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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第二章 魔槍は誉れ高く
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2-4 一瞬の縁を永続させる方法



 俺はシリックに「フェトラスは魔王なんだ」と告げると彼女は一度発狂した。


 そして「まだ子供だったから可哀相に思えて、保護した」と告げると二度目の発狂をした。


 「色々あって一緒に暮らしてたら、お父さんと呼ばれるようになった」というと、三度目の発狂をした。


 要するに、俺が喋る度にシリックは発狂した。


「ギイイイ! あり得ないアリエナイあり得ない! あなた、何てことしてるんですか! 狂ってるんですか! え、うわっ、でも本当にめっちゃ仲良しですね。フェトラスさんがロイルさんのあぐらの上にチョコンって座ってると本当の親子みたいでも魔王ギイイイイイ!」


 怖い。


 シリックさんマジ怖い。


 美人が歯をむき出しにして、奇声を発しながら髪をかきむしる姿は、単純に怖い。


「こ、これ以上続けると精神衰弱で死ぬんじゃないか……?」


「いえ……続けて……いや、やっぱり続けないでください……」


 シリックは「ぜはぜは」と全身で呼吸しながら、すっと空を仰いだ。


「あっ。おそらきれい」


 分かる。分かるぞシリック。


 こういう時の空は本当に綺麗だよな。


「えーと。うーんと。要するに、フェトラスさんは……」


 シリックの視線がフェトラスに定まる。


 その視線には恐怖と不安があった。


 だが、決して、命乞いをするような、こびるような笑みは浮かべていなかった。


「フェトラスさん。あなたは、誰ですか?」


「わたし? えーと、わたし、魔王フェトラス! お父さんの娘!」


 はーい! といつかのように片手を元気よく伸ばすフェトラス。


 それは見事なアッパーカットとなって、俺の顎を打ち抜いた。


「流石に痛ぇよフェトラス!」


「あうわっ、ごめんごめん!」


 その光景ちゃばんを見ていたシリックは、いよいよ全身の力を抜いた。




「さっき、私が水浴びをしていた時、急に出てきたじゃないですか。その時は私、まずロイルさんに驚いたんです。だって男の人だし」


「あ、ああ。驚かせて悪かったな」


「あ、いえいえ。こちらこそ貧相なものをお見せして……コホン……そして、急にモンスターだ! とか、守れ! とか言われて、また驚いて」


 シリックはちらりとフェトラスを見た。


「ロイルさんが森に消えたあと、この子、ずっと私に声をかけてくれたんです。大丈夫だよ。モンスターいるって言ってたけど、お父さん強いから大丈夫だよ、って」


 にひひ、とフェトラスが誇らしげに微笑む。俺は黙ってその頭をなでてやった。


「私は森の方を警戒していました。だってこの子、まだ子供だったし……でも、段々と、その、違和感が襲ってきたんです」


「違和感?」


「ええ。私は森のモンスターを警戒していたはずなんですが、なぜか横にいるフェトラスさんの方に意識が持って行かれそうになりました。私を励ましてくれる、子供に。でも理性でそれを留めました。私は、森を見続けた――――」


 そうか……だからあんなにも警戒の色が強かったのか。


 そりゃそうか。未確認とはいえ魔王がすぐ近くにいるのだ。無意識に覚えたプレッシャーたるや、想像するにむごい。


「後はご存じの通りです。ロイルさんが戻ってきて、混乱していた頭が少しずつ落ち着きを取り戻して、お二人を改めて観察して、その時にもまた違和感が」


「ほう?」


「私、本当に分からなかったんですよ。フェトラスさんが魔王だって、気がつけなかったんです」


 それはとても興味深い話しだ。


 俺はフェトラスを一目で魔王だと認識した。


 かつて魔王と対峙した(ついでに退治した)という経験があるからなのかは分からないが、とにかく直感的に理解出来た。


 でもシリックはそうじゃないらしい。


「その時のシリックさんには、フェトラスがどう見えたんですか?」 


「……お父さんが戻ってきて喜ぶ娘、ってラベルが貼られた瓶……でも中身が違う……でもラベルにばかり目がいって、中身が読み取れない……大きく『麦酒』と書かれた『ワインの瓶』を見るような……そんな違和感を覚えて、あの、ごめんなさい。なんだか支離滅裂ですね」


「いや……案外、そういうものなのかもしれない」


 俺は犬のようにすっぽりと俺のあぐらの上に鎮座するフェトラスをなで回しながら、呟いた。


「俺たちはわけあって、ずっと二人で行動してきた。だからシリックは、フェトラスにとって始めて出会った俺以外の人間だ」


「ずっと……」


「この子が発生してから今までずっと、だ。色々と聞きたいこともあるから、もう少しだけ付き合ってほしい」


「ねーねー。シリックさん。わたしからも質問いいですか?」


 フェトラスが学校の生徒のように片手を伸ばす。もちろん俺の顎は打ち抜かない。


「あのね、わたし……怖い?」


「――――」


「魔王に見える?」


「――――」


「全てを統べて殺す、殺戮の精霊にしか見えない?」


「――――」


 シリックはその質問に答えず、静かに立ち上がった。そして一歩、一歩、また一歩、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。


「――――」


 そして恐怖でカタカタと震えながら、シリックは、


「むきゅ」


 フェトラスの頭をそっとなでた。


「――――ごめんなさい。とても、とても怖いです。いま、私は、本当に命を賭けてフェトラスさんの頭をなでている」


 その手は「安全だよ」と飼育員に言われながら、猛獣に触れる子供の手つきだった。


「私はもう瓶の中身を知ってしまった。だから、すごく怖い。でももしかしたら……ラベルの方を信じてもいいのかもしれない、って期待もあります」


 ビクッ、とシリックの手が離れる。たぶんフェトラスの髪に隠されていた双角に触れたのだろう。


 だけどその手は、再びフェトラスの髪をなで始めた。


「……わたし、怖い?」

「――――怖かったです」


「……魔王に見える?」

「見えますね」


「殺戮の精霊に……見える?」

「――――」


 シリックは両手をフェトラスの頬に優しく添えて、彼女の瞳をのぞき込んだ。



「怖いし、魔王に見える…………でも、何かを殺してしまうような、殺戮の精霊には見えません・・・・・



 その言葉を聞いたフェトラスは、くるりと身体を回転させて俺の胸元に顔を埋めた。


 小さく震えている。ああ。そうか。


 俺はシリックと視線を合わせて微笑みを浮かべた。


「ありがとう」


「礼を言われるようなことは何も」


「いいや。出会えたのがシリックで良かった。本当に。ありがとう」


 胸元が、温かい涙で潤っていく。


シリックはどさりと地面に座り込んで「殺されるって思ったけど、殺されるとは考えられなかったんです。わけが分かりませんよね。矛盾してますよね。でも、やっぱり、本当に怖かったよぅ……」と。


 やがてシリックも泣き出してしまい、俺は空をあおいだ。


「わぁ。おそらきれい」





「というわけでフェトラス。なんとなくだが、今後の方針が決まったぞ」


「どうするの?」


「さっきのシリックの例えにも出たが、麦酒と書かれたワインの瓶、だ。お前は魔王だが、俺の娘でもある。さて問題だ。お前は魔王か? それとも俺の娘か?」


「両方だよ。そこは間違えちゃいけない所だと思う。わたしは、両方なの」


「そうだな。でもそれはお前と俺の胸の中に仕舞っておこう。いいか、人間がいる時のお前は、俺の娘になる。そして魔王でなくなる」


「………………」



「何故なら、そうした方が、手早く確実に美味いものが食えるからだ」

「!?」



「これはお前のアイデンティティーとか存在理由とかじゃなく、美味しいお肉を食べるために必要な事だ。理解出来るか?」


「理解した! めっちゃ分かりやすかった!」


「よし」


 問題点の一つは一瞬で解決した。


 ふんすふんすとフェトラスは鼻息を荒くした。


「ところでお父さん! なんか村が浜辺の方にあるらしいけど! 行きませんか!」


「……む。まさか、お前、飛べそうか?」


「たぶん飛べる!」


「お、おう。そうか」


 瞳は黒いままだが、マジで今すぐ飛びそうな勢いだな。


 しかし。


「ただフェトラス。浜辺の村で食えるのは、たぶん魚だけだ」


「え」


「漁村だしな。肉は少ないと思う」


「そんな」


「あっても鳥肉ぐらいだろうな」


「そんな……」


 しゅーん、しおしお、へなへな、がっくり、チーン。そんな擬音が似合いそうなザマでフェトラスは地面に転がった。ごめんなフェトラス。これ嘘なんだ。


 いま村に向かわれるのは、ちょっと待ってほしい。もっと重要なことがココにはある。


「えっと、シリック?」


「はい」


「シリックはここで何をしていたんだ?」


 何度かした質問。しかし、今の俺たちは重要な会話を済ませた身だ。彼女は濁すことなく、はっきりと言った。


聖遺物・・・を探していました」


 そう。それだ。


 さっき狂乱時にそんなことを口走っていた。


 牛肉なんていつでも食える。



 だが、聖遺物。


 これは聞き逃していい情報じゃない。

 


「あるのか? この辺に」


「ある、らしい、としか……」



 欲しい。


 単純にそう思った。



 カウトリアが無き今、俺には力が必要だ。


 この娘を守るために、どうしてもそれがいる。



「……なんのために探しているんだ?」


「私の住まう領地に、その……魔王が発生したんです」


「ふむ。まぁ、たまにあるな。それで?」


「私は、領主の五女なんです。領主の跡継ぎでもなく、政略結婚にあてがうには立場が弱すぎる、それ故に富の代わりに自由を得られた、無位の貴族です」


 まぁそんな予感はしてたが、本当に貴族様だったとは。


「自由を得た私は、貴族で構成された自警団に入りました。町娘のように自由に恋をしたり、好きな仕事に就くなんてことは、兄様や姉様を見ていてらどうしても出来なくて……そう、私は恥知らず・・・・になりたくなかった……」


 こんな話しを人にするのは、お友達以外では始めて、とシリックは笑った。


「魔王が発生して、それに出くわした者達がそれの討伐にあたりました。でも失敗したんです。魔王には手傷こそ負わせたものの逃げられてしまい、やがて自警団にも討伐要請がかかりました。もちろん王国騎士団にも通報はしたのですが、部隊が到着するには時間がかかるらしく……」


「魔王に手傷を負わせた、か……」


「ええ……」


「一番まずいパターンだな」


「そうなんです……」


 街中で急に五人がかりで殴られた闘士がいたとしよう。その闘士は逃げ出して、その後どうすると思う? まぁ、普通に仕返しに来るよな。これはそういうシンプルな話しだ。


「王国騎士団も忙しいから、すぐには動けないだろうな。しかも相手は手負いの魔王。時間がかかれば準備は整うが、その分魔王の殺意も実力も高まる。だから入念な準備が必要、か。……典型的な悪循環で、普通に緊急事態だな」


「そして私は討伐隊じゃなく、捜索隊に配置されてしまったんです」


「なるほどねぇ」


 捜索隊。


 それは聖遺物か、それを所有する英雄を探す部隊。


 だが見つかるもんじゃない。


 普通はない。


 そんなもん、魔王を探すより難しい。


 だからこそ・・・・・、か。


「領主の……御父上の意向か?」


「間違いなく、そうでしょうね」


「なるほど。探すフリして安全な所に逃げろってか。親としては当然か」


 娘が危険な目にあわないように、魔王なんてモンと戦わなくて済むように、手配したわけだ。


 そしてシリックは自嘲気味に笑った。


「ロイルさん。お父様は私の事を分かってないのです。私は自由を得て、その自由を領民のために捧げました。私は、恥知らずに・・・・・なりたくない・・・・・・のです」


 それは彼女がいつか誓ったのであろう、決意の言葉だった。


「自警団のみんなも優しくて、捜索隊と言いながら私の警護をしてくれました。はは、まるで小旅行みたいでしたよ……でも私は、それがすごくイヤだったんです」


 彼女は悲しそうに笑った。


「貴族として役に立たない私を貴族扱いするなんて、まるで小銭を金庫の中にいれるみたいで、気味が悪くないですか? それは間違った生き方です。だからこっそりと、一人で聖遺物の捜索に出ました」


 気高い理念だった。


 しかし、同時にとても幼い。


「世界はおとぎ話じゃなくて、歴史書で語られるぞ」


「分かってます」


「いいや、分かってない」


「実感はしてません。でも理解はしています」


「自分が死ぬことを?」


「しかも後悔と無念に包まれながら」


「ならば、どうして……」

「決 め た こ と 、だからです」


 はっきりと、区切るようにそう言われた。


 ああ。


 いびつで、幼い、だが気高い。


 彼女は後悔することを確信しつつも、決意に殉じることを決めたのだ。自分が自分であるために。


 俺はシリックに頭を下げた。


「すまなかった。ちょっと見くびってた」


「……いいえ」


「言いたいことは山ほどあるが……言っても鬱陶しいだけだなコレ」


「……ふふっ。自警団のみんなも、お父様も、お兄様達も、ロイルさんみたいだったら一人旅なんてしなくて良かったのに」


「ふーむ。そっかぁ……うーん……」


 俺は悩んだ。


 そばではフェトラスが死体のようにピクリとも動かないまま寝そべっている。


 肉が食えないと分かっただけでコレだ。もう飛べないだろうな。



 だから決めよう。


 シリックのように、覚悟を決めよう。



「フェトラス。ちょっと真面目な話しがあるから起きろ」


「はい」


 俺が真面目なトーンで声をかけると、フェトラスもすぐに起き上がって真面目に答えた。


「なに?」


「お前に聞きたいことがある。でも本当は聞きたくないことだ」


「わかった」


「……俺が、お前以外の魔王を、殺す、って言ったらどうする?」


 フェトラスは首を傾げた。


「わたし以外の魔王?」


「おう。本気で聞きたくないが、必要なことだから聞く。お前は、俺がフェトラスの同族を殺すと言ったら、どう思う」


 シリックの顔面が面白い具合に固まっていた。


「あの、ちょ、ロイルさん馬鹿なんですか?」


 無視。


「うーーん……わかんない」


「分からない、か」


「だって見たことないもん。お話ししたことないもん。でも分かってる事もあるかなぁ」


「なんだ?」




「その魔王? がお父さんを殺そうとしたら、わたしはその魔王を殺すよ」




 こ

 わ

 っ

  。


 うわああああ怖ぇぇぇぇぇ! フェトラスの真顔怖ぇぇぇぇぇ! なんか嫌な記憶思い出すぅぅぅぅトラウマなっちゃってるぅぅぅぅぅ!!


「そ、そうか」

「うん。だから、同族とか言われてもピンと来ないや」


「そうか……」

「うん」


 俺はちょいちょいとフェトラスを手で呼んだ。


「なーに?」

「ごめんな。イヤな質問して」


「別にいいよー」

「信じねぇ」


 俺はギュッとフェトラスを抱きしめた。


「悪かった」

「…………ん」


 言葉だけじゃ足りないから抱きしめた。そして更に、俺は言葉を重ねた。


「でも、もしかしたら、俺はシリックの言う魔王を殺すかもしれない」


「そっか。うん。いいよ。お父さんが決めたことだもん。でも、どうして?」


「お前のために、って言ったら信じるか?」


「あったぼうよ」


「どこで覚えたそんな言葉」


 俺はフェトラスを解放して、顔面が固まったまま放心しているシリックに声をかけた。


「シリック。取引がしたい」


「ハーイ。ナンデショー」


「この辺に聖遺物があるんだよな?」


「不確カナ情報デスケドー」


「それ、見つけたら俺にくれ」


「――――は?」



「代わりに俺はシリックの魔王を殺す。どうだ?」



「――――はぁ」


 シリックはあんまり理解してないご様子。


「ロイルさん、聖遺物ほしいんですか?」


「欲しい。すげぇ欲しい」


「なんでですか?」


「この娘を護るためだ」


「……魔王を殺す武器で?」


「魔王フェトラスを護るために」


「ロイルさん。やっぱ頭おかしい人だったんですねぇ」


「否定はしない。で、どうだ?」


 シリックは少しばかり理性が戻ったのか、居住まいを正して唸った。


「でも、ロイルさんにその聖遺物が使いこなせるかどうかは分かりませんよ?」


「ああ。合わなかったらもちろんシリックにやるよ。でも、もしも適合出来たら、その所有権を俺にくれ。代わりに俺はシリックの魔王を倒してみせるから」


「名前も知らない魔王に、性能も分からない聖遺物で挑むなんて……ロイルさんこそ、おとぎ話じゃなくて歴史書を読むべきです」


「……そうだな」


 フッと笑って、国家元首・魔王ギィレスに挑んだ時のことを思い出す。


 怖かった。小便もチビった。死ぬと確信した。


 次に『月眼の魔王』と対峙したあの日を思い出した。


 ……お、思い出したくねぇ。


 だから――――発生したての魔王が、とんでもねぇ雑魚に思えるわ。



「ま。とにかくだ。ここで出会ったのも何かの縁。とりあえず聖遺物の捜索隊に俺達も加えてくれよ。それなりに戦えるし、知識もある。きっと役に立つぜ?」


「う……でも……」


 お悩みシリックさん。


 改めて見ると、このねーちゃん、可愛いな。


「うーん……」


 つーか、そうだよ。久々にシャバのおねーちゃんと会話してるわ俺。兵士……いや、傭兵部隊の頃は娼館とかでそれなりにお世話になってたし、英雄の頃はモテたけど、レジスタンスになってからは全然だわ。そもそもメンバーに女っ気が無かったし、潜伏してるし、捕まってからはババアか性格クソな女しか見てねーし、そういえばあの魔女も顔立ちは良かったけど魔女だし。


 ところがどうだ。シリックさんですよ。


 あ、だめ、思い出しちゃダメ。


(ええ身体しとったわ……)


「あの、ですね……ロイルさん?」


「はひぃッ!?」


「え、ちょ、なんですか急に」


「なんでもありやせんお嬢!」


「…………」


「いや、本当にすまない。続けてくれ」


「……あの、普通だったら、断ります」


「ん?」


「急に出会った男性が同行するだなんて、あり得ません」


「……そりゃそうだな」


「でも……ロイルさんは、フェトラス、を、連れている」


「我が娘、魔王フェトラスだな」


「はっきり言って意味不明です。今も、狂ってる、って思います。でもお二人が親子なのは実感しました。……本当に、本当にフェトラスを護るために?」


「ああ。どうしても必要だ」



 ここが人間領域で良かった。


 もし魔族生息地だったら、俺はおそらくフェトラスの背中に隠れて怯えながら生きて、そしていつかは暗殺されていただろう。


 だけど人間領域だと、フェトラスが安心して暮らせない。暗殺……討伐される可能性がどうしても消せない。


 だからどっちにせよ、俺には力が必要なのだ。


 この娘を護るために。


 俺が殺された後、この娘が世界を憎んで、壊してしまわないように。


 俺たちはまだ会話が足りないし、食べたりないし、楽しみたりてないのだ。いつか俺が先に死んでも、フェトラスがこの世界を愛せるようになるまでは、まだまだ時間が必要だ。


 すとん、と覚悟が決まった。


 フェトラスを護る。


 それは俺の結論だ。


 そしてそれが同時に世界を護る・・・・・ことに繋がっていると、俺は今更気がついた。



 月眼の魔王に、憎しみを抱かせてはいけない。



 背中に強烈な寒気と、凄まじい重圧がかかった。


 そうだよ。今は俺がいるからいいけど、もしもコイツが一人ぼっちになって、混乱と恐怖にとりつかれたら?


 月眼の魔王が、その権利・・・・を行使しようとしたらどうなる? 


 フェトラスが、殺戮の精霊として振る舞いだしたら。


(――――マジか)


 どう考えても世界が滅ぶじゃねぇか。



 俺がそんな事を考えている間、シリックも同様に考え事をしていたようだった。


 俺が顔を上げると同時、シリックも顔を上げてバチッと視線が交差した。


「繰り返しますが、貴方たちが仲の良い親子だということは、実感しました」


「そりゃ良かった」


「でもどうしても理解が出来ない。人間と魔王が一緒にいるだなんて、しかも護るだなんて。でも……そうですよね……ロイルさんは、私のお父様と同じなんですね……」


「……親は、子を護りたいもんさ」


「そっかぁ。お父様と同じかぁ」


 シリックは天を仰いだり、うなだれたり、俺を見たり、フェトラスを見たり。


「分かりました。もし聖遺物が発見出来て、しかも適合したらソレはロイルさんにお譲りします。そして魔王を倒してください」


「……信じてくれるのか?」


「こう言っちゃなんですけど、お二人とも、悪い人には見えませんからね」


 その言葉を受けて居住まいを正した。


「今から俺が口にするのは誓約だ。俺はシリックの全てを助ける」


「えっ……」


「恥知らずになりたくないって言ってたよな。その気高さと、シリックの魂の一部であろう領民を俺は魔王から護る。そして一人でも旅に出た決意、その誇りを、俺は完遂させると誓う」


 シリックは目を丸くして。


「すごい」


 と言った。


「は?」


「いやぁ……すごい、なんか、熱烈なプロポーズを受けたような気分に……いや、すいません、その、忘れてください。はは。ははは」



 段々と顔が赤くなっていく。

 え。なんで。なんで照れてんのこの人。



「ご、ゴホン! とにかく、ぶっちゃけ聖遺物があるかどうかははっきりしてません! あと私は普通に弱いです! それでもいいですか!」


「いいよ」


「フェトラスさんも! 私、まだあなたの事がちょっと怖いから、変な態度取ったりするかもしれませんけど、いいですか!」


 急に声をかけられたフェトラスは「んー」と悩んで


「わたしはシリックさん怖くないし、好きだからいいよ!」


 と言った。



 こうして、相互理解を深めた俺たちの次の行動が決まったのであった。



 目標。聖遺物。


 ターゲット。魔王。


 目的。フェトラスを護るため。


 最終目的――――幸せになるために。





「ところでシリック・ヴォールって偽名だよな」

「ええっ、なんで分かったんですか!?」


「経験則? みたいな。なんとなく確信した」

「そ、そうですか……ええ。偽名です。自警団で貴族の扱いされたくなかったから、家名とは全く関係のない名前を使うことにしたんですよ。私が領主の娘というのは周知の事実ですが、私は」


「恥知らずに生きたくなかった、か」

「……ロイルさんは本当に話が早い方ですね。これ、あんまり周りの人って理解してくれないんですよ」


「そりゃそうだろうな……」



 俺はシリックに本名を尋ねるのを止めた。


 ここにいるのは領主の五女じゃない。


 その誇りだけ受け継いだ、戦士なのだから。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 登場人物みんなかっこよくて好き。ロイルは英雄だけど人間で、フェトラスは魔王だけどロイルの娘で、カルンだってあいつなりの信念とか宗教とか正義に従って生きてたし、シリックは気高いし、まじで大好…
2022/03/13 21:53 サットゥー
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