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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
幕間 フェトラスの成長記録日記
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50日目 魔の方法・後編



 永い時間、俺は考え抜いた。


 自分が何をすべきか、改めて根本的な部分から見直した。


『フェトラスが唐突に魔法を習得した』


 これによって何が起きるのか、どうすべきなのか、何が出来るのか。そういうことを必死で考えた。


 出ない結論を延々と考え抜いた。


 そう、結論は出ない。出るわけがないのだ。何故なら判断材料が無いから。


 故に必要なのは、決断であった。




 フェトラスは「あちち」と手を振っている。


 先ほどまで手にしていた木の枝は既に灰となって散っている。


 洞窟の内部は先に唱えられた魔法によって温められている。夏の季節には必要の無い魔法。だが湿気が取れたのか、そう不愉快な暑さでもない。


 たった二つの魔法。


 魔女と共闘したこともある俺から言わせれば稚拙で、効果も小さな魔法だ。


 だが、それはあくまで魔女と、俺が知るなかでも『トップクラスの魔の者』と比較してだ。


 

「あー、びっく『そらこっちの台詞だ!!』し、うえええ!? ど、どうしたのお父さん!?」


 枝が燃え尽きて、実際には三秒ほどの時間だろう。


 フェトラスの呟きの途中で突っ込みを入れて、ようやく俺は「今」に帰る。



「びっくりしたわ! いきなり魔法使うとは驚きだな! すげーなお前! ちくしょう!」


「え、っと、怒られてる? ごめんなさい……」


「半分怒って、あとは驚きと呆れだよ!」


「ど、どっちにせよ良い感情じゃないね」 


「おう! そうだな!」


 深呼吸しんこきゅう。


 俺はフェトラスとの会話中にも神速演算カウトリアで自分自身と話し、それを交互に繰り返しながら、自分がすべきことを一生懸命に考えた。


 彼女は俺をお父さんと呼ぶ。


 だが俺は子育てをされたことも、したこともない。


 さて。子供が悪いこと――――いや、自覚が無いのだからそれを責めても仕方が無い――――そう、子供が「危険なこと」をした時は、どう叱るのが正しいのだろうか。


「あのなフェトラス……今の、魔法だよな」


「う、うん。たぶん」


「たぶん?」


「そんなに怒らないでよぅ……」


 フェトラスは瞳を潤ませながら、下唇をかみながら、ちょっぴりうつむいた。


 はて。俺はそんな憤怒の表情を浮かべていたのだろうか。怒りなんざ数時間前・・・・に処理したのだが。


 いずれにせよフェトラスには見せたことのない表情を浮かべてしまっていたのだろう。俺は両手で自分の頬をパンと叩いて、気持ちを再度リセットさせた。


「すまんすまん。別に怒ってるわけじゃないんだよ。ただ、死ぬほどビックリしただけで」


「びっくり……やっぱり、悪いことした? 魔法はダメ?」


「ダメっつーか……そもそも、いつからだ? いつから魔法が使えるようになったんだ?」


「いまさっき初めて使った……」


 マジかよ。


 魔法って、そんな先天的な物なのかよ。


 狼が遠吠えを覚えたり、リスが木の実を埋めたりするのと同レベルかよ。


「きっかけも無しに?」


「きっかけ……きっかけ……うーん、何かあったような……ごめん、よくわからない。ただ、火が付けられたらお父さん喜んでくれるかなぁ、って思って、そしたら、なんか世界がグルーって」


 神速演算は「お父さん喜んでくれるかなぁ」の所を何度も俺に味合わせてくれた。


「嬉しいこと言ってくれんなこのヤロー! かわいいやつめ~」


「えっ、ちょ、いきなり何!?」


 フェトラスからすればさっきまで怒ってた俺がいきなり顔をほころばせてハグしてきたものだから、素直に受け止められずに困惑しているご様子。


 きっかけは? → よくわかんない→ かわいいヤツめ~、じゃ確かに混乱するわな。


 うむ。やはりフェトラスは悪いことはしていない。ただ無自覚に危険なことをしただけだ。


 だから叱るのではなく(それとも叱って強烈に印象づけるか?)魔法がどんなに危険なものか(いや危険だと押しつけるだけなのはどうだろうか。魔法の本質は危険ではなく、それを扱う者で)分かるようにきちんと教えて(俺は魔法を使えないのに、ほとんど何も知らないのに、何をどう教え)


――――思考がまとまらねぇ!


 よし。


 考えがまとまらない。


 まぁいつものことだ。


 なので俺は基本的に話しを進める時は「諦め」や「なるようになれ」という受け入れ方をする。「ま、いいか」という口癖がそれに当たるな。


 ただ時々はきちんと「決断」をする。


 そして今回の俺は決断をしたのだった。



「いいかフェトラス。まずは俺のために火を熾そうとしてくれてありがとう」


「う、うん」


「それから怖い顔? とかしてごめんな。嫌な気持ちになっただろ」


「それはわたしが悪いことしたから……」


「お前は悪い事はしてない。ただ、危険なことをした、という認識はもってほしいな」


「きけん……あぶない?」


「そうだ。手、火傷してないか? 見せてみろ」


「あっ」


 フェトラスの手を取ると、少しだけ指先が赤くなっていた。


「氷があれば冷やしてやりたい所だが……まぁ軽傷だしすぐに治るだろう。痛いか?」


「ちょっとヒリヒリするぐらいだから、平気」


 俺は気持ちの分だけでも冷ましてやろうと、フェトラスの指先を軽く舐めて「ひゃぁぁ」フーっと息を吹きかけた「ふぉぉぉ」


「お、お父さん! 今のなんかすごくドキドキした!」


「驚かせたか? すまんすまん」


「これが驚く……は-。へー。ん?」


 フェトラスは納得したような、疑問を覚えたような、不思議な百面相をして首を傾げた。


「なんだよ。変なヤツだな」


「んー。よくわかんない」


「…………まぁ、いいか」


 再度俺はフェトラスに座るように指示し、俺も居住まいを正した。


「さてフェトラスさん。あなたは先ほど、軽率に危険なことをしました」


「は、はい」


「まず、お前が使ったのは魔法だ」


「魔法……あれが」


「そうだ。魔王や魔族、魔獣に魔女、あとはほんの少しの例外。そんな『魔』のあざを冠する者が行使する法だ」


「人間とかモンスターは使えないの?」


「使えん。まぁ魔女は人間だが……人間離れしてるから、人間扱いしない人達もいるな」


「ふーん」


 フェトラスは葉っぱで作った座布団の上で「ふむふむ」と頷いた。


「で、だ。魔法というものは危険なものだ」


「あぶないんだ」


「そうだ。実際、お前もちょっと怪我しただろ。指」


 フェトラスは赤くなった指を「これ?」と反対側の手で指さした。


「簡単な魔法で良かったが、自覚しないまま強い魔法を使ったら、腕が焼け焦げてたぞ」


「げげ。それはイヤだなぁ」


「俺も死んでたかもしれん」



 フェトラスの目が大きく見開いた。



「……?」


「ああ。最初に使った魔法。あれは失敗だったろ? 木の枝を燃やそうとして、でも結果は洞窟の中が暑苦しくなっただけだ。いまは外からの風が吹き込んできて、マシに戻ったが」


 俺は戸惑った。


 フェトラスが異様に真剣に俺の話しを聞いている。身体は硬く緊張しており、まばたきの回数が多い。動揺しつつ、瞳だけがキョロキョロと、見るためではなく思考の表れとして忙しなく動いている。


 ……と、とりあえず話しを続けるか。


「最初の魔法がもし、強いものだったら? 温かくするどころか、全てを燃やし尽くすものだったら?」 


「あっ......」


「お前はまだ魔法の初心者だし、そもそも幼い。そんな高度な魔法が使えるとも思えないが、悪いな。俺は魔法を使えないからその辺の危険度リスクは測りかねる」



「分かった。もう二度と使わない・・・・・・・・・


それはちょっと違う・・・・・・・・・



 俺とフェトラスはしばし見つめ合った。



「でも、魔法って危険なんでしょ?」


「使いこなせないから危険なんだよ」



――――果たしてこれはフェトラスに伝えていいことなのだろうか。もっと時間をかけて、ゆっくり教えるべきなのでは? フェトラスの成長を待って、それから改めて魔法の使用許可を出すか?


――――だが俺はフェトラスをちょっぴり知っている程度でしかない。そして魔王さつりくのせいれいのことは割とよく知っている。そしてその魔王の本能が生み出す結果を。


――――故に、俺は、今、伝えないといけない。


――――幸か不幸か俺には考える時間があった。


 願わくばこれが後悔になりませんように。そんな祈りをナニカに捧げて、俺は口を開いた。



「魔王や魔族にとって、魔法とはあって当然のことだ。身近なことだ」


「うん……」


「魔王フェトラス」


 ぴり、とフェトラスの顔に緊張が走った。


「はい」


「お前はさっき、魔法で何をしようとした?」


「……火を、火を熾そうと」


「それは小目的だ。本質的には、お前は俺を喜ばせようとしてくれたんだろ?」


「!」


「ありがとうな」


 俺はそっと立ち上がって、フェトラスを抱きしめた。頭をなでた。そして手の平にゴツゴツと当たる魔王の双角は、より一層の「危機感」を俺に覚えさせた。


 だがそれがどうした。


 こいつは俺を喜ばせようとしたんだよ!



 俺の教育方針はな!!


 褒めて!!! 伸ばすんだよ!!!!



 フェトラスから離れて俺は彼女の顔をのぞき込む。



「俺はお前が、怪我の一つも負わずに火を熾してくれたら嬉しい」


「ん……」


「自分で自分の身を守る術を得てくれたら嬉しい」


「守る……」


「危険な魔法を、危険なく安全に使ってくれたら、嬉しい」


「……………………」



「だから俺はこう言うんだ。魔法を二度と使わないなんて覚悟を決めるには、まだ早すぎる・・・・・・


 俺はフェトラスの前にレールなんて引かない。ただ前に立って道を指し示し、勧めるだけだ。


「使うなとか、上達のために練習しろとか、そういうことは言わない。でもお前には考える時間が必要だ。自分が何を出来るのか、何をすべきなのか。焦らずに、ゆっくりと」


「……はい」


「いろいろ言ったが、要するに、だ。俺を喜ばせようとしてくれたのは嬉しいが、それでお前が怪我したりすると俺は全然嬉しくないどころか、逆に怒るからな? ってことで」


 伝わっただろうか?


 俺の気持ちや言いたいことは完全に伝わっただろうか?


 きっと伝わってない。言葉は不完全だ。


 そして俺とフェトラスでは価値観も、知識量も、倫理観も経験も、時間と種族単位で何もかもが異なる。


 でもフェトラスは。




「はい!」



 すんげぇいい姿勢で右手をあげて、元気よく、真っ直ぐに返事をしてくれた。



 だから、まぁ、いいじゃねぇか。



 あー。魔獣イリルディッヒがなんか言ってたっけ。


 その時は? お前が? やれよ? 的な?



――――俺はその言葉に対する結論を出さないことに決めた。判断材料が無いから、考えるだけ無駄だ。





 こうしてフェトラスは初めて魔法を放ち。


 十日もしないうちに、火を熾す魔法を「使える」ようになったのであった。






魔法。


ヴァベル語による「魔」のあざを含む者が行使出来る、世界を変える方法。


伝説級のシングルワード。

【火】や【水】や【死】や【毒】という、一単語で紡がれるあり得ない魔法。現存する使い手は両手の指より少ないと思う。たぶん。


基本的なダブルワード。【炎閃】や【凍壊】といった、効果が単純で限定的なもの。


大魔術。フォースワード。【緋翔陣弾】や【蠱毒天蓋】といった、効果が複雑で応用が利くもの。攻撃魔法だと高威力かつ広範囲になるが、発動に時間がかかるのと、集中力と魔力がいる。


六単語も連ねる魔法といえば、もはや儀式である。使える者はあまりいない。面倒だし。そこまでする必要性がない。相手を焼き殺すだけなら別に強大な魔法じゃなくてもいいわけだし。



魔王と、魔族と、魔獣と、魔女。


それぞれが使う魔法は微妙に異なる。


呪文のルールが少し異なるように思うが、これについては研究不足だろう。


とっかかりとしてはココか?


あまり無作為に研究を進めると私も処分されてしまうかもしれないが、さて、どうしたものか。



    ――――百年魔女の手記より抜粋。



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