば何か分かるかもしれないが、どっちにせよ時間がかかりすぎるな……)
しばらくシリックはブツブツと何かを呟いていたようだったが、やがて黙り込んだ。良い具合に集中が高まっているらしい。
俺はフェトラスと手をつないでじっとその様子を伺っていた。
やがて。
シリックは、何かにたどり着いた。
「あっ……」
拒絶の反応ではない。
同調。それが始まり、少しずつ聖遺物の封印が解かれていく。
「行けるか……!?」
「待って、お父さん」
フェトラスは俺から手を離し、俺を護るように前に立った。
「ヤバイ」
ギラリとシリックの目が開かれる。
そして、その口から発せられたのは
〈アアアアアアアアアアアアアア!!!〉
魔獣の咆吼に、よく似ていた。