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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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4 「魔王様、シャベルを造る」



 そして数ヶ月後、俺達は新居を得た。


 と一行でまとめるには味気なさ過ぎるが、その新居建設の苦労を延々と語るのも不毛だ。やれ木を切っただの、組み立てただの。そういうのは趣味じゃない。


 しかし、語るべき出来事もあった。そんな大変だった毎日を軽く説明させてほしい。




 さらなる開拓のために、フェトラスに美味しいご飯を提供するために、新たな活動拠点を。


 まずは木の皮に炭で、家の設計図を書いた。


 フェトラスは家という概念をあまり理解していなかったので、ほとんど俺が作成したが、かなり難航した。俺は大工じゃないし、そんな知識も持ってなかったからな。出来上がった設計図とやらは、まるで子供の落書き。となりで落書きしてるフェトラスの方が、よっぽど上手かった。


 というかフェトラスは普通に絵が上手くて、まるで芸術家の素質が……って、話しがそれたな。いかんいかん。


 設計図を完成させて、次は材料を集めた。やはり基本は木材。丈夫そうな倒木を何本もかき集めた。これがまた重労働。木材と疲れた身体を引きずってる時に襲ってくるモンスターがとてもウザい。勘弁してくれ。


 続いて土台作り。基本にして最重要とも言えるここで、俺は困ってしまった。


「はて。道具が無い」


 シャベルはおろか、バケツも無い。これじゃ何年経っても家など造れまい。


「しまった、ノコギリも無ぇ!!」


 これでは木が切れない。なんだ。俺はいままで何をやってたんだ。鉄の剣で木を切る気か。冗談じゃない。


 こちとら補充が利かない生活だ。だからかなり頑丈な剣を用意してもらってはいたが、流石に建築なんてやってたら剣が歪む。


 無駄骨か。俺はアホか。いや、アホだ。間違いない。


 そう嘆いていると、フェトラスがこう提案した。


「わたしが道具を造ろうか?」


 そう言うやいなや、彼女は魔法で洞窟の壁を削り取った。まるでケーキのクリームを指で取るように、簡単に。


 壁を削り取る。もし今のが俺に対する攻撃だったとしたら――――容易に致命傷たり得る。そんな魔法だった。


 自分が何をしたのか理解していないフェトラスに、俺は。


「んで、どんな道具だっけ?」


「…………ああ。それはだな」


 彼女はシャベルを知らなかった。ノコギリも知らなかった。当然だな。


 ヒマさえあればフェトラスに勉強や知識を教え始めていた俺だが、シャベルは今までの授業に必要なかった。


「ええと、こういう形でな……土を掘り起こすのに使う」


 ちなみに彼女は非常に優秀だったので、俺がただ喋ってるのを聞くだけで賢くなっていった。まったく教え甲斐が無い。だが俺の話を聞いている間のフェトラスの顔を見ているとそんなチンケな感情は消え去った。


「……分かった! じゃあ早速作ってみよー!」


 しかし、そこからが大変だった。彼女はシャベルを造ろうとして、洞窟の壁を石クズに変えてしまったのだ。


 辺りは石クズで散乱し、フェトラスは頭を抱える。


「こ、細かい魔法って難しい……」


「……まぁ、そりゃそうだろ。いつかお前が言ってたみたいに、魔法ってのは基本的に何かを壊すものだからな」


「ううん、負けないもん」



 それから彼女は、何枚もの壁を石クズに変えた。



「今度こそ!」


 繊細なタッチで指先の闇を操るフェトラスは真剣そのもの。


 彼女はクリームみたいな石を、壊さないように慎重に加工した。


 壁は剥ぎ取られ、石クズになって。


 お、いい感じと思えば真っ二つに割れて。



 そして彼女は食う、造る、食う、造る、食う、遊ぶ、食う、寝る、を繰り返した。



 作成開始から三日後。


「で、できたぁ……」


 ばふりと倒れ込んだ彼女のそばに、シャベルが転がっていた。手に取ってみると、確かな手応えが。恐らく強化も施されているのだろう。これなら多少の無茶をしても壊れまい。


「す、すげぇなお前……」


「頑張ったよ…………それで家が造れる?」


「おう、土台作りはこれ一本で十分だ。ありがとう、助かったよ」


「どういたしまして……」


「ところで、斧とかも造って欲しいんだけど」


「………………はいはい。造るよ。美味しいご飯のためだもん」


「よろしくな。それでシャベルのお礼と言ってはなんだが、今日は動物を捕まえてきたぞ。モンスターに狩られそうになってた極上品だ」


「!!」


 俺が差し出した小動物をハンターの目が射抜く。俺は獲物を見せつけながらフェトラスに尋ねた。


「斧の他にもノコギリとか造って欲しいんだが、出来るか?」


「造る造る。もう、なんでも造るよ。大丈夫。コツは覚えた。ところでお肉は!?」


 ぶらぶらと揺れる動物に合わせて、フェトラスの顔も左右に動いていた。



 こうして、彼女は初めて食べる以外の「仕事」を得たのであった。




 俺が家を建てに行っている間、彼女は道具や石製のタイルなんかを造ってくれた。


 シャベルで土台を造り、彼女が造ったタイルを敷き詰める。


 ノコギリで木を加工し、その間に彼女は要所で使用する釘や金具を造った。



 フェトラスの仕事に対する報酬のために、俺はモンスターではなく、動物の狩りをするようにもなった。


 襲ってくるヤツを倒すのと、逃げるヤツを追いかけるのではだいぶ勝手が違うので難儀したが、それでもフェトラスのためと思えば自然と熱が入った。


 それはそれで楽しい生活だったのだが、ある頃から新しい習慣がフェトラスには身についてしまっていた。


 フェトラスが道具を造る繊細な魔法をこなした後。彼女は海に向かって必ず破壊の魔法・・・・・を唱えるようになったのだ。


 水しぶきが綺麗だが、魚達には酷い迷惑だろう。今日もすごかった。



「【ハンバーグ】ぅぅぅーー!!」



 そう叫んだフェトラスは指先の闇を拡大させて、力に変換させ、海を割った。


 海を割ったのだ。


 冗談でも比喩でもない。浅瀬の海底が丸見えだった。



 ちなみに「ハンバーグ」というのは彼女オリジナルの呪文らしい。他にも「白身魚のムニエル」や「大盛りビスケット」、「夢の宮廷料理フルコース」等、実にバリエーション豊かな魔法を彼女は扱う。色んな意味で恐ろしい。


 中でも「夢の宮廷料理フルコース」は最悪の魔法だった。どうやら食事のグレードが上がると、威力も増すらしい。流石はハラペコ魔王だ。



 恒例のストレス発散を終えた彼女は「はい、今日のぶん……」と言って俺にタイルを手渡す。そしてストレス発散のために全開で魔力を使ったせいか、その後フェトラスはすぐに寝入ってしまう事がしょっちゅうだった。体力こそ使っていないが、精神力と魔力を随分とすり減らしてしまったようだ。


 なんか申し訳なくなったので、俺は新居作りよりも狩りを優先させてしまった。決して海を割る肉料理に怯えたわけではない。



 そんな生活を長い間続けた。


 朝起きて、仕事して、夜になったら二人でご飯を食べて眠る。


 まるで普通の家族のようだった。血は繋がっていないけど、二人は本当に親子みたいだった。


 声をかければ笑顔が返ってくる。


 孤独なんてものはとっくの昔に消え去っている。おかげで俺は発狂することなく、毎日を穏やかに刺激的に過ごせているわけだ。


 本当にフェトラスがいてくれてよかった。


 何度も何度も、自然にそう思えた。



 ここに送られて最初の一ヶ月。それはひたすら長く、苦痛だった。


 だがフェトラスと出合ってからの月日は違った。一日が短くなった。毎日がどんどん楽しくなった。



 思えば、割とろくでもない人生だった。


 親なんて知らない。


 悪意に育てられ、善意に助けられ、善意に裏切られ。


 悪意を持って世界に居場所を作り、虚しさを知って、大切なものを知った。



 そして今。


 ここには誰もいない。敵がいない。味方もいない。それはとても楽なことだった。


 だがそこにフェトラスが現れた。


 俗世から離され、一ヶ月の虚無を経て。ある意味で肩の力が抜けていた俺は、きっと産まれて始めて……そう、無邪気に生きることが出来たのだ。フェトラスにつられて、笑顔が増えた。


 まったく知らない時間の流れ方。


 張り詰めていたものが弛緩していく快感。


 抑圧されていた、素の自分の解放。


 だから半年なんていう時間は、ただただひたすらに楽しいだけで、だからこそあっという間だった。



 それは俺の人生において、もっとも充実した時間であった。




 そして、楽しいだけの時間は終わりを迎え始める。


 俺たちは新居を得た。


 住処を変えた。居場所を変えた。小さな一歩を踏み出した。その頃合いを見計らい、俺の運命は「そろそろ休憩は終わりだよ」と邪悪に微笑みかけるのであった。


 本当に趣味が悪いとしかいいようがない。





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