3 「引っ越しとテスト」
ここは無人大陸。名前は忘れた。色々な呼び名があった気がする。
俺が元々暮らしていた大陸からかなり遠く、様々な船を乗り継いで、長い航海の果てに俺はここに打ち捨てられたのだ。
上陸地点でもあった浜辺。そこの近くにあった洞窟に俺は住み着いた。近くに川があったので、それを生活水として使用している。
モンスターさえいなければ、レジャー用地として重宝出来そうな感じだ。結局は王族やら貴族のアホ共が私有地にしちまうんだろうけどな。そう思えるぐらいには綺麗な環境だ。
しかし繰り返しになるが、モンスターがいる。しかも種類と数が尋常ではない。だからこそ未開の地と呼ばれている。
さて、俺は半日で行ける範囲は全て調査した。四ヶ月もあれば十分だった。地図などなくても、自分がドコにいるのかを正確に把握できる。もうここは庭みたいなものだ。
「というわけで、引っ越しをしたいと思います」
「引っ越し? どこに?」
「森の中っつーか、川の近くにいい感じの場所があってな。そこに引っ越そうと思う」
「なんで?」
「なんでって……そりゃ、開拓のためにだな……」
「前から思ってたんだけど、お父さんはなんで開拓なんてやってるの?」
「む」
フェトラスはだらしなく寝転がりながら、もっともな質問をした。
「なんでってなぁ……そりゃ、大人には事情ってモンがあるんだよ」
「……ふーん。でもさ、ここに人間はいないし、来る気配もない。そもそも独りで開拓なんて出来るわけないと思うんだけど……」
「そりゃそうなんだがな。与えられた仕事はちゃんとせにゃならん」
「仕事っていうけどさ……この開拓に意味はあるの?」
「意味は無いな。うん。無い。絶対に無い」
俺がキッパリと断言すると、フェトラスは眉をひそめた。
えっへんと胸をはると、彼女は呆れた様子でため息をついた。
「開拓に意味が無いなら、引っ越す必要も無いと思うよ」
「そう言うなよ。きっと森の奥には、まだフェトラスが食べたことない果物があるぞ」
ピクリ、と彼女は動きを示した。
「あとは特定地域のモンスターとか。ひょっとしたら鳥もたくさんいるかもな。まぁ牛はいないだろうけど、もしかしたら野豚とかいるかもしれん」
「と、とり。のぶた」
「豚肉とかは食ったことなかったよな。アレは美味い。かなり美味いし、すごく美味いぞ」
「三回言った! う、美味いって三回言った!!」
「もしかしたら、鳥の卵とかもゲットできるぞ」
「とり! ……たまご!? たまごって何!?」
「すごく応用のきく食材だ。煮て良し、焼いて良し。いろんな料理が作れる」
「お……美味しい?」
「めっちゃ美味い」
フェトラスは茫然とした。口はだらしなく開いていて、よだれが垂れそうだ。でも目つきが獣のそれ。
「ところで引っ越そうと思うんだが、お前はどう思う?」
「美味しいご飯!」
「よし、決まりだな。ところで、フェトラスの魔法で家とか作れるか?」
「……家? 家って、こんな家?」
「いや、こんな洞窟じゃなくて、木とか土を使ってだな」
「木? 土? どうやって造るの?」
「だから、魔法で……」
「お父さんの言ってる家がどんな家かは知らないけど……たぶん、無理。私まだ魔法が上手じゃないし、壊すばっかりで造ったりは出来ないよ」
人生はどうやら甘くはなかった。
だがそれでもいい。目的は出来た。
「じゃあ、まずは家造りからだな。こんなシミったれた古代式の家じゃなく、真っ当な家を造ろう」
「美味しいご飯は……?」
「当分おあずけ」
「私も家造るの協力する!!」
目的のために尽力する、ということをフェトラスはもう知っているようだった。だが、俺はその熱意をさらなる必死さで否定した。
「お前が森に入ったら途端にモンスターに襲われるわっ! 家が出来るまで森には近づくな」
「だ、大丈夫だもん! ご飯のために頑張るもん!!」
詰め寄られて両肩を揺さぶられた。あ、こいつまたデカくなってねぇ? いやそれはさておき。
「……必死だな。だいたい、頑張ったらフェロモン押さえられるのか? そんなに簡単なモンか?」
「押さえるもん! モンスターにあっちいけって言うもん!」
目の前で駄々をこねてるのは魔王じゃない。ただの子供だ。しかし子供だからと言って、その意見を無視してはいけない。なにせ相手は子供だ。大人の対応をしてやろう。
「じゃあ明日テストだな。森に連れて行ってやるから、お前の頑張りとやらを証明してみせろ」
フェトラスは大きな声で「はーーい!!」と叫んだ。ついでに背筋も伸ばして、片手を大きく空に向けている。うん。見ていて実に気持ちの良い、完璧な返事だ。
その姿を見て、俺は少しだけ「制御出来るかも」と思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その翌日。
「さて、今日はテストの日です」
「うん! 頑張るね!」
「だから朝飯はありません」
「なんでーー!?」
フェトラスは信じられない、この悪魔、みたいな顔して俺に詰め寄った。
「なんでごはん無いの?」
「だって、頑張るんだろ? 満腹だったら頑張る必要無いじゃないか。腹が減らないと、フェロモンは出ない」
「でも、でも」
「ハラペコでもフェロモンを押さえられるか、否か。今日のテストはそういう趣旨です」
「おにー! あくまー! 人殺しー!」
「黙れ魔王。美味いモノが食いたかったら、我慢して頑張れ」
「うー! うー!」
「お前が我慢して、家を造るの手伝って、そしたら美味しいご飯が食べられる。分かるか? 美味いモノを食うためには、努力や代償が必要なんだよ」
「じ、人生と同じだね」
「生後数ヶ月程度のくせにもう悟ったか。早いな。じゃあさっそく行こうか」
森に入りました。
五分しないうちに、モンスターに襲われました。
テスト終了。
「…………おい」
「だ、だってお腹が空いたんだもん。わたしは悪くないもん。ごはん食べさせてくれないお父さんが甲斐性無しなんだもん」
俺は呆れながら、剣についた血を振り落とした。
「甲斐性無しって……おまえ、どこでそんな言葉覚えた。教えてないぞ」
「お父さん見てたら、なんとなく分かっちゃったよーだ。この甲斐性無しー」
「ちょっ、ちょっと待てコラ! 誰が甲斐性無しだこのハラペコ魔王!」
「成長期だもん! 食べるのが仕事だもん! 食事は義務だ! 権利だ! ごはんくれー!!」
フェトラスが騒いでいると、すぐに二匹目のモンスターが現れた。
いや現れたっつーか、走って来やがった!! 速い!!
「じょ、冗談じゃねぇぞ。キリが無い。おい、コレでも食ってろ!」
俺はナップサックのサイドポッケから果物を取り出し、それをフェトラスに放り投げた。それと同時に、襲ってきたモンスターを迎撃する。
「オラァッ!」
「ごはん!」
フェトラスが嬉々として果物にかぶりつくと同時に、モンスターは食料と化した。
「ふぅ……」
「ごちそうさまー」
「…………」
「…………てへ♪」
「…………帰るぞ。帰ってメシでも食おう」
「これ食べるの? 美味しくなさそうだよ?」
「帰るぞ」
「…………はい」
俺は二匹のモンスターをずるずる引きずって、進んできた道を戻り始めた。フェトラスはショボンとうなだれて、俺の後を付いてくる。
やれやれ。新居は当分の間はお預けということか。
「美味しいごはん……」
エグエグと泣きながら、フェトラスは歯を食いしばっていた。
ほんの少し可哀相な気持ちを覚えたが、すぐに我に返る。
そう、人生には、努力が必要なのだ。
なお、モンスターは不味かっ略