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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
50/286

2-5 期待とアテと現実



 俺たち三人は移動を開始した。


 シリックが言うには、聖遺物はこの先の山のどこかにある、らしい。


「まず聞きたいんだが、情報の出所はなんだ?」


「噂話ですよ。以前、この辺には魔王が作った国があったそうなんです」


「ほう……っていうか、そもそもここがドコかも分からんのだが」


「えぇ……? 漁村のことも知らなかったし、ロイルさん達どうやってここまでたどり着いたんですか?」


「空を飛んだ」


「ははは。面白いですね」


「わたしの魔法で飛んだんだよ!」


「…………」


 フェトラスが自慢げに言うと、シリックは押し黙った。


「……すいません、ちょっと……ええと、確かお二人は村を探してるんですよね? でも飛べるのなら、どうしてこんな所を彷徨さまよってるんですか?」


 嘘を混ぜつつ、かくかくしかじか。


「魔力が切れた、ですか」


「ああ。俺は魔法についてあんまり詳しくないが、どうやらそういうことらしい」


「さっきは飛べそうだったけど、なんか、今は無理っぽいの。……ごめんね?」


 フェトラスが申し訳なさそうにそう呟く。おかげさまで俺の罪悪感がぐいぐい育っていくハメに。


 こっちこそゴメンなフェトラス。俺の都合にもう少しだけ付き合ってくれ。


「まぁ俺たちのことはいいよ。それで、聖遺物についてだ」


「ああ、それは……」



 シリック曰く。


 十年ほど前、この辺一体は未開の地だったらしい。俺たちの家があった所と似たような状況だったわけだ。


 しかしとある魔王がココに拠点を築いた。


 まだ駆け出しの魔王みたいなヤツだったらしいのだが、順調に魔族を集め、モンスターを支配下におき始めていたらしい。放っておけばそれなりの国を築いただろう、と。


 遠出をしてきた漁師達がその様子を感じ取っていたらしい。


 だがある日を境に、魔王はその気配を消した。


 王国騎士団の遠征部隊がこの地を訪れた際には魔族達も姿を消しており、この地は再び「未開の地」と呼ばれるようになった。


 そして騎士団は異常なしと判断したものの、念のために駐留を開始。その際に漁師達と力を合わせて作り上げたのがこの辺で唯一の村、アルドーレというわけだ。



「ロイルさん。国を構え始めていた魔王が姿を消す理由といえば?」


「普通に誰かに殺されたんだろうな」


「では誰が・・?」  


「……通りすがりの英雄?」


「それ以外の結論を私は知りません」


「いやいや。ちょっと待て。自分で口にしておいてアレだが、通りすがりの英雄なんてフレーズは流石に嘘臭すぎる。百歩譲ってそいつがヤったとしても、聖遺物なんて残ってるわけないだろ。普通にそのまま通り過ぎるに決まってる」


「まぁそうなんですけどね。でも、魔王がいなくなったと思われる時期に、この辺で一番近い港町が魔族に襲撃されたんですよ。あ、私の住む領地の一端なんですけど。そしてその魔族との交戦の際に、生け捕りにした魔族が興味深いことを言っていたようなんです」


「ほう。何となく展開が読めたが、そいつは何をゲロったんだ?」


「正確な証言が残ってるわけではないのですが、要約すると、何者かが魔王を討ち、そのまま城の崩壊に巻き込まれた、的なことを」


「…………あー」


 あるある。


 そういうおとぎ話とか伝説。あるある。


「まず突っ込んで良いか? 未開の地に魔王が出ました。これはいい。んで、誰かが魔王を殺しました。まぁそれもギリギリいい。だがしかし――――もう一度言うが、ここは未開の地なんだろ? わざわざ聖遺物の使い手たる『英雄』が出張る理由が分からない」


「それは……やはり英雄としての矜持というか、宿命というか」


「そんなモンに命を賭けるヤツはいない。いたとしても、こっそりとソロで魔王の本拠地に乗り込む馬鹿はいねぇだろ。普通に討伐隊を組むわ。そして当然のようにその情報が残る。……そう考えれば、通りすがりの英雄なんてのがいかにファンタジーな存在か分かるだろ?」


 しかもその魔王とやらは実在証明が曖昧だ。漁師達の証言ってのも、どれほど信用していいものか。


「魔族が港町を襲撃した、ってのは確かか?」


「ええ。それはきちんとした報告書が存在します。生け捕りにした魔族の証言については真偽不明な所もありますが……」


「なるほどなぁ……そりゃ、あるかどうか怪しいって評価が妥当だわ」


 やれやれ、もしかしたら焦りすぎたか?


 もうちょっと腰を据えて、じっくりとシリックの話しを聞くべきだったかもしれない。


 でもあのままフェトラスと村に行ってもなぁ。シリックまで抱えて飛ぶことは出来なかっただろうし、このままシリックを森に置き去りにするのもなんか心苦しい。


「あ。ごめん、今更なんだけど……シリック、ちょっと脅迫してもいいか?」


「ぴぇっ!?」


「すまんすまん。そんな大した話しじゃないから、大丈夫」


「じゃあ脅迫なんて物騒な言葉使わないでくださいよ! ロイルさん、あなた自分がどんな立場にいるか分かってます!? 魔王のパパですよ!? その『歴戦の勇士』って雰囲気からして既に怖いのに、オプション・・・・・が凶悪すぎるんですよ!」


「………………」


 はい、フェトラスが落ち込みました。


「あああごめんなさいフェトラスさん! ちょっと言い過ぎました!」


「いいよ……なんとなく……自分の立ち位置が分かってきたから……」


「ごめんなさい! だいじょうぶ! 私、味方! あなたの味方!」


「無理しないでシリックさん。大丈夫だから。わたし、へいちゃら」


 シリックはおろおろとしていたが、フェトラスの沈痛な顔を見ていると罪悪感を覚えたらしい。彼女はおそるおそるフェトラスに手を伸ばし、その黒髪を指で梳いた。


「ごめんなさい……魔王は本当に怖いけど、フェトラスさんは、そんなに怖くなくなったから」


「……あー。なるほど。ねぇお父さん、コレがさっき言ってたヤツだね」


「は? なんだって?」


「人間がいる時は、魔王じゃななくなる、っていうの。そうだよね。みんなを怖がらせるのはよくないことだもんね」


 こいつほんと良い子だな。


 俺は立ち止まって、両手を広げた。


「おいでフェトラス」

「! はーい!」


 フェトラスはパッと顔を輝かせて俺の胸に飛び込んできた。


「よしよし。こわくない怖くない。お前は可愛い俺の娘だから、自信を持て」

「おっけー!」


「シリックにはもうバレちまったけど、たぶん大丈夫だ。俺はお前を見た瞬間に魔王だと分かったが、シリックはそうじゃなかったろ? きっとそこにヒントがある。パッと見られても魔王だと認識されないように訓練していけば、普通に人間の街で飯が食えるようになるぞ」


「それはとても重要なことだねお父さん! わたし、修行する!」


「おう! その意気だ!」


「ところでどんな修行すればレストランでご飯食べられる!?」


「――――――――」


 すげぇ難問だな。


「シリック。たしかお前、フェトラスのことが『父親を心配する娘』に見えたんだよな」


「え、ええ……最初は普通の子供かと……」


「ふむ……俺とシリックの経験の差か? あるいは……」


 うーーーん……これは実験というか、もうちょい考察がいるなぁ……。


 うーんと、えーと、うーんと。


 よし! いったん諦めよう!!



「とりあえず話しを戻そう。ええと、そもそも何の話しだったか」


「わ、私を脅迫するとかしないとか」


「そうだった。あのな、フェトラスのことを誰にも言わないでほしいんだ」


「……?」


「だから、領地に帰るなり何なりした時に、人間と魔王がつるんでた、みたいな話しを誰にもしないでほしいんだ」


「それはどうしてですか?」


「旅がしづらくなる。親子連れで旅するなんてただでさえ目立つ事してるのに、噂が広まっちまったら面倒なことになるだろ」


「あー。そういうことですか」


「魔王ってだけで討伐隊を組まれるかもしれないし、普通に旅してる親子さえ勘違いから迫害されちまうかもしれない。そんな事態は避けたいんだよ」


 シリックは真面目な顔をして頷いた。


「そうですね。それは確かにあり得る話しです」


 でも、と続けるシリック。


「親子関係の人間と魔王がいた、なんて言っても誰も信じませんよ」


「――――そりゃそうだな」


 ごもっともだ。


「しかし、だ。それでも誰にも言わないでくれ。頼む」


「最初からそういう言い方してくださいよ……そのぐらいの分別はあります。普通にお願いしてくれればいいのに。なんですか脅迫って……」


「もし俺たちの噂が流れたら、フェトラスは人間の街で飯を食うのが困難になる。そしたらフェトラスは」


「えっ、わたしそんなのヤだ」


 かぶせるように悲しそうな声を発したフェトラス。


 魔王が「イヤだ」と表明したのだ。それを見たシリックは涙目になった。


「コレはたしかにきょうはくですね」




 さて。そんな会話をしながら俺たちは川沿いに歩き続けた。


 道中で食べられる物を拾いつつ、雑談をしつつ。


 シリックはどうあがいても魔王が怖いようだったが、フェトラスには少しずつだが慣れていったようだった。


 そもそもフェトラスがシリックを気に入ったようなので、二人の距離は確かに縮まっていった。


「そういえばモンスターが出てきませんね。これまでの遭遇頻度を考えれば、そろそろ影くらい見えそうなものですが……」


「そういえば、危険な森って言ってたけど、シリックは一人で平気だったのか?」


「剣はいまいちなんですけど、弓はちょっと自信がありまして。この辺のモンスターは強靭ですが、群れるタイプではないので何とか。こういう風に見通しのいい場所なら危険は少ないですね」


「なるほど。勝算がまったくない旅ってわけでもなかったんだな」


「私は無謀なことはしませんよ。きちんとリスクと実力を考えて行動してるつもりです」


「それにしたって、護衛の一人ぐらいつければいいのに」


「あー。そうなんですよねぇ。でも捜索隊の人達に四六時中監視されていたようなものだったので、ちょっとヤケになりまして……はい……」


「前言撤回が速いな。無意味なリスクを背負ってどうするんだよ。捜索隊じゃないにせよ、漁村で誰かを雇えばよかったのに」


「アルドーレは本当に小さな村ですからね。駐在兵だって数年前に比べれば人員が削減されてますし、こんなところに流れの傭兵なんていないですから」


「そんなもんか。じゃあ俺たちと出会えてラッキーだった、とか?」


 シリックは苦笑いを浮かべて、何も答えなかった。


 その顔には『魔王と狂人に絡まれてる私って結構不幸なんじゃないですか??』と書かれていた。はっきりとは言わなかったけど。


「……これ聞くのアレなんだけど、気になったことが一つ」


「なんでしょう?」


「その危険な森とやらで、なんで水浴びなんてしてたんだ?」


「あー、って、あの……もぅ」


 シリックの顔が赤くなった。


 いかん。俺もつられて赤くなりそうだ。


「あの時は……その、しばらく湯浴みもしてなかったので、ちょっと……ほら、匂いがモンスターを引き寄せたりするし……見通しが良かったから……」


「あっ……すまん。そうだよな。女の子だもんな」


「……もう!」


 シリックはプイと明後日の方向を向いて、フェトラスの手を取った。(それを見て俺は、なんか知らんが泣きそうになった)


「フェトラスさん、先に行きましょう。お父さんはちょっとデリカシーが無いですから、貴女からもちゃんと教えてあげてください」


「でりかしー?」


「……そういえばフェトラスさんは何歳なんですか? 十歳……いや、十三歳ぐらい?」


「えー? お父さん、わたし何歳なの?」


「まだ一歳にもなってねぇな」


「は!?」


 シリックは驚愕の声を上げた。





 進む。

 休む。

 食べる。

 野営をする。


 シリックは確かに弓の扱いが上手く、木に止まっている鳥を撃ち落としたりしてくれた。フェトラス大興奮である。そしてフェトラスが魔法で枯れ木に火を付けると、シリックが大興奮だった。そりゃそうだよな。魔法なんて滅多に見られるもんじゃない。


 最初の野営ではシリックは何かに怯えていたようだが、ぐーすかぴーと眠るフェトラスを見ているとようやく安心したようだった。すとんと眠りに落ちて、朝までぐっすりと眠っていた。おかげで俺は夜間警護の係だ。まぁモンスターは襲ってこないのだが。


 ――――それでも、カウトリアが無いことが不安でたまらなかったが。



 朝。目が覚めたシリックは呆然と辺りを見渡して、少しだけ泣いた。


「ごめんなさい。起こしてくれてよかったのに」


「いいさ。久々にちゃんと寝られただろ?」


「――――ええ。十分に。ごめんなさい。ありがとう」


 そこにいたのはか弱い女の子だった。


 戦えるとはいえ、一人で森を進むのは怖かったろう。緊張で休まるヒマもなく、また聖遺物を早く探さなくては、という焦りもあったろう。そして更に言うなら、その聖遺物があるかどうかも分からないと来た。


 もし俺たちと出会わなかったら、彼女は心が折れて、アルドーレ漁村に戻っていただろう。そして、きっと泣いたのだろう。


「んん……おなか……すいた……」


 どうやらフェトラスも目を覚ましたらしい。シリックは両手でパチンと自分の頬を叩いて、すっきりとした表情を見せた。


「ある程度日が昇るまでは、ここに留まりましょう。朝食をとったらロイルさんも少し眠ってください」


「ああ。そうさせてもらう。ほら起きろフェトラスー。ご飯だぞー」


「……ごはん! おはようお父さん、シリックさん!」



フェトラスが俺とシリックを連れて飛べるのなら、もっと楽な旅だったと思う。いっそのことフェトラスとシリックをアルドーレ漁村に戻して、俺一人で探索しても良かった。


 しかしフェトラスのモンスター避けの効果は捨てがたく、かといってシリックだけを漁村に戻しても、彼女はそれを良しとしないだろう。「私に恥知らずになれと?」とか普通に言いそうだ。


 そんなこんなで三人の旅路は続き、俺とフェトラスが森に入って五日目。


 ようやく、それらしきものを見つけた。



「あれか?」


「わぁ! 立派なお家だー!」



 森の一部が山に変わるころ。


 その中腹に、建造物の残骸を見つけた。


 木造と思われるのだが、大半が崩壊しており、朽ち果てている。


 城?

 いや、屋敷って呼んだ方がいいレベルだな。



「あった……! 本当にあったんだ! やったぁ!」


 シリックは喝采を上げていたが、俺はそれを制した。


「まぁまぁ落ち着け。確かにそれっぽいが、アテにはならんぞ。あれが魔王の居住区だった可能性はあるかもしれんが、聖遺物の存在はまだ不確かだ」


「そんな! あんなこれみよがしな文明の残骸があるのに! ここは未開の地だったんですよ!? 人間いなかったんですよ!? 絶対アレですって!」


「いや、だからな。この地には王国騎士団が来たんだろ? だったらアレも当然見つけていたはずだ。なら当然捜索されているし、聖遺物だってそいつらが持ち帰ったかもしれんぞ」


「そんな情報は残されていませんよ!」


「金に目がくらめば、百人に一人の騎士は口を閉ざすぜ」

 

「ロイルさんは本当にデリカシーがありませんね! あとロマンも! 絶対アレですって!」


「ダメだこの子。ハイテンションすぎる」


 まぁ気持ちは分かる。


 とりあえず……行ってみるか。



 何だかんだ言いながら、俺も期待はしている。



 聖遺物。


 それがあれば、俺はフェトラスを守れる。




 その時の俺は、そんな希望を持っていた。




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