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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
幕間 フェトラスの成長記録日記
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7日目 最高の調味料・後編



「魔獣様はとても心の広いお方でした。


 ええ。私としては人生で何度目かの「死の覚悟」が完了していたのですが、あの方はたいへん慈悲深く、そして好奇心旺盛な方であり、そして何よりとても強かったので、余裕を持って私の話しを聞いてくださったのです」



 なーんて、将来誰かに話す時のための原稿を頭の中で思い描きつつ、俺は魔獣の前に腰を下ろした。


《まずは話しを聞かせてもらおう。そこに座れ》と言われたので、素直にそれに従った結果だ。


 人間と魔獣が座り込んで対談、なんてね。まるでおとぎ話だ。



《お前は、魔王を……その、なんと言えばいいのだ? つまり、魔王を保護しているのか?》


「そうなりますね」


《なんのために……》


「話し相手になってもらうためです」


 実はこうして対話してる最中も(咄嗟に敵意を向けられたらどうしよう)とか(この体勢からの反撃は、まず回避してからでないと話しにならない)といった風に、神速で演算中な俺。


 正直、未だに脳内が戦闘態勢なので、俺はあまり会話に集中出来ていなかった。



《話し相手?》


「実は俺、島流しの刑にあいまして。ここには人間って俺しかいないんですよ」


《それで、魔王を? よりにもよって? まだモンスターの家畜化でも試みる方が建設的であろうに》


「そうなんですけど、やっぱ、誰かと喋りたいなぁ、って」


 魔獣は呆然としていた。眉間にしわが寄っているようにも見える。


「そういう意味では今のこの会話も俺にとっちゃかなり貴重で、その、緊張感がハンパねぇんですけど、充実感があります」


 魔獣はほとほと呆れたように、だが少しだけ笑みを浮かべた。


《その魔王とは、どのような者だ?》


「まだ子供ですよ」


《子供……魔王の?》


「ヴァベル語も機能してませんし」


《分かった。さてはお主、気狂いだな。なるほど。死にたいのなら、痛み無く殺してやるが?》


「いやいやいやいや! 全然! 正気です! 自分が何をしてるのか自覚ありますし、いざとなったら・・・・・・・、ってのもきちんと視野に入れてます!」


 見ないようにはしてるけど!


 魔獣があんまりにも楽しそうに言うので、俺は少し気を抜いた。


 油断ではない。カウトリアの世界で導き出した答えだ。なので俺はようやく会話の方に思考力を割き始めた。


 魔獣は興味深げだったが、ふと何かを思い出したようだった。


《そういえば、食事を与えると言っていたがいいのか?》


「いや……許可も下りずに背中を向けたりすると、その、俺にとってよくない結果になりそうで」


《構わん。まだ子供だと言っていたな? 是非とも紹介してくれ》


「――――失礼を承知で申し上げる」


《うむ》



「あの子に手を出すなら、俺は・・覚悟を決めます」



 魔獣は邪悪に微笑んだ。



なるほど・・・・



 それだけでお互いの胸中は読めた。


 なので、魔獣は言葉を重ねるという無粋な真似を避けた。


 俺もそれにならい、黙って洞窟の中を目指す。




「フェトラス?」


「あ……」


 ぺたん、と地面に座り込んでいたフェトラスは俺を見るなり駆け寄ってきた。


「あっ、あっ……あー……うー……うっうっ……」


 ボロボロと泣きながら、しっかりと俺を抱きしめる。魔獣の、強者の気配がよほど怖かったのだろう。


 こと戦闘において、魔獣と魔王は天敵のような間柄でもある。


 ――――もちろん、成体まで育ちきった魔王には勝てない。アレに勝てる生き物は存在しない。


 だが成長過程にある魔王であるなら話しは別だ。この世界で発生し続けている魔王の何割かは、魔獣が進んで狩っている節がある。今のフェトラスにとってはまさに天敵だ。


 俺はフェトラスを抱きしめ返しながら、極力優しい声を出した。



「ごめんな。不安な思いさせちまって。まさか魔獣を呼び寄せちまうなんて思ってもみなかったんだ。許してくれ。でも大丈夫だ。とりあえず、なんとか穏便に済みそうだし」


 泣きじゃくるフェトラス。俺は彼女を抱きかかえながら、隠していた食料を彼女に差し出す。


「お前の腹ペコも限界だろう。よく我慢したな。えらい、えらい」


 ほら、と差し出す。


 でも、フェトラスはそれを食べなかった。


「うっ、うー……あい」



 泣きながらそれを受け取り、そのまま俺の口に入れようとした。



「……なにしてんだ?」


「うー。あえ、うー」


「……はは」



 魔獣に向けるべき戦意が、ともすれば「殺意」に変わった瞬間だった。



 さきほど魔獣は「フェロモンは散らした」的なことを言っていた。


 それにあんなのがいるんじゃ、どんなモンスターもこの辺には寄りつかないだろう。


 それじゃあどうする?


 決まってる。


「いいぜ、フェトラス。そうだよな。必死こいて我慢したもんな。こんな間に合わせの、ショボいもん食いたくねーよな。オーケー、オーケー、俺も同意する。任せとけ。キッチリしたもん食わせてやるから覚悟しろ」





《……こんにちは、魔王》


「あ、う……う」


「大丈夫だフェトラス。俺がついてる」


 怯えるフェトラスをしっかりと抱きしめながら、俺は魔獣と対峙した。



「こいつの名前はフェトラス。一週間くらい前に拾った、魔王だ」


《確かに。魔王だ。ああ――――命の敵だ》


 魔獣の身体に少しだけ緊張が走ったようだったが、フェトラスがしっかりと俺を抱きしめているのを見て思う所があったのだろう。なんとなくだが、居住まいを正したように見えた。


《一週間、か。その様子では発生したと同時に巡り会ったようだな》


「恐らくそうなんだろうな」


《よく殺さなかったな》


「その時はすげぇ悩んだけど、今は後悔してない」


 最早敬語なぞ使ってられない。そんな些事に気を取られて集中力を消費するのは馬鹿らしいからだ。ちょっぴり不安もあったけど、俺の言葉遣いが変わった事に対して魔獣は何も気にしてはいないようだった。


《――――ははは。ははははは!!》


 魔獣の哄笑が大気を振るわせた。


 フェトラスの身体が小刻みに震える。


「……何がそんなに面白い?」


 思わず冷たい声が出た。が、構わない。


 そんな俺たちを見て魔獣は再び笑った。今度は、控えめに。



《後悔、か。ああこれだから人間はおぞましい。自分のことだけを考えて生きるのがお前等の本質だ。なのに、人間は群れる。だからこそお前達は弱いのだ》


「……?」


《この大陸で一人きり、か。それ故にお前は強いのだ。独りであるが故に他者を求め、そのためならば魔王とて利用する。自己満足のために、世界という途方も無いものを天秤に乗せるのだ》


「まぁ無茶をしてるってのは重々承知してるよ」


《はっきり言えば、先ほどまで我は悩んでいた。殺すか、話しを聞くか》


「……今は?」


《その魔王を見て分かったことがある。ああ、これだから人間は素晴らしい》


「分からん。もしかして独り言なのか?」



 震えるフェトラス。高まる俺の敵意。だけど優しく彼女の背中をなで続けていると、段々とフェトラスは落ち着きを取り戻していった。



《魔王は孤独だ。やつらは食い、育ち、やがては国を作る。だがそれでも孤独なのだ。それは最強と呼ばれる理由の一つでもある》


「……」


《その魔王から、お前は孤独を奪ったのだ》


「……俺が? 孤独を?」


《いまその魔王……フェトラスは、我に怯えながら、それでもお前のことしか考えておらぬ》


「……………………」


《フェトラスは――――いや、言うまい》


「なんだよ。言えよ」


《ふん。間違っていたら恥ずかしいからな。だが我の期待通りならば、お前もいつの日か気がつくだろう。その時に分かるようなヒントだけ教えてやろう。いつかフェトラスは――――お前を食わない・・・・・・・


 本当に意味不明なヒントだった。


 いつか、食わない?


 なんのこっちゃ。


 だが彼は、それ以上教えてくれる事はなかった。



《魔王フェトラス、か。人間が名付けた魔王など、歴史上でも数えるほどしかおるまい》


「そういえば魔王って、誰が名付けるんだ? もしかして、自分自身で?」


《そうだとも言えるし、そうでないとも言える。魔王の名は、ヴァベル語が付けるのだ》


「ヴァベル語が……?」


《その者に相応しき名は、空から降り注ぐ。殺戮の精霊の特権とも言えるであろうな。……まぁ、人間にはあまり理解しがたいモノだろう。忘れるがいい》


 いよいよ魔獣は戦闘態勢を完全に解いたようだった。それに同調するように、ややあってフェトラスの身体からも緊張が解かれていく。


「……うー」


《改めまして、こんにちは。フェトラスだったか。我が名はイリルディッヒ。――――ああ、こんな気持ちで魔王に名乗ったことは、今までなかった――――そして今後二度と無いのであろうな――――》


 小さな独白を含ませた魔獣イリルディッヒは、微笑みを浮かべた。


《人間。お前の名も聞いておきたい》


「俺!?」


《そうだ》


「ま、魔獣に名乗るとか怖ぇ……完全に決闘前の状況じゃねぇか……ろ、ロイルだ」


《ロイル。そしてフェトラスか。なるほど。面白い》


「そ、そうですか……」


 何が面白いのかはよく分からないが、どうやら魔獣イリルディッヒは俺たちに敵意を向けないでいてくれている。殺るつもりなら、もう殺られている。なので俺はようやく安心のため息をついたのであった。



 しばらくの間、たわいの無い雑談をしていた俺たちだが、俺の安心が伝わったのかフェトラスの腹の音が振動として俺の身体に伝わってきた。それは耳の良い魔獣にも伝わったらしい。


《もう日が暮れるな。そろそろ去るとしよう。いや、貴重な体験をさせてもらった。礼を言おうロイル》


「魔獣に名前覚えられた……」


《もう二度と会うこともないだろうから、いつかは忘れるであろうがな。しかしフェトラス。その名を忘れることは永久とわにあるまい》


「――――」


《答え合わせの日を楽しみにしているよ》


「答え、合わせ?」



《ロイル。お前のしたことが世界に対する致命的な反逆なのか、あるいは――――そう、奇跡と呼ばれるモノになるか、だ》



「――――ああ。なるほど。どっちに転んでもスケールの大きな話しだな」


 俺が浮かべた微笑みを見て、魔獣は得心したような声を発した。



《なるほど……お前、使い手・・・か》


「その辺りは微妙なトコだけどな。今は俺の手に無いし」


《手元に無い?》


「ああ、まぁ色々あってな」


《ふむ……まぁよい。確認、いや、命令する。その時はお前が殺せ・・・・・・・・・


「――――」


 俺は答えることが出来なかった。


 それが俺の精一杯の誠意だ。


 魔獣イリルディッヒは一度だけ頷いて、こう続けた。


《我も強くなろう。もっと、もっと、もっと。我はフェトラスを「見逃す」ことにする。そしてその責任の一端を負おう。ロイル。お前と共に最悪の魔王と戦う日が来ないことを祈るよ》


「――――俺もそう祈るよ」



 魔獣イリルディッヒは畳んでいた翼を広げた。そしてぐるりと辺りを見渡す。


《ではさらばだ。が、最後に一つだけ》


「なんだ?」


《この辺には我の羽が少しだけ散乱してしまっているが、絶対にフェトラスには食わせるな。それ以外にはどう使おうと構わんが。重ねて命令と懇願を。絶対に、食わせるな》


「……分かった」


 それは魔獣としての誇りだろうか?


 天敵たる魔王に、欠片でも自分を食われたくないという、そんな理由だろうか?


 分からないが、見逃してもらった身としては厳守するしかない。


 魔獣イリルディッヒは数秒間俺を見つめて、そして夜色になりだした浜辺を駆けた。そして大きな翼が風を受け、その身が天空に舞い上がる。



「ル――――ルルルルルルゥゥ!」



 鮮烈な遠吠えと共に、その姿が夜に紛れていく。


 どさりと俺は浜辺に座り込んだ。


 そしてフェトラスに語りかける。


「あのさぁ」


「あい」


「――――生きてるって、すごいよなぁ」




 もう夜だ。森に入るのは危険すぎる。今は魔獣イリルディッヒのおかげでフェロモンも散ったようだが、このままじゃさっきと同じ状況になる。急いでフェトラスに何か食わせないといけないのだが、めぼしい食い物がない。


 しかしながら俺の体力も気力も限界だ。


 いや、待て。もう少し考えろ。


「――――昼に狩ったモンスターは?」


 あれは洞窟の入り口に置いていた。もしかしたら、洞窟の中に吹き飛ばされているかもしれない。


 わずかな希望を頼りに洞窟に戻ると、そこには、なんと、ああ、神様ありがとう。



 洞窟の中に吹き飛ばされたモンスターをかじっていた、狼っぽい動物がいた。



(血臭に寄ってきて、魔獣が降臨してビビって気絶でもしたか放心状態だったか? でもなんやかんやあって正気を取り戻し、自分が食っていた獲物を取り返しにきたか? マーキングでもしてたか? はっはっはー! 名も知らぬ動物よ。名乗るヒマは無いから、この“瞬間”に名乗らせてもらう。俺はロイル、そしてこいつがフェトラス! お前の命で、明日への扉を開かせてもらう!! 斬ッ!)


 すかさず斬り殺し、即座に合掌。


「謝罪はしない。だが、心からの感謝をお前の命と身に捧げる。ありがとう」



 いつもなら原始的な方法で火を熾すが、もう暗い。なので貴重な火打ち石を使うことにした。


 何より時間がおしい。近隣のモンスターは全て狩っただろうが、フェロモンが森の奥深くまで届くのにあとどれぐらいの猶予があるか分からない。


 あと、正直言うと俺たちは腹ペコなのだ!!


「フェトラス! 最高に美味いもんを、最高の調味料と一緒に食わせてやるからな!!」


「…………うー!!」


 洞窟の外で火を熾し、その明かりで手早く解体作業を進める。


 そして腹の音の合唱を響かせながら、俺たちはついに「よく焼けた肉」を手に入れた。


 調味料はシンプルに塩と「空腹」である。


「待たせたなフェトラス!」


「うー! うー! ううううーー!!」


「はははは待ちきれないか! 俺もだ!!」


「あうーーー!!!!」


「いただきます!」


「いああおあう!」


 がぶり。




 わぉ。



 天国がみえる。





「うんんんめぇええええええええ!!!」


「あああああああああああああ!!!!」



 盛大なパーティが始まった。


 フェトラスの我慢記念日。


 俺の久しぶりの連戦達成記念日。


 魔獣との遭遇記念日。


 久方ぶりの、動物の肉記念日。


 酒を飲んだわけでもあるまいし、俺たちはニヤニヤとゲラゲラと笑いながら、気持ちの悪い雄叫びをあげながら肉を食い続けた。


 楽しくて嬉しくて幸せで。


 全ての緊張から解放された俺たちは、骨までしゃぶりつくし、そのまま口元も拭かずに深い眠りについたのであった。





わからない。


いやだ。





くるしい。


おなかがすいた。





わからない。


どうして? 殺す・・だけ?



「フェトラスぅ! ○○○見て○! ○○○お前の○○○○○! ○○○飯○○○○○○○○○○○○世界○○○○○○○○!!」 


分からない。



どうして分からない?


知りたい。



こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。たすけて。たすけて。たすけて。たすけて。



いやだ。




たすけたい。




ああ! いきてる!

うれしい! うれしい! うれしい!!


わたし! あなた!


うれしい!








ッッッッ!?!?!?

うまっっっっ!?

うま……美味っっっ!!!


うわああああああああ!!


がまん!

これ、がまん!!!



うまぁぁぁぁーーーー!!!!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観とか設定の予想が楽しいし、読み物としてもめっちゃ面白くて 好き!!!!!! [一言] 魔獣の羽は経験値の問題かな。今知らないならどこで、って思ったけどカルンは新種の魔物を食わせよう…
2022/03/13 15:45 サットゥー
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